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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【1st】 Dream of seeing @ center of restart
13/180

(013)パールフェリカ姫の生誕式典(3)

(3)

 音楽が止むと、フェニックスは羽を閉じ、元の大きさに戻った。

「…………」

 嘴を摺り寄せるフェニックスにネフィリムは何か囁いているようだが、“うさぎのぬいぐるみ”の大きな耳でも聞き取れなかった。ネフィリムは時折微笑んでいる。ペットとのじゃれあい、戯れにしては、ペットがでかすぎる。

 ミラノは改めて、ネフィリムを見た。エステリオやリディクディがヒポグリフやペガサスで空を駆けていた以上のインパクトが、ネフィリムのフェニックスにはあった。壮麗で、躍動する様というものは、あまりに深く心に残った。

 ネフィリムの目元は、シュナヴィッツやパールフェリカと少し違って、父親に似て掘りがやや深めで男らしさがある。顔の造り自体は兄弟三人ともに華麗ではあるのだが。その蒼い瞳に赤い炎が写り込んで様々な色合いを醸している。

 ぼんやりと巨大な炎の鳥と男前のコラボレーションを眺めながらミラノは思案する。

 自分の立場は、彼の妹でありこの国のお姫様、パールフェリカの召喚獣。この召喚獣というのも厄介だ、どういう扱いをされるものか、あの炎の鳥を見ていてもさっぱりわからない。もう少し、立ち位置を把握するには時間が必要だろう。

 現実問題として、2ヶ月で家賃及び諸々の引き落としに通帳が耐えられなくなる、あちらで生活をしないなら3ヶ月分引き落とされたら、貯金はほぼ0だ。職探しをして働いて給料をもらうには底を突く1ヵ月半前には帰りたい。となると、猶予は約45日。長いのか短いのか、現状ではわからない。早く帰れればそれに越した事は無い、としか今は言えない。だからと言って焦るのも馬鹿馬鹿しい。

 日本という国は、この世界では“異世界”として認識されている。召喚霊の居る世界として。

 もっとたくさん、元居た日本との共通点を探そう。かえり方に繋がるかもしれない。

 本を調べたいが、無理に動くのも得策ではないだろう。何せ自分は“うさぎのぬいぐるみ”である。

 世界は自分を中心に回っているのではない、そこに居る一人一人とともに別の一人一人を含む世界が、回っているのだ。一人足掻いたところで空回りするのがオチ。自分の立ち位置、“うさぎのぬいぐるみ”というこの存在の意味を把握してからでも、遅くは無いはずだ。

 ミラノは、とんと縁の無かった海外旅行の気分でも満喫したらいいと、腹をくくりはじめていた。

 短期であちこちの会社を回った元派遣社員は、環境への馴染み方と、その努力の仕方、手の抜き方、気分転換の方法を、大体は心得ているのだ。それでも、このストレスは随分と大きそうだと、感じてはいる。子供ではないのだ、体調の管理……不調の兆しも自分の体の事は大体わかる。妙な言い回しではあるが、ちゃんと手を抜いて頑張れば、なんとかなるはずだ。ミラノは自分にそう言い聞かせ、広場の方へと目を移し、そのまま見渡した。そして、自分の世界と共通してある空を、見上げた。

 しばらく、そのまま空を見ていた。屋上なので、木々に生い茂る緑の天井も無い。まばらであった白い雲も、すでに遠のき始めている。快晴だ。

「そろそろ、挨拶が終わっている頃だろう」

 いつの間にか横に来ていたらしいネフィリムが、護衛の男から“うさぎのぬいぐるみ”を取り上げた。

「もう少し、ぎりぎりまで行けば……」

 そう言って広場側の石造りの柵までミラノを持って行き、下を覗かせた。

 高さは、ビル10階建て相当──ネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”の体を片手で掴んでぶら下げたのだ。

「…………何がしたいのかしら?」

 唐突にネフィリムの腕1本に掴まれて、足場も無く高い所で吊るされているミラノは、感情の無い声で言った。ゆらゆらと、重みで下へ垂れ下がり、頬の布をひっぱる長い耳が、静かに風に揺れている。

「やっぱり悲鳴は無いのだね」

 そう言ってネフィリムはまたくくっと笑っている。

 悲鳴を上げるどころの恐怖ではなく、声が出ない状態になっただけなのだが──。

 ネフィリムの突然の行動に対する腹立ちが恐怖より先に大きくなって、さっさと冷静さが戻ってきただけだ。

 高さが高さだ、ひゅうひゅうと吹く風の中、うさぎの耳も揺れる。地上30メートル、さらに下り坂で城下町は続きそこまで入れたら一体どれ程の高さになるのやら。

 ミラノが召喚獣で、“人”の形をしていない、“うさぎのぬいぐるみ”なので、彼も容赦無い行動に簡単に出てしまうのだろう。わからなくもないが。

 一度冷静さを取り戻してしまうと、そこは“鉄の女”。ネフィリムがいくらなんでも離したりはしないだろうと、その程度の節度はあるだろうと決め付けて、ゆっくりと下を眺めた。特に高所恐怖症という事はない。そうであったなら、ヒポグリフに乗せられた時点でびびっている。

 快晴の空に投げ出され、眼下には1万人を超える人で埋め尽くされた広場、見通せば木々の上と下に広がる城下町はその何倍もの人々がこちらを見ている。正確には、式典のヒロイン、パールフェリカを。

 ふと見下ろすと、7階分下のバルコニーに人の頭がいくつも見えた。

 じっと見ていると、一人、動いた。

 こちらをぐりっと見上げたその頭は、パールフェリカのものだ。

 遠目でもその愛らしく大きな瞳がさらに大きく見開かれたのがわかった。ミラノは、ぷらぷらと垂れ下がったまま、自分からも右手を緩く振った。すると、パールフェリカは顔を真っ青にして両手をこそっと上げ、しかし周囲を見渡して下げかけ、しかし上げようとしつつ……横に居たラナマルカ王に顔を近づけられ何か言葉をかけられ、大人しく正面を向いた。そして、何度もチラチラとこちらを見上げている。その様子にミラノもいい加減吊るされている状態をどうにかすべきだと感じた。

「ネフィリムさん、パールが心配しています。戻してください」

 ネフィリムは“うさぎのぬいぐるみ”を引き寄せて、辺りが見渡せるように小脇に抱えた。

「パールが気付いたのかい、それはまた面白いね」

 ネフィリムはにっこりと微笑んだ。

「やはり、召喚主と召喚獣としての絆が、あるのだね」

「どういう意味です?」

 ミラノの問いに、ネフィリムは「そのうちわかる」とだけ言って空を見上げた。

「──来たね」

 ネフィリムは空いた手を額に当てて、太陽を睨んだ。ミラノも同じように太陽を見上げる。

 太陽に、黒い点が──。

 気付いてすぐ、それは次第に大きくなり、形が見えた。ワニとトカゲの間、爬虫類のような頭──ドラゴン!

 ミラノの頭の中で、それはファンタジー世界では定番ではあるが、現実としては“幻獣”のドラゴンであると閃いた。

 頭を下に滑空というより、翼も後ろへたたんでいるらしく、落下してくる。

 風を唸らせ、7つの影が目の前をよぎった。

 人々の間から、わっと歓声が上がる。

 早すぎてよくわからないが、目の前を通り過ぎながら旋回している。そして、背後で再びフェニックスが大きく翼を広げた。そちらに目をやると、片手を上げてフェニックスに合図をしたらしいネフィリムの背中があった。

 フェニックスのシルエットを背にして、その円形をなぞるように7つの影が三周程旋回して、再び大空へ舞い上がる。

 再び大きな悲鳴ともつかぬ歓声が辺りを包む。

 パールフェリカらの居るバルコニーの正面から三百メートル先、広場の真上辺りで、7つの影がゆっくりと舞う。

 姿が、はっきりした。

 西洋風の、4本足、背には大きなこうもりのような翼がある。体は魚のような鱗が覆っているらしく、それらがきらきらと光を照り返している。6体は深い青色をしているが、1匹は光を照り返しすぎていて色が分からない。それ自体がキラキラと光を放っているかのようにも見えた。

 翼を除いて見た時のドラゴンの形はシャープでスマートだ。どっしりとした重量感というより飛翔する時の疾走感の方がしっくりくる。滞空するのに巨大な翼がゆるりゆるりと羽ばたいている。ドラゴンの背には乗馬するような鞍がぎっちりと留められていて、そこに乗る人の姿がある。全員ゴテゴテはしていない、すっきりした鎧を纏っている。兜も被っているようだが、それよりも角の尖ったゴーグルの方が目立つ。それぞれの顔はわからない。

 やはり、1匹だけ色の違うドラゴンに騎乗する人は、鎧、兜ゴーグルが、一人異なる。ベースは鋼だが鋲や継ぎ目が紫色をしている……。その光るドラゴンがバサリバサリと1匹上昇する。

 人々の見上げる高さ、ミラノにとっては正面の高さ。

 ミラノは気付いてしまった。

 その兜とゴーグルの隙間からこぼれる亜麻色の髪に。

 鈍感でなければ気付くぞとミラノは顔を逸らした。

 他の6匹は広場、人々の方を向いているのに、この1匹だけ上昇してこちらを見ているのだ。

「シュナ…………そんなに気合が入ってるとは……そんな演舞じゃないだろう」

 背後でネフィリムの笑いをこらえた声が聞こえた。

 数秒の後、目の前の白銀に光るドラゴン──ティアマト──がさらに上昇し、それの後を追うように下に居た残り6匹の深い青色のドラゴンが上昇した。巻き上がる風に、うさぎの耳がばさばさと揺らぐ。

「……自意識過剰だと祈ってていいですか」

「祈ってもいいとは思うが、無駄だろうね。──本当、あんなシュナは初めて見るよ」

 ネフィリムはしみじみとそう言って脱力するうさぎを抱えたまま笑うのだった。

 そして、7匹のドラゴン編隊のアクロバティック飛行が始まった。

 既にファンファーレのように音楽が鳴り響き、人々の拍手喝采が飛び交っている。

 ミラノがテレビで見たことのあるような航空ショーとはまた違った迫力があった。

 剥き出しの人の駆る竜が、その大きな翼を広げて高速で飛び交うのだ。ぶつかると思わせてそれぞれ回転しながらの腹の下ぎりぎりをすり抜けて行ったり、人々の頭上すれすれを飛行する。小回りが利き、かつ召喚主と召喚獣であるドラゴンの息が完璧にあっていなければ出来ない芸当の数々。

 色々と思う所がありながらも、ミラノはストレス発散の一つとして楽しんでいた。

「──?」

 ネフィリムが後ろを見た。

「?」

 釣られてミラノはネフィリムを見上げる。彼はフェニックスを振り返っている。そちらを見れば、フェニックスはじっとネフィリムの瞳を見つめている。

 しばらくして、ネフィリムはフェニックスから目を逸らし、近くに居た護衛の男に声をかけた。

「アルフォリス、少し飛んでくれ。北北東だ。一時の方向。どうも“くさい”らしい」

 目元だけを露にしたその男のエメラルドグリーンの瞳が揺れた。眉間に皺を寄せ、すぐに右手の人差し指をマスクの前にかざし、何か呟いている。これは何度か見た、何か召喚するようだ。すぐに、男の足元に濃い赤の魔法陣が浮かび、現れたのは赤いヒポグリフ。エステリオが召喚したものに似ている。それよりは色が濃い。

 アルフォリスと呼ばれた男は赤いヒポグリフに飛び乗った。そのまま城の裏手へ屋上からふわりと風に乗るように降り、少し先、翼をばさりばさりと揺らして一気に上昇すると、ネフィリムの言った方角へひっそり飛んだ。



 アルフォリスのレッドヒポグリフは単機山々を超え、しかし、“それ”を見つけるとすぐに都へ引き返した。

 ──快晴の空を黒く覆う、数約500越のモンスターの群れ──

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