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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
104/180

(104)召喚獣ベヒモス(1)

(1)

 青空には、じわじわと灰色の雲が浮かび始めている。

 ひび割れたような雲の切れ間からは、太陽の光がこぼれ、その屈曲したラインだけ、コントラストで白く輝いて見える。陽光は、地面まで届かない。昼間であるのに、雲は厚みを増して、黒く変色していく。

 敵ドラゴンが次々と魔法陣に飲まれるように消えて、しばらく経った頃、マンティコアに騎乗していたブレゼノは、別の召喚騎兵の報告に「そうか」と小さな声で肩を落としていた。

 26歳のブレゼノは、以前はスティラードと共にネフィリムの護衛騎士だった。10年以上も前から共に戦場を駆けた戦友の最期は、無口な彼の言葉をさらに奪った。

 眼前の巨大な魔法陣は、“神の召喚獣”リヴァイアサンを吐き出そうとしている。

 ぱきっと、黒い雲から雷が大地に落ちて、樹木を割った。その落雷は、プロフェイブのエルトアニティ王子が繰る“雷帝”のものではない。“雷帝”は、ガミカの飛翔系召喚騎兵の編隊のさらに上空で、ぱちぱちと小さな雷をはらむ長大な翼をゆるやかに羽ばたかせ、リヴァイアサンの方を見ている。エルトアニティ王子は、召喚を解除することもなく、“雷帝”を共に戦わせてくれるようだ。シュナヴィッツのティアマト、ネフィリムの“炎帝”を欠いた戦線では、とても心強い。だが、相手は“神の召喚獣”である。

 逃げる事さえ、出来るかどうか怪しい。

 落とした肩を精一杯持ち上げて、ブレゼノは背筋を伸ばした。

 その後方から、流れ星のようにしゅっと前に回りこんだものがある。

「リディクディ!」

 声をより大きく伝える為、ブレゼノは兜を外して脇に抱えた。春の風だが、随分と生温く、汗の流れる頬を空しく撫でる。

「お前、怪我は大丈夫なのか」

 ブレゼノは、前方に現れたセントペガサスに騎乗するリディクディに、声を投げた。マンティコアはティアマトよりは小さいと言っても、5階建ての建物程の大きさがあるのだ。その大きさのマンティコアに騎乗する時、ブレゼノは鞍を付けず、獅子の頭の長い鬣を体に縛り付けている。

 獅子の頭の正面辺りまで、ペガサスは寄ってきた。

 リディクディのセントペガサスの最大サイズは、馬よりほんの少し大きい程度。だが、その飛翔スピードは最速を誇る。

 リディクディの方は最初から兜をしておらず、ゴーグルといつものマスクだけ。ゴーグルを額に跳ね上げ、マスクも取り払ってしまった。その瞬間、爽やかな笑顔を見せる。男が男に見せる顔ではないが。

「動けない事はありませんし、伝令ばかりだから平気です」

 元気である事をアピールしたいらしい。リディクディは、21歳と若いパールフェリカの護衛騎士で、どこに行っても女官らに人気がある。

 ブレゼノもリディクディも端正な目鼻立ちをしている。ブレゼノは、常日頃厳しい顔付きをしてとっつきにくく無口だが、リディクディの方は、つくりから口角を上げたような相貌をしている上、愛想が良い。笑顔になると少年っぽさが抜け切らず、余計に女心をくすぐるらしい。老若男女に好かれるのが、リディクディの長所と言える。そのようなリディクディでも、すぐに頬を引き締めた。

「ブレゼノさんとスティラードさんは王都まで戻って下さい。この──」

 そう言ってぎゅるぎゅると回る巨大な魔法陣を、リディクディは見上げる。

「“神”の魔法陣は、ミラノ様に何とかして頂くしかありませんから」

「そうか。わかった──だが」

 言いよどむブレゼノの言葉を、リディクディは待つ。

「……?」

「スティラードは死んだ」

 両者は空の上で停止した。

 ミラノの敵ドラゴン返還は、間に合わなかった。

「わ、わかりました。そのように、伝えます。……ブレゼノさん、他の召喚騎兵とともに戻ってください。では、俺は先に行きます」

 その、次の瞬間。

 マンティコアは突風にあおられ、5回半回転しながら空を滑るように落下した。大地へ叩きつけられる前に、マンティコアは翼を広げて姿勢を取り戻した。ばさりばさりと再び高度を上げるマンティコアの上で、ブレゼノは頭を揺すって、自分が元居た辺りを見上げた。

 青黒い鱗に覆われた巨大な腕があり、先端に黄色い爪が5本伸びていて、内1本に何か絡まっている。

 爪は巨大だ、爪だけでマンティコアの大きさと変わらない。

 その爪に転がる、2つの物体。

 腕が再び風を生みながら離れていくと、その2つの物体はあっさりと落ちた。物体は、もう元の形もわからない程、潰れている。

 マンティコアが自主的に後退していく中、ブレゼノは叫ぶ。

「リディ! リディクディ!!」

 落ちて行く最中に、青白い方の物体が──セントペガサスが姿を消した。召喚士の力が、尽きた証明になる。もう一方は、木々の間に消えた。

 ブレゼノは口を一文字に引き結び、顔ごと背けた。

 主の指示が途切れたまま、マンティコアは大きく翼を動かして、振り下ろされるリヴァイアサンの爪を避けてくれている。だが、仲間である他の飛翔系召喚騎兵は、その巨大な腕から逃げ切れず、はたかれ、あるいはその風圧にあおられ、次々と落下していく。

「退け! 退けー!!」

 ブレゼノは喉の限りに声を張り上げ、自身も下がる。

 ガミカの飛翔系召喚騎兵は、その数を半数以下に減らして、大きく後退した。



 リヴァイアサンの姿が、完全に顕れた。

 ジズは、もう半分以上姿を見せている。

 ブレゼノは絶句した。

 リヴァイアサンの大きさは一山あろうかというものだ。轟音を上げて、魔法陣から放り出され、木々を薙ぎ倒し、地面に降り立つ。同時に粉塵が巻き上がり、視界の半分を埋めた。

 リヴァイアサンは大地を削るように長大な体を捻り、長い胴の真ん中辺りから体を起こしている。頭は、雲にさえ届くのではないかと思わせた。背の真ん中から後ろ足辺りにかけて、棘だらけの翼があり、そこから尾が続く。とぐろを巻けば、王都などは軽く踏み潰されてしまいそうだ。

 リヴィアサンがどしんと尾を地面に叩きつけると、退却を進めている地上部隊の召喚騎兵らは、体ごと浮き上げられている。即席の地震だ。

 全身を覆う鱗、瞳はともに深い紺色で、光でも当たらなければ黒色に見える。凶悪な面構えは、以前サルア・ウェティスで召喚されてきた時と何ら変わらない。額の、刃のように縦へ伸びる大きな鱗も健在だ。

 ブレゼノの脳裏に、どうにも戦いようが無かったウェティスでの戦線が蘇る。

「来る、のか……人如きではもう、どうにも……」

 はっと気付けば、リヴァイアサンのやや後方、回転中の魔法陣からも、もう一体の“神の召喚獣”が顔を出して、きょろきょろとしている。

 体がすべて現れる前だというのに、そいつは嘴をかぱっと開いて、巨大な白い光線をあらぬ方へ吐き出し、山を一つ、消し飛ばした。光線の衝撃波は後から来て、空にあるガミカの召喚騎兵の編隊を大きく揺らした。

 巨大な鳥の頭は、ゆっくりと首を傾げた。まだ完全に召喚されきっていない事からの定まらぬ狙い、“失敗”に戸惑っているらしい。城でも狙ったか。

 ブレゼノは肩から胸を上下させ、息を乱していた。

「……ガミカは、もう…………」

 ようやっと搾り出した声。だが、そこから先はもう、言葉にならなかった。

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