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手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
最終章 魔女とバカの日々の巻
33/35

第三節 代理人はキミだ!

 深夜の街に一人取り残された青原光安。

 彼はただ、みじろぎもせずに空を見上げている。

 彼はただ、夜空の方向を向いている。


 もう、あの瞬間から五分は経ったことだろう。

 地方都市の住宅街の午後十時、ぐっと気温の下がったアスファルトの路面を行き交う靴音は一切ない。ヘッドライトを揺らしながら数台の車は通過したが、彼は全く気にも留めていない。いや、それは留めるべきだった…が、彼はただ上を向いている。

 どこかの星を眺めるわけでもなく。


 彼はそろそろ確信しているだろう。

 今度こそ、高橋裕美は消え去ってしまったことを。

 それも、光安の記憶を何一つ操作しないまま、すべての記憶を残したまま消えてしまったことを。

 ああ、なんと残酷なことだろう。

 彼はかけがえのない存在を失ってしまった。

 高校生の彼は、一生忘れることのできない傷を負ってしまった――――。


「見上げてると、何か落ちてくるの?」

「…………」


 ―――――え?


「みっともないなぁ。泣いちゃって」

「……………」


 何が起きたのか分からない。そんな表情の彼は、まだ上を向いたままで言葉にならない何かを発している。

 そして、時間にすればほんの十秒足らずの沈黙を経て、彼はこう言った。

 それは彼女の消滅以来、初めて発した言葉だった。


「………俺の妄想はこんなにリアルになったのか」


 上出来だ。

 私もそう思う。

 これは、妄想だ。


「妄想? 妄想ねぇ…。ま、それでもいいわ。アンタなんかに助けられた私がいるんだからねー」

「え、えーと……、その……」


 しかし、おもむろに彼が姿勢を変えると、そこには三次元の物体が存在していた。

 いや、それは「物体」と呼ぶにはあまりに見慣れすぎている。

 …………。

 彼はまだ、自分の脳と抗っているようだ。

 彼の脳は、きっとこう豪語しているだろう。「俺はこいつのことを知っている」と。


「お前……の名前はなんていうんだ」


 彼は勇敢に戦う。

 もう誰もそんな戦いなど必要としていないにも関わらず。


「知ってるでしょ?」

「知るわけ……ある……のか?」


 彼女と正面から向き合った彼は、そこで大きく息をつく。

 どうやら彼は諦めたらしい。

 彼が今、浸ろうとしていた悲劇の続きを。


「高橋裕美か」

「そうね」

「ヒロミじゃなくてユーミだ」

「そうね」


 にっこりと微笑む彼女。その女神の笑顔と対峙するバカは、しっかりバカの笑顔を作っている。

 突然姿を消した高橋裕美は、突然戻って来た。私に説明できるのは、ただそれだけだ。


「アンタの家まで送るわ」

「どこの世界に女子高生に付き添われる男がいるんだ」

「ここにいるじゃない」


 何事もなかったかのように、二人は歩き出す。

 本当に、何事もなかったかのように……歩き出した彼は、数歩で止まった。そして隣の女の顔を見上げた。


「…どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、お前に言いたいことは山ほどあるが…、と、とりあえずだ!」

「だから何よ」

「ち、縮んでる!」


 静寂に包まれた深夜の地方都市で、必要のない大声を張り上げる光安。その声で不審者扱いされたらどうするのだ…と思うよい子もいるだろう。

 しかし、彼は叫ばざるを得なかった。


「………よく分かったわねー」

「分かるだろ!」

「ふーん。頭いいのね」

「だから、どういうことなんだ!」

「うるさいなぁ…」


 そうなのだ。

 推定身長194cmの巨体が特徴だった高橋裕美は、明らかに背が低くなっている。ついさっき、彼女が「消滅」した時と比べても。

 ただし、低くなったとはいっても光安より高いことに変わりはない。どうやら約8cm縮んだらしい。間違い探しをしても、身長以外は特に何も見つからない。どうにも中途半端な変化という他はない。


「一応聞いてみるが、なぜだ」

「えーとねぇ…」


 裕美は困ったなぁとでも言いたげな表情をみせる。

 そんな顔で見られても、光安にはどうしようもない。


「話せば長くなるんだけど、まぁこれぐらいにしたらどうかってことよね」

「何を言ってるのか全く分からない」

「やっぱり?」

「うむ」


 これで分かったとしたら、きっとその存在は地球人類ではない。それぐらい意味不明なやりとりである。


「まぁそのうち話すわ。明日もこの見た目だから」

「むむ…」


 そして、裕美は説明をあっさり諦めた。本来なら、諦めるかどうかは裕美ではなく光安の側が判断することなのだが、彼女にそんな発想はなさそうだ。

 まぁせっかくだから読者のみんなには、私から軽く説明しておこう。

 まず驚け! 裕美の身長は、「消滅」前も今も本当の高さではない!

 ………。

 これは読者も想像しただろう。すまん。ともかく、高橋裕美の本当の身長は、軽く2mを超えている。どうやらそれは、能力の覚醒に伴う副作用らしいのだが、そのままでは生きづらいので姿を変えているわけだ。

 なお、194と186の差は私にも分からない。私が推測するに、単なる彼女の「気分」だろう。恐らく光安も、その程度の想像はついているだろう。


「しかしなぁ」

「まだ何か不満?」

「不満とは言わないが…」


 ようやく歩き出したものの、また彼は止まりかかっている。

 その顔には、どうにも割り切れない思いがにじみ出ている。


「たった十分で戻るってどういうことなんだよ」

「十一分二十二秒ね」

「…………」


 空気を読まないツッコミにペースを乱され、そのまま立ち止まる。

 二人が再会して、まだ20mほどしか進んでいない。


「じゅ、十一分二十二秒…、お前が消えて、俺がショックを受けて、そのショックがこれからじわじわきそうな時にもう現れるってどういうことなんだ!」

「それじゃあ何日か隠れてた方が良かった?」

「そ、そういうわけじゃねぇけど…」


 光安の嘆きはどうしようもなくワガママだった。

 しかし、きっと読者のみんなも同じことを思っただろう。彼は悲劇のヒーローになるはずだった。そう、まさにこれからジワジワと彼は苦しみ始める予定だった……と説明すると、十一分二十二秒で済んで良かったとしか言えないが。


「アンタの帰宅を邪魔して、学校に潜り込んで、空き地の家で暮らしてたのは、消滅するための私。だからいったん帰ったの」

「ど、どこに?」

「自分の家」

「………」


 そうして明らかにされた「消滅」の真実。

 頭頂部を街灯に照らされながら、身じろぎもせずに彼は立ち尽くす。


「で、ただの高校一年生に戻って、放っておくのも何だからもう一度来たんだけど」

「放っておくって…」


 教室の「三十七人目」として潜り込んだ彼女は、そのデタラメをどこかで精算しなければならない。それは「真実」などと呼ぶ価値もなさそうな、当たり前の話だ。裕美の口調も、ちょっと忘れ物を取りに帰ったぐらいの雰囲気でしかない。


「明日、学校に行ったら私はいないの?」

「う……」


 最初から、裕美は「消滅」するとは言わなかった。

 そして、実際に何食わぬ顔でここにいる。さらに明日も同じ見た目で現れると、ご丁寧に予告もしている。


「無理に悲劇に浸らないでね。私はただ、アンタの前にいなかっただけ。それが分からなかったはずは…」

「し、仕方ねーだろ! お前が消える消えるってどれだけ騒いでたか、分かってんのかよ!」


 しかし、からかうような裕美の口調に、とうとう光安はキレた。

 そうだそうだ。

 いつの間にか、光安の味方になっている私がいる。非常に残念なことだ。

 ともかく、彼女の存在がこの宇宙から「消滅」したのか、それとも単に視界から消えただけかなんて、人類に区別はできないのだ。ましてこの魔女は、そういう点では既に信用をなくしているのだ。彼の怒りは、まさしく人類の怒りだった。


「………」


 しばらく無言のまま二人は歩く。

 T字の交差点を曲がると、その先の道路には細い歩道がついている。並んで歩くには狭い幅を、やや斜めにポジションを変えながら、二人は黙って歩く。

 ほぼ等間隔の街灯は、漆黒のアスファルトのただ中のマンホールの蓋だけに反射するが、二人は気に留める風もなく歩く。

 そして、ここだけは深夜でも点滅にならない信号付きの交差点まで、距離を保ちながら移動した二人は、交通規則に従って立ち止まった。

 人類の代表に叱られた裕美は、別に悪びれる様子はない。とはいえ、それ以上に挑発する様子でもなく、ただ白い息を吐く。

 言えることを言い切って、寒空の下で同じく白い息を切らせているバカの姿を、まっすぐに見つめている。


「……寒くなったね」

「ゆ、裕美」


 やがて信号が青に変わる。

 すると彼女は、ゆっくりと彼の腕をとって、そしてガッチリと組んでしまった。


「ごめん」

「………いや、別に」

「ごめんなさい。だから、これからは…」


 いきなり女子高校生に腕を組まれて密着されてしまった男子高校生は、当然のように慌てている。横断歩道の塗り分けの縞模様にすら酔いそうなほどに、彼は動揺する。その左半身には、いろいろ良からぬ妄想を誘発する、柔らかくて大きな何かの感触が伝わっている。

 いや、それはただの女子高校生ではない。宇宙の上位にある者が、あり得ないほど素直に謝りながら、頬を染めて密着しているのだ。全くの非日常。さぁどうする、光安。

 …なんてな。


「ゆうって呼んでね」

「はぁ!?」


 まぁ、宇宙の上位にある魔女なのだ。そんなしおらしい態度が続くはずはなかった。

 ようやくのことで対岸に渡り終えたものの、彼は相変わらず左半身の感触に囚われながら、さらに不穏な台詞にも気をつけねばならない。ご苦労なことだ。


「私の家族は、みんなそう呼んでるから」

「それとこれとは関係ねぇだろ」

「ないの!?」

「うっ…」


 その差が縮まっても、相変わらず凸凹な関係。

 それでも、この二人にはどうでもいいことだろう。


「魔女をつかまえたんだから、ただで済むと思わないでね」

「脅すなら腕組むな!」

「脅してないわ。覚悟を決めさせるだけ」

「それを脅しって言うんだ!」


 つかまえたのか、つかまえられたのか。それは卵とニワトリのように、どちらとも決めようのない話。

 ただはっきりしているのは、この瞬間に青原光安は、宇宙の代理人になったということだ。

 頼りないにも程があるが、私もその一部のようだからあまり文句を言っても始まらないな。せめて彼が宇宙を破壊させないよう、見守るしかあるまい。


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