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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
113/180

(113)“はじめの人”(1)

(1)

 軽い羽ばたきで、屋上の聖火台傍まで連れてこられた。レイムラースが着地する前に、ミラノはパールフェリカとぐったりと動かないネフィリムを見つけた。

 屋上に着くと、レイムラ-スはすぐにミラノの拘束を解いた。ミラノは支えを失い、そのまま膝を折り、尻も床にぺたりと付いて座り込んでしまった。

 もう、力が入らない。下を向いて、深く息を吐き出した。

「ミラノ! 腕が!? 血が!!」

 叫んで立ち上がろうとするパールフェリカだが、膝をネフィリムの下に滑り込ませているせいで抜けられず、ばたばたと両手を上下させた。その両手も、血に汚れている──。

 もぞもぞとよく動くパールフェリカに、目立った怪我は無いらしい。周囲に広がる血だまりは、ネフィリムのものだ。しゃがみ込んでいるパールフェリカの白かったハーレムパンツも、ぐっしょりと赤に濡れている。

 ──あの量は無い……。

 生きていられる量ではない。

 ミラノは、自分の姿を見下ろした。深い紺色だった衣服は、血が沁みて黒衣に見える。これで血だとはわかりにくいが、散りばめられた銀の装飾具に、べっとりと赤い色が絡み付いている。

 半眼で、ミラノはパールフェリカを見た。

「──私のじゃないわ」

 低い声に、パールフェリカがびくりと震えた。

 2人は目を合わせた。

 パールフェリカの瞳が問うている。だれの? と。

 ミラノは目線をネフィリムへ移してから、下へ落とした。それで、パールフェリカは察した。口角は後ろへぐーっと引っ張られ、歯がむき出しになる。その間から呻き声が漏れた。肺から途切れ途切れに空気の塊を押し出して、咳き込むように泣いた。

 そうしてまた、ミラノに手を伸ばす。

「ミラノ……! ミラノ……!!」

 パールフェリカの目からは涙が溢れて止まらない。息も絶え絶えに口をぱくぱくと動かして、必死に耐えている。

 ミラノは、内腿に精一杯力を寄せて立ち上がり、パールフェリカに近寄る。

「パール……あなたは無事なのね……よかった」

 その声に力は無い。淡々とした声には、いつも以上に感情が無い。まるで、天使らやアルティノルドのように。

 その横に、アルティノルドがやって来る。

『どうされました? 元気が無いように見えます。何かありましたか?』

 この場だけでも、ネフィリムとアルフォリスの血の臭いが充満している。ミラノの先入観だが、ひたすらおめでたい、真っ白の燕尾服で近寄って来られるのは、ひどく不愉快だった。

 今はこんなのと話もしたくない。

「…………大切な友人達を失って、元気で居られる人間では在りたくないので、これで良いんです」

 素っ気無く返事をするミラノの揺れた視点が、ふと、見つけてしまう。

 レイムラースの傍、黒い扉のような得体の知れない板のようなもの。映像が写し出されている。中央には、見慣れた姿──ミラノは、絶句した。

 毎日くぐった目隠し用のカーテンがある。その下に倒れているのは、着慣れたスーツのままの、自分だ。

 呆然と、闇の扉に映し出された光景を見るミラノの耳に、レイムラースのしわがれた声が、死亡宣告を突きつける。

『人は7日以上、飲まず食わずでは生きられない。あなたはいずれ亡くなり、真に、“霊界”から召喚される存在になる』

「ミ、ミラノ……!」

 足元にしゃがみこむパールフェリカが両手を伸ばしてくる。

「す、すぐあっちに、か、還すから! ごめんなさい!」

 声は、叫びすぎたか泣きすぎたか、掠れている。

 パールフェリカは、ようやっと、理解したのだ。今朝見た夢、潜在意識下で思った事に、今なら吐き気すら催す。

 ミラノの事は好きだ。だが“死んでしまう事”は、こんなにも何もかもを奪い取る。震える片手でパールフェリカは引き寄せていたネフィリムの腕を掴んだ。もう、動かない。まだ温かいのに。優しい目が、声が、傍に在った。自分の事を考えていてくれた存在が、急に消えてしまう。彼はもう、呼びかけてはくれないのだ。ほんの数百秒前には、息をしていたのに。今はもう、無い。この恐怖はあまりに耐え難い。

 夢だと、こんなもの現実なんかじゃないと叫んで、狂ってしまいたかった。正気を手放したかった。

 一緒に居て欲しいが為に、ミラノに対してパールフェリカは思っていた。ちゃんとした召喚獣となる為、“生霊”ではなく、きっちり“死”んで、こちらへ来てくれたらいいのに──と。

 なんて恐ろしい事を願っていたのだろう。どれだけ、自分の事しか考えられていなかったのだろう。

 エステリオとアルフォリス、そしてネフィリムを目の前で失って、ようやっと思い知った。身近に感じた。ぽっかりと抜け落ちて、埋めるものは何もない。“死”の意味を。

 だが、ミラノから返ってきた声は、いつも以上に静かなものだった。

「いいえ、どのみちかえったとしても、生きていたとしても、助けを呼べるだけの力なんて……きっと無いわ。今日が7日目よ……」

「わ……私が……ミラノ……ころし……た……?」

「………………」

「ごめ、ごめんなさい、ミラノ…………」

「パール、あなたのせいではないわ」

「ごめんなさい!!」

 そう言ってわっと泣いて声をあげ、パールフェリカは体を捻って、ミラノの足にしがみ付いた。

 それを見下ろすミラノには、振りほどく力も無い。

 総身のどこにも、力を入れるべき拠り所を感じられなかったのだ。何に芯を据えて立てばいい。何の為に、ほんの少し残された時間を生きればいい。

 召喚されたこの姿でも両腕を失い、本体の方も死が間近だという。この世界で出会った友人達は死に、初めて訪れた時にはその美しさに息を飲んだ王都も、今は目も当てられない。

 ──もう、何もかも、どうでもいい。

 ミラノは目を伏せた。

『あなたがつらいのを、わたしは見ていたくありません。どうすれば、あなたは元気になってくれるのです?』

 アルティノルドが半歩の距離まで近寄って来た。

 わずらわしい、そう思いながらもミラノはゆっくりと顔を持ち上げた。

 ──今だけ、だから……今だけ……。

「死んでしまった人が、生き返るなら……」

 心の内で言い訳をしながら、ミラノはか細い声で言いかけて、ぐっと口を閉ざした。それは、ミラノのモットーである『今を否定しない事』に反する。人の命は失われた、それは現実として受け入れるしかないのだ。

 受け入れるしか。

 目の前に倒れているネフィリム、回廊に置いてきたシュナヴィッツの思い出が──思い出と呼ぶにはあまりに新しい出来事で、それが一斉に頭の中を巡る。心を抉るほど、記憶は鮮明だ。

 ミラノは咳き込むようにして下を向いた。

 まだ、泣いてはいけない。護ってもらった身で、ここで思い出の中へ潜ってしまっては、いけない。こんな時だからこそ、現実に、戻らなくてはならない。

 ミラノは両方の目を細め、眉間に強く皺を寄せた。

 アルティノルドは首を傾げて、ミラノにそっと耳打ちをした。

 次第に目を見開くミラノ。最後には顔を上げ、アルティノルドを見つめ返す。

 そうしてミラノは、苦い表情かおをした後、ぎこちなく、微笑った。

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