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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
131/180

(131)パール姫の冒険V(1)

(1)

 洞穴の前に移動したパールフェリカとキョウは何やらひそひそと話をしている。そこへリディクディは駆けて戻った。

 後を付いて行こうとする“光盾”長ルトゥの腕をレーニャが止めた。

「ルトゥ、どうするの? セイルが伝える、みんなで探す」

 言葉が足りない分、レーニャの表情は細かい。瞬きの数が少し多い。ルトゥは不安そうなレーニャを見下ろした。

 キョウの尋ね人“ヤマシタミラノ”が見つかったらしい事は、言葉に不自由なレーニャでもわかったのだろう。

 采配をしたのはルトゥだ。

 巨大猪“主”の猟果を持ち帰るのに人数が足りず、王都にいる“光盾”面子をクーニッドに集め、ついでに“ヤマシタミラノ”という人を探す手筈だった。

 ルトゥはちらりとキョウの方を見た。

 話の流れでは初対面だと思われるのに、誰もが雲の上の人として扱うパールフェリカ姫と、既に笑みを交えて話をしている。傍から見ると数年来の友人が再会しているかのようだ。

 ルトゥ自身、キョウといくつか言葉を交わしたのでわかるのだが、きっと彼の持つ親しみやすさがそうさせるのだろう。キョウはにこやかに微笑んだり、相手の言葉をしっかりと受け止めたり、自然な素振りで対人テクニックを駆使して警戒心を抱かせない。

「キョウは……パールフェリカ姫と王都に行くんじゃないかね。あの様子だと。だったら道案内が終わればあたしたちはソイらんところへ戻って獲物をさばく手伝いだね。あたしたちには金がいる。どれもこれも大事な仕事さ。王都から応援が来た時、捜索は終わったって伝えりゃ十分だろーさ」

 再びレーニャに視線を戻す。「そっかそっか」と呟いてにこっと笑っていた。

「さすがルトゥ、あたし、心配いらなかったね」

 ルトゥもニカッと笑ってレーニャの頭をがしがし撫でた。

「ありがと」

 現実の問題として、人間の住む光の大地と呼ばれるこの“アーティア”にモンスターがほとんどやって来なくなっている事はとても厄介だ。

 冒険者の仕事の内、大きな比重を占めるモンスター討伐が減れば則ち“光盾”の収入も大幅減になる。

 ルトゥは“光盾”の長として方々(ほうぼう)に情報を求めた。

 音沙汰が無く、他にも何か手を打つべきかと考え始めた頃、一つの目撃情報が上がってきた。

 三日前、ルトゥの耳に入ったばかりのとても新しい情報だ。まだ“光盾”の後ろ盾であるネフィリムにも上げていない。

 その情報とは──人型のモンスター集団が丸太を組み合わせた船で“アーティア”に向かって来ていた──というもの。

 船は全部で50を超えており、見つけた漁師は慌てて“アーティア”の対モンスター最前線拠点である北の要所サルア・ウェティスに漁船を戻したという。

 サルア・ウェティスには最強優美の召喚獣ティアマトを召喚する第2位王位継承者シュナヴィッツが詰めているはずで、きっと軍を整えて何とかしてくれる、そう思っての行動だ。

 だがすぐに、海も空も広範囲が光に飲まれた。

 強烈な光に目を灼かれるのではないかと漁師は頭ごと抱え込んで事が止むのを待ったという。

 不思議と波は静かなまま、風も凪いでいたのでひどく不気味だったと漁師は語った。

 数十秒後、光が落ち着いて見上げた空──ずっと高いところに一人の少年が浮かんでいた。

 強烈な光を放つ少年の背には6枚の鳥の羽のような翼が生えていたという。

 少年はふいと風に溶けるように消え、あとには平らな海と静かな青空が残った。

 最初に見たモンスターの大群も、船ごと全て消えていたという。

 漁師は夢でも見たのかと何度も目をこすり確かめたが、凪いだ海が延々と続いているだけだった。

 もし、“アーティア”に渡って来ようとするモンスターが全てその6枚の翼持つ光る少年に消されていたのならば……──良い事ではあるのだが、人に及ぶ被害が減って喜ぶべき事なのだが……ルトゥは下唇を噛む。

 世界でも一、二を争う冒険者集団である“光盾”はまだいい。

 モンスター討伐だけが仕事では無い。

 正規兵の行けない未踏地への探査を高額で請け負えるだけの信頼を既に得ている。

 “光盾”の経験豊富な冒険者たちは非常に優秀だ。正規兵として志願したならば、即刻騎士叙任されるような強力な召喚獣を操る者ばかりが所属している。どのような細々とした仕事でもやってこなせるので、今までの依頼人は変わらず“光盾”を選んでくれるだろう。

 だが、冒険者集団に所属していない者や、細々と活動している冒険者らにとって、今日明日の仕事が急に減っては困窮する。一時的ならばしのげても、ここのところ数は減る一方で、歯止めがかからない。

 街と街を繋ぐ街道に現れては人に仇なす獣“モンスター”の討伐を、冒険者が請け負うのはごく当たり前の景色だった。そうやって路銀を稼いで旅を続けていた冒険者達は今、至る所で足止めを食らっている。

 ルトゥは既にその件についてもネフィリムと話をしている。

 次期国王たるネフィリムは、市井や冒険者間の情報にもきっちりと耳を傾けてくれるので、ついそういった『寂しい気持ち』を愚痴ったのだが──彼はそれらの冒険者達が追い剥ぎや野盗の類に変わる事を危惧していた。その時ルトゥは、自分の『寂しい気持ち』の正体を知った。

 冒険者はモンスターを討伐してきたが、今後は人を、元同業者の野盗を相手にする事になるかもしれない。ネフィリムはそう言ったのだ。

 ルトゥは赤い召喚獣ステュムで大空を駆ける事が何よりも好きだった。

 快活に笑い、酒を好み、女だてらに仲間の荒くれ冒険者の尻を蹴飛ばし、ひっぱ叩いて鼓舞して、モンスターの群れに飛び込んで大暴れする。猟果を競い、大勢で寝食を共にする。皆、気が良い、それを知っている。例え身元が知れなくたって、肩を叩いて笑いあい、危険には手を取り合って戦える。血と汗と、背を庇いあったという信頼。その爽快感はたまらない。

 今だって冒険者崩れという輩が盗人に変わる事がある。まだその数は少ないが、今後増えると予想されている。

 冒険者ギルドというシステムが宿なしの得体の知れない連中をまとめ、仕事を与えていた。しかし、仕事の中核であったモンスター討伐が消えてしまっては──。

 生活に困った時、今は少なくても、今後冒険者らの多くが盗人に、追い剥ぎに、盗賊……人殺しに変わっていくかもしれない。冒険者がそれらを狩る日がくるのかもしれない。かつて背を預け、戦線を駆け抜けて笑いあった冒険者が自分の前に立ちはだかったなら──。

 そう思うとルトゥはつらい。

 様々な人材を抱え、所属人数200人を超える“光盾”はプロフェイブを中心に周辺国のガミカでも長く活動を続けている。

 今、気も良く、村や街、都の人々にも受け入れてもらえている“冒険者”という形だけの身分を、どうにかして守りたい。

 一度でも冒険者の世話になった事のある人々の多くが、危険な冒険から帰還すると笑顔で手を振って喜んで迎えてくれる。それが、“冒険者”が人を襲う野盗の類に堕ちた時、どのように変わっていくのかがルトゥは怖かった。

「──……あたしたちは、他の生き方が出来ないから……」

 ルトゥはぽつりと呟き、作り笑いを浮かべてレーニャの頭を撫でた。

「がんばろう」

「……うん……!」

 “光盾”にとって今最も重要な仕事は“冒険者”の質を守る事、新しい仕事を見つけ出す事……。

 それにはルトゥの最も信頼する仲間であり夫──ガーゴイルに騎乗するセイルを向かわせた。

 既に、ルトゥとセイルが指揮して降りた未踏窟の深奥で見つけた“お宝”の引き上げ作業は始まっているだろう。

 “冒険者”は、まだ人の踏み入っていない大地で未知の資源や存在を引き出す事が出来る。

 ──あたしたちが……“光盾”が証明する。

 未踏窟で見つけたお宝がきっと冒険者の価値を証してくれる。

 中心に二つの影を宿す巨大“クリスタル”が“冒険者”の新しい価値を引き出してくれる──。

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