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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【Last】Summoner’s Taste
101/180

(101)未来の希望(1)※流血表現

(1)※流血表現が有ります。

「……しばらくかかるか。エステル、ミラノがここに居る事はわかった。2人が出てきたら、ミラノには戻るよう伝えてほしい。私達が来ていた事、パールの心配をしていた事も、伝えてもらえたら助かる。何せ、あまりのんびりとはしていられない」

 3人突っ立ったまま待ってはみたが、静かになった寝室の扉は開く様子がない。

 ネフィリムはエステリオに伝言を頼むと、シュナヴィッツにちらりと視線を送り、キビキビとした足取りで部屋を出た。シュナヴィッツもその後に続いた。

 それを見送って間も無く、片手を上げながら伸びをするパールフェリカが、寝室から姿を見せた。もう一方の手には“うさぎのぬいぐるみ”が抱かれている。そのすぐ後ろから、ミラノが“人”の姿のまま出てきて、エステリオの方を向いた。

「エステルさん、濡れ布巾ありませんか?」

 窓の下辺りにある双眼鏡は、エステリオが拾う前にネフィリムらが来たので、そこに落ちたまま。パールフェリカが気付いて拾おうと窓へ駆けつつ、ソファに“うさぎのぬいぐるみ”をぽーんと放った。大泣きしたのがよくわかる、目元を真っ赤にしている。だが、口元にはほんのりと笑みが浮かんでいて、随分と穏やかな表情をしていた。ミラノはと言えば、寝室の扉を後ろ手で閉め、エステリオに歩み寄って来る。

 エステリオは、自然と笑みがこみ上げてくる事を自覚した。胸に、きゅっとするような温かさが広がる。

 初めて“うさぎのぬいぐるみ”の姿をした彼女と会った時も、随分と驚いた。今も、別の驚きがある。“人”の姿をしていても、相変わらずほとんど表情は無い。だがこうして、少しずつ時を重ね、接していく毎に、彼女の奥深い、包み込むような人柄が見えてくる。パールフェリカはきっと、それに救われたのだろう。今後もきっと救われていくのだろう。自分やサリアだけではない、ラナマルカ王やネフィリム、シュナヴィッツにも出来なかった事を、ミラノはさらりとやってのけてしまう。そうして、エステリオの心も穏やかにしてくれる。

「はい、少しお待ちください」

 エステリオはそう言ってサリアら侍女の控えている部屋へ足を向けた。

 唐突に──窓の外を双眼鏡で覗いていたパールフェリカが、トンと尻餅をつき──窓ガラス全面が真っ白にひび割れ、破裂するように飛び散った。

「姫様!」

 エステリオは窓の傍、両腕を顔の前で交差させて座り込んでいるパールフェリカの元へ駆ける。パールフェリカと窓の間には、どの瞬間やら、七色の魔法陣がゆるゆると回っていて、彼女の周囲にガラスの破片は無かった。パールフェリカに飛んでくるはずだったガラスは全て、ミラノの魔法陣が飲み込んだようだ。

 ちらりと寝室の前を見ると、窓を睨むミラノがある。

 エステリオはパールフェリカを引っ張り上げ、無理矢理立たせるとその背中を強く、投げるようにミラノの方へ押しやった。ほぼ同時、自身の足元に小豆色の魔法陣を展開する。すぐにレッドヒポグリフを召喚した。

「さがってください!」

 エステリオが叫ぶ。パールフェリカがミラノの元に到達する前に、黒い毛に覆われた、人の胴ほどありそうな腕が伸びてきて、パールフェリカの白い上着の袖を引っかいた。茶色く濁った爪が掠める。ビリっと破れて、白い上着と下の赤いシャツが散る。パールフェリカの透けるような肌が露になり、そこへさらに足掻くように腕が伸びてきて、細いパールフェリカの腕をがっちりと掴んだ。

 黒い腕にミラノが取り付こうと駆け出し、同時に自分とパールフェリカを庇う形で七色の魔法陣を差し込む。さながら盾だ。

『──なるほど、だが』

 魔法陣は、ぱきっと割れてしまう。酷く聞き取りにくい、ひび割れた声が、黒い影から発された。ミラノは、その黒い化け物を見上げる。

 ばちっと、それの丸い瞳と目が合う。ミラノはパールフェリカを捕らえる存在の姿を確認した。

 白目は無い。皿のように丸い瞳は銅色で、黒くひび割れているように、血管らしきものが幾筋も走っている。 

 それ自体の大きさは、ミラノが召喚する七大天使のアザゼルらとそう違わない。人の1.5倍程の体格をしている。違うのは“人”に似ていたアザゼルらに対し、この化け物は“獣”のようである点。4枚の白色の翼を備えていたアザゼルらに対し、この化け物には黒い翼が6枚も生えているという点。

 窓枠いっぱいに張り付いている6枚の翼。形は蝙蝠のよう。窓枠周囲の外壁に、それぞれ翼の先の爪を突き立てて、姿勢を維持しているらしい。

 丸い目は梟に似ていて、黒い毛が顔を覆っている。口元にかけて毛は短くなり、肌は鱗のようだ。口そのものは横に長く、薄く開かれると、細かい歯がびっしりと生えているのが見えた。細く長い、先が二股に割れた赤黒い舌が、ちろりと見えた。

 次の瞬間、ミラノは体をくの字に押し曲げながら吹っ飛ばされ、寝室の扉に叩きつけられた。何かに殴られた腹と、打ち付けた背に強い衝撃があった。扉をずるりと背で擦って姿勢を崩し、座り込んだ。

 痛みを堪えて視線を上げると、窓の隙間から太い尾が伸びてきていて、床をバシンと叩く。──どうやらあれに殴られたらしい。黒い尾はそのままパールフェリカの体に巻き付くと、その懐に抱え込んだ。

 化け物の体のある窓枠あたりに、黒い尾は伸びたゴムが一気に縮むように、パールフェリカを引っ張りあげていく。パールフェリカは口を縦に大きく開いて悲鳴を上げる。悲鳴に被せるように、エステリオはヒポグリフへ「いけ!」と命じながら腰の長剣をさらりと抜き、敵本体、窓ガラスの無くなったサッシに立つ黒い化け物へ飛び掛る。

 黒い腕にヒポグリフの前足の爪がざっくりと刺さる。

 パールフェリカとミラノの視界をヒポグリフが遮って、エステリオの姿が見えなくなる。

 まず召喚獣が、レッドヒポグリフが、溶けるように消えた。まるで、致死量ダメージを受けて強制解除されたように……。

 そうして見えたのは、血痕を宙に弧の形で残しながら、床へ倒れ落ちていくエステリオの姿だった。

「エステル!!」

 パールフェリカの甲高い悲鳴が響く。黒い尾に捕らわれ、侵入者の体の傍まで引っぱりあげられていたパールフェリカは、そのまま黒く太い腕で抱き寄せられ、がっちりと固定された。その腕の中、必死にもがいてパールフェリカはエステリオに手を伸ばす。

「エステルッ!!!」

 どさりと、床に落ちたエステリオの腹に、追い打ちのように黒い蛇の尾が突き立った。彼女の手足が跳ね上がり、真下の床石がばりんとひび割れた。

 パールフェリカは、飛び散る赤い飛沫を、目を大きく開いて見ていた。

「いやああああー!!」

 侍女の控えの間から、サリアを合わせ3名の侍女が姿を見せていて、口元に手を当て、喉の奥から悲鳴を上げた。

 沈黙し、動きを止めたパールフェリカを抱え込んだまま、蝙蝠のような6枚の翼は窓枠から離れ、ほんの少し落下した後、ばさりと空を打ち、黒い化け物は飛び去った。

「パール!!」

 ミラノが声を上げるのとほぼ同時、両開きの扉が大きく開いた。先にネフィリムの姿が見えて、ミラノは声を張り、窓を指差す。 

「窓の外! パールがさらわれた!」

 声と同時、ネフィリムが駆け出す。

 外に居たであろうフェニックスが、豪速でこちらに飛んでくると、どしんっと窓枠に張り付いた。フェニックスは窓から入りきれない程度の大きさで、両脚を窓枠かけて部屋の内側を覗き込んでくる。窓枠に取り付くその姿勢は、鳥というより真っ赤に燃え盛る巨大な昆虫を思わせる。衝撃で、窓枠からガラスの欠片がぱらぱらと落ちる。

「シュナは父上に!」

 叫ぶように告げると、ネフィリムは窓枠に足をかけ、フェニックスの首に手を伸ばし、背に飛び乗る。フェニックスは即座に窓枠を蹴って離れ、風を唸らせ飛び去る。シュナヴィッツはその後姿に「はい!」と返事をして見送る。

「エステルさんが!」

 ミラノの声に、エステリオの横に駆け寄り、膝を付いたシュナヴィッツは、しかし首を小さく横に振る事で答えた。エステリオの首に当てていた手を離す。そんな確認は、不要だったのだ。

 シュナヴィッツの足元には血溜まりが出来ていて、ひび割れた床に染み込んでいる。

「……私は……手当てを……してあげて欲しいんです……」

 エステリオの開いたままの目を閉じさせ、シュナヴィッツが言う。

「もう死んだ」

「………………そ……それは……あっては……だめ……」

 いやいやと首を3度ほど横に振るが、ミラノは瞬いて下を向いた。どくどくと脈打つ胸を押さえ込む。音が大きい、静まれ、静まれと、何度も命じる。

「ミラノ?」

 エステリオの横で片膝をついていたシュナヴィッツは、ミラノを見た。名を呼ばれて、顔をあげるミラノ。

 目が合う。

 2度瞬いて、ミラノは彼の睫の向こうの、透き通るような淡い蒼色の瞳に映り込む、自分の姿を見つける。今にも泣き出しそうな子供……。

 冷静なシュナヴィッツを前に、ミラノは目を伏せた。シュナヴィッツが立ち上がり、こちらへ近寄ってくる気配がある。

「……いえ……そうですね……そういう……世界なのですね、本当は」

 ふうと息を整えて、ミラノは小さく呟いた。

「……ミラノは大丈夫か?」

 正面に膝をついて覗き込んでくるシュナヴィッツを、ミラノは見上げた。

「私は少し打っただけ……いえ、そもそも私は……」

 そう、パールフェリカさえ居れば何度でも、彼女の体力次第で元に戻れる、そういう存在……召喚獣だ。

 ミラノは一度唇を噛むと、両手を床に付いて立ち上がろうとする。

「……私は、王様のところへ戻ります……」

 ミラノの手は震えていて、上手く力が入らない。シュナヴィッツはそれに気付いて目を細めた。

「……ミラノ」

「“神の召喚獣”が現れているのを、あれを、止めないと」

 パールフェリカの方へはネフィリムが行った。自分も腐れてなどいないで、出来る事をやらなければ。

「……戻れば、ミラノを疑う輩がいる」

 ミラノはシュナヴィッツの声を無視した。疑う輩には疑わせておけばいいと、ミラノは考えている。いつもそうだった、すれ違う男に“片想い”をされてはその男に想いを寄せる女から“どうなの!?”と疑惑の目を向けられた。攻撃的な視線は時に言葉も伴った。そんな視線は、声は、自分を傷つけないとわかっている。

「それは大きな問題ではありません」

 一つ気になる事がある。

 あの黒い化け物に連れ去られたパールフェリカの熱が、感じられない。一度その“絆”とやらを感じてからは、パールフェリカがどこにいるのか、その方向から熱気のようなものが感じられていたのに。今、召喚士と召喚獣を繋ぐ“絆”が、感じられない。

 パールフェリカの存在が感じられない。

 “絆”とやらはどこにいった。

 ミラノは試しに、瞬時に3階バルコニーへ飛ぼうと、逆召喚の魔法陣を足元に出そうする。が、出ない。

 どんな魔法陣も出せない。

 パールフェリカとの“絆”が途切れた? だが自分はここに召喚されている。何が今までと違う? 今、どうする?

 ミラノは自分の両手を見つめる。

「やってみたいんです。今、私に出来る事を」

 今、あるもの。

 パールフェリカが自分をここに留める為にふるわれた力が、ある。この体を与えてくれているのは、パールフェリカの力。ならば、それを使う。

 エステリオの死は、レッドヒポグリフを強制返還させた。召喚士の力が途絶えて、召喚獣が消えた。

 パールフェリカに何かあった時、自分も消える。それがかえる事に繋がるのかどうかは、わからない。が、召喚士の死によって返還されるという事は、あってはならない。

 ミラノは目を瞑る。既に焼きついたエステリオの最期と、パールフェリカが重なる。それは、あってはいけない。

 あの化け物が何者かはわからない。だが、王族の護衛にあったエステリオが、一瞬で殺された。強いという事はわかる。

 パールフェリカは連れて行かれ、単身ネフィリムが追った。

 ──急がなければならない。“神の召喚獣”をかえし、パールフェリカの元へ。

 召喚獣という自分の存在は、パールフェリカによって維持されている。それに賭ける。やってみる。

 可能性が、アイデアが沸いて、やらずに立ち尽くすだけなんて、したくない。それは、自分の目指す価値ではない。何もしないでいるなんて、山下未来希ではない。それを、自分に課す。立てと、震える足にミラノは命じる。立て、立て、立て!

 ゆっくりと立ち上がるミラノを、シュナヴィッツは支え、持ち上げた。

 ふわりと、膝は軽く伸びて、ミラノはシュナヴィッツの横顔を見た。

 それに気付いたシュナヴィッツもまたミラノを見る。顔が近い事もあったが、シュナヴィッツはさっと目を逸らした。

「無茶を、しないでほしい……」

 少し掠れた、消え入りそうな声だった。彼はそのままエステリオを見て、眉間に皺を寄せた。エステリオの死を悼みながら、もしかしたら、シュナヴィッツもエステリオにパールフェリカを重ねたのかもしれない。ミラノの姿を、重ねたのかもしれない。

 ミラノはもたれていた腕を離して、自力できりりと立つ。

「……急ぎましょう。ネフィリムさんも心配ですから、誰か他の人にも行ってもらわないと……」

 言葉の直後、ミラノは足元に七色の魔法陣を出す。

 ──この“やり方”なら、パールとの“絆”とやらが途絶えていても、出来るのね……。

 そこにすとんと落ちるように2人は消えた。次の瞬間には、先程まで居た、3階バルコニーのある広間に出た。

 突然現れたミラノとシュナヴィッツの姿に、周囲は騒然とする。

「父上!」

 ミラノの瞬間移動の魔法陣……逆召喚術の話は、今朝の会議で聞いていた事もあって、シュナヴィッツはそれほど驚きもせず、ざわめく重鎮らをかき分け、ラナマルカ王に近付く。その後姿を見ていたミラノは、ふと自分の左手を見下ろした。

 ──手……親指の色が白さを増して、床が透けて見えていた。

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