ファイル2、店主:櫛木嘉一郎
居酒屋の老店主、櫛木嘉一郎がその封筒を見つけたのは、閉店後だった。
郵便受けには他の郵便物はなく、白い封筒だけが、きれいに立てかけられていた。
差出人の欄は空白。宛名もない。
開けると、写真が一枚。
暗い部屋の中で、男が笑っている。
壁の隅には、白いブラウスの女が立っていた。
男の顔は、うっすらと歪んでいる。
その下に、手書きのメッセージ。
《拾ってくれて、ありがとう》
墨の文字は、不気味なほど均等で、丁寧だった。
櫛木は最初、誰かの悪ふざけだと思った。
例の事件──
スマホを拾った男が死んだ、という噂は、もう近所の話題になっていた。
「呪いのアプリ」
「女の幽霊」
そんな言葉が、客たちの酒の肴になっていた。
だが、その夜だけは、笑えなかった。
写真の男が、確かにあの客──鷹村だったからだ。
死んだはずの男が笑っている。
しかも、あの夜と同じ笑顔で。
白いブラウスの女が、背後に立っている。
顔は、ぼやけていた。
櫛木はその写真をゴミ箱に捨てた。
翌朝、出勤すると、カウンターの上に戻っていた。
濡れていた。
指で触れると、まるで冷たい汗をかいているようだった。
数日悩んだ末、櫛木は警察に持ち込んだ。
だが、担当者は曖昧な笑みを浮かべて言った。
「似たような報告が、何件か来てましてね」
預かるとも返すとも言わず、封筒ごと持っていってしまった。
その夜、櫛木は早めに店を閉めた。
カウンターの電灯を落とす瞬間、鏡面に映った自分の肩越しで“何か”が動いた気がした。
電気をつけ直す。
誰もいない。
──ピロリン。
スマホの通知音が、どこからか響い
音はカウンターの下から。
覗き込むと、古いスマホが一台、落ちていた。
画面はひび割れ、表面には水滴がにじんでいる。
拾い上げた瞬間、黒い画面に白い光が点いた。
顔認証のアイコン。
……認証されました。
指先が動かなくなった。
カメラがゆっくりと切り替わる。
そこに映っていたのは──
目を見開いた自分の顔と、背後で微笑む女の姿だった。
スマホを手から落とした瞬間、店の奥でガラスが割れる音がした。
誰かが笑ったようにも聞こえた。
翌朝、常連客が戸を叩いても、店主は出てこなかった。
静まり返った店内。
カウンターの上には、一枚の紙が置かれていた。
《返すよ》
その下には、例のスマホが、きちんと置かれていたという。




