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【第02話】森の奥の賢者と、神の雷を免れた気高き猫

「東の野蛮人のことなんて、子供のあなたが気にするんじゃないの」


 両親の反応は、ひどく冷ややかなものだった。


 言葉が違うとはいえ、同じような黒い髪と瞳を持った人たちだった。


 なのに、どうして大人たちは彼らをあんなにも恐れ、遠ざけようとするのか。


 そしてなぜ、わたしだけが波飛沫から彼らの『意志』を聴き取ることができたのか。


 悶々とするわたしに声をかけてくれたのは、近所に住むお転婆な年上の幼馴染だった。


「それなら、村はずれの山に住んでる魔女ばあさまに訊きにいきましょうよ! 一〇〇年近く生きていて、知らないことなんてないって聞いたわ!」


 大人たちの目を盗み、わたしたちは村の裏山へと足を踏み入れた。


 鬱蒼とした森の奥、薬草と土の匂いが立ち込める古い小屋に、その人はいた。


 医者であり、産婆であり、豊穣の祝祭では祭祀も務める村の長老。


 深いシワに覆われた顔の奥で、カラスのように黒く賢い瞳を光らせる老魔女に、わたしは海岸での出来事と、頭から離れない疑問のすべてをぶつけた。



 ◆◆◆



 魔女ばあさまは薬草をすり鉢で挽く手を止め、静かに息を吐いた。


「……なるほどねぇ。お前さんには『聴き耳』の才があるのかもしれないね」


「ききみみ?」


「風や水、自然の営みに残された人々の声なき声をすくい上げる、古き魔法のひとつさ」


「そんな……人の心を勝手に覗き見る、盗み聞きみたいな才能があっても困るわ!」


 わたしが思わず後ずさると、魔女ばあさまは、ほっほっほ、と枯れ葉が擦れ合うような声で笑った。


「『聴き耳』の力は、そんなつまらないものじゃあないよ。アルセアや、聴き耳の力はね、神の雷で分かたれてしまった人々の言葉を、想いを、『繋げる』ことができる……そりゃあ素晴らしい才なのさ」


「……分かたれた言葉や、想いを、繋げる……?」


「そうさ。うんと昔、はるか海の向こうの大きな大陸がまだ一つだった頃、世界は一つの言葉で繋がっていた。だが、人間は驕り、神の怒りの雷に触れてしまった。大地は東西に引き裂かれ、言葉はバラバラに砕け散ったのさ」


 魔女ばあさまは、すり鉢の中の粉々になった薬草を指差した。


「言葉が通じなくなれば、想いは通じない。わからないから恐れる。恐れるから避け合う――そして、争う。人間の歴史はそればかりさ。まったく、難儀な話だね。塔の影でただ昼寝をしていた猫どもは雷を免れて、世界中どこでも猫同士で話ができるのにねぇ」


「えっ……猫は、言葉が通じるの?」


「ああ。あいつらは神様に見逃された、ちゃっかり者だからね」


 魔女ばあさまは立ち上がり、戸口から遠く北の海の方角を見つめるわたしの頭を、筋張った温かい手で撫でた。


「アルセアや。お前さんがもし、この先の長い人生で異なる言葉の想いを『聴きたい』と願う日が来たなら――猫を先生にするといいよ」

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