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手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
第八章 およそ十六年の日々の巻
26/35

第一節 成長する人類

「おはよう、曽根くん」

「え、あ、お、おはよう」


 日一日と寒さを増すこの街。北にそびえる山々は既に紅葉の季節を過ぎ、テレビでは初雪の頼りが放送されている。高校生が冬服解禁で喜んだことも、遠い過去となった。コートを羽織る生徒が約半数、主に徒歩組だけは、どうにか我慢して制服のみで通している。

 校内の雰囲気ももちろん変化している。既に推薦入試のシーズンとなった三年の教室は、どことなく殺伐とした空気が漂う。この学校では、今でも一般入試を狙う生徒が多いらしく、早々と進路を決めてのんびり残りの半年をおくろうという人間はあまり見られないようだ。


「荒瀬、ちょっとノート貸せ」

「俺のノートを写すチャレンジャーは、貴様かぁっ!」


 ……などと言ってはみても、それは三年に限った話。まだ受験を意識しない一年にとっては、二学期の授業にも慣れてどんどんダレる時期である。

 当事者が必ずしも必要性を認識していない教室のルーティンワークは、文化祭とか分銅会のように何か気を散らせるイベントによって、どうにか維持されるものだ。そして今は、そうしたイベントの谷間なのである。


「……まだ光安の方がマシだな」

「やかましい! 算数しか知らねぇ男が何を偉そうに」


 まぁここまでは、この高校の一般的な説明である。我らが三バカのうち二名は、朝から互いに愚かさを競い合っている。ダレるどころか、以前よりも激しく躍動している。高校生を一般論で括ってもたいして役には立たないものだ。

 もっとも、躍動するのは休み時間だけで、授業になればしっかりダレるという話もある。というか、そんな分析は誰も求めていないだろう。曽根や荒瀬が元気だからといって、この世界にはほぼ何の影響も与えない。そして、こんな話をいくら積み上げて目をそらしても消せないほどの大きな変化が、教室に現れつつあるのだ。


「おはよう、青原光安」

「何だよ、俺の名前忘れたのか?」

「たまには変化を求める年頃なのよ」


 生徒たちの大半は全く認識していないが、それは明白な変化だ。というより、生徒たちの大半が認識しないことこそが、重大な出来事なのだ。


「言ってることの意味が分からん。それに、登校が遅い」

「後半はアンタに言われたくない」

「そうよ、こんなバカに言われたら恥よ!」

「この際、お船は関係ねぇだろ!」


 いつものように愛想を振りまきながら教室に入ってきた裕美は、隣の席のバカに声をかける。すると裕美の前の席の、三バカに準ずる学力の女子生徒が、しっかりと会話に割り込んできた。

 この関係はいつの間にかありふれたものになった。それは勿体ぶって説明するほどの重大な変化ではないが、明白な変化ではある。


「ゆうちゃんに楯突くヤツは敵」

「光安は元から敵だから」

「俺だって味方だとは思ってねぇ」


 もちろんこの変化はラブコメの王道的展開を辿っているわけではなく、二人がただの友人関係になっただけである。

 光安は自らラブコメ当事者となる代わりに、入船の狙っている男子生徒が誰なのかを知らされてしまった。そして彼は双方の友人として、とりあえず入船の幸せのために協力しなければならなくなった。そのついでに呼び名が「お船」になった。

 たとえば少女マンガの王道的展開なら、協力するキューピット役だったはずがいつの間にか…という可能性もあり得る。現時点では入船が光安に転ぶ確率も皆無とは言えない。未来のことなんて、誰にも分からないからな。


「曜子ちゃんは元気?」

「…まぁな」


 そして授業が始まると、定期的に始まる雑談。

 あまり頻繁だと光安の成績に影響するので、一日一度という約束を交わしたようだが、必ずしも守られてはいない。


「というか、曜子のことより自分のことだろ」

「曜子ちゃんは大事よ。私にとっても妹なんだから」

「いや、そうじゃなくて…」


 彼は強い調子で拒絶することもできただろう。しかしそれをしないのは、裕美に起きている異変をある程度認識しているからだ。

 そうだ。

 1300歳という自分の年齢を突然否定したその瞬間から、周囲の人間は高橋裕美の存在を少しずつ忘れ始めている。

 忘れるといっても、彼女がこの高校の生徒であることには変わりがない。ただ、高橋裕美を際立って魅力的な存在と捉える者は、日々減り続けている。彼女は次第に、どこにでもいる普通の高校生というポジションに変化しつつある。


「俺は…、お前のことが知りたい」

「知る必要はない」


 裕美自身の外見も中身も、何も変化などしていない。にも関わらず、あれほど裕美に忠実だった曽根や荒瀬は、いつの間にか無関心になってしまった。それはいくら光安がバカであっても、異常な事態だと気付かざるを得ないほど大きな出来事である。

 だからこそ彼は今、焦っている。

 …もっとも、あくまで変化の外に居続ける私に言わせれば、青原光安は変化に気付く必要もないし、焦るべきではない。他の二バカと一緒に、速やかに無関心になるべきなのだ。


「知りたいぞ。少なくとも俺が妹のことを話した程度には、お前の両親や姉のことを知りたい」

「………強情ね」

「それは俺の台詞だ」

「そう…」


 光安の本気度は、姉と口にしたことで分かるだろう。

 裕美は自ら、姉の存在を明かした。それは事故のように突然だったが、初めての肉親に関する情報だった。


「お前の姉さんは、生きてるだろ?」

「さぁ」

「だいたい、お前の話は奈良時代のことじゃ…」

「光安」


 苛立つ彼が、そろそろ心の中の声ではなく肉声を響かせそうな勢いになると、裕美は決まってなだめるのだった。


「そろそろ授業に戻ったら?」

「………」

「いつか、話したくなるかも知れないわ」

「うん…」


 こんなやりとりが、もう一週間も続いただろうか。

 十一月の日々寒さを増していく街で、そろそろ風邪をひく生徒も現れている。全国のニュースでは、インフルエンザも流行の兆しをみせ始めているらしい。

 奇妙な緊張感に包まれた教室は、淡々と授業が進んでいる。いや、緊張感は教室を包むほどの規模ではなく、ほんの一角に細々とともる蝋燭の炎のようだものだ。繰り返すが、光安はリラックスすればいい。彼はただ、変化に従順であればいいのだ。


「ねぇねぇゆうちゃん」


 昼休み。

 今日も三バカは島を作り、隣では入船と裕美が向かい合っている。

 入船の新情報は湯水のように毎日増え続けている。それも一つの日常と言えばそうだが、毎日のように何かが起きる状況というのは、まるで毎週殺人事件が起きる二時間ドラマのように殺伐としている。あのペースで事件が続けば、どんなに優秀な警察でも対応できないのである。


「なぁに? 決心がついたの?」

「その話はおいといて」

「…残念」


 そこで裕美がかますのはお約束のジャブ。自分の彼氏候補の話題を振られると、入船は話題をそらしてご飯を一度口に運ぶ。

 見ず知らずの他人の不確定情報よりも、目の前の相手の確定的な情報を重視するという姿勢。それは友人同士の関係として、ごく自然なものといえる。

 もちろん、目の前の友人の色恋話に首を突っ込みすぎるのは、一つ間違えば関係にヒビが入らないとも限らない。

 ただし皮肉な話だが、今の裕美はその意味では至って安全なのである。


「この学校に幽霊が出るんだって」

「へー、どこに?」


 幽霊ネタも、もちろん定番である。

 ちなみに過去には、旧校舎の開かずの教室が突然きれいに片付いたという心霊現象も語られている。裕美が生きている限り、心霊現象のネタには今後も事欠かない可能性は高い。


「それがねー、一年のどこかの教室だって噂が」

「…つまり、ここかもしれないのか」

「アンタには話してない」

「いいだろ、減るもんじゃなし」


 そこになぜか首を突っ込むのは、光安だった。

 三バカ島はまだ解散していないのだが、どうやら彼の関心を呼んだらしく、上半身を傾けて会話に加わろうとしている。他の二人はそんな男を奇異な眼で見つめつつ、それぞれの食糧にありついている。

 こんなくだらない話題に関心を示すようでは、荒瀬をキング・オブ・バカの座から引きずり下ろすのもそう遠くないかも知れない。


「それで、どんな幽霊なの?」

「女の子だって」

「ちっちゃい子?」

「ううん。高校生」

「ふぅん…」


 迷惑そうな表情の入船に構わず、淡々と話を聞く裕美。気を取り直した情報提供者も、隠すことなく核心を語っていく。

 夜の職員室、人体標本のある理科室、屋上へ通じる階段……。そうした定番のスポットは、用がなければ近寄る可能性が低い。しかし、一年の教室というのは非常に身近だ。光安の言う通り、三人がしゃべっているこの場の可能性だってある。

 ……などと盛り上がる価値があるかどうか。まぁ所詮は幽霊話である。


「部活帰りのお船が目撃されただけってことは…って、殴るな!」

「殴るでしょ」

「殴っていいと思う」

「女子ってのは、なんて暴力的なんだ」


 殴るというほど力は込められていないものの、入船のグーパンチは躊躇なく光安の顔面を捉える。密かに天龍の血が流れているかのように、痛みの分かる教室である。

 もっとも、光安の発言を「茶化した」と考えるべきかは議論の残る部分だ。

 真面目にその場を想像するなら、誰かが教室に残っていた可能性がもっとも高い。遅くまで部活で残っている入船が、忘れ物か何かを取りに教室にやって来て……というパターンは、それなりに蓋然性がある。

 ただしどれほど蓋然性があろうと、入船は殴るだろう。真実であるかなど問題ではない。そもそも、自分より下の存在に茶化された時点で、これは戦いなのである。結局は、元から価値のない話題に無理矢理割り込んだバカが、それ相応の報いを受けて午後の授業となった。もちろん誰も同情する者などいなかった。


「なぁ裕美」

「何よ。アンタから話しかけるなんて珍しいわねー」


 ようやく心の傷が癒えた光安は、自分から授業中の雑談を呼びかけた。心の底から驚いた声で裕美が返してくるぐらいだから、これは異例のことだ。

 ちなみに、光安は普通の人間なのだから、その彼が心の中でつぶやいても他人に届くはずはない。このやりとりは、裕美が自分に向けられた情報をすべてキャッチできることを証明している。つまり、声に出さずに「バーカ」とかつぶやいても、すべて聞こえてしまうのだ。


「さっきの幽霊、お前が何かやったんじゃねーか?」

「はぁ?」


 もっとも、すべてが聞こえてしまったら煩わしくてやってられないだろう。それに、声に出さない呼びかけには悪意が込められている可能性が高い。現に光安の呼びかけもそうではないか。


「光安」

「うむ」


 技術的な問題はさておき、脈絡もなく濡れ衣を着せられた格好の裕美は、腹を立てるというよりは呆れた表情になった。


「その質問は、幽霊騒ぎが事実だという仮定に基づいてる」

「…そうだな」

「そうでしょ?」

「……………うむ」


 あえて裕美が言うまでもないが、入船情報を真に受けるような人間は、きっとテレビの通販番組の「私にとっての強力なサポーターです」みたいな台詞に簡単に騙されることだろう

 確かに裕美には、幽霊騒ぎを起こす能力はある。しかしできるかどうかを問う前に、彼女にそれを引き起こす理由があるかを考えるべきである。。一日一度の禁を自ら犯してまで聞きたいことがこれなのだから、やはり彼はバカとしか言いようがない。


「それともアンタは、私を幽霊だと思ってる?」

「何だよそりゃ」

「非現実的な存在でしょ、私は」

「………それはないな」


 問いかけたバカが赤面して、会話はあっけなく終わるはずだった。しかし、あえて引き取った裕美は、自分を異端とする方向へと会話を誘導していく。

 いや、この女子生徒は自身が言う通りの非現実的存在であって、そこは疑う余地もない…はずだ。


「どうして?」

「他人に説明すれば非現実的だけど、俺にはリアルだ」

「幽霊だってそうなんじゃない?」

「もしもお前が幽霊だったら、幽霊とは呼ばない」

「………ふぅん」


 しかし光安も、いつもながら屁理屈を並べていく。彼の論理は、ありもしない心霊現象を「でも確かに私は見たんです!」とかわめく人間と大差ないように思える。

 高橋裕美は、否定されるべく誕生した。

 恐らく彼も、そのことを理解しているだろう。どうあがいても人類と裕美は対等になれないのだ。そこで抵抗する彼が求めるものは…、バカな高校生の妄想だろうか。


 決定的な出来事は、その日の最後の授業で起きた。

 淀んだ空気の中で続けられる英語の時間。生徒たちの眠りを妨げるように、意固地になって教師は問題をあて続けた。クラスを一巡するという新記録を達成して、入船が二度目の危機をどうにか乗り越えると、教師は一瞬怪訝な表情をみせた。

 …………。


「次、佐藤」

「は…、はい」


 数秒の沈黙の後に、呼ばれた名前は裕美ではなく、その後ろの生徒だった。呼ばれた佐藤という男子生徒は、やはり教師と同じように軽く首を傾げながら、答えを読み上げる。その解答は、間違っていた。


「どうなってんだ? あれは」

「ゆうちゃんを飛ばすって何? どうせ分かってるからってこと?」

「俺に聞くなよ」


 当然のように放課後になると、光安と入船が激論を交わす。

 そこには当事者の裕美もいるが、彼女は特に表情も変えずに座っている。


「お船ちゃんが怒ることはないわ」

「そんなこと言ったって、腹が立つものは立つじゃない」

「あんまり当てすぎて、次が分からなくなったんでしょ」

「……そうかなぁ」


 小首を傾げながら席を立つ入船。

 どのように疑問があっても、彼女は部活に行かねばならない。


「じゃあね、ゆうちゃん。………と、バカ」

「バカバカ言うな! お前がどんな人間なのか、全部しゃべってやるぞ!」

「言ったらアンタを社会的に抹殺してやる」


 今のやりとりを録音して聞かせれば、入船の本性に男はたじろぐだろう。しかしこれでも光安には協力するつもりがあるらしいのだから、地球人類の関係は難しいものである。

 まぁ当人は隠しているつもりというだけで、この性格は片想いの相手――言うまでもなく男子バレーボール部員――にもバレバレの可能性が高い。一般的には、つき合ってからバレる方が深刻な結果を招くのだから、その方が幾分は幸せと言えなくもない。


「光安。ちょっといい?」

「え? ……って、いきなり止めるなよ」

「いいでしょ。どうせ止めるんだから」

「……苛立ってるなぁ」


 そうして入船が去った途端に、裕美の表情は一変した。いきなり時間を止めて立ち上がり、窓の外を見つめる彼女に、光安はとりあえず驚いている。

 …「とりあえず」といったのは、本質的には驚く理由がないからだ。裕美は苛立つべくして苛立っているに過ぎないのだ。


「最近、学校がつまらないわ」

「誰だって毎日は楽しくない」

「ううん。面白くなりそうにないの」

「なんでそう断言するんだ」


 そして裕美は、どうしようもなくストレートに現状を語る。

 発言の内容自体は、その辺の普通の高校生が言いそうなことだ。いや、小学校から始まって、学校と名のつく施設に通う人間なら誰でも言う可能性がある。その程度のどうでもいい告白でしかない。


「魔女ってどういうものなのか、分かってきたからよ」


 重要なのは、普通ではない存在がそれをつぶやいた点にある。

 もちろん、魔女だって人間とそう変わらない感想をもつのではないか、という予測は立つだろう。

 たとえば異世界から誰かがやって来て人間世界で暮らす……、そんなよくある物語では、たいていその異世界生物が学校に通うことを望む。それは異世界生物と親しい関係になった地球人類が、学校に通うために留守番を強いられるからだが、いざ実際に通いだせば、魔女だろうと化け物だろうと学校というルーティンワークからは抜け出せないのだ。仮に抜け出そうとすれば、それは退学なのである。


「……よく分からないが、お前はずっと魔女だったんだろ?」

「そうよ」

「今ごろになって何が分かるんだ?」

「……………」


 最初だけ驚いた様子の光安は、すぐに冷静になってシビアに問いかける。そう、少なくとも彼の側から見れば、裕美のあり得ない能力は出会った最初から現在に至るまで、何も変化などしていない。

 裕美はそこで黙ってしまった。

 光安の質問にまともに答えないことなら珍しくない。しかし、はぐらかしもせずに黙ったことなどあっただろうか。しばらくの沈黙が続いて、それから裕美はゆっくりを顔を上げた。


「たとえば……アンタは自分が生きてるってことを、何か考えることはあるの?」

「そ、そりゃあるだろ」


 突然の問いかけに、光安は困った表情のまま曖昧な返事をする。

 誰だってこんなことを聞かれたら困るものだ。しかし、誰だって「ない」とは返答しないのだ。


「たとえば?」

「たとえばって……」


 質問の意図を測りかねて、光安は首を傾げる。

 とはいえ、沈黙の時間は長くはなかった。


「まず…、死にたくないと思う」

「それで?」

「死ぬ瞬間はどういう気分なんだろうって考えて、それから生き続けるための方法を考える」

「そんなに生き続けたい?」

「え?」


 彼の回答は、とても幼稚なものだ。

 しかし高校生にとって必ずしも身近ではない人間の死を、哲学的に考察せよというのも無理がある。彼は彼なりに、包み隠さず話そうとしている。


「そ、そりゃあ生きたいさ」

「どうして?」

「生きてなきゃ何もできないからな」

「そう…」


 そうして言わずもがなのことをしゃべらせて、裕美はまた黙る。

 元々自分の発言に自信のない光安は、そんな彼女の様子を見て、不安を募らせていく。やはり俺はバカだったのかと落ち込んでいく。当然だ。お前はバカだ。


「ねぇ」

「………」

「十年前も、生きなきゃいけないって思ってた?」

「えっ?」


 裕美は彼をバカにしたわけではなかった。とはいえ、相変わらず光安は振り回されるばかりで、会話の流れをつかめていない。

 それは彼がバカだからである。

 会話がどこに向かっているかなど、よい子のみんなならお見通しだろう?


「今のアンタは、十年前のアンタより物知りになったでしょ?」

「……まぁ、そうだろうな」

「それはなぜ?」

「たくさん勉強したからだ」


 見え見えの誘導尋問に、思わず大げさな表現で返してしまった彼は、顔を背けてからゆっくりと反応をうかがう。

 そして彼は、彼女がその動作までも予見していたことに気付き、再び顔を背けた。恥ずかしいなら最初から言わなければいいのだ。


「同じことよ」

「…………」

「もってる力が同じでも、意識は変わっていくの。それは人類の常識でしょ?」

「……………」


 裕美は言いたいことを口にすると、カバンに教科書を詰め始めた。

 取り残された格好の光安は、険しい顔のまま黙って身動きもしない。既に時は普通に動き出しているので、彼だけが教室の一部と化している。

 魔女は敵だ。

 魔女は排除されるべきだ。

 そんな常識が自分の頭にも確実に埋もれているという事実を、大人になるにつれて人は知るのだ。知るべきなのだ。


「…思春期の悩みってヤツだよな」

「そうね」

「ってことは、お前も思春期なんだな」

「…………うん」


 そして、とうとうたどり着いた言葉。ようやく彼は、彼女の意図を知る。

 スリルのない三文芝居。筋書き通りのチープなドラマ。高橋裕美はどうやら最後の舞台へと向かうようだ。


「私の家に来ない? まぁ、アンタに言われて造った家だけど」

「…………」


 魔法が造りだしたインチキ屋敷は、いずれ無に還る。そして同じく魔法が造りだしたインチキな私も、間もなくその活動を止めるだろう。よい子のみんな、短いが楽しい時をありがとう……と、今のうちに言っておく。


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