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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
139/180

(139)“微笑”(3)


(3)

「私と同じ年……13歳のミラノ?」

 いくらミラノの弟と言ったって、キョウはパールフェリカに対する影響力を──自分の話に説得力を持たせるだけの信頼を得ていない。

 キョウはパールフェリカが興味のあるミラノの話で引っ張る。

「なんか、ミー姉を特別? みたいに言ってるように聞こえるんだけどさ。みんな“様”付けで呼んだりして。でも、ミー姉ってそんなめちゃくちゃ特別すごい人ってわけじゃねぇよ? 言ったら怒られるだろうけど成績も中の上ってくらいで──」

「弟だからそう思うのよ、キョウは。見えるものが違うの。ミラノはすごいわ」

 キョウは心の内──ま、その点は平行線だろうけど──を隠し、適当な笑みを浮かべて誤魔化した。

「んー……13歳。その頃のミー姉だと、俺は人伝に聞いた話しか出来ないんだけど。要するにえーっと……うん」

 首をひねりひねり、顎をナデナデ考えこんだ末、キョウは口を開く。

 どうにかしてパールフェリカに伝えたいことがあるのだ。

「ミー姉はさ、ミー姉なりに、毎日を積み上げて積み上げて、何度崩れたって積み上げなおして、今という時と一生懸命向きあって、自分を作り上げてったんだ」

 そう言って「うん」と自分に頷いてさらに続ける。

「それが、今に繋がってるのがミー姉だよ」

 ミラノが決して目を背けない、捕まえて離さない自分というもの。

 今というもの。

 この世界に迷い込んだ時も、ミラノを支えたミラノのミラノたるアイデンティティ。

 キョウは日頃からミラノの背中を見て育った。

 少しだけ首を傾げ、パールフェリカは問う。

「どういう意味?」

 キョウは目を細めて「そのまま」と言った。

 パールフェリカは不満そうに眉間に皺を寄せてキョウから顔を背けた。その横顔に、キョウは続ける。

「崩れるのを恐れて積み上げる事を放棄するのもさ、崩れたからって積むのをやめるのも、逃げちゃうことになる。休むくらいはいいけど、やめたら馬鹿だよ。もったない」

 ちょっと偉そうな説教口調は大学1年の時から続けている家庭教師のバイトのせいだ。

 キョウの、低い真面目な声が続く。

「積み上げて積み上げて、崩れても諦めないで積み上げて、積み上げた先で立ってみたら、そこに何があるのかわかる。それを知っている人ってのは──」

 パールフェリカの顔がゆっくりとキョウの方を向く。

「すごく強いよ。積み上げるまでの崩壊──挫折だってもう、何度も、何度も経験済みだしね。崩壊したってまた、何度でも自分で積み上げられる事をよく知ってるんだ。失敗しても取り戻せることを知ってるんだ」

 キョウが見てきたのは責任感が強過ぎる故の人間関係における挫折を繰り返すミラノの姿だった。

 そのせいでミラノは自己開示もしないし、話すこと事態、また話し終えたときの影響もあって、一から十を話さない。最低限のコミュニケーションは取るが人間関係の様々な面で面倒になってしまっている。

 それでもキョウは知っている。ミラノが全てから手放さないこと、諦めないこと──その強さを。

「……パールちゃんがミー姉に憧れるのは多分……やれば出来るってわかってる“自信”──何度も自分と、今と向き合うことで積みあげられる“自信”ってやつがミー姉の中に見えるからじゃないかな」

「……自信?」

 パールフェリカとキョウの目があった。

「パールちゃんは今、まだ積もうとしてる最中で、2、3個積んだところなのかもね──いや、お、俺もわかんないよ?」

「……」

「それがさ、みんなの怪我ってのでさ、ちょっと崩れちゃった気がしてるんじゃないかな」

「…………」

「でも……大丈夫。また積めばいいんだよ。もっと良い積み方がわかってるはずだから、前よりももっと、頑丈にできるよ」

 ぎゅうっと眉を寄せるパールフェリカ。

「わかりにくいわ、キョウ……あなたの話。ミラノの話はもっとずっとわかりやすかった。それでも難しかったけど。私の勝手が皆に怪我をさせただけ……」

 キョウは「ちがう」という言葉を飲み込んだ。怪我は蝙蝠が原因でパールフェリカに落ち度は無かったと伝えたかったが、こらえた。パールフェリカには一度ぜんぶ吐き出させた方が良い。

「私はむしろ怪我の原因。その上、結局、何も出来なかったの。それが悔しいのよ? 腹を立ててるのよ? こんなにも出来ない自分が嫌なのよ?」

 自分の胸辺りをぐいぐい掴んでパールフェリカは言い立てた。

 だが──すぐに、言葉にしたものを否定するように、首を左右に振って手の平を身体の正面で開いた。

「──でも!」

 手の甲は宙を叩く。声のトーンが一つ上がっていた。続けて早口でまくし立てる。

「嫌って思う時点で駄目だってミラノの話でわかってるから、駄目な自分から目を背けちゃいけないんだってわかるから……──でも、実際のところどうしたらいいのかわからないの。何をしたらいいのかわからないの。ものすごくモヤモヤしてるの。キョウの話は的外れだわ、全然すっきりしないもの。答えにならないわ。もっと具体的に話してみたらどうなの!?」

 むっとしながら、半ギレの状態で答えを要求するパールフェリカに、日頃ニコニコなキョウだが欠片も笑わない。至極、真面目な顔をした。

「うーん……ミー姉がどんな話したのか俺にはわかんないしなぁ。……具体的にっていうか、本当の事を言っちゃうと俺、ミー姉に殺されっちゃうしなぁ」

 挙句、難しい顔をするキョウをパールフェリカはポカンと眺めてから、ぷっと噴き出すように笑った。

「ミラノがそんな事するわけないじゃない! キョウは馬鹿ねぇ」

「え!? 何言ってんの。ミー姉ってめちゃくちゃ怖いんだよ!? 自分が男と付き合い始めて父さんにふしだらだって文句言われた時、ミー姉、父さんの浮気十件分の証拠写真と相手の名前住所連絡先揃えて父さんに突きつけて『──それで?』って言ったんだぜ!? 13の時だぜ!? 今どれだけレベルアップしてるか! うぉおお! こえぇぇ!!」

 キョウは両手をわきわきさせて青ざめた。

「……私と同じ年の時?」

「あ……この手の話するのもミー姉怒るんだよ……パールちゃん、黙ってて?」

 ケロっとして言うキョウに、パールフェリカは仕方ないと片眉を下げて笑った。

「もう、そればっかり」

 キョウはニヤリとミラノ似の顔を笑ませた。

「どーもミー姉の『黙ってて』とか『忘れなさい』って言われてた話、ポロっと出ちゃうんだよなー。多分俺、ミー姉をからかいたくて仕方ないんだと思うんだけどー」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるキョウをパールフェリカは半眼で見た。

「キョウって……」

「だって見てみたいだろ、慌てふためくとことか!」

「え……ミラノの……? うーん……」

 パールフェリカは自分も兄達をからかっている事を思い出しつつも、ミラノにはそういう事をしたくない。でもキョウはミラノの弟だから……と考えが堂々巡りを始めた。

「でも勝てた試しが無いんだよなぁ」

「勝ち負けの話なの?」

 キョウは曖昧に笑うと「愛だよ、姉弟愛!」と言って誤魔化した。

「……うん。パールちゃん、13かぁ」

 誤魔化しついでに腕を組んで話題を戻している。

「んー……13の時のミー姉なぁ。俺まだ7つ位だったから兄貴に聞いた位しかわかんないんだよなぁ」

 ブツブツ言った後、キョウはふと気付く。

「ただ──俺がよく覚えてんのは、その父さんとの確執が始まる前までは、ミー姉、めっちゃ笑う人だったなぁ」

「え!? ミラノ笑ってたの!?」

「うん。そりゃもうげらげら声上げて笑ってた」

「うそ……いいなぁ! ミラノの笑顔はもう、心がぽかぽかするもの!」

「あ、俺は俺は?」

 どう? どう? とにへっと笑ってポーズを取るキョウを、パールフェリカは目を細めて見た。

「ん~、見慣れたというのもあるけど、ミラノの笑顔ほどありがたみ、ないわねぇ。似てるのに、なんでかしら?」

「あ、あはは……いや、まぁ、そうだよね、うん、よく言われるー、中身の問題だってよく言われるー」

 乾いた笑いで答えるキョウの顔をパールフェリカはもう一度見た。

 ──あれ? なんか気分軽くなってきた……気が、する……?

「ミー姉にはさ、その頃、頼れる人が居て、何かある度相談してた」

「相談?」

 パールフェリカの問いに、キョウはやっぱりにまっと笑った。

「“積み上げる”のにわからなくなった時、助けてもらってたんだよ。今はほとんど無いけど、人を頼ってたんだ。そうやって、高く積み上げる土台作りをしたんだよ」

 キョウは邪気のない穏やかな表情を浮かべる。

「パールちゃん。怪我させたってしゃーないでしょ。わざとでもなし。それに、エステルさんもルトゥさんもそれ仕事だし」

 パールフェリカのせいじゃないと思っていてもキョウはただ否定するというところにはいかない。

「仕事でも、怪我なんてさせたくないわ。あそこへは私のわがままで行ったのよ?」

 険しい顔をするパールフェリカの眉間に寄った皺を、キョウがちょいと突付いた。キョウは笑っている。

 さっきからこれだ。

 パールフェリカがちょっとでもムッとしたり不機嫌な素振りを見せると、キョウは何かしら笑みを誘うように持って行く。

「パールちゃん、誰だって出来る事と出来ない事があるんだ。わかる?」

「……わかるわよ」

 しぶしぶ答えるパールフェリカにキョウはにっこり。

「出来ない事は出来ないよ。しゃーないよ。認めてさ、受け入れてさ、出来る人に助けてもらえばいいんだって。出来るようになりたい事なら、出来るようになるまでの間」

「でも……」

 脳裏に浮かび上がるのは、パールフェリカを守ろうとしてレイムラースに殺されたエステリオの姿……ネフィリムの姿──。

 頭を振ってそれらを追いやり、蝙蝠の群れにぶつかったときのことを思い出す。

 キョウにも怪我をさせた。

 傷はユニコーンの力が消したが、今もキョウは服を着替えておらず、シャツがペロリと垂れたままだ。

「……キョウは違うでしょう」

「俺はほら、男だから! 女の子守んのは男の仕事! ね? それに、パールちゃん、何でもそうだけど、何かあった時にどんな行動をするか、だよ」

 パールフェリカはどきりとした。

 ミラノの言葉を思い出したのだ。

 価値の話をしていた。

 ミラノは『そこでどういう態度を取る人に自分が価値を感じるか考えなさい』と言ったのだ。

 エステリオやキョウ、ルトゥが怪我をした時、自分はどうしたのか──パールフェリカは記憶を辿る。

 血を見て、すぐに死んでしまうと連想した。

 ──だって、ミラノが血まみれになったり、ネフィにいさまが殺されてしまったところを、見た事があるから……。

 動転したまま、自分のやった事は──。

「俺らに怪我させた時にどーするか、だったんだ。けど、治してくれたよね。あれってすごい事だと俺思うよ? 俺の居たトコじゃ何の道具もなしで、しかもあんな短時間で怪我治すなんて事出来ないし! 胸張んなよ!」

 ──あれは、価値のある事だったのかしら。私の価値は、あったのかしら。

 その独白を飲み込んで、パールフェリカは演じはじめる。

 ──ここから先は、キョウにも知られたくない、気付かれたくないもの。

 パールフェリカは胸元に手を当て、半眼で自分のわずかな膨らみしかない胸を見下ろした。

 小さな声で「……胸」とパールフェリカが呟くと、思惑通りキョウはそれが禁句だと勝手に解釈してくれる。

 キョウは冷や汗を垂らしつつ、にへっと笑って誤魔化している。

 そわそわと立ち上がり、扉の方へ歩いて行った。胸のフォローは不可能と判断したらしい。

 出ていきがけ、扉の前でキョウが「ああ、そうだ」と言って振り返った。

 その時パールフェリカは頬に手を当てて考え込みはじめていた。

 キョウは一つ頷いて続ける。

「パールちゃん。出来ないって感じてそんな自分が嫌と思う事、それが駄目っていうけど、それってそんなに悪い事かな?」

「──え?」

 自分を嫌だと思って否定する事はよくない、ミラノはそう教えてくれた。

「出来ないって感じるって事は、パールちゃん、出来るようになりたいっていう気持ちの現れなんだと俺は思うよ」

 パールフェリカは頬に当てていた手を下ろした。

「──大丈夫。出来なくったって、へこみも考えもしないようなヤツよりずっと、前へ進めてるよ」

 パールフェリカはキョウには聞こえない声で「進めてる?」と呟いた。

「何が出来るのか出来ないのか知ってて、自分の弱さをちゃんとわかって受け入れてるって事が──自信ってもんだよ」

 パールフェリカの中に、ミラノの言葉が蘇る。

 ミラノは言った。自分というものは『なぜ、出来ないの? なぜ出来るの? 簡単なところから探せばいいのよ?』と。

 ──……わからない。ミラノの言った事も、キョウの言っている事もわからない。なのに、どきどきする。

 うつむいたパールフェリカの耳にキョウの声が届く。

「何が出来ないのか知ってたら、どこで誰に頼ったらいいかとか、他人を受け入れるとか、何をしたらいいかも、わかるだろ?」

 ──わからない、言ってる意味が全然わからない。

 心が拒絶を始めて頭が回らない。

「出来ることばっかりが“自信”を知るヒントじゃないんだぜ」

 キョウが寝室から出て行き、しばらくしてからパールフェリカはぽつりと呟く。

「……張るだけの胸なんて、ないわよ……」

 自分に対してさえ、茶化した。

 頬をぷっと膨らませて、パールフェリカは枕元の白い“うさぎのぬいぐるみ”を引っ張り寄せた。

 ぎゅっと抱きしめてふかふかのベッドへ横向きに倒れ込んだ。

 ──ミラノの言う“自分”……キョウの言う“自信”……? 

「こんなにも、何もわからなくて……」

 それでも、薄暗い部屋の中、蒼い瞳で真っ直ぐ前を向いた。





「なくした?」

「何をなくしたって?」

 ネフィリムとシュナヴィッツが同時に黒い“うさぎのぬいぐるみ”に問い返した。

「──ですから、体を」

 ネフィリムの執務室で、黒い“うさぎのぬいぐるみ”は言葉を続ける。

「……問題はそれだけでは無いので、続きを話しても?」

「聞こう」

 真面目な顔でネフィリムが言い、シュナヴィッツも大きく頷いた。

「結論から言います。このままでは“召喚術”というものが使えなくなるかもしれません」

 二人は顔を見合わせたが何もいわなかった。最後まで待ってくれるようでミラノはホッとした。話す相手を間違えてはいないと確信できた。

「私の体がなくなったのも“召喚術”の基盤である2点──“霊界”と“アルティノルド”に起こった異変のせいだと七大天使やレイムラースは言っています。つまり、“はじめの人”の作った“召喚術”の仕組みが何らかの理由によって壊れ始めているというのです」

「…………」

 ネフィリムがこめかみに指を当て、目を瞑った。

 今、ミラノは“召喚術”の仕組みを成り立ちからさらりと言わなかったか──詳しく聞きたい欲求を抑えた。

 手を下ろし、黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見た。

「ミラノ、それはどういう事だろう?」

「……今のは、回りくどい言い方をしました。すいません。七大天使の長アザゼルさんの言葉をそのまま言います──“このままでは世界が滅びる”」

 二人には淡々としたミラノの声が、随分と遠く感じられた。

 シュナヴィッツは顎に手を当てて小さな声で言う。

「それはミラノ、もしかしなくても大きな問題だ……」

「世界の滅びだなんて、ただの伝説や予言の中のものと思いたいのだが。ミラノ」

「そうですね、私もそういうものだと思っていました。引き出しから未来のネコ型ロボットが出てくるのと同じくらい、ただの物語だと思っていました。ですが、この問題を放置すれば世界は滅びます。また……私個人としては7日以内に全て解決、あるいは体を見つけなければ死んでしまいます」

 ネフィリムがすっと目を細めた。

「7日というのもただの目安です。前回7日目で瀕死だったという経験からの。今回私の体がどれだけもつか……あるいは既に──いえ……今、どんな状況にあるのかもわからない……。本当は一人で何とかしたかったのですが、この世界の事を私はあまりに知りません……」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はそこで一呼吸置いて、ネフィリムとシュナヴィッツを見上げた。

「──助けてください」

 彼女にしては酷く珍しい。

 噛み締めるように押し出されたミラノの声を、二人が否やと言えるはずもない。




 パールフェリカらが城の下層から帰還した事に気付く事も無く、プロフェイブ第三王子キリトアーノは空中庭園で相変わらず空を見ていた。そこへ城内から伝令がやってきた。

「キリトアーノ様、プロフェイブより特使があり、彼らと共に帰るようにとロドス国王陛下よりご命令です」

 ──父上の命令……。

 再び一人にされてぽつりと呟く。

「特使なんか来てるのか……」

 相変わらず、何もかも、蚊帳の外だ。

 召喚獣昇降口で待つように言われ、空中庭園を後にしようとしたキリトアーノは動きを止めた。

 何か、生ぬるい風が頬を撫でたような気がしたのだ。

「なんか……変な感じがする……──さっきも幻覚見たし」

 キリトアーノは額に手を当て、前髪を払った。前髪に通していた玉がしゃらりと音をたてる。

 灰色の瞳で空を見上げてから、下を向いた。

「……お前が、何か言ってんのか?」

 そう言ってキリトアーノは上着のポケットの中に手を突っ込んだ。握りこぶしで引っ張り出したものがある。

 目の前まで持っていって拳を開くと、手の平に乗っかる小鳥──名前さえわからない雛鳥がいた。

 これがキリトアーノの召喚獣だ。

 文鳥と公表しているのは、エルトアニティの配慮。

 剥げた羽毛で、よろよろと歩く姿。

 桃色の薄い皮膚には、赤と青の血管が透けて見えている。今にも砕けて中身さえどろりと出てきそうだ。これだけでも十分、見れたものではない。

 不気味がられるので普段から隠して、人には見せていない。

 この雛鳥には──目が無かったから。

 雛鳥はふらふらと重そうに持ち上げた頭をキリトアーノに向けた。目玉のあるべき場所はくりぬかれたようにくぼんでいる。

「──……ただの雛鳥どころか、両目無いって……本当にプロフェイブ王家の血を引いてるんだろうか」

 自分でも信じがたい。

 父からも実母からも愛されず、顧みられる事はなく、重臣らには蔑ろに、貴族らにも無視をされ、兄エルトアニティとその妹アンジェリカだけが情けでかまってくれている。

 キリトアーノにとってアンジェリカは初恋だったが、気付いた時にはあちらはネフィリムにゾッコン。どん底に落ち込んでいたところで腹違いの姉だと知る事になる。早々に諦めた。

 結局、事情を知らない女達をとっかえひっかえして、気を紛らわす日々を続けている。

 雛鳥から目を逸らして溜息を吐き出し──すぐに全部吸い込んだ。

 ぎょっとした。

 雛鳥のクチバシがじわりじわりと変化している。

 柔らかそうなクチバシは、平らになってゆき、ついには人の唇になった。

 目を見開いて見下ろすキリトアーノ。

 雛鳥のクチバシは、人の、それも女のようなぷっくりとして紅をさしたかのような唇に変わった。

 潤む小さな唇が、微かに動いた。

「モウ……スコシ……」

 にたりと──口角を上げて笑ったのだ。

 キリトアーノは慌てて握りつぶすように雛鳥を返還した。

 護衛に気付かれぬように荒い息と早い鼓動を飲み込む。

 ──召喚獣が……しゃべった……。

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