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手のひらの宇宙―魔女とバカの日々―  作者: UDG
第四章 前を向いてくれれば辛くないの巻
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第二節 1300年男の真実、そして無二の親友たち

 午前中の教室は、何事もなく平穏無事に時間が過ぎていった。遅刻も欠席も、誰一人いなかった。

 遅刻確実…というか遅刻確定だったはずの二人は、昇降口で靴を履き替えた次の瞬間には、教室の自分の席に座っていた。その教室には既に教師がいたが、二人の出現を気にとめることもなく、授業は始まった。もちろん周囲の生徒も、特に驚きはしなかった。驚いたのは、いきなり瞬間移動させられた光安ただ一人である。

 これはつまり、裕美さえいれば、どんなに欠席しても遅刻しても皆勤賞がもらえるということだ。うらやましい……と思う人は、それに伴うリスクもきちんと考えるべきだろう。


「み、光安! それは何だ!!」

「何だって、弁当だろ」


 そうして、三バカは今日も仲良く昼飯を食べている。

 こいつらの実況など誰も望んではいないだろうから、教室の他の景色も紹介しよう。


「お前なぁ。それは、しょうが焼きだ」

「だから何だよ」

「しょうがねぇなぁ」


 寒っ。これだからバカだと言われるのだ。

 ともかく他を紹介しよう。教室内をあえて喩えるならば、浅い海が広がる景色の所々に、島が点在する。まるで日本三景の松島のような感じになっている。説明しながら赤面するほどばかげているが気にするな。

 三バカ島は教室の窓側の真ん中あたりに陣取っている。すぐ近くには入船島があり、裕美は今日もそこにいる。他には男子生徒の島が二つ、女子生徒の島が大小三つほどあり、もちろん単独のヤツもある。男女混合島は、今のところ存在しないようだ。

 別にこのクラスの男女が対立しているわけではない。ただ、男女混合島が生まれる時は、そいつらが「そういう関係」になった時に限られる、という不文律が存在しているらしい。おそらく最初の島が発見された日には、数日前の光安が喰らいかけたような一斉攻撃が待っているのではなかろうか。


「荒瀬は要するに母の愛に飢えてるんだな」

「なんだその結論は!」

「なるほど。飢えてるのに腹は出てる」

「そ、曽根~。誰が面白いことを言えと…」


 もっとも、既に入学して半年が経過したわけである。一般的な傾向からすれば、未だに一組も成立していないというのも考えにくい。

 この教室はメンバーの戦闘意欲が高いので、隠れキリシタンのように息を潜めているのかも知れない。クラス内カップルを祝福もせずに抑圧するとは、何という地獄のような教室だ。哀れな……。

 なお、ここまでの教室解説には、嘘、いつわり、大げさな表現が一部含まれていることを付け加えておく。


「光安。一つ聞きたいわ」

「…なんだよ。」


 男子島と女子島は、同じ島でも違いがある。女子島は昼休みの間、いつまでも存在しているが、男子島の多くは食べ終わると崩壊する。三バカ島も早々になくなって、光安は自分の席に戻っていた。


「せ○とくんのことを調べたわ」

「ほう」


 そこに話しかけてくる裕美。入船島はまだ残存しているが、先に分離したようだ。ただし弁当を片付けているので、また再結合の可能性もある。

 いずれにせよ長引くような話題でもなく、秘密にするほどの価値もない。それでも光安は、少し周囲を気にしている様子だ。


「私が知る限り、彼の年齢は三歳ぐらい。1300歳って話は何?」

「何……って、あれは平城京の人だからじゃねーか」

「そうなの? あの奇妙な生き物は都城のどこにいたの?」

「いや、その……だな」


 周囲を気にしていたのは、この会話が男女混合島の誕生として認識される可能性があったからだろう。

 世の中で流通している「高校生の話なのに高校生が買えないゲーム」の類では、単なる友人と称する男女が島を形成することが多い。しかしリアルな教室で、そんな景色がどれほど存在するだろうか。

 だいたい、ゲームの世界の男女は最初から発情期の臭いをプンプンさせているような連中である。あの状況で「友だちです。だけど好意はもってません」なんてよく言えるものだ。全く嘆かわしい………ではなかった。既に現代の教室のトレンドは、うつろな瞳で踊るマスコットキャラに移っていた。


「すこしは困った?」

「…………そりゃ困ったさ」

「魔女をかつぐとはいい度胸だわ」

「かついだんじゃねーよ。裕美が知らないわけねぇと思ったんだよ」

「……………」


 まぁこの会話が、発情した男女のものかどうかは君たちの想像に任せよう。

 一つだけはっきりしているのは、光安はせ○とくんの話などきれいに忘れていたことだ。とはいえ、何の脈絡もなく今さらのようにこんな話題を蒸し返す裕美によって、彼の頭にはあの時に感じた疑問も蘇りつつあった。


「俺は未だに分からんぞ」

「……そう?」

「いくら家にテレビがなくたって、知ってるだろ普通は」


 ましてお前は宇宙より上位の魔女で、1300年も生きていて、学校でも天才少女ってことになっているのに……と、光安は言おうとしていた。私は時に神となるので、光安の心が読めるのだ。

 しかし、彼はそれを口にはしなかった。

 口にしなくとも、裕美にそれは伝わっていた。彼女はその気になれば人の頭の中をすべて覗くことができるが、別にそんな魔法を使わなくとも、相手の言いたいことを類推する能力は十分にあった。そもそも光安の態度自体、何も隠そうとはしていなかった。


「まぁいいわ。せ○とくんはこれで用なし」

「最初から用なんてねぇだろ。旅行でもしない限りは」

「この場に連れてくることだってできるけど?」

「来なくていい。この街にいたってやることねぇぞ」


 おそらく光安は感じとっていたのだろう。かすかな裕美の動揺に。

 真面目な話、せ○とくんを知らないことが自己のアイデンティティの崩壊につながる……わけはない。常識には違いないが、知らなくて困る知識ではない。だから光安の側では、こんな解決方法もあったはずだ。つまり、裕美があまりに優等生すぎて、勉強に関係のない知識には疎かったのだと。

 とはいえ、裕美をそんなにストイックな性格と考えるのも、相当に無理がある。この解決方法はちょっと厳しいな。


「そんなことよりだ」

「アンタが私に用でもあるわけ?」

「大ありだ」

「へぇ」

「大ありだ……が」


 再びきょろきょろと教室を見回す光安。

 それを見た裕美は、鬱陶しいと思ったのか時間を止めた。教室内に座ったまま時間を止めたのは、実はこれが初めてであった。

 というか、これが可能なら廊下で会う必要はないのだ。もちろん、これは光安の人生の時間を無駄に消費する行為なので、高校卒業の頃には一人だけ腰が曲がった白髪になっているかも知れない。若白髪というだけなら、既に教室内にもいたりするのだが…。


「これでいいんでしょ?」

「まぁな」

「魔法って便利よね?」

「そうだな」


 裕美は、テレビの魔女っ子モノで一度は飛び出す名台詞を口にしたわけだが、光安の返答は実に素っ気なかった。

 たぶん彼はそういうアニメを見ていないのだろう。

 それ以前に、彼は自分が話そうとしていることで頭がいっぱいなのだろう。


「それで?」

「曽根や荒瀬と遊んでやってくれ」

「はぁ!?」


 それにしても、まさかこんな話があるとは、魔女っ子といえども予想できなかったようだ。

 伝統的なアニメの場合、魔女っ子はたいてい勉強が苦手で、身体を動かして遊ぶのが得意である。一方で、学校で魔法を学ぶという現代的な物語ならば、成績優秀であることが条件だ。裕美は……、別に魔法を学んではいないから、資質としてはバカでも構わないことになる。


「遊ぶって、何? 砂場で山でも作るの? 魚釣り? それとも三角ベース?」

「もうちょっと脈絡のある聞き方をしてくれ」

「アンタのお願いが突拍子もないからでしょ」

「突拍子はあるぞ」


 もっとも、学校の成績を上げるだけなら、テスト問題を作った教師の記憶を覗けば済む。適当な回答でも、それが正答だと思わせれば必ず満点をとれる。

 まぁそれ以前に1300年も生きているのだから、どんな人間界の長老よりも知識は豊富なはずだよな。裕美の言い分を信じればの話だが。


「曽根や荒瀬は俺の無二の親友だ」

「無二の親友が二人いたらダメじゃない」

「お前は細かいことを気にしすぎる。宇宙より上位の者ならもっとどっしり構えろよ」

「アンタ何言ってんの?」


 目の前の会話を無視して余計な解説にいそしんでしまった。よい子のみんなに申し訳ない……と言いたいところだが、この会話は実況する価値があるだろうか。


「無二の親友たちは、こともあろうにお前が好みだそうだ」

「はぁ……、それで?」

「だから遊んでやってくれ」

「………」


 光安が「お前が好みだそうだ」と口にすることは、ある意味の皮肉である。なぜなら無二の親友たちは、つい数日前には裕美の強制力によって彼を襲おうとした者だからだ。その時の二人は「好み」どころではなく、裕美に「嫌いだ」なんて言われたら、言葉の意味がどうであれ、泡を吹いてショック死しそうだった。

 ただし、その後は何も事件になっていない。どうやら裕美は、強制力を自分の身体に封じ込めることで解決したらしい。従って、現在の曽根と荒瀬が裕美を激しく慕ったとしても、それはあくまで彼らの自主的な行動ということになる。


「一応ね、私にも私なりの常識はあるからね」

「常識か」


 およそ、高橋裕美と常識ほどかけ離れた概念は存在しないだろう。

 そもそも常識がアテにならないから宇宙の上位者ではないのか。


「だから、基本的に私の力は内緒じゃなきゃいけないの。そうでしょ?」

「…内緒ねぇ」


 光安は「こんなに使いまくって何を言ってるんだ」という顔をしている。それはそれで当然なのだが、一方で過去の無茶苦茶な現象は、すべてこの世界の普通に転換されている。裕美はあくまで、クラスメイトをはじめとする周囲の人間たちに、自分が存在することの影響を与えないようつとめている、とも言える。

 もっとも、クラスの友人と遊ぶのに、いちいち魔法を使う必要はないのである。どうもこの二人の会話は、使用が前提となっているようだが…。


「夢を見せるってのはどうだ?」

「夢?」

「よくあるだろ、不思議なことがあったと思ったら夢だったってやつ」

「ほとんど覚えてないってやつ?」

「そうそう」

「…………」

「……………無意味か」


 そう。それはバカでも気付くほど無意味だ。

 なぜそんなどうしようもない手を使ってまで、裕美に力を使わせるのだ。


「まぁ夢のようなもの…だったら、調整できなくもないかな」

「調整?」

「たとえば、起きたことははっきり覚えているけど、その場に誰がいたかは分からなくするとか」

「それじゃあダメだ」


 というか、夢と一緒ではないか。


「なら、私と遊んだ記憶はあるけど、細部は思い出せないってのは?」

「イメージしにくいな」

「ま、友だちだって記憶が残せれば満足でしょ? 光安も」

「あ、……ああ」


 それ以上考えても、光安には理解できそうもなかった。とりあえず裕美の言う形で試すことになった。

 誘う役も、光安ではなく裕美となった。光安が企画して誘った…と思われた場合、曽根と荒瀬がいろいろ疑念を抱く可能性は否定できない。騙しているのではないかという疑念と、裕美と光安が特別な関係なのではないかという疑念である。

 もっとも、二人が特別な関係なのは事実だ。そして恐らくは、色恋沙汰として誤解された方が、むしろ話がシンプルで良いように私は思う。まぁ私の意見など誰にも伝わりはしないが。


「どっかの猫型ロボットみたいだな、光安!」

「猫型ロボットは4組にいるぞ」

「あれは体型だけじゃん」


 こうして午後の授業が終わり、部活の生徒が教室を出ていく時間。三バカもまた、まるで部活動にでも出かけるように、バカ丸出しの会話とともに歩いている。

 「今日の放課後、旧校舎裏の中庭みたいな場所に集合」と、裕美に伝えられた時の二人の喜びようは、そのまま脳梗塞でも起こしてあの世に行きそうなぐらいだった。なぜそこまで裕美に熱くなれるのか、光安だけが取り残された気分で歩いている。

 ちなみに、目的は「未来を覗く道具が見つかった」だ。どうしようもないぐらい怪しい誘いである。普通の高校生なら、聞き終わる前に断りそうな案件だった。本当に裕美の強制力は解除されているのだろうか。


※第四章は次からが実質的な本編です。「未来を覗く道具」の物語をお楽しみに。

 なお、次回更新は12月1日前後の予定。

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