表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
116/180

(116)Summoner’s Taste(1)

(1)

『“あなた”をよびだすという最終目的の為に創り上げた“召喚の理”は、故に、人を心から想う気持ちによって発生させるというものになりました。わたしの中に生まれた感情の内、最も強かったのがあなたへの“想い”でしたから。わたしアルティノルドへの“想い”を受け止め、わたしは人間に、召喚士に力を貸す。彼らに“異界の霊”を呼び出す力を授ける理が創られたのです』

 今アルティノルドが言ったものが、召喚霊なのだろう。これを聞いたならば、ネフィリムは狂喜乱舞でもして見せたかもしれない。召喚の理を、創った者が語っているのだから。

『……召喚獣は?』

『それは……創世の最初の頃に、“あなた”が“面白そう”だと言って強力な獣を生み出したのですが。──ああ、リヴァイアサンやジズ、ベヒモスなどは本当に最初の頃に生み出しました。でも他の生物を増やそうとすると、それはあまりに大きすぎて“あなた”は、しっぱいしっぱい、次いこう! と、笑ってらっしゃいました』

『……』

『巨大な獣が地上に溢れた後、“あなた”をよびだす為の召喚士、人間を創ったのですが。力はあまりに異なり、創る傍から人間は獣に食べられてしまって大変でした。繁殖させるなんて無理無理──とも、笑ってらっしゃいましたね』

 懐かしそうに、少しだけ声が弾んだ。

『結局、獣の死後、獣の霊が“良し”としたならば、それを人に与えるという理を創ったのです。召喚士の願いにより、わたしが肉体を一時的に創ってやり、召喚士の喚び出した“霊”に与える。それが召喚獣です』

 ばっと音がして、ミラノの視界が陰った。レイムラースが正面で6枚の翼を広げたのだ。

『聞いたか! 面白そう──だ!』

 レイムラースの丸い目は、内側に熱を秘めつつ据わっている。口からは、毒霧でも吐き出しそうな、怒気を滲ませた声を押し出す。

『それが、本当かどうか確かめなければ、私は納得が出来ない。これほど強く大きな獣を地表の半分に押し止める原因! 己がこの世界へ戻るためと創った脆く弱い“人間”を優遇、先に創った獣への扱いがこれだ……! “神”でありながら利己的であるなど、言語道断。どう弁明する!?』

 真っ直ぐ受け止め、ミラノは半眼でため息を堪えた。

『……弁明って……理由はあなたが自分で言っているじゃない。“はじめの人”は、まだここで何かしたくて、戻ろうとしていたのでしょう? “はじめの人”とやらは、後付けで創った人間を護る為に、獣を、ただし死後獣が許諾したならば人間の力とする、と……。無理矢理人間に力に与えていたのなら考える余地もあるでしょうけれど。──獣の為とあなたが暴れる理由が、わからないわ』

『私は、獣の天使だ、当然の主張──』

『──だからあなたは、人間を護る天使だったのでは、ないの?』

『……え?……』

『人間至上主義として“後付け”された“召喚の理”は全部、人間を護る為でしょう。“はじめの人”──“神”が再びこの世界に、降り立つ為の。“神”が、自分の楽しみの為だけに再び戻る事を望んで、自分を召喚出来る者が現れるようにと自分と同じように“召喚”が出来る人間を生み出し、その“理”を創った。だけど、自分と同じ人間は、脆く弱かった。先に作っていた獣は強すぎた。だから、人間を護る為に次々と、“理”が作られていったのでしょう?』

『ええ。レイムラースも“召喚の理”の前に、創りました』

『七大天使は?』

『後です。七大天使は“召喚の理”を支える存在として、“召喚の理”と共に創りました。レイムラースは、人間が創る傍から獣に食い散らかされていた折、直接その間に入る存在として創りました』

 ミラノはアルティノルドの言葉を聞きながら、注意深くその様子を観察した。

 善悪や、創るものに対する執着が、浅いらしい事が見え隠れしている。わかりやすい言葉で表現するならば、アルティノルドは“適当”だ。おそらく、言われるまま、望むまま、感情豊かに喜んで見せる“はじめの人”に、創り与えたのだろう。

 アルティノルドは故に、レイムラースを“何をする為に”とはっきりした考えを持って創ったわけではない。それで、レイムラースは“神”たる“はじめの人”に存在理由を問わねばならなかった。七大天使のような、召喚術を支えるという明確な存在理由が無かった。長い時に“自分”を見失ったのだ。

 ミラノはゆっくりとレイムラースを見る。

『人間を護る為、でしょう? あなた、本当に、獣の天使なの?』

『………………』

 沈黙を返すレイムラース。アルティノルドが、やはりぎこちなく笑う。

『覚えてないのでしょう、はじめに創った天使なので、最初はこう、あまり上手くいかず、試行錯誤しましたから。記憶は曖昧なのかもしれません。姿も、この化け物の姿にも、あとつるぎ、盾の姿にもなれるように出来ています。役割に便利だろうと“はじめの人”が──』

『…………酷く迷惑な話ね』

『…………私の話はどうでもいい……。“楽しそう”で獣を生み出し、世界を作り上げ、自分はさっさと消えてしまった“はじめの人”の話だ。何の責任も果たさず消えたヤツの話が済みもしないのに、私の役割がどうのこうのと、言えたものか!』

 広げるのは翼だけでは飽き足らず、太い獣の腕でミラノを指差した。

『…………私ではないのだけれどね……“はじめの人”というのは』

 ミラノは目線を逸らした。面倒な話である事この上ない。口を挟まず、いつかのプロフェイブの王女アンジェリカ姫に対したようにあしらってしまいたい。

『だから、獣の世界へと“修正”をしてくれたら、それで良いと……』

『私にそんな事、出来るわけが──』

『あなたが私に命じて下されば、それで世界は変わります。何も難しい事はありません。私の主は“あなた”だ』

『………………』

 ミラノは頭を抱えたい気分に襲われた。

『本当に、わけがわからないままだわ』

『一つずつ、説明をして差し上げていると思いますが』

『全部、私にとってはどうでもいいわ、結局』

 これだけの被害を引き起こしたモンスターを引き連れてきたのは、レイムラースだという。奪われた命もある。

 長年逆恨みし続け、レイムラースは“復讐”のつもりだったはずだ。獣の天使として、役目を全うするつもりなのだ。

 だからと言って、許されるものではないと断じるのは簡単だが、さて自分は一体、レイムラースという輩を許すだの許さないだのと言える立場かどうか。言える立場と仮定して、言ったところで何も変わらないのは目に見えている。かと言ってこんな化け物を放置するのも、人間にとっては良く無い。

 身勝手な存在が居るのは元に世界に居た頃と何ら変わらないが、人に迷惑がかかるのなら、命の奪い合いに発展するのなら、その“我が儘”は、叱っておかなければならない。“神”となったからには、裁量というものをしてみるのもいいだろう。ミラノはレイムラースを見た。

 そもそもレイムラースには勘違いがある。それを思い知ってもらうのも、良い。

『アルティノルドさん、このレイムラースという天使を、生まれた頃の姿に戻すことは出来る?』

『可能です』

『!? ちがう! 私が望んだのは──』

『──あなたは』

 前のめりに叫ぶレイムラースの言葉を、やはりいつも通りの淡々としたミラノの声が遮る。

『…………』

『トリックスターになりそこなった“はじめの人”の子供。哀れに振り回されてしまった子供。自分自身を、その記憶も省みず、検めず、思い通りにならなければ好き放題暴れるだけの、子供。いたずらだけは派手で、子供と言って許される範囲を大きく超えた。もう一度、考えなおしてくれると助かるわ』

 ミラノのすぐ後ろにアルティノルドは移動して、左腕を正面に居るレームラースへ伸ばす。その手から、きらきらと輝く光が零れると同時に、レイムラースへ降り注ぐ。

 梟の頭と目、蛇の目をして獣のようにふさふさとした毛を持ち、蛇の太い尾、さらに6枚の蝙蝠のような翼を持っていた化け物レイムラースは、光がきゅっと凝縮するように、1点に絞られるようにして、その空から消えた。

 レイムラースの醜い姿は無くなり、次の瞬間、アルティノルドの手の平の上に、6枚の翼を持つ赤子がころりと、転がった。ふわふわの薄ピンクの肌は柔らかい。目を大きく開き、黒い瞳を動かして周囲を確かめている。

 赤子とはいえ、やはり大きさは人の子より1.5倍程ありそうだ。銀色の髪をしている点は、七大天使らと同じ。

 アルティノルドがにっこりと笑顔を浮かべた。ぎこちなさは、多少なりとも抜けてきたようだ。

 レイムラースだったその天使を、アルティノルドがぎゅーっと抱き寄せ、頬ずりした。

『あ~懐かしい。この子が生まれた頃はまだ“あなた”が居ましてね、2人の子供だと抱っこの奪い合いを──』

『黙って。それは私ではないわ』

 ミラノは自分の背後に立つアルティノルドを見上げてぴしゃりと言葉を放った。

 アルティノルドがした事は、生まれた頃に戻せと言われ、レイムラースの化け物となった実体を消去、その手の平の上に新しい実体を“創造”したのだ。体だけを赤子に戻せたのは、アルティノルドが直接“創造”した存在ものだったから。野に放たれ、繁殖して増えた存在を再“創造”する事は、アルティノルドにも出来ない。せいぜい“再生”してやる事位しか──。

『……思い、出した』

 赤ん坊の姿で、レイムラースは呟く。

 醜くひび割れた声ではなく、幼い子供の声だ。男か女か判別が出来ない程。

 アルティノルドの腕から、レイムラースはぱたぱたと小さな6枚の翼を器用に動かし、少しだけ離れた。

 中身、いわゆる“霊”の部分は、先程の延長である。レイムラースに起こった変化は、体の原点回帰。身体経験のリセット、生まれた頃の、最も“弱い”状態に戻されている。

 赤ん坊からやり直させるという事はすなわち、この天使が何十億年と活動してきたすべてを、否定したという事になる。

 死んでやり直せ、生まれ変わってやり直せというのは、最大級の罵声だ。存在の否定。それを屈辱と知るならば、いっそ死んだまま放っておいてくれと言うべきだろう。生まれ変わってやり直したいと願うのも、自分で自分を殺している事に大差ない。自殺を願っている。たった今を生き、常にやり直すのは“今”からであり、それは等しく許されている。それを、レイムラースには許さなかった。これが、ミラノなりの裁量だ。

 レイムラースの動きを目で追いながら、ミラノが問う。

『人間を護る、で正しかったかしら?』

『ええ……“はじめの人”は……モルラシアとアーティアに分けた“境界”を、護れと……』

 獣の大地“モルラシア”と人間の大地“アーティア”の境界を護るという事はすなわち、簡単に攻め入られる人間の側を護る事になる。

 レイムラースのふわふわした銀色の髪が、アルティノルドの手にグリグリとなでつけられている。

『もう、人を傷つけないで、いてくれるわね?』

 空気を一切読まないアルティノルドを無視して、レイムラースが応える。

『“あなた”が言っていた事を思い出した』

 ──だからそれは私じゃないと、ミラノは呟きたいところだったが、どうでもよくなりはじめている。もう“山下未来希”は死に、それが自ら選んだ道。自分で、捨てたのだし。

『人間は、獣に比べ脆い。人が強くなれるよう、その間、獣から護って欲しいと……』

 このレイムラースが、人間は脆い、脆いと言って殺してまわっていたのはついさっきだ。──今頃……と、ミラノは心の中に浮かび上がりそうになる負の感情を閉じ込めた。そんなものを持ち出しても、何の解決にも繋がらない。既に、人として、“山下未来希”として何もかも諦めた今、その感情を封じ込める事は、それ程難しくなかった。レイムラースには今後、人間を護る存在であってくれれば、もうそれで良い。

『“はじめの人”は、人間の力を獣と同じにはしなかった。生まれるなり強い力を持つものとは、しなかった……。そこは、共感出来るわ。あなたの言う“罪”も、わからなくもないわ。“楽しい”“面白そう”と暴れまわって、好き勝手して、中途半端に去っていった“はじめの人”ならば、責めてもいい。“はじめの人”は、自分のやった事に責任を持つ必要が、あったのだから』

 そう言って、ミラノは目線を落とした。

『──とんだ尻拭いだけど、私の望みも叶うのだから、今はもう、身代わりになるしか、やるしかないのだけど』

 ミラノが周囲に目配せをすると、七大天使らが周囲に飛び去りながら、空に溶けるように消えた。

『レイムラース、あなたも力を貸して。覚えている? あなたの奪った命』

 レイムラースは短い首を縦に降った。体が半透明になり、次第に消えていった。

『ではわたしも、大気に混じり“力”となりましょう』

『おねがい』

 よくわからないけれど、という言葉は飲み込んだ。結局、今まで通り頭の中でイメージして実行するという事を、試すだけ。出来なければ大声でアルティノルドを呼べばいい。きっと、喜んで姿を見せるはずだ。

『よろしいですか。わたしに出来る事は、創造と再生。“霊”を喚び戻すのは、召喚士たる“あなた”の役目です』

 ミラノは頷く。

 アルティノルドはミラノからそっと離れながら、ふっと、王城──聖火台辺りをじっと見つめた。ミラノもそちらを向いたが、遠すぎてアルティノルドが何を見ているのかわからなかった。

 アルティノルドはミラノを振り返ると、自然な笑みを、初めて見せた。

『──これでは、わたしの働き損だ。でも、その方が“あなた”の笑顔も、見られるのかもしれない──』

 そう言って、アルティノルドも大気に消えた。

 城下町の上空で一人になって、ミラノは息を吸い込んだ。こんな半透明の形で吸えていたのか、わからないが。

 少しずつ晴れ間が生まれつつある曇り空の、あらぬ方を見た。

 なんで、どこをどうして、こんな事になっているのか──わからなくても。

 “今”自分で出来る事、やるべきだと感じる事を、するだけ。

 イメージする。

 ──体が壊れ、命を失い、“霊界”へと飛ばされたであろう“霊”達を、この世界に召喚し、アルティノルドの再生する元の体へ、戻すのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ