よそ見
初めから分かっていたのかもしれない。
きっと私たちは、いつかお互いから離れる運命だったのだと。
今日、高校のクラスの同窓会で、圭太と再会した。
実は参加するかどうか、直前まで迷っていた。
でも――久しぶりに、あの頃のみんなの顔が見たくなって。
そう思って会場に向かった。
圭太は私の顔を見るなり、少し照れくさそうに言った。
「いず……久しぶり。元気?」
「うん、普通に……そっちは?」
「めっちゃ元気!」
そう言って、くしゃっと顔をくずして笑う。
ああ、この笑顔だ。変わっていない、懐かしい笑顔。
――山田圭太。
昔、付き合っていた元カレ。
一番会いたくて、一番会いたくなかった人。
最初はぎこちない挨拶だったけれど、お酒が進むうちに、
場の空気は少しずつあの頃に戻っていった。
「山ちゃんは、もう父ちゃんだもんな」
「ほんと信じらんない、ねー?」
クラスメイトの笑い声の中で、私は初めて知った。
――圭太が結婚していたことを。
胸が、かすかにきゅっと縮んだ。
あの時、別れを告げたのは私の方なのに。
私と別れてから付き合った人と子
を授かり、結婚したらしい。
「泉と圭太、あんたたちが結婚すると思ってたのに」
隣の友達がこっそり囁く。
むずがゆくなって、私は苦笑いでごまかした。
「いや〜、まさかね」
久しぶりに見た圭太は、とても幸せそうだった。
スマホの画面を見せながら、子どもの話を嬉しそうにしている。
その笑顔は、私が知っているようで、知らない笑顔だった。
私が見てきたどんな表情よりも、穏やかで優しかった。
未練なんてない。
……そう思っていたのに、どうして少しヒリッとしたんだろう。
――高三の夏。
周りの友達が次々に恋をしていく中で、私は焦っていた。
仲良しグループの中で、恋人がいないのは私と圭太だけ。
「いい感じじゃん」
「似合ってるよ」
そんな周りの声に押されるように、なんとなく付き合い始めた。
たぶんお互い、“好き”という気持ちの正体を
まだ分かっていなかったのだと思う。
初めてのことばかりで、
他のカップルの真似をして手をつないで歩いたり。
放課後はファミレスで長居したり。
“普通のカップル”を演じていた。
春になって、進学で別々の場所へ。
毎日会えなくなっても、三日に一度はメッセージが届いた。
長期休みには、どちらかが会いに行った。
でも、夏を迎える頃には
どこかぎこちなさを感じるようになっていた。
何が変わったのかも分からないほどの、小さなズレ。
いつものようにご飯を食べて電車に乗り、
そのまま彼の部屋へ向かう。
当たり前のように、そうなるはずだった。
電車の中。
隣に座る圭太の視線が、ふと遠くに向いていることに気づいた。
いつもなら目が合えば笑うのに、今日は違った。
その視線の先を追って、私は理解した。
――圭太はもう、私を見ていない。
気づいていた。
それでも気づかないふりをした。
だってそれは、私も同じだったから。
私がよそ見をしていたように、
彼もまた、同じようによそ見をしていた。
心のどこかで探していたのかもしれない。
―彼以上に好きになれる誰かを、ずっと……。
それは裏切りではなく、
ただ自然に、心が別の方向を向いてしまっただけ。
それでも、少しだけ、いや結構、悲しかった。
心のどこかで分かっていたのに、
私を見ていない彼に傷つくなんて。
嫉妬? それともプライド?
自分でもよく分からなかった。
情が深くなる前に、終わらせておくべきだったのだろうか。
恋と呼ぶにはこそばゆくて、でも、あの頃の私は彼を必要としていたのも事実で……。
別れるとき、圭太は「ごめんな」とだけ言った。
謝らなきゃいけなかったのは、本当は私の方だったのに。
ちゃんと好きでいたかったのに、うまく好きでいられなかった。
もしあのまま気づかぬふりをし続けて、彼と結婚していたら――
あんな笑顔を見せてくれただろうか。
……いや、きっと無理だった。
あの笑顔は、彼の“特別な人”にだけ向けられるものだから。
今、圭太が幸せそうでよかった。
そう素直に思える自分がいることにも、少しほっとした。
「20になったら乾杯しよう!」
そう言って買った、名前入りのワイン。
たしか、キッチンの棚の奥にまだあるはず。
その晩、同窓会から帰宅し、私はひとりでグラスに注いだ。
乾杯!と明るくグラスを合わせる音はしなかったけれど、
あの頃の笑顔、懐かしい思い出が、ゆらゆら揺れながら映し出された。




