表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
第四章 前を向いてくれれば辛くないの巻
13/35

第四節 人生いろいろ パート3

 旧校舎に面した小さな空き地で、四人は「遊んで」いた。

 すっかり傾いたとはいえ、まだ日没には時間がありそうだ。なので相変わらずグラウンドでは部活動が行われている。野球部やサッカー部の部員たちが、たびたび四人の前を通り過ぎている。

 もしも裕美が何も手を打っていなければ、少なくとも今ごろはグラウンドの話題を独占しているだろう。学校一の美少女が、物陰で冴えない三バカにつかまっている……なんて伝われば、普段はグラウンド利用を巡って仲が良くない運動部同士も、大同団結で救助隊を結成するかも知れない。

 もっとも、三バカは何といっても将棋部員である。ご都合主義なマンガのように、実はケンカが強かったという設定も存在しない。従って救助隊を結成しなくとも、見かけたヤツがその場で救助可能である。あくまで、裕美が救助を求めているなら、の話だが。


「次は荒瀬くんね」

「お、おう」


 どちらかといえば裕美が三人を襲っている「遊び」は、二人目の犠牲者の番となった。

 犠牲者と表現してみたが、当事者の荒瀬は嬉しそうだ。自分の未来が見えてしまえば、将来どうなるんだろうというワクワク感がなくなって、楽しみを奪われることにもある。しかし荒瀬に、そういう不安はなさそうだ。これぞ男の中の男、三バカの中のバカなのかも知れない。ちなみに今のフレーズには、深い意味も浅い意味もない。


「裕美ちゃん、ここでいいか?」

「うん。ちょっと待ってね、荒瀬くんの情報を入力するから」

「荒瀬の体重は70です!」

「曽根は黙ってろ!」

「本当に?」

「……本当に」


 裕美はリモコンを操作している。その目的は、彼女の口から語られた通りである。

 もちろん、VHSのビデオデッキのリモコンに、そんな入力機能など存在しない。だいいち、曽根の時には何も「入力」していないのだ。

 要するに思いつきでやってみたに過ぎないのだが、荒瀬と曽根はふざけつつもきちんと答えている。さすがに光安は呆れた様子で、とはいえそれを口には出せないので黙って眺めるのみである。

 なお、よい子のみんなは荒瀬の体重をどう思うだろうか。彼は一応まだ成長途中の170cm手前、つまり光安とはミリ単位の差だ。ただし光安の体重は50キロ台だから、並んで立てば太って見えるのは事実である。もう少し減量した方が将来の内臓のためではあろう……って、よい子のみんなは関心がない? それは確かだ。間違いない。


「それでは始めま~す」

「歯を食いしばれ、荒瀬!」

「何を始めるんだよ!」


 あってもなくても同じの儀式が終わると、裕美はリモコンを荒瀬の方に向けた。

 曽根の時はビデオデッキに向けていたはずだが、たぶん彼女にとってはどうでもいいことなので忘れているようだ。1300歳のわりには適当な性格である。


「おお、すげー」

「曽根もさっきはこうなったんだ」

「うーむ」


 荒瀬の身体も、例によってガタガタ揺れ始める。そしてめまぐるしく服装が替わり、髪の毛が伸び縮みしていく。

 自分の時の記憶がない曽根は、初めて見る「サーチ」に目を奪われている。もちろん光安にしても、二度目だからといって慣れるわけはない。二人で騒ぎながら、荒瀬の変化を見つめていた。

 しかし、間もなく異変が起こった。


「…荒瀬?」

「と、止めろ裕美!」


 光安が叫ぶと同時に、裕美もリモコンのボタンを押した。というより、ボタンを押す前に止まっていた。さっきまでゲラゲラ笑っていた曽根も、素の表情に戻ってしまった。

 曽根と同じように若干背が伸び、髪の毛は順調に伸び縮みしていた荒瀬。しかし突然痩せはじめると、あっという間に髪の毛がなくなってしまった。そして彼の身体は急激にしぼんで、そして………白骨になってしまったのだ。


「……なぁこれって」

「アンタたちが想像した通りのことよ」

「ヒィッ」


 曽根のか細い叫び声に、ちょっと顔をしかめた光安。

 もちろん彼が冷静というわけではない。ただ、周りが先にパニックになると、彼自身が何をして良いか分からなくなり、意味もなく表情を変えるしかなかったのだ。つまり彼も実質的にはパニック状態だった。


「いったい何歳だったんだ?」

「まだ二十歳になってない…と思う」


 四人が和気あいあいと交流するはずの「遊び」は、お通夜のようになってしまった。

 いや、そもそもお通夜という表現は、全く喩えになっていない。このまま夜を迎えれば、三人が荒瀬を見送る儀式に移行してしまう。


「荒瀬……」

「裕美ちゃん、元に戻してくれ! できるよな!」

「それは……」


 曽根の悲痛な叫びに、裕美がうつむく。

 光安もすっかり余裕を失って、彼女を見つめている。


「まさか、…できない…のか?」

「………」

「なぁ!」

「できないわけないでしょ、これは「サーチ」なんだから」


 くすっと笑う裕美。さすがに彼女には、この状況でも二人をおどかすだけの余裕があった。もちろんそれは、バカ二人にとって笑える冗談ではない。何といっても、目の前には白骨という状況なのだ。

 裕美は軽く息をつくと、ゆっくりとリモコンを持ち直して、巻き戻しボタンを押す。すると白骨は元の肉体に戻り、見慣れた荒瀬の顔が復活した。その先は曽根と同じように、何事もなく元の高校生へと巻き戻されていった。男二人はそんな荒瀬を、固唾をのんで見守っている。しかし裕美だけは無表情のままだ。

 それは彼女にとって、最初から「できて当たり前」のことだった、というのもあるだろう。しかしそれ以上に、裕美にとってこういう事態は、織り込み済みだったに違いない。未来を覗く以上は、早死にする可能性もある。残念ながらそれは、地球人類の当たり前の現実である。


「ね? 高性能でしょ?」

「…………あぁ」


 サーチ中の曽根の記憶を消してしまったのも、こういう事態を恐れてのことだろう。荒瀬の記憶を留めていれば、それは本当に死ぬその日まで、決して忘れられないトラウマになったはずだ。

 未来サーチは高校生にリアルな老後や死を考えさせてしまう危険なものだ。相手が気に入るような将来を幻想させる占いとは違うのである。


「う、………ふぁぁ~、なんかよく寝た」

「寝たんじゃねぇ! 死んだんだ!」

「………え」


 何も知らない荒瀬は、まさに荒瀬というしかない間抜けな言葉を発した。その声を聞いて、光安が叫ぶ。

 …周囲の緊張とは無縁の言葉を、その当事者が発してしまった。それは当事者がこの世に帰ってきたという安心感を生み、ほっとしたバカに大声を出させることになる。

 経緯は確かに自然なものかも知れないが、最悪の選択肢である。なぜならこうなるからだ。


「ど、ど、ど、どういうことだ光安!」

「どうもこうもない。お前は白骨になった」

「白骨!?」


 当然、今度は荒瀬が叫ぶことになる。まぁ当たり前だ。彼は取り乱しても何ら不思議ではないのだ。

 むしろ光安や曽根が、もう少し落ち着くべきだった。少なくとも今は、彼らが必要以上に騒ぐべき局面ではないのに、荒瀬をパニックに引きずり込んでしまった。

 もちろん、このような非常事態に、そんな大人の対応を求めるのも無理があるのかも知れない。彼らは所詮は高校生なのである。


「裕美ちゃん、た、助けてくれよ!」

「助けるって言っても、……今すぐのことじゃないし」

「なぁ光安、俺の人生あと四年なんだぞ。そんなバカなことあるかよ、なぁ…」


 うろうろ歩き回りながら、自分にふりかかった悲劇を説いてまわる荒瀬。彼にはそれぐらいしかできることはない。かといって四年後の危機を今から防ぐというのは、普通に考えても無理である。


「曽根くんとは明暗くっきり分かれちゃったね」

「なんか…、髪が薄くなるだけの自分が悪いような気がするぜ」

「うう…」


 裕美は相変わらずのんきなことを口にする。比較された曽根は、禿げることをポジティブに捉えざるを得なくなっている。

 確かに曽根の未来はバラ色過ぎた。彼の悩みはさておき、一流企業に勤めて禿げて老いるのだから、ある意味では人生の理想である。禿げるのは別に人生の理想ではないが、白骨に比べれば些細なことだ。

 最初の一人がそうだったので、荒瀬にも似たような将来が待っていると考えた彼らは、やはりうかつだったと言うしかない。しかし今さら「うかつだった」といっても始まらない。既に絶望的なヴィジョンが示されてしまったのだ。

 嘆くしかできない三人の視線は……、当然のように一箇所へと集中することになる。

 その視線の先で、三人の様子を黙って見つめていた裕美は、しばらくにらめっこを続けた後に、ため息をついてつぶやいた。


「しょうがないなぁ…」


 それは必ずしも面倒くさがっている声ではなかった。

 仮に私が裕美ならば、みんなに頼られる満足感に浸っているだろう。彼女がそこまでうぬぼれているかは知らないが、ともかく荒瀬を見捨てなかったのは事実だ。ついでに言えば、裕美には「うぬぼれ」と呼ばせないだけの力があるのも事実だ。


「これでいい?」

「………」


 裕美にそう聞かれて、荒瀬はきょとんとした顔で立っている。


「なぁ裕美、何かしたのか?」

「してるじゃない」

「おそらく、荒瀬には分かってないぞ」


 光安の言葉に、荒瀬も大きく頷いた。

 実際、荒瀬の身体には何の変化も見えない。70kgの肉体は、放課後になった時点と比べても、わずかな水分が蒸発しただけである。


「あのねー」

「は、…はい!」


 背筋を伸ばして、やたらと緊張した声を返す荒瀬。

 自分の人生がかかっているのだから当然か。


「ヒゲが一本増えたでしょ」

「……………」

「ヒゲ?」


 荒瀬は慌てて自分の顔を触る。頬やあごの付近を何度も何度も、こするように確認した。そして再び彼は、裕美の顔に向き直った。分からない…という表情で。

 高校生の荒瀬の顔には、元々ヒゲがある。それは確認するまでもない事実である。しかし、それが一本増えたと言われても、どの一本がそれなのか分かるはずはない。某長寿番組の波○の頭の毛ならともかく、彼のヒゲはいくら薄めとはいえ、数十本ではきかないのである。裕美の質問は、最初から無茶なものだった。

 しかし荒瀬には余裕がないので、半ばからかわれていることすら理解できずに、ざらざらの肌を繰り返し触っている。曽根も一緒にヒゲの数を数えている。ご苦労な話である。

 光安はいくらか裕美に慣れているので、その突拍子もない言葉に対しては冷静だった。


「なぁ、ヒゲが増えたからどうだって言うんだ。俺は友だちを助けてくれって…」

「だから助けたわよ」

「えっ?」


 誰もが感じるだろう疑問を口にした光安。しかし裕美の返答はさらに意外だった。

 …いや、文脈を考えれば、そのつもりで増やしたという想像はつく。ただ、ヒゲの増加と荒瀬の白骨からの脱出に、普通は因果関係を見いだせないのである。


「いい? アンタたちはどうせバカだから、教えてあげる」

「お、おう」

「うむ…」


 ついに裕美は曽根と荒瀬に対しても、堂々と「バカ」と言い放った。

 しかし今の二人に、そこへのツッコミなどできるはずもない。なし崩し的にこのまま定着してしまいそうだ。

 ……光安は反発することもできたはずだがな。


「さっきの白骨は、あの時点での確定的な未来」

「うむ」

「それをどうにかするには、何か過剰な要素を加えればいいわ」

「カ、カジョーって何だ?」

「ねぇ荒瀬くんって、もしかして光安よりバカ?」

「なぁ裕美、こいつは気が動転してるんだ。いつもより五割増のバカでもしょうがねぇだろ?」

「33%削っても相当なバカじゃない」


 さっきまでは心優しい、まるで女神のようなクラスメイトだった。そんな裕美の化けの皮が、今や次々と剥がれつつある。

 もちろん、この変化は故意になされている。つまり、裕美は二人との関係を変えようと考えたことになる。それは少なくとも、より親しい関係になったことの現れである。無理矢理でも良ければ、ポジティブに捉えることも可能だ。

 まぁどうせ明日になれば、この辺のやりとりの記憶も都合良く変わっているのだろう。「バカ」という言葉がオブラートにくるまれて「言語認知力に難がある」になったら……、むしろその方がきついか。日本語は難しい。


「まぁいいわ。バカにバカの話してもしょうがないし。続けるわよ」

「続けてくれ」


 裕美のバカ連発は止まらない。しかし、脈絡もなくバカと言われながらも、光安は彼女の挑発に乗ろうとはしなかった。

 もちろん裕美は挑発しているのではなく、素でそう思ったに過ぎない。とはいえ、光安はそういうところに果敢に飛び込んでは炎上する性格である。この返答一つにも、相当な我慢を強いられているはずだ。

 ではなぜ我慢するのか? 彼は気づき始めたのだ。裕美の話というのは、いつも本題までが長くて面倒くさいことに。

 そこで彼が茶々を入れると、墓穴を掘って本題はさらに遠のくだろう。それを悟った光安は、そのうちバカの称号を返上できるかも知れない。


「とにかく、荒瀬くんは助けようとしても助からないからね」

「なんでだよ、お前ならできるだろ」

「ちょうど死ぬ瞬間に立ち会えたなら、ね」

「む……」


 三人を再び不安にさせる裕美。

 それでも、さっきほどの緊張感がなくなっているのは、そのおどけた口調のせいだろう。


「ヒゲ一本だけ、さっき宇宙の質量が増えたわ」

「質量?」

「質量保存の法則って習ったでしょ」

「ああ、それなら…」

「だから宇宙は変わったの。変わったから未来も変わる」

「ちょっ、ちょっと待て! たかがヒゲ一本で」

「変わるの」


 曽根と荒瀬は困っている。

 まぁ彼らがいかにバカと呼ばれようと、質量保存の法則を知らないはずはない。今さらのように説明するが、この高校はそこそこのレベルの学校だ。彼らだって、昔は神童と呼ばれていたかも知れないのである。もちろん対外的には何の値打ちもない神童だが、所詮そういう評価は相対的なものだ。

 だいたい、どんな神童だったにせよ、元からバカだったにせよ、大きな違いはない。この宇宙の法則の外側に何があるかなど、分かるはずがないのだから。


「たとえば光安が何をしようと、それはこの宇宙の可能性に過ぎないから、さっきの未来には影響しない」

「…うう」

「でもね、ヒゲの一本であっても、この宇宙ではあり得ないことが起きたから、すべてが変わっていくわ」

「ふぅむ…」


 荒瀬は聞こえているのかいなのか分からない顔で立ちつくしている。

 いや、光安にしても、裕美の言葉の真偽までは理解してはいないだろう。裕美の説明は、いちいち人間の常識を超えているのだから仕方がない。ただ、分からないなりに納得しようとしているのは確かなようだ。

 やりたい放題に弄ばれる故の、奇妙な信頼なのかも知れない。

 あるいは、クシャミ一つで地球の気流が変わるなんて話を聞いているのかも知れない。


「質問がある」

「答えてあげるわ」

「…もしそれが本当なら、お前はもう何度も宇宙を変えたってことだよな」

「そうよ」


 こともなげに裕美は返答した。

 実際、裕美にとっては悩む必要もない答えだ。


「つまり、お前がおかしなことをしなかったら、そもそも荒瀬は死ななかったんじゃねぇか?」

「かも知れないわね」


 これも即答である。

 しかし、光安もそれ以上は糺さなかった。

 裕美がこの宇宙にイレギュラーな要素を与えた回数は、既に数え切れないほどあった。ただし荒瀬の白骨化に直接つながる、つまり白骨化直前の魔法は何かといえば、他でもない「人生サーチ」自体なのである。そのサーチは光安も主導する側で、荒瀬本人はノリノリだった。従って、彼らに裕美を非難する資格はないのだ。

 そんなやりとりを黙って聞いていた曽根と荒瀬は、とりあえず白骨から逃れられそうだと、少しずつ落ち着きを取り戻している。とはいえ、裕美がこのままで終わるはずはなかった。


「ただし言っておくわ」


 なぜか特撮ヒーローのようにポーズを決めて、裕美はこう言った。


「私は未来を変えただけ。つまり、今より良くなるという保証はないからね」

「えっ?」

「明日で寿命が尽きたとしても、恨まないでね。あなたの望んだことなんだから」

「そ、そんな無茶な」


 一瞬で表情が変わる荒瀬を見て、裕美は笑った。

 明日のことは誰にも分からない。それは世の中の常識だから、光安もとりあえずため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ