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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
102/180

(102)未来の希望(2)※流血表現

(2)※流血表現があります。

 木々の上、青空。

 ガミカの飛翔系召喚騎兵の半数が編隊を組んで、睨む。

 さらに上空には昨日も王都で見られたばかりの、巨大な“神”の魔法陣が回転している。視線を少し下方へ動かせば、木々を絨毯にして、もう一枚巨大な“神”の魔法陣が展開しており、どちらもぎゅるぎゅると勢いよく回っている。

 その向こうの敵召喚ドラゴンが、俄かに動き始める。

 地上で休憩を取っているであろう残り半数の飛翔系召喚騎兵と、それを率いるスティラードへ、ブレゼノは兵をやって知らせる。

 敵ドラゴンが再び動き始めた、と。

 全員が空へ再び集結した時には、ガミカの飛翔系召喚騎兵の編隊へ、敵ドラゴンが入り乱れるように飛び込んで来ていた。敵ドラゴンは人を一握り出来そうな手足と、その舌でぺろりと飲み込んでしまえそうな巨大で長い口を持っている。鰐のそれを縦にも横にも大きくしたようなもので、上顎にも下顎にも鋭い歯がびっしりと埋まっている。

 双方交差するように、空を飛翔しながら激突を繰り返す。

 この状況で、シュナヴィッツのティアマト、ネフィリムの“炎帝”フェニックスの抜けた穴は大きい。

 “雷帝”も複数の敵ドラゴンに執拗に追い掛け回されている。“疾風迅雷”の化身である“雷帝”が追いつかれる事は無いが、逃げる先逃げる先にドラゴンが回り込み、大量の火炎ブレスを吹き込む。雷撃を敵ドラゴンに投げかけるが、“雷帝”も“炎帝”同様、大味の技が多く、一対一ではその能力を活かしきれない。大きな力を放つ為の時間を稼ぐことも出来ていない。援護にまわろうとするガミカの飛翔系召喚騎兵もあるが、速度に追いつけない上、途中で“雷帝”へ向かう別の敵ドラゴンに横からその腹を噛み付かれている。

 また、騎乗する召喚士が狙われ、その首を爪の一掻きで跳ね飛ばされ、落下しながら消えていく。その爪をかわしても、巨大な尾に突如真下から襲い掛かられ、バランスを崩して、騎乗する兵だけが大地へ落ちていき、しばらくして召喚獣が姿を消す。

 敵ドラゴンは、召喚士の頭の上から尾を振り下ろし、叩きつけ払ってぐしゃりと押しつぶす。鎧の隙間から飛び出る血飛沫が、召喚獣の背に飛び散る。例え召喚獣が致死量ダメージを受けていなくとも、健在であろうとも、その背に騎乗する召喚士が息絶えたならば、召喚獣は消えるしかない。召喚獣が消えた後には、召喚士の残骸が落下し、血液は雨のように木々に降り注ぐ。

 1人で5匹もの敵召喚ドラゴンと対峙する稀少種の召喚獣グリフォン。騎乗するスティラードも苦戦を強いられている。

 なんとか4匹目までを避けたが、その為グリフォンの姿勢はこれ以上変えられない。最後の1匹がもう目の前に迫る。巨大な顎が風をはらんで大きく開き、スティラードの全身に影を落としながら一気に詰め寄る。スティラードは、その敵ドラゴンの赤い目を睨んだ。

「……くそ……!」

 ドラゴンの口が勢いよく閉じ、ガツンと大きな音が響いた。

 主を失った召喚獣グリフォンが、空気に溶けるように消えていく。入れ替わるように飛び抜けるドラゴンの歯からは、赤い液体が滴る。笑みの形でその歯をむき出しにして、ドラゴンは飛び去った。



 どこから現れたものか、城前広場にも、城内にもモンスターが入り込んでいた。倒せば死体が積み重なる。つまり、召喚獣ではないという事になる。

「……これも本物か!」

 すでに片手では数えられない数のモンスターを打ち倒して、シュナヴィッツは吐き捨てるように言った。打ち倒した獣──狼を大きくしたような黒毛の生き物──の首の後ろから、刀を引き抜いた。濃い緑の血液がぶしっと飛び散るのを、シュナヴィッツは半身ずらして避けた。皮膚の硬いモンスター相手では、刃がもたない。

 召喚術を併用しながら、次々と襲い来るモンスターと対峙を続ける。

 救いは、この広間へ入って来れるサイズのモンスターだけを相手していれば良い、という事。入ってこれるサイズのモンスターは、本来ならば人は“獣”と呼ぶ存在だ。人に害なす時、獣は害獣、“モンスター“と呼ばれる。

 狼より体格が3倍の大きさの獣、爪がより大きな熊のような獣──日頃はそれぞれの生息地で大人しくしていて、わざわざ人里に降りて来ないような獣まで居る。何者かが、“モンスター”に仕立て上げていると、疑いたくなる。

 突然現れた事から、シュナヴィッツはつい先程、ミラノによってこの広間へ瞬間で移動した自分の事を思い出していた。ミラノと同じ逆召喚術を使うものが、モンスターを城内へ移動させて来たのかもしれない、と。──しかし、誰が?

 考えたところでそれを誰かに告げる余裕も無ければ、意味も無い。現状のこの脅威を振り払う事が何よりも先だ。

 バルコニー正面、表には、昨日の昼間襲ってきた召喚獣の、本物、今命あるモンスターが地面を揺らしながら巨城エストルクに体当たりをかましている。その度、床が揺れた。

 巨大なモンスターは、黒い獣クルッドや凶悪な蛇バジリスクなどだ。それらはゆうに100を超える数で王城を取り囲んでいる。1匹1匹の大きさは3階の建物の大きさと変わらない。

 それらの大きなモンスターは全て、ティアマトとレザードの召喚獣コカトリスが少しずつではあるが、打ち倒している。敵モンスターが召喚獣でない事から、足場はその死体でどんどん悪くなる。

 大きく口を開いた格好となる3階広間のバルコニーには、次々とモンスターが飛び上がっては侵入してきている。

 アルフォリスとその召喚獣のレッドヒポグリフは既に、ネフィリムとパールフェリカを探しに行ってここに居ない。

 広間で現状戦えているのは、シュナヴィッツ、レザード、大将軍、ラナマルカ王とその護衛騎士が5名。あとはほとんど死んだか、その一歩手前の状態で倒れて息を潜めている。モンスターの死体の間には、人の遺体も多く、混ざっているのだ。

 重鎮の中でも文官らはとっくに、城の奥へ「ひいっ」と声を上げて逃げた。

 大将軍と護衛が「まだここに居る」と宣言する王を守りながら戦う中、ミラノは静かに下を向いて自分の足元に魔法陣を作り出す。

 今、ミラノの周囲には、不思議と敵モンスターが近付かない。

 それがまた、逃げ遅れた重鎮らの不安を煽るのだ。あれはやはり“魔女”だった、あれが手引きをしたのだと……扉の影、廊下の向こうから。

 実際のところ、モンスターが近付かないのは──。

 ミラノの足元の七色の魔法陣から一枚二枚と横滑りして、新しい魔法陣が生まれる。足元のものが消えた時、ミラノの周囲には七枚の魔法陣がきゅるきゅると回っていた。

 一斉に七色の光が吹き上げると、魔法陣の内側から翼持つ人、天使が現れる。七人の神の御遣い、七大天使だ。

 モンスターらが避けたのは、これらが召喚される事を本能的に察知したからだ。

 その瞬間、広間だけではなくバルコニーさえ、光で満ちた。

 内外のモンスターも人も、それらを見上げて、動きを止めた。

 ──ミラノは目を細めて見下ろす。左手の親指から順に、さらに色が薄くなり、じわじわと形を失い、消えていく。その様子をミラノはじっと見ていた。

 ──止まった……。

 左手首から先が透明、いや何も無い。まるで“うさぎのぬいぐるみ”の時のように、白く色の薄くなった手首辺りで丸くなって、そこから先が無い。ミラノは、小さく息を吐いた。

 そうして、城前広場を見下ろす。そこは既に、惨劇の舞台。

 城前広場には、城下町から逃げて来ていたガミカの民が、日頃戦場と関わりの無い一般人が溢れ返っている。その上空へ、20体のワイバーンがばさばさと群れ飛んきて、火炎を次々と吐き出している。人の断末魔と悲鳴が、人肉の焦げた臭いが、広場のあちこちに満ちる。炎と炎の合間に、ワイバーンの鋭い爪や毒のある尾が無差別に人を襲う。この広場へは、ガミカの軍が一部隊も辿り着けていない。

 城下町では逃げ遅れた人々が建物もろとも、巨大なクルッドに片っ端から踏み潰されている。

 建物の崩れ落ちる音と悲鳴と、高らかなクルッドの吠え声が響き渡る。

 空にどろどろと新たに現れたのは、翼のある巨大な蛇。口を大きく開いて吹き出す火炎の息に、街は、人々は次々と焼かれていく。その蛇は両端どちらにも頭があり、滞空したままあちらこちらへ火を吹き散らしている。それらの火は次々と木々に燃え移って、風が火の粉を撒き散らす。

 喉を焼く熱気が、黒煙が山を登り、巨城エストルクへ迫る。



 均衡は、どのタイミングで崩れたのか。

 上空に現れた敵ドラゴンと対峙、召喚士としてミラノの放つ七色の魔法陣によって奇跡のような召喚術が展開している間は、圧勝ムードであった。

 その魔法陣が破られ、“神”の召喚魔法陣が現れた。リヴァイアサンとジズの一端が見え始めた時──人々の間に畏怖が広がった。逆らってはならないものに戦いを挑んでいる、と。

 ──そこから事態は変わり始めた。

 一方で、唐突に王都内の各地に現れたモンスターの群れ。それは、パールフェリカがさらわれた時、6枚の翼を持つ黒い化け物が現れた時と、同じタイミングだった。

 そうして敵ドラゴンが再び襲い掛かってくると、王都内にも炎が吹き荒れた。

 意識ある者の脳裏に浮かび上がる文字──王都陥落。

 絶対に避け得ないもののように、誰にも思われた。



 ──それを、覆す。やってみる。

 7人の天使が翼を広げる。

 それぞれに色は異なるが、全員4枚の翼を持っており、天井につかぬよう器用に折りたたんでいる。立つ姿は、人の1.5倍程ある。召喚主を囲むように7人は立っている。

 中央、天使から零れ落ちる7色の輝きが降り注ぐ。ミラノはその光に照らされながら、やはり表情無く城前広場を見下ろしている。

 ミラノは自分の右手正面に立つ、白く光る天使に話しかける。

「アザゼルさん。これは、何が起こっているか、わかりますか?」

 孔雀王の二つ名を持つアザゼルは、ゆらりと半身振り返りミラノを見下ろす。

『残念ながら答える事が出来ません。言える事は、リヴァイアサンがもう間もなく姿を現すでしょう。ジズもまた、姿を見せます。……レイムラースは既に来ているようだ、あなたももう、会ったのではないですか?』

「……レイムラース?」

『おそらく既に、“人”の姿をしていないでしょう。6枚の翼の──』

 ミラノは息を飲んだ。

 パールフェリカを連れ去った化け物には、6枚の翼が生えていた。

「あれは、何です? 私の……大事な友人が連れて行かれました」

『……道を見失った者。哀れな存在です。あなたの友人なら、きっと無事でしょう。レイムラースにも、目的がある』

「目的?」

『これ以上は、レイムラースに直接聞かれるといい』

「…………」

 ミラノは沈黙と、決して揺るがない視線をアザゼルへ向ける。彼は一度ゆっくりと瞬いた後、空を見た。

『そして、アルティノルドも来る』

「あるてぃのるど……?」

 ミラノにとって、初めて聞く名だ。その名を口に出したミラノを、アザゼルが再び見下ろす。

 ミラノとアザゼルの視線が絡む。どちらも、表情を見せない。

『…………』

 視線を合わせたまま、ミラノはゆるく首を傾げた。

「わかりました、心構えとして、覚えておきます。前回と同じですが、あのモンスター達を何とかしたいの」

 ミラノがそう言うと、アザゼルは一つ頷き、他の6名の天使に視線を動かし、全員同時に、バルコニーから飛び立った。その翼の軌跡を光の鱗粉が描き、7人28枚分、城内にはらはらと、きらきらと降り注いだ。

 7色の光の欠片を、生き残っていた人々は見上げ、手に受け止めた。



 一人バルコニーに立つミラノの横に、黒い狼型のモンスターが低く構え、飛び掛ろうと腰を下げて狙いを定めた。ミラノがはっとしてそちらを見た次の瞬間、しゅっと血飛沫が大きく舞い広がった。モンスターはぐらりと傾いで、どすんと倒れる。

 獣の横っ腹が大きく開いて、内臓なかみがこぼれ落ちる。その獣の後ろから、レザードが幅広の抜き身の刀を持ったまま、ミラノの傍へ駆けてくる。刀の血は、駆けながら払っている。

「ご無事ですか? ミラノ様」

「え、ええ……」

 ミラノがそう返事をした時、ちゃりん、ちゃりんと音がした。

 左腕の袖、手首と肘の間でゆったりとした布を留めていた腕輪が2本、床に落ちた。それをレザードは不思議そうに拾い、しゃがんだ事でミラノの左袖に気付いた。慌てて見上げ、平然としたミラノと目があう。

 ミラノは、右手の人差し指をそっと口元に当てる。厚すぎず薄すぎない、淡い朱色の唇は、『し』の形をしている。レザードが小さな声で「ですが」と呟いて、首を横に振って立ち上がる。ミラノは困ったように首を傾げる。

「大丈夫ですから。心配をされる方が、困ります」

 何がどう大丈夫なのか根拠はないが、困るのは本当だ。彼は戦力なのだから、ミラノには出来ない事なのだから、ちゃんと戦って欲しい。

 レザードは沈痛な面持ちを浮かべた後、城前広場を見、そしてミラノへ精一杯の笑みを向ける。

「……もう少しさがっていて下さい。陛下の護衛とシュナヴィッツ様の手の届く所まで。──私もあちらへ行きます。その方が、あなたの負担は減るのでしょう?」

 そう言ってレザードは自身の召喚獣コカトリスをバルコニー傍に呼び寄せた。辺りの敵モンスターを蹴散らしたコカトリスの頭に、レザードは飛び乗る。

 コカトリスはばさりと短い羽を広げ、ゆっくりと飛びながら、口から灰色の光線を放つ。コカトリスの怪光線に触れたモンスターは、次々と石に変化していく。そうしてレザードとコカトリスは、ガミカ軍の到着を待ち続ける城前広場へと、単騎突き進んだ。

 ミラノはレザードからすぐに視線を逸らし、落ちていた双眼鏡を拾い上げ、遠くの敵ドラゴンらを睨む。あちらに、魔法陣を展開するシーンを思い浮かべる。

 今、やらなければならないと思うのだ。

 残っていた約50の敵ドラゴンを双眼鏡で確認、捕捉。ミラノが目を細めた時、敵ドラゴンに次々と七色の魔法陣が飛んで行き、一匹ずつ、しかし片っ端から飲み込んでいく。そして、全ての敵ドラゴンが消えていく。“神”によって召喚された敵召喚ドラゴンは、還った。



 城前広場のワイバーンが次々と撃ち落されていく。レザードより先に到着していた天使アザゼルが、空で4枚の翼を大きく広げ、輝く姿を見せ付ける。その横で、イスラフィルが炎の槍を振るって大型のモンスターを焼き崩していく。

 そうして、人々は気付く。

 王の居たバルコニーに立つ、ミラノの姿に。

 再び上がり始める歓声は、勝利に酔うものではない。会った事も無ければ、滅ぼそうとしてくる“神”ではなく、真実、我が生命の護り手を、やっと見出した……。

 ──ミラノ! 召喚士ミラノ!

 数は、随分と減った。声はやまない。

 “神”に抗する力が、ガミカにはある。その事を、次々とモンスターを打ち滅ぼす七大天使を見て気付いたらしい。

 それらを、ミラノは冷たい視線で見下ろして、彼らに背を向け、広間の奥へと姿を消した。

 上着の左袖、肘から先が、ひらひらと揺れる。

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