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手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
第二章 魔女とバカ、高校に行くの巻
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第三節 宇宙の上位にある者の放課後 その1

 青原光安にとって「のみ」いつもと違う一日。そんな奇妙な一日でも、気がつけば放課後となっていた。

 ちなみに実際には、裕美にとって何度か時間がとめられていたので、約十分ほど余計に経過している。しかし、仮にそのことで何らかの被害があるとしても、及ぶのは光安だけである。もしかしたら、同級生よりも先に老けてしまうかも知れないが、私にはどうでも良いのである。


「いいか、まず右足、次に左足……」

「なんで踊らなきゃならんのだ、荒瀬」

「んー、決まってんだろ」


 放課後の三バカは、なぜかダンスに興じていた。踊るだけで、一ヶ月後には5kgの減量に成功するらしい。さすがに荒瀬以外は本気にしていないようだし、そもそも荒瀬は減量を求められるほどの体型でもない。他の二人がガリガリに近いので、相対的に太って見えるだけである。

 しかし、自分は太いと思いこんでいる人間に、まっとうな説得は通じないものだ………と、荒瀬の肉体美など誰も興味はないだろう。話を元に戻すぞ。


「前に二歩、それから斜め後ろに踏み出せ」

「こ、こうか?」

「そうだ。やるじゃないか光安」

「あまりほめられても嬉しくないな…」


 本日より加わった三十七人目の生徒は、午後の授業ももちろん何食わぬ顔でうけていた。その存在が学校という閉鎖空間に破綻をもたらすことも、全くなかった。繰り返すが、光安以外にとっては昨日や先週と変わらない一日でしかなかった。恐るべき力である。

 そうして今、西日の射し始めた教室は、歯が抜けたように人影が減っている。部活に入っている生徒は、ホームルームが終わるとすぐに教室を出て行った。そうして取り残される群のなかに三バカが混じっている。ダンスとは名ばかりの盆踊りのようなステップを披露しても、さして注目を集めないのは、単に誰も見ていないからである。


「いい汗かいたなー」

「そうか? 汗ばんでるのは荒瀬だけだぞ」


 彼らは揃って部活に入っていなかった。正確に言えば、将棋部という部に所属していたが、そもそも将棋部自体が名前だけの幽霊部なのだった。


「それはそうと光安、今日はどっか行くか?」

「いやー、今日は家に帰らねぇと」


 三バカは別に、居残りに何か意味をもたせていたわけではない。単にだらだらしゃべったり、適当に踊っていたら、周りが帰ってしまった。そして荒瀬の身体が絞れてしまった。

 一番最後の項目はあくまで自己申告であり、恐らくは気のせいである。ともかく彼らは無意味な時間の浪費をしていたに過ぎない。


「珍しいな、光安のくせに」

「毎日帰ってるだろ!」


 ちなみに、この時点で教室に裕美はいない。

 彼女は入船らと一緒に、さっさと消えていた。入船は確かバレーボール部に入っていたはずだ。裕美の見た目はいかにもそういうスポーツ向きだから、もしかしたら彼女も部活に入っているという設定なのかも知れない。

 光安の頭には、そこまでの記憶は加わっていないようだ。ただし、入学から半年経つとはいえ、裕美以外のクラスメイト全員の部活を把握しているわけでもない。言い方を変えれば、所属する部の情報というものは、裕美が高校に潜り込むために、どうしても書き換えなければならない記憶ではないのである。


「なーんだ。そんなら曽根、あそこ行くかあそこ」

「あそこってどこだ!」

「ほれ、そのー、この前行ったとこだ」


 ともかく、彼らの会話を追う価値はないので、実況終了だ。

 ようやく立ち上がってノソノソと歩き出した一群は、昇降口を出たところで二手に分かれた。曽根と荒瀬は繁華街の方向へ。そして光安は……、どうやらさっきの申告通りに自宅へ帰るらしく、校門を反対側に折れた。そして数歩進んで立ち止まり、少し後戻りをしてからまた歩き出した。

 ………。

 彼はそうやって奇妙な歩行を続けている。まるでチーターの歌をワンツーワンツーと実践しているようだ。


「ん……、なんか変だな」


 俺を見て笑ってる気がする……と、彼はそんな言葉をつぶやいた。しかし、そばを通り過ぎる生徒たちにとっては「何か変」なのではなく、明確に光安がおかしいのである。校門のそばで足踏みをするその姿は、どう見ても何か頭に問題があるとしか思えない光景だ。

 このまま放っておけば、明日までには学校の有名人に仲間入りできそうだ。いや、明日の朝は病院のベッドかも知れないが。


「前が二つで、後ろ二つだったな」


 光安はまた独り言を言って、動きを変えた。さっき教室でやっていたダンスのようだ。ダイエットには興味がなかったはずだが、覚えたことを忘れないように復習を始めたらしい。これまた、同じ場所で前後に足を動かすだけなので、校門の前で奇妙な動作を繰り返す点では何も変わっていない。

 …………。

 彼はたぶん、操られている。

 え?、そんなこと誰でも分かるって? まぁそう言うな。彼は気付いていないのだ。


「待たせたわね」

「誰も待っとらん」


 そんな異様な状況を知ってか知らずか、校舎の右隣にある体育館の方角から、ゆっくりと歩いてくる人影が見えた。

 不自然なぐらいに背が高い女子生徒。遠目にもそれが裕美であることは一目瞭然だった。光安にとっては、あまり認識したくない現実であった。


「じゃあ…、これからどこに行く?」

「んー、そうだなぁ、裕美はどこへー………、じゃない!」


 裕美が話しかけると、光安の前後運動はぴたりと止まった。そして、いつものように一瞬だけ恋人ごっこをさせられ、腹を立てる光安。「いつものように」と表現してみたが、まだ二人は出会って約二十四時間に過ぎない。

 なお、三歩進んで二歩下がったり、前後にステップを踏む運動について、光安が責める気配は全くない。自分が何をさせられていたか覚えていないようだ。彼の記憶の残存には何か法則性があるのだろうか。


「とりあえず、私の用は済んだけど」

「……何も約束はしてないよな?」

「約束なんて要らないでしょ。アンタは私のおもちゃなんだから」


 光安はため息をつく。何の迷いもなく「おもちゃ」と言い切られて、返す言葉を失ったようだ。

 しばらく無言で立ち尽くし、それから気を取り直したようにゆっくりとつぶやいた。


「部活に行ったんじゃないのかよ」

「私がどこかの部に入ったっけ?」

「…記憶ならないぞ」

「でしょ?」


 意味もなくにっこりと笑う裕美。対して光安は不服そうだ。

 先ほども述べたが、彼の記憶にないからといって、やらないとは限らない。まして、裕美は体育館の方向からやって来たのである。放課後に体育館に用があるのは、運動部の部員だけなのだ。


「魔女に部活は向いてないわ」

「その力を使わなきゃいいだろう。すぐに他人の頭をいじるような卑怯な真似をしなければいいんだ」

「アンタ、どさくさに紛れて言うわね」

「ふん」


 少しだけ自嘲気味な裕美の声は、部活に参加しようとしてあきらめたという事実を推測させる。入船について行ったのだから、恐らくはバレーボールだろう。見学でとどめたのか、部員になって、その記憶を抹消したのかは定かではない。どっちにしろ、だらだら教室に残っていたバカが帰ろうとする頃には体育館を離れていたのだから、あきらめは早かったようだ。

 もちろん光安にそういう推測ができるかは微妙である。ただ、様子がおかしいことだけは感づいているのだろう。彼の態度からは、さっきまでの卑屈さが消えていた。


「そうやって自制するのってつまらないじゃない」

「俺は知らん。同意を求めるな」


 一般人に魔女の嘆きなど分かるはずはない。彼の返答は、非常に歯切れが良かった。


「私は使えるものは使えばいいと思ってるから」

「わっ!」

「ね、そうでしょ?」


 少しだけ拗ねた表情の裕美が、ちょこちょこと指先を操った。するといきなり光安の身体は浮き上がり、校門そばのメタセコイアの木の上まで上昇してしまった。彼がしがみついた枝の高さは、だいたい三階建ての校舎と同じぐらいだった。

 突然重い物体にしがみつかれた枝は、激しくしなっている。いつ折れても不思議ではない状況である。


「な、な、何すんだ!」

「今日はずいぶん失礼な目にあったから、お仕置きだベェ」


 何かの口まねをする裕美の声が、果たして樹上の光安に届いたのかは定かでない。

 もっとも、聞こえても聞こえなくとも、お互いどうでも良かったはずだ。少なくとも光安の頭の中では赤い光が点滅し、けたたましいブザーが鳴り響いているはずだ。


「お、下ろせ~」

「あっそ」


 逃げ場のない光安は、声を振り絞ってわめく。すると望み通りに枝から引き離された彼の肉体は、数秒の間だけ空中に静止した後、この宇宙の法則に従った。落ちた。

 ほぼ校舎の屋上に等しい高さから、アスファルトの地面へと自由落下が始まったその瞬間、光安が何を考えていたのかは、興味がないのでどうでもいい。もしかしたら今晩のおかずは何だろうとか、荒瀬に貸したマンガが返って来てないとか、あれこれ考えていたかも知れない。合掌。

 …………。

 あえて説明するまでもないと思うが、別に彼は死んだわけではない。万有引力の法則が発見できそうな自由落下は、地面すれすれでピタッと止まった。もちろん光安にはかすり傷一つなかった。

 裕美の魔法は、ほれぼれするほどに一人の人間を翻弄しているのだった。


「…………」

「何むすっとしてんのよ。ちょっと楽しかったでしょ?」

「楽しくない! 俺は怒っている! いや、せめて怒らせろ!」

「はぁ…」


 身体的には傷一つなかったとはいえ、光安がそのことに感謝するわけもない。荒い息を整えると、彼は怒鳴った。

 その叫びは切実なものだった。彼は今、怒りに震えなければ、恐怖に怯えるしかないのだ。自分の心も身体も操られてしまうという異常事態に対して、そこから逃れる術は悲しみを怒りに変えるしかないのだ。あれ、どこかで聞いたような話だな。


「ガリガリ君おごるから機嫌直しなさい」

「いらん!」


 一方の裕美は、これだけのことをしておきながら平然と彼を見下ろしている。

 人間の感覚では「これだけのこと」なのだが、恐らくは魔女にとって大きな出来事ではないのだろう。まさに制服をかぶった魔女である。


「お、お前は地球人類の尊厳を守ろうとしない!」

「光安」

「なんだ。もう俺は恐れないぞっ!」


 そう啖呵を切った光安は、まるでどこかの防衛軍の人みたいに、爽やかな笑顔である。どうも私が思うに、彼は基本的に勢いで行動するタイプのようだ。その意味では眺めていて飽きない。

 だから私は彼に、一つのことわざを贈りたい。飛んで火にいる夏の虫、それがお前だと。


「アンタはいつから人類の代表になったの? 何十億の地球人類は、アンタごときが代表面したら、それで黙って納得するの?」

「う……」

「だいいちアンタにしたことを、誰にでも平等にやると思う? もう一度聞くわ。アンタは本当に人類を代表する資格があるの?」

「そ、そ、そんなこと俺に分かるわけねぇだろ!」


 それにしても、裕美は容赦がなかった。

 だいたい人間というものは、何かしら他人より優れているのではないか?、という勘違いをモチベーションとして生きていくのである。従って、光安が自分を人類の代表とすることも、そうした一般的な行為の延長であり、身も蓋もない言葉で完全否定するのは野暮なのである。


「まぁいいわ。ガリガリ君買いに行くから落ち着きなさい」

「何も良くない、良くないぞ」


 そう言いつつも光安は、裕美が向かう方向にしっかりついて行く。あっさりと心が折れてしまったのかも知れない。別に頭の中をいじられたわけでもなく、自主的に後を歩き出している。

 いいのか? たかがガリガリ君で本当にいいのか、光安!

 私は仕方ないので叫んでみるが、もとより彼には聞こえないので役には立たないのであった。


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