(132)パール姫の冒険V(2)
(2)
パールフェリカによる兄ネフィリムとシュナヴィッツがミラノにベタ惚れだという暴露に始まった話は、洞穴の前に着いても続いていた。
パールフェリカにとって、2人の兄は自慢以外の何ものでもない。
口にはしないが、容姿、性格、品格、身分のすべてが完璧で、それより上の男は父王しかいないと思っている。そんな兄達を、ミラノはどうして簡単にフッたのかという疑問がパールフェリカには消えずにある。
いい機会なので、ミラノとは長い付き合いであろう身内のキョウにその疑問を投げかけてみたのだ。が、答えはいたって単純なものだった。
「ミー姉はさぁ、美人だからなぁ」
「キョウだってよく似た顔してるじゃない」
「顔立ちだけの話じゃないよ。それに、ミー姉は面倒臭がりだから、揉め事を嫌がるんだ。俺とは境遇もあんま似てないって事ね。男同士ってそこまで妬み嫉み僻みで嫌がらせ陰口とかないから」
男は女よりは何らかの形で直接対決する。
ミラノは、同性からの嫉妬に始まる修羅場が嫌で、兄達をフッたんじゃないかとキョウは言っているらしい。
「……あそこまでっていうのがよくわからないけれど、侍女達見てると……陰口はあるわね」
パールフェリカは下唇をむんと持ち上げて頷いている。ふっと顔を上げ、隣のキョウを見上げる。
「男同士の陰口っていうのは、あるの?」
「陰口っていうか、あるにはあるけど、場とか相手をわきまえて言うっていうか。元気なヤツには気に食わないって喧嘩ふっかけられた事、あるっちゃあるけど、お前がいなければっつっていきなり殴りかかられた事とかもあるけど、うん、素直っちゃ素直? だよね、男は。行動起こしちゃうから陰口にならないのかな」
「え……キョウ、大丈夫だったの?」
「あー、俺? 兄貴の影響で空手やってたのね、んでまぁ、自分の身を守るくらいなら出来たから、問題なかったかな」
「カラテ?」
「えっと、えー……っと、殴ったり蹴ったり……ん、どう言ったらわかるかな」
「格闘技の一種?」
「そ! そういうの。大会とか……全然だめだったけどね」
キョウはたははと笑って「本番に弱いの、俺」と付け加えた。
「へぇ~。私、そういうの観るの好きよ。本当のは、怖いけど」
パールフェリカの言う『本当の』とは、この世界における命の奪い合いになるが、キョウには全くぴんと来ない。
キョウの話術では、怖いという部分はスルーして好きという部分で反応するのが良いと結論が出ているので触れない。
「格闘技好きな女の子なのかぁ、パールちゃんは。K1とか観るタイプなんだね」
「こう、なんていうのかしら──」
パールフェリカは手を左右交互に前へパンチを繰り出す形に動かして、続ける。
「──びしっばしっとしたキレのある動きは、とてもカッコイイと思うわ。あとね、筋肉がこう、むきっとなって血管がむはっとする瞬間っていうのかしら──」
パールフェリカも頭の中では『けーわん?』と疑問を感じているが、自分の言いたいことを優先してスルーしている。
嬉しそうに筋肉の話をし始めたパールフェリカを、キョウはにこにこしながら見守り、うんうんと言って頷く。時々「へぇ~」やら「そうなんだ」、「それで?」と相槌を入れて聞いている。
紆余曲折を経て、語りたいだけ語ったパールフェリカはやっとはたと気付く。
「そういえば、喧嘩して、怪我とかしなかった? キョウ」
思い出したかのように話題を戻して、形だけの心配をするパールフェリカ。
「え、ああ、喧嘩の話?」
突然話が戻っても、キョウはにっこり笑みを浮かべて一つ頷いた。
「何もふっかけられた喧嘩全部受けてないから。適当に謝って──女の子の情報とか流したり? 我が身可愛さで俺って酷いよね!」
謝る気がないのに謝って見せるのはさっきミラノの前でやった。
「何それ?」
「処世術だよ、パールちゃん」
「ふーん」
何だか男らしくないわね、という言葉をパールフェリカは飲み込んだ。
「結構欠点満載な俺と違ってさ、ミー姉は、嫌味なくらい美人で、クールだし? モデル級のナイスプロポーションだし? 何の香水使ってんだかしらないけどいい匂いだし、キスも上手いらしいから──」
「え!? なんで?? なんでキョウがキス上手いかどうかとか知ってるの!?」
「──あ……」
弟視点による姉の長所を順に並べてしゃべっていたせいで、つい十代前半の女の子の前で口に出すべきではない単語を言ってしまった。キョウはちょろっと出した舌を噛んだ。
ついぽろっと出てしまった言葉だが、頭の隅で空手は通じないのにキスは通じるのかと、キョウはメモった。
「えーっと、ね。あー……」
パールフェリカは顎の下辺りで両手で拳を作り、期待に目をキラキラさせてキョウを見上げている。
キョウは慌てて目線を上に逸らした。
──うわ。これ逃げらんなそう……でもなぁ、しゃべったのバレたらミー姉が怖いしなぁ……。
迷いつつも、真剣な蒼い眼差しからへ言い抜け出来そうにないとキョウは覚悟した。
「あー、あのね……ミー姉の昔の彼氏さんがさ、別れたくないけど幸せに出来そうにないから別れなきゃいけない気がするって、弟の俺に相談してきた事があって」
「うんうん!」
前のめりでパールフェリカは頷いてくる。キョウはこっそりと、お姫様でも恋愛話って好きなのかと感じつつ、苦笑いを隠した。
「そん時に、でもあのキスが出来なくなるのはイヤだー! って酒飲んだ勢いだと思うけど、大して飲んで無かったけど、ファミレス中に響く声で叫んでたんどよね。それでとんだけ上手いんだよと──」
「それはもう別れた相手なのね。ふむふむ──」
「一番最近別れた椎名さんはめっちゃ落ち込んでたなぁ。カナダだったかな、転勤決まって、ミー姉を連れて行けるだけの甲斐性が自分には無いっつって。やっぱ椎名さんもミー姉を幸せに、楽しい時間を一緒に過ごしていける自信が無いつってさ、6年も付き合ってたのにさ、理由ひねり出して別れたんだけど。やっぱ最後悩んでたのは、キスが出来なくなるって事だったんだよなぁ。雰囲気のいいクールなバーだよ? いくら酒入ってるからってその理由でわんわん泣き出されちゃ、俺たまんないっつーの」
そう言ってキョウははぁと溜息を吐き出した。反してパールフェリカは意気揚々と「それももう別れた相手なのね」と頷いていた。
「あ……──待って。待って、パールちゃん」
キョウの顔がさっと情けないものに変わった。
「椎名さんの話、ミー姉知らないよ。パールちゃん、ミー姉には黙ってて」
「え? 今の話?」
「うん、黙っててくれる?」
「ええ、いいわよ。で、キョウはキスしたことってあるの??」
あっさり承諾して、交換条件のようにパールフェリカは問う。
「え? 何? 俺の話もするの?? パールちゃんどうしたの? 興味津々?」
そう言ってキョウは困ったように笑った。パールフェリカは拳に力を込める。
「だって! こんな話、城の誰とも出来ないんだもの!」
そもそもガミカでは14歳未満の男女の恋愛を禁じている。
ガミカの医療技術では14歳未満の妊娠出産を支えきれないというのが最大の理由だ。自然、14歳未満の少年少女が恋話を口にする事は、控えるべきとする風潮が生まれた。
パールフェリカはお姫様という身分から侍女らともあまり砕けた話は出来ない。その上まだ13歳で、侍女らのそういう話題に割って入ろうとしても逃げられてしまうのだ。
「うーん」
「ね、どうなの!?」
苦笑いで渋るキョウに食い下がるパールフェリカ。
「俺~? 俺の話とか、つまんないよ」
「教えてくれないの? ミラノの話は教えてくれたのに?」
きらきらした蒼い瞳はほんのりと潤んで、白い肌さえ真珠のように日陰でも光を放って見える。
外国人美少女のおねだりに、キョウはうーんと唸った。
──この子、脅してる。可愛さに訴えつつ、話すぞバラすぞって脅してる……。
ネフィリムやシュナヴィッツが長年気付かなかったパールフェリカの仔狸っぷりをさらりと見抜きつつも、キョウはうーーんと唸る。
結局、可愛さと脅し、両方に負けた。
「いや~~もうさ~、正直ね、俺のファーストキスってね、男! 結構この女顔で悲惨な目にあっ──」
「えええぇぇ!? お、男、キョウ、男なのに、男としたの!?」
「もうね……俺その辺トラウマだから。ね、パールちゃん、勘弁して」
眉尻をぎゅーっと下げ、キョウは苦い顔をしている。それでも口元はほんのり笑みの形を浮かべているキョウをパールフェリカは見た。
正直なところ、ポカンとした。
「…………」
パールフェリカは下を向いてゆったりと口角を上げ、ふふふと声を出して笑った。
たくさん話してくれたキョウに、話したくない事もあっただろうに、物凄く近い距離でずっと話してくれた事に、くすぐったいぐらいの優しさを感じたのだ。
──なんだ、やっぱり似てるんじゃない。
「え? 何? どこがおかしかった? 男としたの、おかしい話じゃないでしょ? ねぇ、聞いといてさ、慰めてよ~」
半笑いで言うキョウに、パールフェリカはくすくすと笑って、返事が出来なかった。