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空とコーヒー

 副都心線を明治神宮前で降り、五番出口を目指す。外はまだ明るい。路地を二回曲がって、小さなカフェに着いた。いつもの焼き菓子を一つ店員さんに渡し、アイスラテを頼む。風が無く暖かかったので、店外の背もたれのないベンチを選んで座った。少しだけ空が暗くなってきた。


 ヒッコリーデニムのパンツのポケットに両手を突っ込んだハルが、小走りで近寄ってくる。


「お疲れー」


「おう。もうちょっと待ってて」


 笑顔のハルがカフェのドアを開けた。しばらくすると、アイスコーヒーとパウンドケーキを手にしたハルが隣に座る。


「今日は暖かいな」


「うん」


 アイスラテとアイスコーヒーで乾杯した。ハルは、パウンドケーキを二口くらいで食べ尽くしてしまった。


「今から食事するんじゃないの?」


「腹が減ってさあ。エミも何か食べただろ」


「うん。ここのお菓子おいしいから」


「まだまだ全然食べれるよ。飲み終わったら行こうぜ」


 カフェの閉店時間が近づくにつれ、空は夜の色に変わっていく。ごちそうさまを告げ、空になったグラスと皿を店内に戻した。


 ハルは原宿の中古レコード屋で働いている。趣味でDJもしていた。回す曲はパンク。ハルとは、その中古レコード屋で知り合った。ハルや店長と仲良くなり通っているうちに、ハルがオリジナルパンクのCDを作って渡してくれた。その中にハルの連絡先が入っていた。




 暗くなった路地を二人で歩く。古着屋のビルの隣に、灯りだけ点いたドアがある。ハルが開けると、こんばんは、と男の人の声がした。


「社長がいるの、めずらしいね」


 カウンターに並んで座る。


「久しぶりだねー」


「俺らは、週二くらいで来てるよ」


「いつもありがとう。今日もゆっくりしてってよ」


 はじめにコロナビールを二本頼んだ。ライムが刺さったボトルが提供される。今日二回目の乾杯。ライムをボトルに押し込んでしまうと、取るときにたいへんなので絞り汁だけ入れる。


「エミは今日もタコライス?」


「そうだよ。ハルは?」


「俺はカオソーイ。社長ー」


 カウンターの中にいる、このカフェバーの社長にオーダーする。隣にいるマキさんと社長は夫婦だった。マキさんが社長を「社長」と呼ぶので、私たちも社長と呼んでいる。社長は他にも仕事をしているらしく、たまにしか店にいなかった。


 初めてハルと食事したのも、この店だった。私はメニューを一周して、今はタコライスばかりオーダーするようになった。食欲がないときはハーフを頼めるところもいい。タコライスといっても、店によって様々なものが出てくる。私はサルサとチーズが載った、この店のタコライスが好きだった。


 ハルは、たいていカオソーイを頼む。私も一度食べたけれど、ゆで卵が載っていておいしかった。




 路地を抜けて表参道に出ると、プラカードやサイリウムを掲げている人々で、いつもよりもさらに混雑している。


「あれ、今日も持ってる?」


「あるよ」


 ハルに聞かれ、A4のクリアケースに入れた紙をトートバッグから出した。シンプルなフォントで「NO WAR」とプリントされている。ハルに白地に黒い文字の紙を渡した。私は黒字に白い文字の紙をクリアケースごと掲げる。


 駅の方に向かおうと思っていたけれど、人並みは表参道交差点の方に向かっていた。最近よく行われている公共デモだった。「憲法改悪反対」「ミサイル配備反対」「戦争反対」を訴えながら、ゆっくりと歩道を歩く。


 表参道交差点からUターンして明治神宮の方へパレードは続いた。たまたまデモに参加したのか、光るスマートフォンを掲げている人が何人もいる。サイリウムやスマートフォンに照らされているのは、様々な国の人々だった。


 地下鉄の入り口でパレードから離脱する。副都心線のホームまで降りていく。


「少し歩いたら、また腹が減ったなー」


 振り向いたハルが笑った。細身の体のどこに、そんなに食べ物が入っていくのだろう。


「コンビニ寄ってく?」


「つまみとか酒とか買ってこうかな」


「私はもう飲まないよ。明日、早番だから」


「そっかー。休みなの俺だけか。一日ずれたね」


「毎回合わせられないし、仕方ないよ」


 私は表参道の服屋で働いている。今日は休みだったので洗濯と掃除をした。服にはこだわりがあるので洗濯だけはハルに任せない。私たちは、付き合うようになってからハルの部屋で一緒に住んでいた。




 ハルはコンビニのカゴにチューハイの缶などを入れて回っている。私はアイスラテ用の氷が入ったプラスチックカップだけ、ハルが持っているカゴに入れた。さっき歩いた表参道からも、マンションの前の狭い路地からも、同じ暗さの空が見えていた。

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