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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
112/180

(112)罪悪(3)※流血表現

(3)※流血表現があります。

 顔を見合わせ、肩を軽くそびやかしながらも気を取り直し、シュナヴィッツとミラノがその場を離れようとした、丁度その時。

 頭上、覆いかぶさるように大きな影が降りてきた。広げられた黒い6枚の翼には、見覚えがった。

 エステリオを殺し、パールフェリカを奪って窓の外に消えた、あの化け物だ。

「次は何だ」

 シュナヴィッツは刀を抜いてミラノの前に立つ。降りてきたのは、梟の頭と目、蛇の口をして、獣の大きな腕を持つ堕天使レイムラース……。

『──来い』

 言葉と同時、太い尾が床を打って勢いをつけ、伸びてきた。避けざま駆け出し、シュナヴィッツは一気に距離を詰めて化け物の首へ刀を振り上げる。尾とは反対側から、黒い翼が2枚迫り、鋭い爪がシュナヴィッツの背を狙うも、ミラノの生み出す魔法陣が盾となって弾いた。ミラノを狙い伸びてきていた太い尾も、同じように魔法陣が跳ねのけた。

 この化け物は、パールフェリカをさらい、ネフィリムが追った相手。それが今、単身ここに来た──。

 辿りついてしまった恐ろしい予測を振り払い、ミラノは化け物を見た。

 2人の安否が気遣われ、相手にしている時間も惜しい。ミラノは化け物の足元に魔法陣を広げて、どこぞへ飛ばしてやろうと考える。

 だが、パールフェリカの部屋でもそうであったように、魔法陣はパキッと音をたて、割られた。ほぼ同時、化け物は太い狼の腕を振り上げ、シュナヴィッツを吹っ飛ばす。彼の体は、背中から回廊の柵にぶつかって止まる。鎧の音が響いた。

 ミラノの正面に張られた魔法陣も、音を立てて壊れていく。

 化け物とミラノの間を遮るものは、何も無くなった。

 とんと地を蹴り飛び上がった化け物が、ミラノの目の前に迫り、その胴を掴もうと腕を伸ばす。

 化け物を挟んで反対側、シュナヴィッツは駆け寄ってその腕に取り付き、刃を突き立てた。青緑色の血がしゅっと飛び散った。

 ゆらりと、梟の瞳がシュナヴィッツを睨むと、鈍い、低い音がした。

 化け物が1歩さがって、ミラノの視界は開けた。もう、静かだった。

 シュナヴィッツの方を見て、ミラノは全身の力が抜けるのを感じた。

 彼の背中から胸へ、化け物の太い尾が突き破り、飛び出ている。尾がうねり、ずるりずるりと抜けると、そこには大きな風穴が開いていた。鎧など、この化け物の前では意味が無かった。

 力を失って膝をつく彼へ駆け寄ったが、ミラノには両腕が無く、支えてやれない。押し倒されるような形で転びそうになるのを、ミラノは身を避け、かろうじてぺたりと地面に座り込んだ。

 ミラノの膝に押しやられて、シュナヴィッツは横向きに倒れた。

 残っていた右の肩でぐいぐいと押しやり、ミラノはシュナヴィッツを仰向けにする。見下ろすと目があった。

 否、その目はただ、見開かれていたにすぎない。

「………………」

 透き通るような淡い蒼い瞳はもう、どこも見ていない。

 ミラノはただ、2度ゆっくり、かぶりを振った。目を細めるだけでは足りず、そのまま数秒閉じた。その後は、黒い瞳でしっかと見据えた。

 心音を確認しようにも、その胸の部分がもう無い。

 ミラノは精一杯肩を動かし、蒼い瞳を閉じさせようとしたが、上手く届かない。引き結んだ唇が少し揺れた。己への苛立ちか、悲しみか、判断がつかない。

 頬をシュナヴィッツの瞼の上に当て、下へ動かした。両方の蒼い瞳を閉じさせると、そのまま頬へ自分の頬を寄せ、唇を近づけた。唯一、その美しいおもてを汚していた左口角の血を、ミラノはぺろりと拭った。舌に少しだけ触れたシュナヴィッツの唇は、まだ温かく柔らかかった。ミラノは目を細めた。

「あなたが命をかける程の価値なんて、私には……」

 呟くと、血の味が口の中に沁みて広がった

「いいえ──そうね。今からでも、その価値、手に入れるわ。そうでなければ、あまりにも──」

 まとまらない考えを漸う言葉にするミラノの耳へ、声が届く。

『こんなにも、こんなにも脆い……』

「…………」

 ミラノは膝を交互に寄せて、バランスを取りながらどうにか立ち上がり、化け物を見た。

 レイムラースも、ミラノを見下ろす。梟の眼光は鋭いが、ミラノが圧される事は無かった。

『“神”はこれほどまでに弱い人間に、なぜ、その“力”を与える。特別に扱う? そのせいで強い獣がないがしろにされ、地上の半分に押しやられている。人間になぜ、七大天使を付け、獣の死後を召喚獣として与える? そんなにも召喚士は重要か!? 利己的にも、ほどがある!』

 声を荒げるレイムラースを、ミラノは極寒の冷たさを湛えた瞳で見た。

「……あなたが、何を言っているのかわからないわ。だけど、弱い? 強い? 脆いと言って、簡単に踏み潰して……それであなたは、何様なの」

 丸い目がぎろりとミラノに向けられる。

『…………私はレイムラース。獣を守護し、封じる“天使”。人間との境界線。それが“神”に与えられた役割──だった』

 ほんの少し、ミラノは口を開いてしまった。“天使”と聞いて驚いたのだ。化け物のよう容貌をしているから。

 ミラノの知る“七大天使”は、人間によく似た容姿をして、光の鱗粉をまとい、厳かかつ神秘的な存在だった。

 ──だが、とミラノは嘆息を堪え、奥歯を噛んだ。

 天使だろうが神だろうが、人間だろうが獣だろうが、何であろうが、どうでもいい。

 ──べらべらと、相手に伝わりもせぬ物の言い方でよくしゃべる。

 知性はあるだろうに、レイムラースとかいう“天使”のした事には、納得がいかない。

 天使というものは、神の言う事を聞くものだとミラノは思っていた。だが、よく考えてみれば“堕天使”という言葉もあったなと思い至る。結局、“神”に創造され、“人間”との類似品である事に、違いない。

「人間を殺してはいけないとは言われなかった。そんなところ?」

 冷ややかで感情の無い声で問うが、化け物の声にも温もりは微塵も無い。

『確かに人間を殺すなとは言われていない。だからこそ、可能だ。禁じられていれば、実行不可能なのだから。アルティノルドの力に満ちたこの世界で、“神”に反することは出来ない。そのように創られている』

「自分にある役割に無い事、禁じられていなければ、出来るから、だから、してもいいと?」

『それだけの力がある。出来るのだから殺そうが問題無い』

「へぇ……そう……」

 禁止されていなければ、違反さえしていなければ何をやってもいいとは、どれほど傍若無人な振る舞いか。“神”とやらが支配するこの世界で、“神”が“人間”を優遇しているらしいと知っていながら、それを殺すらしい、このレイムラースは。なんと頭の悪い“天使”だと、ミラノは思った。

『私の守護すべき獣は、人間にモンスターなどと呼ばれている。人間などという弱く脆い存在と、地上を分かつ必要などない。それ程、獣は強い! なぜたった半分に甘んじなくてはならない! 召喚士がなんだというのだ?』

 “神”に対する疑問や不満を聞かされても、ミラノには何もしてやれない。理解も追いつかないが、それ以上に、どうでも良い。

 ミラノはただ静かにレイムラースを見る。

『お前は見なかったか? 巨大で、強い獣1体が、何十何百という人間を容易く殺せた。それこそが本来の人間と獣の関係だ。私が役割を放棄すれば、人間などこの地上から居なくなる。弱く脆い人間など、必要が無いという証明だ、正しく淘汰されるべきだ!』

 レイムラースが“天使”であった頃の役割は、獣の守護天使でありながら、人間を護るという矛盾を孕むもの。獣と人間の、バランスの調整者だった。

 獣達の大地である“モルラシア”から、人間達の大地である“アーティア”に獣が渡ったなら、追う。獣を“モルラシア”へ戻すか、殺してでも人間の大地への侵入を阻むという、役割だった。

 獣は体が大きい種も多数居る。それが地上の半分に、押しやられていた。

 矛盾は違和感を、違和感は確かな歪みを生じさせた。

「…………」

『私は“神”を待っている。私にこんな役割を与え、さっさと姿を消した──“神”を」

「…………」

『この世界の不公平な現状を、“神”は修正するべきだ』

 気に食わなければ世界が、社会が悪いと断じて、だだをこねる。与えられた役割さえ放棄して──ミラノはゆっくりと瞬いて、レイムラースを見上げる。

「…………」 

 ──もしかしたら、この“天使”に与えられた役割は……。

『待ってもなかなか来ない“神”は、今からよびだす』

 そう言い、レイムラースはミラノの胴をを掴んで引き寄せ、6枚の翼を一斉に動かし、飛び上がった。

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