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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
105/180

(105)召喚獣ベヒモス(2)

(2)

 王都城下町を襲撃していたモンスターらは、七大天使のアザゼルやシェムナイルの光と闇の攻撃によって、その数を大きく減らしつつある。だが、街中には倒壊していく建物の隙間を駆け、逃げ惑う人々がまだまだ多くある。城前広場を目指すが、辿り着けているのはほんの一握りだ。

 七大天使のイスラフィルとレザードのコカトリスによって、敵モンスターを排除出来つつある城前広場に辿り着けたとしても、状況が完全に改善するわけではない。暴れまわる巨大なモンスターを前に、人間は一薙ぎ、一払いで、簡単に命を奪われる。モンスターの一歩を逃げるには、人間は十歩駆けねばならない。あっという間に捕まるか、その牙にかじり付かれ、その喉の奥に消える。

 1人でも多く救おうと、レザードは召喚獣コカトリスに騎乗して、城前広場をじわじわと中央城下町側へ移動している。

 城前広場の戦力は、上空の炎操る天使イスラフィルとこのコカトリスだけだ。ティアマトは城近く、城内に侵入しようとするモンスターを蹴散らしている。が、いかんせん敵の数が多く、また場所も狭い為、最大サイズ最大攻撃力を、ティアマトは生かしきれていない。とはいえ、多彩な攻撃手法を持つティアマトでなければ護りきれない持ち場だ。本陣を護る為、ティアマトは城前広場へ来る事は出来ない。

 ティアマトの半分の大きさではあるが、建物4階分の大きさはあるコカトリスの頭に乗って、レザードは巨大な敵モンスターにも立ち向かう。コカトリスの翼には鱗がある、翼の先の尖った鱗を刃のように振り回す。それだけでラナマルカ王ら、ティアマトの居る方へ向かうモンスターの数を減らす事が出来た。だが、逃げて来る人が足の間をすり抜け始めると、身動きがなかなか取れなくなる。

 真紅の天使イスラフィルは、上空のワイバーンを全て撃ち落したが、地上の敵となると、足元を人間がうろうろして、一対一を強いられた。護るべき人間だが、恐怖に震えて予測不能の行動をとる。誘導したり、庇ってやったり、騒ぎの根源たる敵を打ち滅ぼそうにも無駄は増える一方で、同じ時間での撃破数は大幅に減っている。

 昼も過ぎようとしているのに、辺りは薄暗い。濃く黒い雲が、ガミカ王都を包んでいるのだ。

 リヴァイアサンと、もうしばらくもすれば全身を現すだろうジズが、遠いのにはっきりと見えている。どちらも巨大なのだ。

 何故、あんな獣が存在するのかと、レザードは思う。

 今、目の前にしている様々な敵モンスターも、皆人間と比べると遥かに巨大だ。その姿を前にするだけで、恐怖に身は竦み、その時点で人間は酷く不利だ。

 ──それでも、今はパールフェリカの召喚獣ミラノが居てくれる。

 見上げれば、光輝く7人の天使の姿がある。それに勇気付けられて、人々はどうにかこうにか戦い、逃げ延びている。

 リヴァイアサンらの方を見れば、既に敵ドラゴンの姿は無い。

 ミラノが返還をしたのだろう。

 怪我をしたという風ではなかった、あの左腕。

 召喚獣が召喚術を使うなど、聞いた事が無かった。あれが、その代償というのだろうか。

 ミラノには、これからリヴァイアサンとジズを、還してもらわなければならない。さらには、これからまた召喚されるであろう最後の“神の召喚獣”、ベヒモスをも──。

 その時には、ミラノはどれだけ“形”を残しているのだろうか。

 ネフィリムに必ず護れと言われはしたものの、彼女以外“神”に抗う事は出来ない。せめて少しでもその負担を減らすのが、その役目を仰せつかった自分の出来る最大の事。そう考え、レザードは単身城前広場へ躍り出た。

 敵ドラゴンは既に還され、城下町のモンスターも大幅に数を減らしている。上空からきっと、ブレゼノとスティラードが率いる飛翔系召喚騎兵が援軍として来てくれる。そう信じて、レザードはコカトリスの頭の上で、その鶏冠に手をかけ、立っている。

 10万人を収容できる城前広場、埋め尽くしていた人々を蹴散らしたモンスターの数は、大幅に減じたとはいえ、まだまだ五分にさえ程遠い。単騎では敵の攻撃も集まる。いかに、ガミカの騎士達憧れの近衛騎士、その生え抜きの護衛騎士レザードであっても、あまりに旗色が悪い。

 足を取られ、うまく移動出来ず、少しずつ包囲される。離れたところから獣の低い唸り声が聞こえ、レザードははっとして振り返り、コカトリスにもそちらを向かせた。

 3匹のクルッドが、彼らの味方の他モンスターさえも鋭い爪で踏み潰しながら、もちろん人間も踏みくちゃにして血煙を上げながら、一気に駆けてくる。眼前で飛び上がり、コカトリスの頭上から襲いくる。レザードは天を指差しコカトリスに叫ぶ。

 だが。

 1匹2匹と石化させたものの、3匹目が間に合わなかった。残ったクルッドの爪が、コカトリスの頭を大きくひっかいた。

 次の瞬間、コカトリスの頭に取り付いたばかりのクルッドが、足場を失って落ち、地面に叩きつけられてぎゃんと悲鳴を上げた。足場、コカトリスが大気に溶けるように消滅した為だ。

 強制解除であり、その召喚士の亡骸は、さらに巨大なクルッドの下敷きになった。

 それを、退却して戻って来ていたブレゼノは、空の上から見ていた。交戦中のコカトリスを見つけ、急降下中だったが、間に合わなかった。マンティコアの頭を上げ、ブレゼノは再び上空へ戻る。

「…………レザードまでが……」

 仲間の死、あるいは己の死という未来が、常にいつかあるものだとしても、それが全て今日だとは、思わない。戦いの日々、そうやって潜り抜けて来ていた。だが、今日という日はあまりに──残酷だ。覚悟はあっても、胸を貫く痛みは、簡単に抑えらるものじゃない。



 一山程ある巨大なリヴァイアサンと、2枚目の魔法陣から完全に抜け出した怪鳥ジズ。両者が並ぶと、空は埋め尽くされる。

 “神の召喚獣”ジズは、トカゲかドラゴンかという顔をしていて、その鋭い目をぐるりぐるりと、何かを探すように巡らせている。見出せないとなると、黄色とオレンジの羽毛を飛び散らせ、ハリケーンのような突風を生み出す羽ばたきを見せた。次いで、先程失敗した巨大な光線を嘴の奥から吐き出し、反対側の山を吹き飛ばした。それに呼応するかのように、リヴァイアサンも口を縦に大きく開き、城下町へ向けて爆炎を吹きかける。

 すぐに、エメラルドの翼を持つ七大天使ミカルが飛び、爆炎の前に盾を生み出した。だが、天使の作った盾も、爆発と共にカチ割られ、炎の塊が王都へ流れ込んだ。街の四分の一が、あちこち轟音を上げて爆裂し、雲まで達する煙を吐き上げていく。それには、モンスターも人間も、多くの命が巻き込まれた。

 リヴァイアサンが、ジズが“何か”を求めるようにあちらこちらを向き、木々と大地を蹴り上げ、吹き飛ばしながら王都へ近寄る。

 七大天使さえ、その圧倒的な威圧感に動きを止め、リヴァイアサンとジズを見上げた。



 あまりの様子に、ラナマルカ王はバルコニーの手すりまで駆け出した。ミラノもその後をついて行く。王は都をぐるりと見回した。

「…………──ひどい」

 目を細めたミラノは、右手をリヴァイアサンとジズへ向ける。顎を上げて睨め付ける。

「また、会ったわね」

 先にリヴァイアサンに手を向けて、下ろす。対処法なら、わかっている。すぐにリヴァイアサンの頭上に七色の魔法陣が回り始める。

 それに気付いたラナマルカ王は、やや背後に立つミラノを振り返った。

「ミラノ……すまん、頼む……!」

 言葉と共に、その頭が下げられた。バルコニーからこの広間へ向けて、どこからか上がる人々の「ミラノ! ミラノ」という声は、時に途切れながらも、続く。

 敵モンスターの広間侵入も、ティアマトの健闘によってようやっとおさまり始めていた。ほっとして、シュナヴィッツは父王を、ミラノを、見たのだが──。

 ミラノの左袖が、肘辺りからペタンコで風に揺れているのに気付く。

 城前広場から、さらには城下町から、やまない火炎の熱気が、山頂の巨城エストルクへと吹き上げている。その風が、ミラノの左袖をさわさわと揺らすのだ。

 “うさぎのぬいぐるみ”でボロボロに、ぺたんこになっている姿なら見たが、“人”の姿でまで“そうなっている”のは、どういう事か。

 疲労から重くなりつつある足を持ち上げ、シュナヴィッツはミラノの傍へ駆ける。

「ミラノ! その腕──」

 ミラノがちらりとシュナヴィッツを見た時、空から、強烈な光がカッと差し込んだ。王都全体が白く輝き、室内の広間にはその分濃い影が落ちた。

 突如、巨大な光の帯が、暗雲を割って現れたのだ。

 輝きと共に響いたどすんという衝撃音。衝撃波は強い風となって王都中を吹き荒れた。王城3階バルコニーにも強い風が吹き込んできた。咄嗟に大将軍が王を庇い、シュナヴィッツはミラノの前に立った。突風が収まるのを待って、再び空を見上げる。

 光の帯は、リヴァイアサンを返還しようと生み出されたミラノの魔法陣にぶっ刺さり、食い破っていた。

「──な!?」

 大将軍クロードは声をあげ、王の隣でバルコニーから身を乗り出した。ばさばさと揺れる髪を乱暴に払いのける。

「またか!?」

 やまぬ荒れる風に、パラパラと埃も巻き上げられ、細かな木の枝も飛んできている。それらをそれぞれ払いのけては、目に砂が入らぬよう薄目で辺りを窺っている。

 風があらかた収まると、皆、空を睨んだ。

 光の帯は、リヴァイアサンやジズの頭上でぐるぐると巡り、円形に巻き取られると、魔法陣の形をとり始めた。

 ミラノの魔法陣は消され、何処からか飛んで来た光の帯によって、新たに3枚目の魔法陣が生み出されている。その下で、リヴァイアサンとジズが大地に空にと暴れる。それを、止めるものは何も無い。

 空に生まれた魔法陣の中から、間を開けず、黒ずんだ太い手足らしきもの下側に現れはじめる。

「──“神の召喚獣”ベヒモス……!」

 ラナマルカ王が、見るに忍びない程の悲痛な面持ちで、第3の“神の召喚獣”を見上げている。

 ミラノは、ベヒモスが現れつつある魔法陣を半眼で睨む。奥歯をぐっと噛んでみたが、すぐに解いた。

 笑みが、こみ上げて来たのだ。声をあげて笑うという事は無いが、ほんの少しだけ口角を上げ、目を細めた。

 ──次は、どこを持っていくのかしらね……義手って……高いのかしら。腕で済めば、良いけれど。

 そんな事を考えて、表情を真顔に戻した。“やれば出来た”が通用すれば、良いが……。

 ミラノの足元に、七色の魔法陣が生み出されると、内側から光の帯がうねるように伸び上がる。空へ登る程、太く、巨大な光の柱へと変貌する。

 試しにミラノが作り出した“光の帯”は、ベヒモスが姿を見せ始める魔法陣の一端に、がちんと突き刺さると、荒々しく上下動して一気に食い破る。

 自分の魔法陣が食われたのを、真似してやったのだ。どうやら、出来たらしい。魔法陣をあらかた食い荒らすと、ミラノのその光の帯は、破れた魔法陣を潜り抜け、現れかけていたベヒモスの手足に巻きつく。

 ぎゅっと光が収束して消失したかと思えば、再び輝きが灯り、魔法陣が生まれ、大きく広がる。すぐにそこから、ベヒモスが姿を現し始める。それも先程とは比べ物にならない速さで、全容を見せる。

 リヴァイアサンとジズの間に、轟音とともにベヒモスは産み落とされた。

 凶悪な姿をしているリヴァイアサンとジズに比べると、それの瞳は円らだ。爬虫類型の二体と異なって、伸びた鼻先と大きな鼻の穴、間の大きく開いた目は愛嬌さえある。4つ足で、カバのような印象がある。

 大きさはリヴァイアサンとほぼ同等。全身を長いまっすぐの灰色の毛で覆われている。頭の上にもその毛は生えている。毛の隙間から、例の丸い黒い目が覗いている格好だ。

 重量たっぷりで、一歩足を踏み出すだけで、大地が抉れる。

 少し口を開いて、かはーと息を吐き出す。それで木々は吹き飛び、空に舞い上がる。

 動きはリヴァイアサン、ジズと比べると遅い。歩みを止める、という動作すらゆっくりしたものだ。

 丸い瞳が、びたりと、3階バルコニーに居るミラノを見つめる。

 それを受け止めて、ミラノは細めた目を持ち上げた。ベヒモスと、目を合わせる。

「──あれを、何とかしたいの」

 ミラノは小さな声で呟いた。この距離でそんな小声が届くはずはないのだが、ベヒモスはゆらりと首を回して背を向けた。ずしんずしんと地を鳴らし、木々を、大地を破壊しながら進む。

 そして、動きを止めていたリヴァイアサンとジズに向け、前足を大きく上げて襲い掛かった。粉塵が大きく巻き上がり、その光景の半分を隠す。

 リヴァイアサンとジズの、さらにはベヒモスの奇声が耳をつんざく。辺りに満ちる。

 やられた事をやり返して、“神の魔法陣”を破壊した。ついでにミラノは、召喚されてくるものを、乗っ取ってやったのだ。ベヒモスは、ミラノに従う召喚獣。

 ベヒモスの巨大な口が、ジズの翼を一枚、食いちぎった。

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