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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
106/180

(106)召喚獣ベヒモス(3)

(3)

 地表が、大きく削られる。

 蹴り上げられた土砂と木々は、落下した場所でまた木々を薙ぎ倒す。

 山と山が激突して、その規模で炎を吹いたり、白色の閃光を吐き出すようなものだ。余波は周囲の山々を次々と潰し、大地に穴を開け、雲にすら風穴を開く。

 この桁違いの大きさをもつ獣は、“神”が天地創造の助けにと創ったという。海の“獣”リヴァイアサン、空の“獣”ジズ、陸の“獣”ベヒモスが集うのは、その時以来だ。人間など、彼らの一滴の涙で溺れる。それ程巨大な生き物が、間近で暴れている。もしリヴァイアサンが押しやられて王都に倒れ込んで来たならば、その瞬間に失われる命の数は計り知れず、完全に壊滅する。

 ベヒモスがこちらに背を向け、ジズを後ろ足で踏みつけて、前足をリヴァイアサンの顎に突っ込んだ。押さえ込んだリヴァイアサンの首を、ベヒモスはカバの口でがぶがぶ噛んでいる。隙間から、リヴァイアサンの鱗らしきものがばりばりこぼれる。

 ベヒモスの足の下から、ジズが白い閃光をギーギー言いながら放つ。だが、山を吹き飛ばす程の攻撃が見事的中しても、ベヒモスの毛を蒸発させ、黒色の肌をむき出しにするだけだ。次の瞬間には、するんと新しい毛が生えてきて、体表面を覆った。ダメージは限りなく0に等しく、ベヒモスは意に介す様子が無い。

 リヴァイアサンも自身のびっしりとある牙で、口の中に突っ込まれているベヒモスの太い前足をごりごりと、顎を左右に擦って噛み付こうとしているが、一向に歯が立たない。

 ベヒモスの動きは確かに鈍いが、3体のいずれよりも体が硬く出来ている。創造主たる“神”にしか、傷を付ける事が出来ないという伝承は、事実のようだ。

 そのベヒモスの頭の上の小さな丸い耳が、時折ひくひくっと揺れて後ろへ向いている。その度、何かに気付いてびくりと身を震わせ、隙が生まれている。その隙に、リヴァイアサンもベヒモスの顔面に爆炎を吹きかけるなどするのだが、これにはびくともしない。



 巨大生物の取っ組み合いを、城前広場の上空で見ていたアザゼルだが、手を休めていたわけではない。光の矢でアンフェスバエナを全て倒し終えた時、再びベヒモスの方を向いた。

「……ベヒモスの“絆”を、歪められたか」

 アザゼルは、ゆらりとミラノの居る方を見る。召喚された存在であるアザゼルには、召喚主の位置など容易くわかる。

「余波で、レイムラースに遮断され細くなった“絆”さえ断ちかねない。道を閉ざすおつもりか。我々にはその方が…………。レイムラースは、詰問だと言っているが、不届きにも“断罪”を目指している……このままでは……」

「アザゼル」

 背後から、シェムナイルが地に響くように太い、しかし静かな声で彼の名を呼んだ。

 アザゼルは顎を引きながらミラノから視線を逸らし、後ろで闇色の翼をはためかせるシェムナイルを見た。シェムナイルに、表情は無い。

「我々が案ずる事は常に何も無い。考え始めれば、レイムラースの二の舞ぞ」

「……それは、わかっているが。聞こえるだろう、召喚された身にこれは堪える。ベヒモスもさぞかし、不利だろうよ。身が裂けそうだ。──あの方の悲鳴が止まない。闇の淵が、その身を食らっているのだ」

 風が大きく吹いた。

 “神の召喚獣”ジズが、ベヒモスの足の下から脱し、片翼で不器用に空へ飛び上がろうとしている。

 顔にかかる銀髪を、シェムナイルはゆったりとした動作で避けて、アザゼルの瞳を見る。

「それを、この私がわからないとでも思っているのか、アザゼル」

「……闇のシェムナイルに、わざわざ説明する事ではなかったな」

 シェムナイルはそれには答えず、王城3階バルコニー辺りに視線を動かす。

「こちらへ召喚した“絆”が途絶えた時、あの方はもう二度と“霊界”を超えられない。それが、アルティノルドにも“神”にも変えられない、闇の……“霊界”の力だ」

「ではこの悲鳴は、無意識だとでも?」

「あるいはアルティノルドの求める──……」

 一際大きな奇声が山々を越えて響き渡る。見やれば、ジズのもう一方の翼がベヒモスに食いちぎられ、地に落ちるところだった。木々を薙ぎ倒し、倒れ伏す事で、地すべりを起こしている。轟音が王都まで届き、土砂は延焼を続ける山の一端を飲み込んだ。

 ベヒモスも、七大天使も眉をひそめる事は無い。

 別の、音無き音、声無き声に、びくりと身を震わせる。

 悲鳴は音ではない、召喚されたアザゼルら七大天使を、ベヒモスを引き裂くような痛み。強制的に召喚が解けてしまいそうな程の痛み、悲鳴が、召喚主から届く。

 “絆”を辿って、召喚士の心の痛みが、届くのだ。



 3階バルコニーへと上がってくる敵モンスターを全て斬り伏せたシュナヴィッツは、抜き身の刀をそのまま、ミラノの横に駆け寄った。

 その左袖をじっと見る。厚みが無い。目を上げて、シュナヴィッツはミラノの黒い瞳を見る。ミラノの瞳は逸らされていて、彼女は空に居る七大天使らを見ている。

「ミラノ」

 シュナヴィッツがその左袖に触れようとした時──。

「陛下!」

 バルコニー正面に、獅子の頭持つマンティコアが、ばさりとその翼を大きく羽ばたかせて降りて来る。マンティコア自身はそこで地に足を付き、翼を器用にたたんだ。高さをあわせるように下げられたマンティコアの頭から、ブレゼノはがっしゃんと鎧を鳴らして、バルコニーに飛び降りた。

「ブレゼノ、無事だったか」

 シュナヴィッツが声をかけるが、ブレゼノは眉をひそめて小さく首を横に振った後、ラナマルカ王を見た。

「飛翔系召喚騎兵は三分の一に減じ、地上の部隊はほとんど見つける事が出来ません」

 地上を駆けていた部隊の居た辺りはもう、リヴァイアサンやベヒモスらに踏みくちゃにされている。

「スティラード、リディクディ、レザードも死にました」

 聞いたことのある名に、ミラノは右手を自分の胸元にそっと当てた。どくどくと脈打つ自分の心音をつぶすように、上衣の生地をアクセサリごと握る。

 ──七大天使らの動きが一瞬止まり、ベヒモスの上体が少し傾いだ。

「そうか、わかった。ブレゼノ、ご苦労だった」

 ラナマルカ王は労いの言葉をかけて、ブレゼノの肩に手を乗せ、掴むように撫ぜた。シュナヴィッツも大将軍クロードも、そこに居た誰もが沈痛な面持ちでそれらを受け止めている。燃え盛る山々の中に取り残された王都で、傍らには創世期に力を発揮した巨大な“神の召喚獣”が暴れている。そこで、小さな人間が生き残る事は、きっとひどく難しいのだ。そういう納得の仕方を、した。

 その後も、ブレゼノが上空から見た城下町の被害状況を王に報告しているが、ミラノは聞いていなかった。

 目を瞑り、ただ覚悟した。

「ミラノ」

 ゆっくりと目を開けると、シュナヴィッツが半歩の距離に立っていた。鎧はあちこち擦ったような汚れや、緑やら青紫の返り血らしきものが付着している。兜を取り払った顔には、汗や擦り傷がある。本来まっすぐの亜麻色の髪は、頬や首に張り付いている。

 ミラノはゆっくりとシュナヴィッツの方を向き、見上げる。

 シュナヴィッツは、中身の無い左袖に手を近付けた。躊躇うように肩まで手を持ち上げて、そこに乗せようとして──すかっとすり抜けた。

 タイミングを合わせたかのように、ミラノの肩からごっそり腕が無くなったのだ。首の付け根から肩があった辺り、服がぺたんこになっている。二の腕辺りの腕輪がしゅるっと抜けて、落ちた。崩しかけた姿勢をすぐに正して、シュナヴィッツはひらひらと揺れるばかりの袖を見る。刀を持って居ない方の手が、ミラノの左腕のあった辺りに、触れそうで触れない。シュナヴィッツは息を飲み込んでから、ミラノを見る。

「ミラノ……腕が……」

 その様子を、淡々とした目で追っていたミラノは、ゆるく首を傾げた。

「……パールの場所が、わからないの……無事だと、いいのだけど」

 話を逸らしている。心配をしてくれるのはありがたいが、面倒なのだ。今、これが事実、それしか言えない。だが、理解を得たり、その心配を打ち消すには、きっと足りない。そもそもミラノ自身が、このまま実体が消えた後、どうなるのかわからないでいる。『心配しないで』なんて言ったって、説得力は欠片もないのだ。

「ミラノ、腕が」

 シュナヴィッツはもう一度言った。他に言葉が見つからないらしい。心配そうに眉間に皺を寄せて、眉尻を下げるシュナヴィッツ。

 ──なのに、彼はミラノに言わせるのだ。

「こんなの、なんともないでしょう? 私は召喚獣なのでしょう? はじめから。皆、がんばっているの。これ位、どうって事ないのよ。痛くなんて、ないのだし、本当よ?」

 そして、ミラノは微笑んだ。

 シュナヴィッツは下唇を噛んで、足元を見る。

 その沈黙に、ブレゼノの声が割り込むように聞こえた。

「ここへ来る際、屋上、聖火台の傍で正体不明の獣と、そちらへ向かって飛ぶ“炎帝”とレッドヒポグリフを見ました」

「……屋上」

 ミラノが小さく呟く。正体不明の獣とは、パールフェリカを捕らえた6枚の翼を持つ、レイムラースとやらではないのか。

「父上、僕も兄上のところへ行きます。まだモンスターの姿がありますのでティアマトは置いていきます。ブレゼノは父上を頼む!」

 駆け出すシュナヴィッツの腕を、ミラノの右手が掴む。

「私も行きます」

「ミラノはここに居ろ!」

「パールは私の召喚主なのでしょう。召喚獣が主の危機にその傍へ行かないなんて、どうなの?」

 まっすぐに見上げるミラノの瞳を、シュナヴィッツは目を細めて見返す。彼はぐっと奥歯を噛んだ。

「…………僕から、離れるな」

 シュナヴィッツが先を走り、ミラノもその後を追って広間を出た。

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