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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
130/180

(130)キョウと黒いうさぎ(3)

(3)

 両手両膝を地面に手をつき──四つん這いで苦い顔をしているキョウの正面にパールフェリカはすすすと回り込む。何故かへこんでいるキョウをしゃがんで覗き込んだ。

 両手は握りこぶしにして頬に添え、パールフェリカはくすくすと笑う。

「キョウはミラノと仲良いのね」

「え?」

 首を持ち上げてこちらを見てくるキョウの顔立ちは、やっぱりミラノと似ている。だが、形だけだ。パールフェリカにはわかる。

 パールフェリカの声に、キョウはすぐにほんわりとした笑みを浮かべた。

「や、まぁ、兄弟だし。あー……リオ姉はミー姉にピリピリしてっけど」

 声は男性らしい低音で、優しいというより柔らかい。印象が似ている。声の出し方に嫌味が欠片も無いのだ。

「ね、お姫様はミー姉と……ミラノ姉さんと知り合いなんですか?」

 キョウの問いにパールフェリカはにっこりと微笑んだ。

「お姫様じゃなくて、パールって呼んで?」

 キョウは四つん這いの姿勢から立ち上がり、風の向きを確認して、パールフェリカから離れてズボンの埃を軽く払ってた。埃が人のいる方に流れないように気を遣っているらしい。とても自然な様子でやっているので、そういう性格なのかもしれない。

「えっと、パールお姫様?」

 両手の埃も払って姿勢を正すキョウ。

 背は手の平一枚分、ミラノより高い。ミラノが女性にしては高いというだけで、キョウの身長は日本の成人男性平均身長よりは指3本分高い。

 パールフェリカも立ち上がり、キョウを見上げる。

「パールだけでいいわ。だってキョウはミラノの弟なんでしょう? そんなにミラノに似た顔でお姫様なんて言われたら、私ショックだわ」

 ミラノに胸を張れる自分になりたいのに、まだまだ近づけないでいるのがパールフェリカは悔しいのだ。それなのに「お姫様」だなんて。

 あれだけ気合を入れて変わろうと思ったのに、変わりきれない。強くなりたいと思っても、弱さばかり目にいく。正直なところ、どれだけ気持ちを奮い起こして立っていたって、ちっとも慣れない。

 お姫様と呼ばれる度、パールフェリカ自身ではなく、お姫様という価値の自分しか見てもらえていない気になってしまう。まだまだ、パールフェリカは自分を“パールフェリカ”だと言って胸を張れない。それだけの自分の価値を見つけられていない。ミラノのように言えない。

 ついさっきも、ミラノははっきりと言っていた。

『私がヤマシタミラノであるかどうか、だけど、ヤマシタミラノだとしか、言えないわね』

 ──彼女にとってはなんて事のない一言かもしれない。それが眩しい。

 憧れと同時に、劣等感のような重たい気持ちが胸の内にどろりと広がる気がする。

 がんばると決めたって、他人の陰口に心は簡単に揺らいで、自分なんて、自分の価値なんてあっさり見失ってしまう。そういう事は、普段考えないようにしているけれども。

「ふ~ん。そんなにミー姉はパールちゃんと仲良しなんだ。ミー姉って同性の友達少ないから、なんかすげぇ」

 キョウは自分の顎を撫でて笑った──ミラノがお姫様を呼び捨てで呼んでいるという辺りから、仲良し具合を判断しているようだ。

 パールフェリカはバレないように、しげしげとキョウを見る。

 嬉しそうだ。

 ミラノよりずっと表情がわかりやすい。キョウが再び顔を上げたので、パールフェリカは微かに視線を逸らした。

「パールちゃん、どうやってミー姉のハート掴んだの? 俺ミー姉の婚約希望者の皆さんにいっつも聞かれるんだよね、どうしたら振り向いてもらえるのだろうか!? って」

 キョウの言葉にパールフェリカは半眼になって「……やっぱり……」と呟いて両腕を組んだ。

 鼻の上に皺をきゅっと寄せて考え込む。

「やっぱり、やっぱりなんだわ。ミラノったらモテモテなのね……ふむぅ。ちょっとキョウ、私のにいさま達がね──」

「え? なになに?」

 パールフェリカは手を解いて、すととっとキョウの隣に駆け寄る。

 エステリオらから距離を取るように、実に親しげに会話を続けながら洞穴の方へ並んで歩いて行く。

 エステリオは慌てて付いて行き、リディクディはそれをちらりと確認して、“光盾”の長ルトゥの前に駆けた。

「ルトゥさん、すいません、急に。ネフィリム様からの依頼という事でお話がいっていると思うのですが──」

「ああ、聞いてる。4ヶ月前、あたし達が踏破したクーニッド南東のフラスト洞穴──ここの安全な場所だけをパールフェリカ姫に案内して欲しいって」

「ええ、お願いします。お忍びという形ですので、この事はくれぐれも──」

「その点は大丈夫さ。世界に名をとどろかせる“光盾”の、あたしが大将なんだからね。この事は誰の耳にも入らない」

 ルトゥは顔を持ち上げて胸をぐいと張ってから断言すると真っ直ぐリディクディを見返す。だが、すぐに肩を内に寄せ、ルトゥは口元に右手を添えると声をひそめる。

「それより、リディクディさん、さっきのあの黒い“うさぎのぬいぐるみ”だけど──あれが“ヤマシタミラノ”って……」

 リディクディは第3王位継承者であるパールフェリカ姫の護衛騎士だ。

 ガミカにおいて騎士は軍の花形の一つ。

 そんな騎士の憧れである王家直属の近衛騎士の中の選り抜きが、護衛騎士に選ばれる。エステリオやリディクディはこの護衛騎士だ。

 彼らは騎士としてのみならず、華やかな王子王女らに付き従って姿を見せる。

 なお、騎士になる事は貴族に仲間入りする事と同義だ。

 そもそも貴族というものは職業に値するものではなく、特定の諸特権を有する存在を指す。

 土地を所有して領主権による税収などで労働せずに収入を得る手段を持ち、官職制度によって官僚を世襲して多種多様な特権、公の支配権を持つ家などが貴族と呼ばれる。

 貴族になる為にはいくつかの道筋があるが、ガミカでは個人の能力で成り上がるたった一つの方法がある。

 戦闘向き、あるいは特殊な召喚獣、あるいは召喚霊を召喚出来れば、明日食う日銭にも困っていても騎士への道が用意される。

 ガミカは安穏として平和な国ではないので、命がけの騎士は高給取りだ。その金で土地を買う事も、より強い召喚獣を召喚する者の血を求める貴族と婚姻関係を結んで成り上がる事も出来る。

 ガミカではそういった道を用意したり、新貴族の参入に寛容である一方、貴族を総人口の2%程度に留める為、王家の強権や議院の権利によって貴族の地位はよく奪われた。

 貴族の貴族たる義務を果たせない貴族の存在は、徹底的に排除される。小国で常にモンスターの驚異にさらされていたガミカでは、実力を重視せざるを得ず、結果、他国に比べて貴族であり続けるには厳しい情勢になった。

 貴族であり続ける為、婚姻による家の統合、力のある者の血の取り込みは盛んに行われた。

 ガミカ王家の血は特に、強力な召喚獣を召喚するという理由からも、家柄を上げる為だけではなくとも貴族らの格好の標的になった。

 第2位王位継承者シュナヴィッツが幼い頃から辟易していた貴族らの行動も、彼らなりの生き残りを掛けた大真面目な博打だったのだ。

 そういった貴族社会に、庶民らも能力さえあれば入り込めるのがガミカだ。

 人間の大地“アーティア”の中では、海を挟んでモンスターの大地“モルラシア”と最も接するガミカは、常にその驚異に晒された。対抗する為の実力を重視し、血に関わらず、強力な召喚獣、召喚霊を召喚する者は重用された。

 第3位王位継承者パールフェリカの護衛騎士であるリディクディなどはその典型だ。

 実家は地方で、家の誰も代々冒険者ギルド向けの商店で下働きをしていた。経営者ですらなかった。そこでリディクディは唯一の存在と言われる空色のペガサスを召喚したのだ。

 空に透けるような青いペガサスは、風のように疾く飛ぶ。現状ガミカで最も足が早いのも、この青いセントペガサスだ。

 実家の人間全員が冒険者ギルド絡みの仕事をしていた事もあって、リディクディ自身冒険者らと親しく話す。今も非番の時は気軽に冒険者ギルドやその周辺の人々らと情報交換を名目に遊んでいる。もちろん、第1位王位継承者ネフィリムが親しくしている“光盾”にも出入りしている。そういった事情で、リディクディと“光盾”長ルトゥは面識があった。

「込み入った事情がありそうですので、その事も、どうか口外しないで頂きたいんです」

 再会を果たしたミラノの様子がおかしいのはリディクディでもわかる。

 この世界にこっそりと来ていたらしい事には驚いたが、実はそれほど驚くような事ではなかったのかもしれないと思い至った。あれだけの──神の召喚獣を操ったり、多くの人の魂をこの世界に召喚して生き返らせたりする──事が出来る人で、自分の立場を解して自身の影響力を鑑みたならば、パールフェリカらの前には出てこなかったのも頷ける。彼女が居たら、この世界をガミカの支配下に置く事も夢ではないはずだ。

 それが、再び“うさぎのぬいぐるみ”の状態で、しかも弟を巻き込んだと言って姿を見せた。

 何らかの事情があるのは透けて見える。

 アルティノルドや七大天使、さらにはレイムラースの名をミラノは出していた。

 自慢の駿馬、空色のペガサスで王都へ取って返し、ラナマルカ王やネフィリム王子に即刻報告に赴いても誤りではない出来事だった。だが、リディクディはパールフェリカの護衛で、洞穴を降りる任務がある。調査済みの洞穴で道案内を付けているとはいえ、パールフェリカのそばを離れることは出来ない。

 日に日に増すパールフェリカの『もっと世の中を見たい、知りたい』というの欲求を、2ヵ月越しの交渉の末ようやっとネフィリムが許したというのが今回の遠出だ。今後もパールフェリカがこの欲求を満たす為にも、無傷で帰してやらねばならない。

 リディクディの中では、やはりほんの小さな頃からお守りしていた愛らしい姫パールフェリカの望みを叶えてやりたいという気持ちが勝った。

「あーそっか、なるほどねぇ。1個さ、思い出したんだけど。3、4ヶ月前、王都がモンスター襲撃にあって落ちかけたって時、あたしはプロフェイブ居たから後で聞いたんだけど、“未来の希望”ミラノの語源になった召喚士がいたって話──」

 リディクディは曖昧に笑った。

「ええ、その方で間違いありません。ですが、これもどうか」

 口元に人差し指を当て、リディクディは片目を閉じる。

「内密にお願いします。ミラノ様に関しては、既に出ている情報以上の拡散は控えるよう王命があります」

「えっ……ちょっと……! 国王陛下とも顔見知り?」

「ガミカを救って下さった方ですから」

「ぅあー……わかった。事情があるんだね」

 そう言ってルトゥはちらりとパールフェリカの背中を見て、リディクディに頷く。

「了解したよ。口外しない。約束は守る」

「助かります」

「そうじゃなくたってモンスター被害が減って、あたしら冒険者の仕事も激減したんだ。ミラノってのにはネフィリム殿下ももちろん一枚噛んでらっしゃるんだろう? 最大の“後ろ盾”の気分を損ねるようなマネはしないさ」

 そう言ってルトゥは肩をすくめて笑った。

 堕天使レイムラースの暴走によってガミカは滅びかけた。

 ミラノの調停によってレイムラースはモンスターの大地“モルラシア”に帰り、人間の大地“アーティア”への侵攻支援を停止した。

 これは同時に、モンスター被害に悩んでいた人々が減ったという事を意味し、そのモンスター討伐の依頼が冒険者に回らなくなった事を示した。

 ミラノが召喚されてからの一連の出来事から、ガミカは、この世界は大きく変わり始めていたのだ。

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