Harajuku, boy and girl
マキさんの店が閉店し、二か月が経った。まだSNSには何もポストされていない。長袖を着ていた私たちは、半袖に衣替えしていた。
原宿のいくつもの飲食店に行った。私が探しているタコライスも、ハルが気にいる店も見つからなかった。マップアプリで検索し、色々な路線に乗った。地下鉄はまだいいけれど、バスに乗るのは苦手だ。地下鉄と徒歩で行ける店を巡る。
夏が終わる頃には、外苑前のバーガーショップに通うようになっていた。その店には、ハンバーガーだけでなくタコライスもあった。マキさんの店のタコライスに少し似ている。レモンビールはあるけれど、コロナビールはメニューになかった。朝早くにオープンして十八時に閉まってしまう。店内のスピーカーからは、日本語のラップやR&Bが流れていた。
明治神宮前で千代田線に乗り換えて、表参道で半蔵門線に乗り換える。バーガーショップの帰りは表参道で降り、いつものカフェまで歩いた。焼き菓子を頬張りながら小さな空を見上げる。ふとマキさんのことを思い出す。
「エミがバーガーを頼むのが、まだ慣れない」
何となく寂しそうに笑って、ハルが言った。
「サルサバーガーだけだけど。タコライスと同じサルサが入ってるからね」
「あそこのサルサもおいしいよね」
「うん」
バーガーショップの店長は私たちの一回り上くらいの年齢で、マキさんたち夫婦よりも一回りくらい年下に見える。ペットフレンドリーな店で、犬を連れた常連たちは店長とよく話していた。私たちのことも覚えてくれていて、ひと言、ふた言、言葉を交わす。
もうマキさんの店みたいなところには巡り合えないのかもしれない、とハルが言った。
「ハルと一緒だったら、部屋にいるだけでも楽しいよ」
「——そう? 奇遇だね。俺もだよ」
明るい笑顔でハルが続けた。
「結婚しようか」
「そうしよ」
仕事が忙しいので休日はゆっくりしたいけれど、ハルと協力しておかずの作り置きを増やすことにした。ハルは飲酒をさらに減らした。翌年の夏至の日、二人の貯金が三百万円を超えたので婚姻届を出すことにした。ハルの父に初めて会う。ハルは母を幼い頃に亡くしていた。ハルと一緒に、私の母と妹の家にも行った。私の母は妹が成人してから離婚している。父とは連絡を取っていなかった。
結婚式は挙げない。ハルの店がクラブを貸し切って祝ってくれるので、友人と親族を招待する。ハルの父はたまにクラブで飲んでいるそうだけれど、私の母と妹はクラブは初めてだと思う。
私の店の後輩二人が受付をしてくれていた。今はハルの店の店長がDJをしている。私たちはVIPシートのソファで、カクテルを飲んでいた。ハルの父と、私の母と妹も近くのテーブルに着いている。
「おめでとう」
見上げるとマキさんと社長が笑顔で立っていた。
「遠くから、ありがとうございます」
「そんなに遠くないよ。社長にとっては良いリハビリになるんじゃないかな」
先月、ハルがマキさんにDMで結婚を報告していたのだ。マキさんからの返信には、閉店前から抑うつ状態だった社長も随分元気になり、また仕事に戻っていると書いてあった。
「今から俺が回すんで、聴いていってください」
カクテルを飲み干したハルが、ソファから立ち上がる。
「ボンテージパンツが、お揃いなんだね。かわいい」
「そうなんですよ。ありがとうございます」
赤いタータンチェックのフラップを翻してハルが笑った。ハルはチェリーの3ホール。私は黒い10ホールのジェイドンを合わせている。
「Tシャツもエミちゃんの店の?」
「そうです」
「相変わらず、かっこいいデザインだね」
マキさんと社長は、二人ともセディショナリーズのTシャツを着ていた。仲が良さそうだ。
ハルがオリジナルパンクを回している間、私の友だちが隣に座っていた。
「幸せにね」
ハルが戻ってくると、そう言ってフロアに戻っていく。
サブライムの「Doin' Time」が流れる中、パーティが終わった。深夜零時。結婚生活二日目のはじまり。終電の時間が迫っていた。急ぎ足で渋谷駅に向かう。
「月が見えるよ」
ハルの言葉に、少しだけ欠けた月を見上げた。
「奇跡的に晴れたね」
梅雨の晴れ間の昨日は、区役所や警察署、銀行など色々なところで手続きをしてきた。明日も休日だけれど、朝から雨の予報だ。特に予定は入れていない。いつも通り、おかずを作り置いたり、部屋で飲んだりして過ごすだろう。
色違いの「NO WAR」のプラカードをホームで掲げ、もうすぐ来る終電を待つ。二人きりのデモだった。




