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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
127/180

(127)パールフェリカと黒いうさぎ(3)

(3)

 空からやってくる3頭の獣をルトゥはひたりと睨んだあと、口笛を短く鳴らす。にんまりと笑みを浮かべている。

 レーニャはルトゥの腕に絡まるようにしがみつき、前のめりに空を見上げる。

 少しずつ大きくはっきりと見えてくる召喚獣達の姿を呆然と眺めてレーニャは呟く。

「すごい……どうして飛べてるの?」

 レーニャが凝視しているのは大きく翼を広げて飛ぶヒポグリフとペガサスに挟まれる形で空を駆けるユニコーンだ。

 翼も無く、世界を支配するアルティノルドの力で地面を走るように空を飛ぶ存在──現状、召喚獣として応じているユニコーンは世界中でもこの1頭のみと言われている。

「あたしのステュムの叩き飛びも驚かれるが、そもそも翼なしってのは……目の当たりにするとやっぱりすごいね。パールフェリカ姫の召喚獣か」

 やって来る3頭の召喚獣を見上げたままルトゥは呟いたが、レーニャへの答えにはなっていない。

 興奮気味の二人の様子をちらりと見上げた後、キョウは目線を下げた。

 あぐらをかいた自分の周りは、今朝までよく見かけたアスファルトとは異なる。が、日本でも少し山野に入ればざらにあった岩と大して違いがない。挫けそうになるキョウに、ここはそんなにかけ離れた土地ではないのかもしれないと思わせてくれる。

 だからと言って何の慰めにもならない。現状を変えるだけの力を──例えば彼らの操るような空を飛ぶ獣だとか自力で情報を集めるといった手段を──キョウは一切持っていないのだ。人里のある方向だってわからない。言葉がわたるだけマシだとは思いつつも、釈然としない。

「…………俺、何してんだろ」

 鋭角に折った右膝に肘をつき、その指先で頭のこめかみをぐりぐり揉んだ。考えこむような姿勢のまま、空いた手でズボンの後ろポケットから薄いスマートフォンを取り出し、軽く触れてロックを解除した。

 今朝まで充電をしていたので電池残量はほぼ最大値のまま変わらない。だが、電波が無い。

 メッセージアプリのトークをいくつか確認する。グループトークにも何も変化がない。

 今日は夕方より少し前の15時頃から予定をいくつか入れてあった……。

 着信履歴は今朝までの、あのアパートの扉を開く前までのものしかない。そのうち二人分の着信に対しては「あ」で予測変換される「後で電話する」という短い返事を返していた。折り返しの電話をする前に圏外になってしまったのでかけられないが。

 重いが短い溜め息を吐き出し、キョウはスマホをポケットに戻して立ち上がった。

 風で乱れていた髪を手櫛で整え、再び空に目線をやる。

 小豆色の翼が1枚2枚……舞い飛んだのが見えた。もうすぐそこ、目の前に迫っている。

 上半身は鷲、馬とよく似た体に大きな翼を持つヒポグリフが風を巻き込んでこちらに飛び込んで来た。

 ヒポグリフが着地して勢いのまま駆けている最中、背に乗っていた人物が飛び降りる。大股でたたらを踏みつつ停止した。

 次に、大人の腕ほどある大きな角の生えた桃色の馬──ユニコーンが微かな音もなく静かに舞い降りた。風も発生させていない。ただ、辺りにきらきらとした光の欠片を振りまいているのが昼間でも確認出来た。

 ヒポグリフから飛び降りた人物はユニコーンの先に回り込み、騎乗者に手を差し伸べている。

 ユニコーンは勢いを殺す必要も無いほど空と地をシームレスに移動している。

 4本の足で柔らかく地面を撫でるように立っていた。今まで駆けてきたはずなのに汗をかいている様子はなく、伏せた長い睫が小さく揺れて瞬くのみだった。

 最後に、文字通り翼の生えた馬──ペガサスが先ほどの小豆色の獣と同じように勢いをつけたまま降りてきた。その背からも人が降りる。3頭の召喚獣と3人の召喚士がルトゥらの前で揃った。

 ヒポグリフとペガサスから降りた2人は基調が紺色のシャープな鎧に身を包んでいる。

 防御性能よりも機動性重視の鎧のようだ。2人はユニコーンのそばに移動済みだ。騎乗したままの少女を見上げている。

「──姫様、お気をつけください」

 声は女のもので、ヒポグリフに乗っていた方だ。

「平気よ」

 少女はそう言って伸ばされた女の手を取らず、ひょいとユニコーンの背から飛び降りた。

 とろけるような亜麻色の髪は結い上げ、瑞々しい白い肌は長距離を騎乗してきたせいかほんのりと上気している。大きな目は瞬いてくりっと存在感を示す。蒼い瞳でルトゥとレーニャ、怪鳥ステュムを順に見た。すぐにぷっくりとした唇に笑みが浮かんだ。

「はじめまして、パールフェリカです。今日は──あ」

 パールフェエリカは一同を見渡しながら挨拶をしていたが、ある1点で動きを停止した。

 ぽかんと口を開いて、一気に相貌を崩した。顎をがくんと下げきってしまい、せっかくの可愛い顔が台無しだ。目はこれでもかという程に見開かれ、視線はステュムの影に隠れていたキョウに固定(ロック)された。

「──え?……なに?」

 いくら美少女とはいえ、あからさまに驚愕された表情で睨まれるのは怖い。

 キョウは自分を指差しながら「俺?」と言って目を泳がせた。

 パールフェリカは右腕をばっと上げて挙動不審のキョウを指差し、大音響で叫ぶ。

「ぅぁあああああーーーーーーー!!!! な、ななななんでええええええええ!? なんで……──」

 感極まったパールフェリカは護衛2人の制止が入る前に駆け出してキョウに突撃をかました。

「──ミラノォオオオオオオオオ!!!」

 勢いのままがしぃっとキョウに抱きつく。

「んおふっ──ぐぅ……ぇ──……え!? ちょ? マジですか?? お? お姫様?? え? 今のマジですか!?」

 パールフェリカの頭突きがキョウの胸板に飛び込んできて、そのままぐりぐりと押し付けられている。

 だが、キョウの声が聞こえたのかパールフェリカはぴたりと動きを止めた。両腕をキョウの背中に回したまま顔を上げる。

 ぐりっと大きく開かれた蒼色の瞳がキョウを覗きこむ。

「えっと? 俺──」

「ないっ!!」

 はっと顔色を変え、パールフェリカは大きな声で叫んで背中に回していた手を戻し、ぺたぺたとキョウの胸筋を触りつつ凝視した。

「ない! ないわ!! あのやわらかくて大きな、やわらか~い、おっきーい胸がないわ!!」

 目を細めて寂しそうに叫ぶパールフェリカを、キョウは半眼で見下ろした。

「あ~……ごめんね? なんか」

 苦笑いを浮かべるキョウの顔をパールフェリカは再び見上げ、人差し指をぴんと立てた。指差ししながら叫ぶ。

「目も! 鼻も! 口もミラノそのものなのに、なんで声が違うの!? え? ていうか男!? ミラノ、男になっちゃったの!? やだ!! え? 性別転換!? いやよミラノ!!」

 キョウの胸元を白い両手で掴み、ぐわんぐわん揺らしながらパールフェリカは叫んだ。困って言葉に詰まるキョウに爪先立ちになってパールフェリカは詰め寄る。

「ね! 何があったの!? ミラノ、何かあったのなら相談にのるわ! 私にできる事なら何でもするわ!! だから、あの……やわらか~~い胸のミラノに、女に戻って?? お願いよ!!! あのやわらか~~~」

 ──ぽこん。

「痛たっ」

 後頭部を軽く小突かれ、パールフェリカは背後を振り返る。

 ──そこには右手を上げたまま着地する黒い“うさぎのぬいぐるみ”の姿があった。

 黒い“うさぎのぬいぐるみ”はパールフェリカの腰より少し高い位置までの背丈しか無いので、跳躍してからチョップを入れたのだ。

 パールフェリカが蒼い目で動きを追う黒い“うさぎのぬいぐるみ”はゆったりと顔を上げた。赤い瞳をパールフェリカに向けると静かな声で告げる。

「落ち着きなさい」

 その声は、パールフェリカにとっても、側に控えていた青い鎧に身を包む従者2人にとっても、あまりに切なく、懐かしいと呼ぶには新しく、鮮烈に記憶を揺さぶるものだった。

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