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手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
第二章 魔女とバカ、高校に行くの巻
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第三節 宇宙の上位にある者の放課後 その3

 午後五時を大きく過ぎているはずの、旧校舎の教室。相変わらず室内はエコなLED電灯に煌々と照らされている。

 無人のはずの校舎からこれだけの明かりが漏れれば、誰だって不審に思うはずだが、今のところ二人以外の人影が立ち入った形跡はない。それはこの状況を作り出した犯人の高橋裕美が、何かしら細工をしたためだろう。

 その裕美は、一度は元の形に戻した椅子を、もう一度ソファーに変えて腰を下ろした。光安の前にも、さっきまで座っていた椅子が歩いて来たが、彼は座る気配がない。相変わらず窓のそばに立ったまま、古ぼけた窓枠を触っている。高度成長期に建てられた築数十年の鉄筋コンクリート校舎の窓枠は、錆付いた金属製であった。


「私は呪文を唱えないし、魔法陣とか言われるものも書かない。なぜでしょうか?」

「だからそれを聞いてるんだ」

「アンタの質問をもうちょっと正確に言ってみたの。おわかり?」

「はいはい」


 やたらとクッションの効いたソファーで、裕美は何度も身体を動かしている。まるで子どもが飛び乗って遊ぶような雰囲気だ。どうやら彼女はこういうクッションが好みのようである。…三バカの好みよりは需要がありそうなので、あえて記しておこう。


「呪文を唱えるのは、それをきっかけに何らかの外部の力が発動することを期待しているから。そうでしょ?」

「は?」

「バカと会話するのは疲れるわ。いい? 普段の自分にないものを呼び出すんでしょ?」

「あ、……ああそういうことか」


 光安がどういう返答を期待していたかは定かでないが、裕美はどうやら真面目に解説を始めるつもりだ。

 ふかふかのソファーは、話が長いという無言のメッセージなのだろう。光安に通じているかは分からないが。


「発動させたいものが、実は自分の中に存在してるって場合もあるでしょうね。体内にあるけど、何かきっかけがないと使えないとか」

「ラ、ライダーベルトみたいなものか!」

「何とかライダーって魔法使いだったっけ? まぁいいわ。似たようなものかな」


 似たようなものか? 読者の代表として一応は疑問を呈しておくが、裕美の定義に従えばそうなのかも知れない。

 だいいち、ライダーの改造手術と変身の関係はよく分からない。機械の身体ならば機械的に変形するのが自然な姿である。現に世の子どもたちが「へんーしん!」とか叫んでポーズをとっても、それ以上は何も起きないではないか。それでは純真な子どもたちの夢を壊してしまうのではないか……と、今は何の話だったかな、はて。


「ともかく、普段から自分の意志で動かしている部分じゃなかったら、どうにかして呼び出さなきゃいけないのよね」

「む、む…」


 彼の足りない頭はフル回転中のようだ。フル回転すれば、とりあえず言ってることは理解できるようだ。ちゃんと分かれば頭脳明晰? いや、現時点ではそこまで難しい話ではない。

 裕美は光安の反応をじっと見つめながら話している。彼が窓枠を指でガリガリひっかき始めたことにも、ちゃんと気付いている。


「魔法陣とかいう模様は、これはもうはっきり外部を呼び出すって分かるでしょ?」

「そ、そりゃあな」

「魔法陣って言葉は知らなかったとしてもね」

「……その言葉は余計だろ」

「そう?」


 要所要所にイヤミを忘れない裕美である。

 しかし、時々はそういう変化球を混ぜないと、光安の脳の処理能力が追いつかなくなってしまう。裕美にとって彼は、頭の中を覗かなくとも言動をコントロールできる対象なのである。

 なお、「魔法陣とかいう」落書きのような模様に対するイヤミも兼ねているわけだが、それを光安に言っても無意味である。無意味なのに言ってしまう裕美は、将来は余計な一言で身を滅ぼすかも知れない。


「杖とかバトンなんかも、そのアイテムを介して外部の力を呼び出すってシステムでしょ? たぶん」

「じゃ、じゃ、じゃあエスパーとか超能力者ってのは何だ?」

「何だって言われても、……人間を超えてるから超能力。まぁ私に近いのかな」


 まさか超能力の語源を聞かされるとは思わなかった。バカにしているのか本気なのか分からない。

 ただし、この手の語彙は全般的に定義が曖昧なのも事実である。所詮それは、持たざる者の想像に過ぎないからだ。


「超能力の説明もいろいろあるみたいね。現時点では発見されていない定理を使っているとか」

「既に分からん」

「分からなくていいわ。どうせデタラメだし」


 お前は違うのかあぁぁ~っと、今多くの読者がツッコミを入れたことだろう。しかしそれに関しては私が変わって断言しよう。違うのだ、と。

 この宇宙は、高橋裕美が存在する宇宙なのである。彼女の能力はデタラメにもほどがあるが、この宇宙で実際に機能している以上、それはデタラメではない。そして裕美が言うように、この宇宙では魔法を唱えて呼び出す対象もなければスーパー何とか人もいない。確かめる術はないが、超能力者も恐らくはいないのではあるまいか。


「ま、余計な話はおいといて、私は自分の能力を使っているから呪文はいらない。で、別に隠された宇宙の定理を使ってもいない」

「うーむ…」

「じゃあなぜこんなことができるかって?」

「うむ」


 それにしても、なかなか核心に迫らない会話である。光安もその辺がイライラするらしく、意味もなく窓を開けてしまう。すると、外側にまた窓があった。

 この旧校舎に、二重窓の教室が存在するという情報はない。要するに今、彼のイライラを増幅させるために裕美が魔法を使ったのである。途方もなく地味な魔法だった。いや、この局面でこれを魔法と呼ぶのはおかしいのか?


「それは簡単」

「ふむ」

「私はこの宇宙の上位にあるから、宇宙のすべてに対して何でも命令できるってこと」

「…………とりあえず窓を開けたい」

「分かったの?」

「開けてからゆっくりと考えたい」

「あ、そう」


 裕美が感情のこもっていない声でつぶやいた瞬間、光安が格闘していた窓は何事もなく開いた。それまで、光安が窓を開けるたびに、外側に新たな窓が増えていたのだ。どうやって? だから聞いただろう。裕美の説明によれば、宇宙に命令しているのだよハハハ。


「今さらだが聞いていいか?」

「今さらでも聞く価値があればどうぞ」

「今さらだと思うが、たぶん俺は最初にこれを聞くべきだった。お前はいったい何ができて何ができないんだ?」


 この質問もなかなか良いぞ、バカにしてはな。

 そして彼自身も気付いているように、先に聞くべきだった。得体の知れない宇宙人を捕らえた時に、まずやるべきことはその能力の把握である。いや、本当はもっと先に聞くべきことがあるのだが、彼はまだそこに気付かない。あるいは、このまま気付かずに終わるかも知れない。


「エスパーと呼ばれる人がやりそうなことなら、もちろんできるわ。というか面倒くさいからまとめて言うと、アンタが知ってる人間離れした能力は全部再現できる。スーパーヤサイ人みたいなのも、ね」

「ヤサイ人……」


 彼は突っ込もうとして、やめた。賢明な判断である。

 もっとも、あのマンガの髪の毛が黄色い人たちの真似ができるのならば、地球人類を殺戮しかねないのだ。目の前の女は危険だ……という発想には至らないらしい。確かに現実感に乏しいのだが、光安はどうにも甘い。妹の妄想はできるくせに、こういう時には想像力が足らない。


「しかしなぁ」

「なぁに? 今ならお姉さんが何でも答えてあげるわよ~」

「お前は姉ではない」

「この場合のお姉さんは、そういう意味じゃないでしょー。曜子ちゃんが笑うわよ」

「ううっ……」


 彼はバカバカしいほどに警戒心が強かった。しかし曜子という名前を聞いた瞬間、少し心が折れたようだ。

 昼休みの一件は、彼の心に大きな影を落としているのである。そりゃまぁ当たり前だ。


「宇宙にだって、できることとできないことがあるだろう」

「それなら大丈夫」

「何が」

「命令したことは可能になるよう魔法をかけてあるし」

「誰に」

「宇宙に」

「はぁ?」


 ちょっと待て、という顔の光安。

 今の発言は、私もおかしいと感じたぞ。


「それじゃ、結局は裕美が実現させてるってことだろ」

「そうね」

「宇宙は関係ねぇじゃん」

「そういう解釈も可能でしょうね」


 そういう解釈というか、それ以外の何者でもない。

 裕美の話を総合すると、彼女の望んだことを宇宙で実現するために、彼女がその力を与えている。つまり、その力がどこから来るかは何も明かされていない。答えているようで、何の答えにもなっていなかった。

 ただ、それは必ずしも裕美の意地悪ではなさそうだった。


「光安。アンタはこの宇宙がどんな姿をしていて、外からどう見えるか分かる?」

「……分かるわけあるかよ」

「そう。分かるわけないの。宇宙の内部から外側は見えないから」


 裕美はあくまで真顔だった。

 なので聞き手の側も、窓から手を離してソファーの方向をじっと見ている。そろそろ日は傾きかけている。


「アンタに説明するには、この宇宙の内部のイメージを使うしかないわ。だけど、内部のイメージで外部は語れない。つまり、外部の本当の姿はアンタには伝えられないの。伝えられるのは…、何か外側にあるってことだけ」

「何を言ってるのかほとんど理解できない。だいたい、外側にあるらしいってなぜ分かる…」


 この辺の話は私にも説明はできない。

 なぜなら私もこの宇宙の内部にいるからだ。いや、本当に私は内部にいるのか? 私は何者なのだ。


「私の力は本当だと思う? それともテレビのマジックみたいなもの?」

「……マジックショーだとは思わない」

「なら、そこから推測できるんじゃない? アンタに理解できない外側があるんじゃないかって」

「むむ……」


 どう考えても、この議論は光安の理解を超えている。

 いや、裕美の説明そのものは、さして難しいものではない。結局は説明できないと言っているに過ぎないからだ。

 どっちにしろ、二十四時間前まで魔女と縁のなかった彼に、いきなり叩き込むのは無茶な話である。だいいち、本気で知ろうと思っても、結局は「分からない」と知るだけなのだ。所詮は徒労でしかないのではなかろうか。


「ま、そのうち分かるわ」

「俺に対しておかしなことをしなければ、別に知りたいわけではない」

「するから頑張って理解しなさい」

「なぜ断言する! お前にとっては誰でもいいじゃないか」

「…………」


 そうだ。光安はそれを聞くべきだったのだ。どこから現れたのか。そして何の目的で彼に近づいたのか。

 ようやく核心に近づいた彼の魂の叫びに、裕美はちょっと苦笑いを浮かべて、一言だけつぶやいた。


「案外…、そうでもないわ」


 結局それ以上の進展はなく、二人は教室、いや、部室を出た。

 ちなみに、裕美はソファーを元の椅子に戻しただけで、あとはそのままだ。まぶしいほどのLED電灯も元に戻さず、しっかり鍵だけはかけた。あ、さすがに消灯はしているぞ。


「中をいじったこと、ばれるんじゃねーか?」

「ばれてもいいじゃない。誰も困らないでしょーに」

「…………」


 普通に考えれば大騒ぎになるだろうが、裕美のことだから何とかするに違いない。出会って二十六時間ぐらいになると、それなりに彼女の力をふまえた想像が可能になってくるのだ。高校生の頭は柔軟なのである。


「なぁ裕美、今何時だ?」

「なんで私に聞くのよ」

「魔女なら分かるだろ」


 それどころか、昇降口で靴を履き替えている彼は、早くも魔女を利用していた。何という柔軟な人間だ。これでは遠からず人類は危機的な状況を迎えるに違いない。違いないか? まぁ違っても責任は取らない。


「もう六時ね。今ごろは曜子ちゃんが家で泣いてるわ」

「泣くか!」

「本当に妹のことが分かってる? アンタが思ってるほど曜子ちゃんは子どもじゃないのよ。もういつまでも兄のいいなりになんてならないの」

「そ、そ、……そんなはずはない」


 もっとも、裕美が人類を危機に陥れようがいれまいが、光安の存在などどうでもいいのである。こんなバカ一人が何の役に立つというのだ。

 断っておくが、現在の彼は頭をいじられていない。妄想妹の姿を、まるで見てきたように裕美が語れば、このぐらいの台詞を自発的に返す男なのだ。

 だからこそ――、裕美の言動は今ひとつよく理解できない。光安を、からかいがいのあるおもちゃと認識している。そこまでは分かるのだが。


「……ところで」

「何?」


 校門を出て少し歩いたところで、光安はふと立ち止まった。

 遠くから薄紙越しに見れば、それは黄昏れる男女の景色に見えなくもなかった。


「お前はどこに住んでるんだ?」

「………」

「昨日もここで別れたし、今朝もここだった。この辺に住んでるのか」

「…住んでないけど」

「じゃあ……」


 その目は真剣で、だからこそ裕美も茶化そうとはしなかった。夕暮れの路上で交わされる会話は、まるで恋人ごっこのようだ。

 彼は彼なりに、裕美の素性を知ろうと考えたのかも知れない。しかし光安は、昨日の裕美がバス停のベンチに座っていたことを忘れている。はじめから非現実的な登場だった彼女を、まるで家出人か何かのように問いただしてどうするのだ。


「私に家はない」

「えっ?」

「魔女である限り、食べなくても眠らなくても生きていけるから」

「………そうなのか」


 案の定、裕美の回答は素っ気ないものだった。そしてそれは、人間の常識外だった。

 これで彼も納得するだろう。そう思ったのは私だけではあるまい。


「家族は……、いないんだよな?」

「いない」


 しかし光安は、まだ夢から覚めていなかった。

 もしかしたら、曜子の話題のせいで妄想が入り交じっているのではないか。そうでなければあり得ない台詞を、彼は吐いた。


「なぁ……、ウチに泊まるか?」

「アンタに同情されるとは思わなかったわ」

「同情するだろ、そりゃあ…」


 同情しないだろ、普通は。

 思いがけない展開に、さすがの裕美も苦笑いを浮かべている。1300年も生きていれば、こんな人間に会うことだってあるのだ。人類をなめるなよ、と言いたい。

 ……なぜ私が光安の側に立って発言しなければならないのだ。人類なめんなよ、ではなく、この人を人類代表と思うなよ、ではないか。


「ま、それは遠慮しとくわ。アンタの家族まで巻き込みたくはないから」

「何に巻き込むんだよ」

「それに、ほぼ確実にアンタが野獣となるからね」


 裕美は仕方ないといった表情で、光安の言葉をはぐらかす。野獣だって危険を察知して逃げ出しそうな女が何を言うか、という感じである。

 とはいえその発言は、光安の妄想世界を頭から否定するものではない。彼女なりに気をつかった結果なのかも知れない。魔女に気をつかわせるとは恐ろしい男だ。


「要するに、家があれば満足でしょ?、キミは」

「ま、まぁな」

「じゃあ作るわ」


 そういうと、裕美は少し先にあった空き地を指さす。光安の視線がつられると、マハリークマハーリタと家が建ってしまった。どこかのアニメのオープニングと違って小さな家だが、住人が一人なら特に問題はなさそうだ。


「これでいい?」

「……俺の気は済んだ」

「じゃあ、今日はさよなら」

「おう。さよなら、裕美。また明日な」


 裕美と別れた光安は、しかし歩き出すこともなく、しばらくそのまま立っていた。その視線の先には、たった今誕生した家に向かう裕美がいる。

 せいぜい三十秒足らずで辿り着いた彼女は、扉を開けて中に入った。その扉が閉じられた時、光安は一度大きな深呼吸をして、それからとぼとぼと歩き始めたのだ。

 ああ、バカの光安よ。私はお前に一つの言葉を贈ろう。お前はストックホルム症候群だと。

 すでに自分の人生をメチャクチャにしつつある相手の家を心配するヤツなど、いてはならない! お前は怒れ! その怒りが物語を動かしていくことだろう。怒れよ光安! 私は諸君らの力を欲しているのだ。諸君らって誰だ?


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