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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
129/180

(129)キョウと黒いうさぎ(2)

(2)

「いや、ミー姉、待って。俺のがもっと色々知りたいんだけど」

 キョウはその場にどかんと座った。

 目線を“うさぎのぬいぐるみ”にあわせる為だ。かいたあぐらの両膝にそれぞれ手を置き、聞く態勢をとった。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”の頭がゆっくり動くと赤い目がキョウを見る。

「……そうね。でもあなたなら──」

「てかさ、まじでミー姉なの? うさぎじゃん? それ、ぬいぐるみじゃん? いやもう、俺、既に色々呆れてんだけど、ここまで空飛んで来たし? てかさ、ミー姉、一体どっから出てきたの? いきなり現れたよね? どうやって登ってきたの?」

 短い交流ながら、ルトゥやレーニャにとっては聞いた事のないキョウの厳しい声音だ。パールフェリカらとミラノの再会を喜ぶ雰囲気が一瞬にして消し飛んだ。

「…………キョウ、他には?」

 対する黒い“うさぎのぬいぐるみ”から出てくる声は静かなものだった。

「え? えっと」

 キョウは右手を胸の前に持ち上げ、指折り数え始める。

「この“ぬいぐるみ”がミー姉かどうか、ここどこなのか、空飛んでたけど“召喚獣”って何なのか、いきなり出てきたミー姉はどこからどうやって来たのか……俺これからどうすればいいのか……? うん、多分こん位?」

 全部言い切る頃には、怒気をはらみかけていた声音が元のおっとりと軽いものに戻っていた。

「そうね。まず私が山下未来希であるかどうか、だけど──」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”は体ごとキョウに向き直って続ける。

「山下未来希だとしか言えないわね。私が山下未来希である前提でこれから他の事に答えるけれど、いい?」

「ん? いやぁ……ミー姉だってんなら、しゃーないっていうか、信じるしかないっていうか──声もリアクションもミー姉だなぁって思うし……てか、なんで“うさぎのぬいぐるみ”なんて格好してんの? 着ぐるみにしちゃ、ちょっとサイズ大雑把すぎね? てかちっちゃくなるってどういう事? どうやって入ってんの?」

「……増えたわね」

 顔を逸らしながら、黒い“うさぎのぬいぐるみ”はパールフェリカを見上げた。

 何故“うさぎのぬいぐるみ”の姿なのか。これはパールフェリカにも聞かれていた。黒い“うさぎのぬいぐるみ”は再びキョウを見る。

「順を追うわ」

「うん、うんうん」

 キョウは腕を組んで前のめりになって黒い“うさぎのぬいぐるみ”を見る。

「私が“こちら”へ来ようとしていた所にあなたが飛び込んで来たの。アパートの玄関での事、覚えているわよね? そのまま“こちら”へ移動してきて、あなたはあの大きな猪の上に落ちた」

「うん、さっきの事だし、ありえない事だったし、覚えてるよ。俺、ガス爆発かなんかだと思ったし、めっちゃ助ける気満々だったし」

 キョウがアパートの鍵を開けて部屋に入った時、ミラノはこちらへ自分の体を逆召喚する為、足元に虹色の魔法陣を広げていた。キョウはその時の事を言っている。

「……そうね、ありがとう。でも鍵……ドアを開けっ放しだったでしょう? あの後、私はこの黒い“うさぎのぬいぐるみ”にも関わらず鍵を閉めに戻って、それから猪に潰されそうになっていたあなたの所に来たのよ」

「………………ふむ……」

 質問に対してほとんど答えになっていない。

「…………」

「……え? いや、いやいや、待ってミー姉。そこで終わり? 何あっさりめいっぱい端折ってんの」

 キョウは半笑いで言うと左手の揃えた指先で黒い“うさぎのぬいぐるみ”の小さな肩をぽんと弾いた。ゆるいつっこみだ。

「………………わかるでしょう……」

 相変わらずの声音で言うミラノはゆったりとした動作でキョウの左手を払った。

「え? 面倒ってこと……? ちょっとしゃべる量増えるだけじゃん、悪いクセだよなぁ」

 後ろでパールフェリカが「クセなんだ……」と小さな声で呟いている。

「…………」

 黙ってしまった黒い“うさぎのぬいぐるみ”にキョウは一瞬渋い顔をした。が、すぐさま俊敏な動作で拝むように両手を打って頭を下げた。

「すいませんでした、俺が生意気でした。話を続けてください」

「──謝るときに棒読みになるのはあなたの悪いクセね」

 淡々とした声で言われて、キョウは顔を上げると眉をきゅっと寄せ、口角をほんのりと上げる。いたずらっぽく笑い──テヘっと笑ってペロっと舌を出しかねない表情をした。

 再び両手を膝の上に置いてキョウは言う。

「クセっつうか、謝る気がないっていうか?」

「……そう……」

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はパールフェリカの方に顔を向けた。

「何故、また“うさぎのぬいぐるみ”なのか、だけど」

「え? あは! うん?」

 話を振られ、笑みを挟んでから相槌を打つパールフェリカに、黒い“うさぎのぬいぐるみ”は小さく首を傾げた。

「まだはっきりと言える事は無いの」

「そ、そうなんだ……でも、元には戻れるのでしょう?」

「戻るつもりでいるわ。それで、パールにお願いがあるのだけど」

「え!? 何? 何何!? なんでもするわよ!」

 パールフェリカは頼られた事が嬉しいのか、両手を握り締めて身を乗り出した。

「“うさぎのぬいぐるみ”から元に戻るにはまだしばらくかかりそうだから、少しの間キョウを預ってほしいの」

「え……? 預かる? うん、問題ないけど……しばらくかかるって?」

「──アルティノルドが……──」

「え?」

「いえ──……もう行くわ」

「え!? 行くって??」

「やらなければならない事があるから」

「え!? にいさま達に会ってくれないの!?」

「……キョウを迎えに行く時では、駄目?」

「えっと……うーんと……それって、もとの世界にかえる寸前って事にならない?」

 パールフェリカの方が背が高いのだが、黒い“うさぎのぬいぐるみ”に対して顎を引いて上目遣いで言った。

「……そうね……」

「ミー姉、溜息我慢するの疲れない? いつも思ってるけど」

 キョウが口を挟んだが、黒い“うさぎのぬいぐるみ”は無視を決め込んでいる。ゆっくりパールフェリカを見上げた。

「七大天使とレイムラースとの話が済んだら少し時間を割けると思うから、その時に一度顔を見せるわ。キョウがお世話になるのに挨拶をしないというわけにはいかないから」

「そっか……待ってるわね。必ず会いに来て?」

「──ええ」

「ちょっとミー姉、俺抜きで話進めすぎてない? 俺の今後、含まれてるよね?」

 女同士の約束で、きらきらした光を放っていたお姫様と黒いぬいぐるみ。

 パールフェリカはもちろん大輪の花が開くような笑みを、またミラノが人であったなら柔らかく穏やかな笑みを浮かべていたであろう瞬間──に、キョウはざっくりと割って入った。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はゆっくりとキョウの方を向いた。

「──あなたなら……」

「え?」

 キョウは静かな声と共に前にこちらに押し出される“うさぎのぬいぐるみ”の手を見た。その黒色の丸い手はキョウの頬にそっと触れる。

 質感はベルベットのようでふんわりと柔らかく、さらさらと頬の上を流れた。赤い瞳はゆっくりとキョウを見つめる。

 ──こ、これは……! 実は俺には何かすごい力があってカッコイイ事をせよ! みたいな、なんかそんなフラグ!?

 期待を込めてキョウは“うさぎのぬいぐるみ”の赤い瞳をじっと見つめてゴクリと唾を飲んだ。

「──お盆過ぎて9月も休みなんだから、いいでしょう?」

「え? ええ!? ちょっと待って、え!? 何? それってどういう意味?? 確かに9月一杯大学休みだけど、え!? それまでここに居ろっていうの!?」

「私のお盆休み、あまり長くないから急がないと……」

 そう呟いて黒い“うさぎのぬいぐるみ”はキョウに背を向けた。

 キョウは、ぶつぶつと「待って……俺みんなとバーベキューとか7日間海キャンプでマイちゃんと魅惑のキャンプファイヤーとか3日間山キャンプでユッコちゃんと夕暮れ湖のほとり大人の散策とか、アヤネちゃんと花火大会とかカナっちとサエちゃんとマッキーと北海道でドライブの旅とか、いっぱいキャッキャウフフなイベントが待ってるのに! 俺この夏休みの為に一杯バイトしたんだってば! ねぇ!? もう全部払ってんだけど!?」と訴えている。

 キョウは黒い“うさぎのぬいぐるみ”の腕をがしっと掴んだ。

 赤い瞳がその腕を見下ろしてから、“うさぎのぬいぐるみ”の顔がキョウの方を向いた。

「ごめんなさいね、キョウ。あなたに勘違いをさせてしまったばかりに……助けてくれようしてくれて──私が“こちら”へくる為の逆召喚に失敗した事であなたまで巻き込んでしまったみたいで。せっかくの夏休みなのに──3年生だもの、就職イベントにインターンと忙しいのに……」

「あ……いや、なんか……あれ? ミー姉、マジで怒ってる?」

「──いいえ?」

 その直後、黒い“うさぎのぬいぐるみ”の足元に漆黒の魔法陣がぎゅるっと生み出された。それと同時に“うさぎのぬいぐるみ”はキョウの手を振り払う。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はストンと、魔法陣の中に飲み込まれるようにして消えた。

「えぇぇ!?」

 キョウは“うさぎのぬいぐるみ”の腕を掴んでいた手をニギニギとさせて目を白黒させている。

 慌てて地面に浮いた魔法陣に両手を伸ばして触れようとした。が、それさえシュンと消える。結局、キョウの手は岩肌を叩いていた。

「…………まじか……」

 ぼんやりと地面を眺めてからキョウは視線を横に逸らした。

「えー……うわー……あー……でも、うーん……しゃーない、のか?」

 こっそりと溜息混じりで呟いた。

 ──受け入れるしかない、という覚悟だった。この辺の割り切りの良さはキョウ自身、並より早いという自覚があった。

「けど、ミー姉が黒“うさぎ”なぁ……」

 なんとはなしに、元の人間のミラノの姿に“うさぎ”のイメージを重ねたキョウは、姉がバニーちゃんの格好をし、セクシーポーズをキメながら冷たい視線を投げかけてくる姿を思い浮かべた。

 黒いうさぎの耳を模したヘアバンドを付け、同色のきわどいレオタードを着てている。充実したアクセサリは、ふわふわの丸いお尻尾、蝶ネクタイの付け襟、手首周りだけの先の尖った付け袖。強烈な荒い目の網タイツ着用の上、ピンヒールをはいたコスチューム……。

 すぐに「げっ」と表情を歪めた。

 いかがわしくエロティックなコスプレをした姉という妄想も問題だがそれ以上に──。

「──だから、顔、俺とそっくりなんだから!」

 コスプレする姉という妄想がモーフィングしていく。

 体つきがスリムボディからムキムキの筋肉質になり、ふわふわ天然Fカップの胸が詰めたグレープフルーツに変わってしまう。

 女装してコスプレする俺という妄想になるのを、キョウはびしっとツッコミをいれて必死で止めた。

「くそキモイっての!」

 ミラノが心配しなかったように、楽天的なキョウは現状をものともしていなかった。

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