追放劇監査第二課 第9801号報告書
――案件名:第9801追放劇ライン――
作成者:追放劇監査第二課 監査官補 如月
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※本報告書は、新規着任職員および他課職員向けサンプルとしても使用される。
ナラティブ庁の業務内容を知らない読者にも最低限の理解が得られるよう、平易な説明を適宜補った。
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0. 序:ナラティブ庁とは何か
ナラティブ庁は、無数の世界に自動生成される『物語ライン』を監視・調整する超常官庁である。
勇者召喚、悪役令嬢断罪、追放ざまぁ、社畜転生など、テンプレート化した物語構造は、そのまま放置すると以下の問題を引き起こす。
・ 読者満足度(RSI)の短期偏重
・ 特定登場人物に対する過剰な悲劇・人格破壊
・ ジャンル寿命の著しい短縮
監査官の職務は、『読者の楽しみ』と『登場人物の福祉』のバランスを取りつつ、テンプレの『やりすぎ』を抑制することである。
本報告書で扱うのは、昨今急増しているテンプレの一つ――
「無能扱いされてパーティから追放された主人公、実は有能でした」系
――いわゆる『追放ざまぁ』ラインである。
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1. 案件概要
1-1. 対象ライン
・ ライン番号:第9801追放劇ライン
・ タイトル(現地認識上):
『追放された俺は本当は有能だったらしい~辺境でスローライフを楽しんでいたら、なぜか世界最強パーティが頭を下げてきました~』
・ ジャンルタグ:追放/成り上がり/ざまぁ/スローライフ(自称)
1-2. 主要登場人物
・ 主人公:カイ
元・勇者パーティ雑用係。ステータス鑑定上は平均以下。実は支援系スキルの複合持ち。
・ 元パーティ
勇者レオン/聖女ミリア/天才魔導士ルーファス 他
・ 新パーティ候補
辺境ギルドの受付嬢エマ/ベテラン盾役バルド 他
1-3. 初期仕様(抜粋)
・イベントT-01:公開追放シーン
― 酒場のど真ん中で『役立たず』『ゴミ』などの罵倒台詞多数
― 主人公、心身ダメージ大/読者スカッと予備動作
・イベントT-07:元パーティの壊滅危機
― 主人公の支援不在により、ダンジョン深層でピンチ
― 土下座謝罪+復帰懇願→主人公が冷笑しつつ拒否
・最終評価(システム予測)
短期RSI:高
長期RSI:頭打ち傾向
登場人物福祉指数:
主人公カイ:中
元PT:低
モブ市民:低(公開追放の見世物化)
以上の仕様に対し、追放劇監査第二課として、「やややりすぎ」の暫定判定が出たため、本監査案件となった。
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2. 現地観察ログ(要約)
本節では、監査官補・如月がアバターとして現地潜入した際のログを要約する。
なお、当職のアバターは『酒場の給仕見習い』である。テンプレ的にはモブだが、耳は良い。
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2-1. イベントT-01:追放シーン(改変前仕様)
酒場の奥の丸テーブルで、勇者レオンが立ち上がる。鎧は磨き上げられ、背後にはぞろりと仲間たち。
カイは端の椅子で、食器を片付けかけて止まった。
「カイ。お前、今日限りでパーティから外れてもらう」
酒場全体のざわめきが、一瞬だけ止まる。
勇者の声はよく通る。悪い意味で。
「……え?」
「何度言えば分かる。お前のステータスじゃ、この先の魔王戦にはついてこれないんだよ。なあ、ルーファス?」
「数値的にはそうですね。支援スキルも低レベル。荷物持ちとしても並程度。正直、代替はいくらでもいるかと」
『ゴミ』『足手まとい』『いてもいなくても同じ』
仕様書上の台詞案には、もっと露骨な言葉も並んでいたが、現場で聞くだけでも十分に辛い。
カイは唇を噛み、しかし何も言わない。
代わりに、隣の席の酔っ払いが笑い声を上げる。
「おいおい、勇者様のパーティからクビになったやつがいるぞ!」
酒場の視線が、一斉にカイへ突き刺さる。
【登場人物福祉ログ:カイ】
精神的負荷:高(公衆の面前での人格否定)
今後の対人関係への悪影響リスク:中~高
当課の内部基準では、『人前で一方的に罵倒する追放』は要注意テンプレである。
RSIはよく伸びるが、後発ラインがこれをコピーし続けると、ジャンル全体が『ひたすら悪口を浴びせるだけ』になり、読者も登場人物も消耗する。
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2-2. 問題点の抽出
現地ログと仕様を突き合わせた結果、以下の点が問題視された。
1. 追放理由が『数値だけ』で、描写上の説得力が薄い
2. 公開の場で人格そのものを否定しており、暴力性が高い
3. モブ市民が「面白がる観客」としてのみ描かれている
これらは「追放イベントを『公開処刑ショー』にしすぎている」と判断された。
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3. 加除修正内容
追放劇は、『追放そのもの』を消すとテンプレ構造が崩壊する。
そこで当職は、以下の方針で介入を行った。
・ 追放そのものは残しつつ、
・ ①理由を「戦力的判断+コミュニケーション不全」に整理
・ ②公開処刑感を下げるため、観客の反応を調整
・ ③主人公本人に「選び返す余地」を与える
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3-1. 追放理由の整形
ログ上、勇者パーティはこの直前、深層ダンジョンでの全滅未遂を経験している。
そこで、監査権限の範囲内で登場人物へ直接接触を図り、言動を誘導。結果として以下の改変を加えた。
・ ルーファスの台詞を
「数値的にはそうですね。支援スキルも低レベル。荷物持ちとしても並程度」
から
「数値的にはそうですね。あなたの支援は“全体底上げ型”で、少人数編成の深層攻略とは相性が悪い」
へ変更。
・ 聖女ミリアの台詞を追加。
「カイさんのやり方は、街の護衛とか、長期駐屯向きだと思うんです。私たちがこれから行く先は、もっと短期決戦で……」
これにより、追放が『単なる罵倒』ではなく、『極めて不器用な方向転換』として読める余地が生まれる。
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3-2. 公開処刑感の緩和
観客モブの反応を、以下のように分散させた。
・ 約半数:
「勇者様の判断なら仕方ないよな」「危険な仕事だし」など、事情を分かっていない同調層。
・ 一部:
「でも、ここまで言わなくても」「外で話せばいいのに」と小声で眉をひそめる層。
・ 酒場主人:
勇者側に向かって「うちで揉め事を起こされるのは困る」と苦い顔をするカットを追加。
これにより、追放イベントの『暴力性』が、世界全体に肯定されているわけではないことが示される。
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3-3. 主人公の「選び返し」の導入
本来の仕様では、カイは何も言い返せずに黙って去るだけだった。
当職の介入により、以下の一行の追加に成功。
「……分かった。俺も、もう一度選び直すよ。俺を必要としてくれる場所を、探してみる」
これにより、追放が『一方的に捨てられた』だけでなく、『相互に別れる選択』へと、わずかに意味づけを変えた。
ナラティヴァ(システム人格)からは後日、「RSI影響:軽微/福祉指数:わずかに改善」との自動評価が返ってきている。
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4. クライマックス周辺の監査
追放劇テンプレの核心は、T-07前後――
「元パーティが危機に陥り、主人公の価値に気づいて頭を下げる」部分にある。
4-1. 元パーティの土下座問題
初期仕様では、以下のような台詞が用意されていた。
レオン『頼む、戻ってくれ!お前がいないと俺たちは――』
ミリア『ごめんなさい、ごめんなさい、今までのこと全部謝るから!』
これに対し、当課では以下の懸念が示された。
・ 反省がすべて「結果論」に終始しており、「追放時の暴力性」への言及がない
・ 全員が跪き号泣するなど、演出が過剰でコメディ化しやすい
結果、『謝罪の質』に関する最低基準として、次のように修正した。
レオン『……あのとき、俺は“怖かった”だけなんだ。全滅しかけて、誰かに責任を押し付けたかった。勇者なのに、情けない話だ』
ミリア『人前であんなふうに言ったのは、本当に間違いでした。あなたがどう感じたか、考えずに……』
『自分たちの弱さ』に触れ、かつ『公開処刑にしたことそのもの』への言及を入れることで、土下座ざまぁのスカッと消費だけにならないよう調整した。
4-2. 主人公側の「ざまぁ」強度
本来の仕様では、カイが次のように言い放つ予定だった。
「今さら遅えよ。お前らなんか、俺がいなくても何とかなるんだろ?好きに死ね」
これはRSI的には強いが、追放劇監査第二課の倫理ラインを越えると判断された。
代案として、当職は次の台詞を提案し、採用された。
「……あんたらが間違ってたことは、もう分かってる。でも俺には、今、一緒に危険を背負ってくれてる仲間がいるんだ。そいつらを捨ててまで戻る場所じゃない。――だから、勇者様なら、自分の足で立ってくれ」
この修正により、
・ 主人公は『完全な冷笑』ではなく、『線引きと自分の道の選択』を示す
・ 元パーティ側にも、立ち直る余地が残る
というバランスを狙った。
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5. 定量評価
5-1. 短期指標
・ 追放イベントT-01
RSI:当初予測比 -3%(ほぼ誤差)
登場人物福祉指数:+7%(カイ/モブ市民とも)
・ クライマックスT-07
RSI:当初予測比 -5%
「スカッとした」系CCR:やや減少
「後味が少し良い」「元PTも救われてよかった」系CCR:新規発生
5-2. 中長期指標(試算)
・ 追放劇全体ジャンルにおける、コピー案件想定
『公開処刑ショー』型追放のコピー率:減少傾向
『互いに未熟だった関係の解消』型追放:微増傾向
本ライン単体ではRSIピークがいくらか抑えられたが、
ジャンル全体の偏り是正に寄与する可能性があると判断された。
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6. 所見
本ライン第9801は、初期仕様のまま流した場合、
「役立たずと罵られて公開追放→元パーティが土下座ざまぁ」
という、テンプレとしては分かりやすくも、暴力性の高い構造を持っていた。
当課は、
・ 追放そのものは維持しつつ、
・ 公開処刑感を減じ、
・ 元パーティと主人公双方に『未熟さ』と『選び直し』の要素を埋め込み、
・ ざまぁ強度を『人格破壊』ではなく『関係の線引き』に寄せる
という方針で介入した。
結果として、
・ 「胸がスカッとしなかった」というCCRも一定数発生した一方、
・ 「読んだあとに主人公以外も嫌いにならずに済んだ」というCCRが新たに生まれた。
ナラティヴァはこれを、
『ざまぁ強度をわずかに下げる代わりに、登場人物福祉指数を底上げする一事例』
として、追放劇ガイドラインに反映することを検討している。
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個人的な所感を、監査官補として最後に残しておく。
追放劇を監査していると、『捨てる側』にも『捨てられる側』にも、どこかで自分を重ねてしまう瞬間がある。
誰かを切り捨てたことのある人間も、誰かに切り捨てられたことのある人間も、たいていこの世には同時に存在しているからだ。
本ラインで、私は『追放そのもの』を止めることはできなかった。
それでも、せめて――
・ 追放された側が、自分で自分を『完全なゴミ』だと思い込まなくて済むように
・ 追放した側が、『一生許されない悪役』として塗りつぶされないように
物語の角を少し削ることはできた、と思いたい。
テンプレは、放っておけば極端に転がる。
その極端さが面白さでもある一方で、そこに住まわされる登場人物たちにとっては、しばしば苛酷すぎる。
だからこそ、我々ナラティブ庁の仕事は尽きない。
追放劇も、勇者物語も、悪役令嬢断罪も――
最低ラインを、報告書という地味な形で刻み続けるしかないのだ。
以上をもって、第9801追放劇ラインの監査報告を締めくくる。
追放劇監査第二課 監査官補 如月
興味を持っていただけましたら本編『やりすぎテンプレ、監査入ります。モブ監査官VS異世界物語システム』も読んでいただけますと幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n2004lm/




