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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
135/180

(135)王子と黒いうさぎ(2)

(2)

 ガミカ第2王子シュナヴィッツの私室の窓は南向きだ。

 部屋の間取りはネフィリムやパールフェリカの部屋と同じ、中心の広い一部屋は応接室を兼ねて、テーブルとソファ一式、さらに私物を置くようになっている。

 だが、シュナヴィッツはここに私物をあまり置いていないので、殺風景だが。

 その西側に侍女らの控える部屋、東側に寝室がある。他にも部屋はいくつかあるが、城に居る間の寝起きはこちらでする。

 シュナヴィッツは他の部屋に趣味として収集した珍しい武器などを置いている。

 ネフィリムも私室とは別にそういう部屋を持っているが、よくわからない動物の骨やら角、臭い植物の根なんかを持ち込んでは侍女に嫌な顔をされているのを、笑顔でごり押している。

 パールフェリカの部屋と大きく異なるのは、部屋のあちこちに垂れ下がった色とりどりの布が無い事。邪魔でとっぱらったのはずっと昔の事だ。

 シュナヴィッツは部屋の中心にあるソファのど真ん中に腰を下ろし、背もたれに体を預けていた。

 いつもの濃紫の上下だが、春に着ていたものより布地の目が粗く、涼しい。金糸銀糸の刺繍は控えめ。普段腰に佩いている刀と短刀は、正面の木製猫足テーブルの上に置いてある。

 たっぷりとニスが塗ってあるツヤやかなテーブルの天板は、鏡のように装飾の無い刀と短刀の姿を映している。

 左手前方にある大きな窓から、手前の木々と、ずっと遠くの城下町が見えている。さらに遠く、王都を包み込むように山々が連なる。

 目を、細めた。

 ぎゅうっと締め付けるような感覚に眉を寄せ、窓から視線を足元のテーブルに引き寄せ、体を前に起こした。

 両肘を両膝に乗せて前かがみになると、サラサラの亜麻色の髪が視界に入り込んできた。

 目を閉じて数秒、もう一度顔を上げて窓の外を見た。

 ──どこかに居る……はずなんだ。

 そう思うと、逢いたくて逢いたくてたまらなくなる。

 下手をすれば涙さえこみ上げてきそうで、慌てて唇を噛む。妹に踏んずけられたカエルと揶揄された通りになってはまずいとシュナヴィッツは思う。

 ──春。

 パールフェリカの“召喚獣”として彼女は目の前に現れた。

 黒髪は濡れたようにしっとりとしていて、光が当たると銀色に輝く。伏し目がちの目元は潤んだ瞳と睫毛がけぶるようで、じっと見つめる事ができない。

 視線ひとつ、真っ直ぐに射ぬかれた。

 心を、魂を根っこからひっつかまれて持って行かれたような気がした。そんな感覚は、初めてだった。

 それからはもうどうにも出来ない。

 膨らむ一方の想いを持て余して、ただ逢いたいと、そばに居たいと祈るように願った。その存在が大きくなればなる程、唯一人の彼女を、守りたかった。この世にたった一つの存在の彼女からすれば、自分の命などそこらの石ころ同然だと思えた。

 逢いたくて、逢いたくて、頭の中で彼女の姿を、声を思い浮かべる。そんな事で高まる胸を抑えた後は、現実と比べてただただ切なくて、同時に自分に呆れ、馬鹿馬鹿しくなって、乱れた感情から泣きそうになるのだ。

 少年の頃、モンスターと闘って腕を折っても泣きゃしなかった。

 今も、歯を食いしばって耐える。それが、彼女の事を想えば、堰は簡単に切ってしまいそうだ。

 何故なのか、自分はこんなに弱かったか──なんて考えない。

 それ程、彼女の存在が大きいとわかるだけだ。

 抱き寄せて触れた首筋、絹糸のような髪。口を開けてそのまま食んでしまいそうな匂い。

 萌え出ずる、湧き上がる……止められない。

 ──だが、彼女は去った。

 断ち切れないで、宙ぶらりんのまま、ただただ想いを馳せる。

 確かにはっきりと断られたのに、止められない。

 シュナヴィッツは大きな溜息を吐き出して、再び背もたれに身を預けた。顔を上げて天井を見たが、唇を内側に巻き込んで、すぐ戻す。

 建国記念式典の時に確信した。

 ──ミラノはどこかに居る。

 確信して、胸の内で言葉にするだけで、ぎゅっと締め付けられる。

 耐えかねて兄ネフィリムに「捜したい」と告げた。返事はこうだった。

「だが、ミラノが接触を図って来ないなら、どうする事も出来ない。シュナ、もう2度と会えないと思っていた方が楽だぞ」

 きっと見つけられない、と兄は言う。

 ミラノは遠く離れた所に魔法陣を置いて、そこに自分を召喚するという“逆召喚”なんていう文字通り離れ業をやってのける。あちらに意思が無ければ、簡単に逃げられてしまうと言うのだ。

 それでも。

 ──兄上だって、ミラノを忘れられないんじゃないか。

 20歳で結婚したラナマルカ王に対してネフィリムは現在25歳。

 ミラノが現れるまでは慎重に妃となる人を選んでいた。ところが今、彼にしては露骨にその話題を避ける。以前まではのらくらとかわしていたのに、今は“緊急事項”がやけに増えて、手をつけようとしない。

 前だって忙しかった。それでも妃候補とは会って話して、結婚そのものを先延ばしにする為に動いていた。今は、話題にするのも避ける。

 最近では父王自ら近臣らに結婚話をネフィリムに持ち込むなと言うようになった。シュナヴィッツにも「こっそりとな」と言うが、王が口にすれば命令になる。

 跡継ぎの心配もあるが、父王はわかってくれている。

 ネフィリムもシュナヴィッツも“唯一の召喚獣”を召喚する者だという事を──。

 引きずりまくった失恋を乗り越えるには、まだまだ、まだまだずっと、時間がかかる。

 だから、溜息が……。

 もしも、万が一、ミラノを見つけられたら……見つけられてしまったら、シュナヴィッツは身を引くつもりだった。兄ネフィリムになら──我慢出来る。諦めを、必ずつけてみせる。

 今も、なるべく『もう忘れた』と思わせるよう振舞っているつもりだ。その反動で、一人になるとこうしてうじうじ考えて、彼女の体温を思い出しては、切ない境遇を選んだ自分に浸っている。

 ──結局、毎日想い浮かべては想いを深めてしまっている。

 逢いたいが、逢えない。

 逢えたとしても、もう何とも想っていないと告白しなけらばならない。自分からする初めての告白がそれだなんて、やってられない。しかも想いは封じ込めたままだ。

 ふっと自嘲気味に笑ってしまう。

 ──ミラノにはすぐにバレてしまうんだろうな……。

 そんな日々が来る事を想像するだけで、身が切れるような思いが全身を駆け巡る。戦いの中に身をおいて実際に傷を負っている方がどれほど楽か。

 ──ミラノ……。

 ぼんやりと、隙だらけなのは承知で、見上げた天井に彼女の姿を描いた。

 内心何を考えているのかわからない。表情の無い顔から一転、突然浮かべる微笑……ほろりと流した涙──。

 真っ直ぐにこちらを見つめる芯の強い眼差し。

 シュナヴィッツは描いた幻に手を伸ばした。

 ──それでもやはり、逢いたい……。

「失礼致します」

 扉の向こうからの突然の声に、天井の夢想はかき消された。

 手を下ろし、二度瞬いて首だけ扉の方へ向けた。

 ブレゼノが扉を開いていた。彼の腰の二本の刀の鞘が小さく揺れ、カチンと当たる。

 扉の前で伝令と話しているブレゼノは、シュナヴィッツの護衛騎士だ。

 色の薄い紫の戦闘衣、王城にあって相応の装飾と動きやすさを併せ持つ上下、腰に二本の刀と短刀を佩いている。ブレゼノはほとんど口をきかないので、騎士らの中でもその冷たい面から怖がられている。

 パールフェリカにとってのエステリオ程ではないが、シュナヴィッツの傍を基本、離れない。もう一人の護衛騎士スティラードは、護衛とは名ばかりに、北の要所サルア・ウェティスに置いている。

 今回は、北の大地モルラシアから襲来するモンスター減少に関して、とある漁師の証言をシュナヴィッツ自身が持ち帰っていた。

 6枚の翼を持った少年というのが、気になったのだ。

 シュナヴィッツやネフィリムが6枚の翼を持ったバケモノに殺されたのは、ほんの数ヶ月前の事だ。

 話が終わったのか伝令は下がり、ブレゼノは扉を閉め、こちらへ歩いてきた。

「シュナヴィッツ様、ネフィリム殿下がお呼びとの事ですが」

「わかった、兄上の部屋ならすぐに──」

「いえ、謁見の間にてお待ちになっているようです」

 シュナヴィッツは目を細めたが、すっと立ち上がる。

「わかった。いずれにしろすぐ行こう」

 報告があると城に戻ってから半日待たされた。

 父も兄も相変わらず忙しくしていたようだ。そのせいと言うわけではないが、じっとしていた時間の分、いらぬ事ばかり考えてしまった。

 謁見の間というのなら、ネフィリムは父王ラナマルカにもシュナヴィッツの報告を聞かせるつもりだ。ならば、もしかすると兄の耳にも別のルートからこの情報が上がっているのかもしれない。

 ブレゼノを伴って廊下に出て、最初の角を曲がった所。

 シュナヴィッツはふっと足を止めた。

 息は吸うことも吐くことも出来なかった。

 ただ空を思わせる蒼い瞳で、見下ろした。

 ──しっとりとした質感の黒い“うさぎのぬいぐるみ”が、目の前を横切ろうとして、足を止めたからだ。

 ほんの少し開いて細めた口からようやっと吸い込んだ空気は、やけに冷たかった。

 その間に黒い“うさぎのぬいぐるみ”は左手を前、右手を後ろ、右足を前、左足を後ろにした体のままというまさに歩いている最中の姿勢のまま、ゆっくりと頭だけこちらへ向けた。するんと、長い耳が少しだけ動いた。

 赤い目が、こちらをじっと見上げている。

 5秒──沈黙の後、黒い“うさぎのぬいぐるみ”の頭辺りから声が出てきた。

「道に迷ってしまいました」

 困った風でも、悪びれる風でもない。淡々と、しかし柔らかい声音。

「また、案内して頂いてもよろしいでしょうか?」

 何度も夢で、物思いの中で再生されつくした声。なのに今、また、新しく、鮮やかに胸に刻まれる。

 ──逢えてしまった。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”なのは、以前の“うさぎのぬいぐるみ”を見慣れたシュナヴィッツにとって大した問題ではない。

 名乗らなくたってわかる、彼女だ。

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