第109話 獣人国との交流
夜通しのパーティーが終わり、翌朝――。
宴の熱気を引きずったまま、俺たちは獣人の使節団を送り返す段取りに入っていた。
「……頭が割れそうだ……」
ドワーフ技師長ダートンが、見事な二日酔いフェイスで浜辺に座り込み、波打ち際に頭を突っ込んでいる。泡を吹きそうなほどの姿勢に、通りがかったミーシャが「また魚と間違えられますよ!」と尻尾をピンと立てて叱り飛ばす。
「おいおい、技師長が魚介類と間違われて連れていかれたら洒落にならんぞ。港のクレーン建設はどうなる」
「にゃーっ! そうですそうです! あたしたちのご飯の供給ルートが遅れちゃう!」
「……うむ、魚に連れていかれるくらいなら、今のうちに船を造っておこう……」
ダートン、まだ酔ってるのか、寝言みたいなことを言う。
その横では、ダーナが腕を組んで使節団のライオン宰相に話しかけていた。
「では我らの帆船で使節団を送り返す。これを最初の定期航路とすることで異存はないな?」
「うむ、異存なし!」
ライオン宰相は相変わらず声が大きい。酒で喉をやられたのか、ハスキーになっていて妙に迫力がある。
「……でも定期便って、そんなに簡単に決めちゃっていいんですか?」
恐る恐るエルムが口を挟む。
「船の整備も、航路の安全確認も、まだ終わっていませんし……」
「大丈夫だ! 問題ない!」
即答する俺。すると後ろからケリーがすかさずツッコミを入れた。
「守様、そういうときに根拠もなく断言されると、私たち護衛部隊の胃が痛くなるんですが」
「はっはっは、胃薬はフェリーの医務室にあるから安心しろ!」
「そういう問題ではありません!」
おっと、完全に怒らせてしまった。
結局、出港準備は慌ただしく始まり、沿岸は朝から大騒ぎだった。
まず問題になったのが荷物。
獣人たちは、昨夜の宴会で「お土産をたっぷり持ち帰るぞ!」と約束してしまったらしく、ドワーフが作った木樽ビールから、天使族が栽培している謎の光る果実まで、なんでもかんでも詰め込んできた。
「おい! それはまだ研究用の試作品だぞ!」
ダートンが果実の木箱にしがみつくが、ライオン兵たちは「にゃーん」と鳴き声を真似しながら遊んでいて、完全に聞いていない。
「にゃんこ軍団に奪われたぁあああ!」
「落ち着け技師長、見た目は猫っぽいが中身は百戦錬磨の戦士だぞ」
「余計怖いじゃないかぁ!」
さらに問題は続く。
出発の儀式を仕切るフランが、使節団に贈る「記念品の目録」を読み上げ始めたのだが……。
「一、米十俵――」
「……そんなに余裕あったか?」
「二、酒樽五十――」
「おい待て、昨夜の宴会で半分消費したはずだぞ」
「三、最新式建機一台――」
「ちょっと待てええええええええっ!」
俺が叫ぶ。建機は今後の開発の生命線だぞ! 輸出品リストに混ぜるな!
「守様、ご安心を。昨日の夜、目録を清書するよう指示したのは――」
フランが意味ありげに視線を向ける。
そこには、泥酔して顔に落書きをされたまま白目をむいているドワーフ技師長の姿があった。
「……あいつかぁああああ!」
「うひひ……酒の樽のついでにブルドーザーも一緒に……持ってけぇ……」
「寝言でも許されねえぞ!」
なんだかんだで出港の時刻が迫る。
港には、見送りに集まった島民たちがずらり。
サーシャとアリエルの姫コンビは並んで手を振っているのだが――。
「さあ皆さん! この瞬間を歴史に刻むのです!」
サーシャが堂々と宣言し、観衆がどっと沸く。
一方アリエルは……。
「出港祝いに歌を歌いましょう! 私の美声で海も割れます!」
天使族の姫らしい提案だが、横でフランが顔を引きつらせている。
「アリエル様、その……声量が強すぎて船が転覆しませんか……?」
「だ、大丈夫です! 昨日も試しに高音を出したら、窓ガラスが三枚割れただけでした!」
「それは大丈夫とは言わないのですっ!」
慌てて俺が止めに入る。
「待った待った! 出港祝いで船が沈んだら、歴史に残るどころか黒歴史になるぞ!」
結局、歌は中止になり、代わりにケリー率いる護衛騎士団が行進を披露することに。
だがこれもまたハプニング続出だ。
ドラム役のミーシャが「にゃんにゃんマーチ♪」と謎のリズムで叩き始めたせいで、行進がどんどん猫踊りに変わっていく。
「左っ! 右っ! ……にゃんっ!」
「おいそれ掛け声じゃないだろ!」
観衆は爆笑し、ライオン宰相までお腹を抱えて笑っている。
結局、まるで動物園のパレードみたいな見送りになってしまった。
こうして帆船はなんとか出港した。
波間に小さくなっていく船影を眺めながら、俺は深いため息をつく。
「……はぁ。やっと静かになるか」
ところがその直後、ダーナが俺に報告してきた。
「守様、忘れてはなりません。我らにはこれからが本番です」
「……え、なにが?」
「自給自足体制の構築です!」
その瞬間、背後から大勢の視線が突き刺さる。
フラン、ダーナ、ケリー、エルム、サーシャ……全員がニコニコ笑っているが、その瞳は「逃げるなよ」という光を宿していた。
「え、えーと……具体的には?」
「漁業! 狩猟! 農業!」
ダーナが指を三本突き立てて叫ぶ。
「守様、畑仕事を楽しみましょう!」
「俺は海上警備官だぞ!? 農家じゃない!」
「だいじょーぶです! スコップの握り方は機械スキルでわかるでしょう!」
「そういう問題じゃないんだぁあああ!」
結局その日から、俺の生活は地獄の開墾訓練に突入した。
森の中で木を倒そうとすれば、サーシャが「女神の加護を!」と張り切って木ごと爆破。
漁に出れば、アリエルが「魚さん、こちらへー!」と歌って呼び寄せ、数百匹がいっぺんに網に飛び込んで漁船が沈没しかける。
農作業に至っては、ミーシャが畑でごろごろ転がりながら「土浴び最高!」と泥だらけになり、作物より猫草のほうがよく育ってしまう始末。
「……おい、誰かまともにやれ!」
「まともにやってます!」×5人
俺の叫びは虚しく海風に消えていった。
その日の夜。
ケリーたち護衛隊が巡視艇の訓練をしていた。
無線機越しに「魔物発見!」の声が飛び込むたびに、俺は頭を抱える。
「もう勘弁してくれ……俺の胃が持たん」
しかしフランは楽しげに笑う。
「これが新しい日常なのですわ、守様」
俺は空を仰いで叫ぶ。
「異世界よ! 平和的発展って言ったよな!? なんで毎日がドタバタ開発バラエティなんだ!」
星空の下、その嘆き声は誰にも届かず……。
翌日もまた、笑いと混乱と開発の嵐が俺を待っているのだった。




