関門海峡の夕闇の彼方へ
【手記 1996年 8月1日 下関駅にて】
大人になって
テレビや、ファミコンや
携帯電話や車を手に入れても
どこか空虚感を感じ、
何かを探している自分がいる。
屋台で焼酎を飲み、
天神の街の人混みの中を
歩いていると
自分だけ黒色で
他人は全員白色に見え
どこか孤独を感じる。
放浪の旅に出よう。
時刻表と地図を
本棚から引っ張り出した。
地図に赤いマジックで
目的地に丸をつけた。
目指す場所は本州。
下関に行こう。
電車に乗って
この島を出て行くんだ。
小倉から門司港に着き
海を越える橋が見えた。
僕はこの時何かが
探しているものが
見つかりかけた気がしたが、
いきなり缶コーヒーを
列車の床にこぼし
持っていた
タオルで急いで拭いた。
関門海峡の名前の由来は
門司港と馬関の間で
関門海峡らしい。
小倉に着く頃は日が暮れていた。
急いで最終列車に乗る。
広島行きの最終列車は
関門海峡を越えて
本州へ行き着いた。
玄界灘とは違う海の景色。
博多湾とは違う島の景色。
気がつけば僕は山口県の
山奥の無人駅に降りていた。
山口県のとある無人駅。
そこに子供の頃の
自分がなぜか立っていた。
見えるわけがない
子供の頃の自分が立っていて
僕そっくりの子供が
泣いているのだ。
いじめられっ子で喧嘩も弱く
惨めだった自分。
自分の弱さが激しい言葉になり
暴力になり喧嘩っ早くなった。
ルール無しの素手の喧嘩で
有名になった自分。
博多区では通信制高校の
落ちこぼれの不良と呼ばれて
地元の高校生から
軽蔑の目で見られていた自分。
驚くほど変化し
大人になった自分。
そうか‥‥。
深夜の山奥の無人駅で見つかった。
僕が探し求めて欲しかったものは
子供の頃の
過去の自分の
悲しみの置き場だったのだ。