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父と柴犬  作者: 蔵前
4/5

その四

熊を襲う柴犬は、反抗期のヤンキーみたいに常に尖っている。

つまり、散歩の途中に他所の飼い犬とインカミングすると、喧嘩しちゃうってことだ。


「すいません!うちの馬鹿犬が!!」

「うちは頭を齧っているだけでしたから。大丈夫ですか?」


  くそう!!


うちの子は喧嘩がとっても弱かった。

チャンピオン犬の子供だから、どこの柴犬にも負けない姿形だったけれど、体は柴犬のなかでは小柄な方なのである。

だからなのかわからないが、喧嘩を仕掛に行っては負けている。


 ってゆうか、柴の他の飼い主!!喧嘩するとわかって近づいて来るな!!


私は彼が二回負けた時点で、柴が喧嘩しない道を選ぶべきだと強く思い、彼の身の上を案じて一計を講じた。


  つまり、愛犬家(柴犬飼ってる奴らを特に)を避ける、だ。


孤高な散歩道。

この道は、お前と私二人だけ、そんな道だ。

しかし神様は人に試練をお与えになるようで、私と柴の征く先に余計な障害物を設置しやがったのである。


ブウ~ンとバンが目の前を走り抜けたと思うと、そのバンは数十メートル先に止まり、綺麗な少女とカッコイイ犬を下ろした。


  私達のいつもの、誰にも会わないはずの散歩コースに、だ。


遠くに見える犬と少女。

手足の長い少女の顔はわからないが、着ている服は私とお揃いだった。

フード付きの上着にショートパンツ、そしてポニーテールだ。

私の散歩着と色まで一緒ってどういうことだ?

出来事に疑問を抱く私の目の前で、少女は散歩を始める。彼女が連れているお犬様は、初めて見たぞダルメシアン、だった。


「百一匹か!!ダルメシアンは大きいねえ」


私は自分の愛犬に声をかけながら彼に目線を動かした。

柴は分かりやすいほどに、そっぽを向いていた。

いつもだったら、柴は既に臨戦態勢を取っているはずなのに。


  確かにあれには勝てない、こいつでは絶対に勝てない。


私が柴を見つめていると、柴は私へと首を回した。

目が合った私達は、同時にクスッって笑った。

そのぐらい心が通い合っている気がその時した。


私達は、それッという風に駆け出して、いつもと違う散歩ルートへと一目散に向かったのだから。


その後、ダルメシアンと少女は、一週間ほど私と柴の散歩ルートに爆撃をかました。

柴は毎日違うルートを楽しめる上にいつものコースもあとでプラスできる、という散歩になった事を喜んだが、私はウンザリし始めていた。


高校生は大学受験のための勉強もしなきゃいけないんだよ?

何時間も犬の散歩にかまけていられねえんだよ!!


そして、私がウンザリしたのが分かったかのようにして、少女はある日を境にぱったりと散歩に来なくなった。


「お前酷い奴だな」


とある晩飯時に、父が私を急に責めた。

私は父に何かをしたかと考えたが、全く身に覚えが無い。


「お父さんの革靴の中敷き、出張の日に柴が抜いて隠してたけど、気が付いたのはお父さんが出張した後だもんね。それじゃないよね」


「気が付いたら俺が電話した時に教えて?お父さんね、取引先の人と一緒に入ったお店で中敷きが無かったことに初めて気が付いたの。今日に限って足が痛いのはなぜかな、これかあって。取引先の人がお父さんに向ける視線が、とっても恥ずかしかったよ」


「ごめん。酷い人だった」


「いいよ。柴を叱れないお父さんも悪い。俺を見ない振りすれば俺が消えていると考えて、カーテンに頭を突っ込むあいつに突っ込めない俺が悪い」


全身ではなく、頭だけカーテンに突っ込む愛犬の姿を思い出し、私は吹き出していた。

いつもそう。

悪戯をした日は、家の中では頭をカーテンに、外だったら自分が掘った穴の中に突っ込んで隠れた気になっている。


それに彼は自分が嫌いな蛇や野良猫を見ると、ひょいっと顔を背けて見ない振りをするのだ。

そこに蛇がいるよって彼の顔を蛇に向けようなんてすると、怒る怒る。


犬は自分が見えなければ相手も自分が見えないと思っているのかもしれない。

あるいは消えて無くなる、とか。


これは柴だけの行動?もしかしてうちの子だけかな?


「酷い人だよ、お前は。俺の知り合いのお嬢さんを虐めるし」


「いじめ?誰?うちの高校は馬鹿高じゃないからいじめ自体が無いよ?あ、でも、いじめに気が付かないだけかな」


「お前とは別校だ」


「接点まるきし無いな」


「あるよ。彼女は人間関係失敗したみたいで引きこもっちゃったんだって。それで商工会議所でそんな可哀想な話聞いたからさ、うちの娘は誰とでも仲良くしようとしますから、娘とお友達になるようにしてみたらどうですか、ってアドバイスしたの。お前の散歩ルートも教えてさ。それなのにお前、彼女の姿見ると逃げるんだって?酷い奴だな」


「お父さんさ、柴が喧嘩するから他の犬と出会わないルートを私が使ってるって、知ってるよね」


「知ってるよ。だけどさ、あからさまに逃げるって、人としてどうだ?」


「だからさ、犬連れだと逃げるしかないよね?柴がダルメシアンに殺されていいの?逆に賢い洋犬さんにウチの柴が大怪我させちゃってもいいの?犬がいない時に、例えば、外でお父さん達に紹介されてって状況だったら、普通にお話しできると思うんだけど?会うよ?今から紹介しなよ」


「お父さんはその人が苦手なんだ。そんなことしたら親同士が付き合わなきゃだろうが。だからこの方法を取って可哀想なお嬢さんを助けようとお前に期待したのに、がっかりだよ」


「お父さんこそ酷い人だな」


  でも、こんな父が好きだった。


私が小説で書くヒーローが、全員ろくでなしでヘタレなのは、結局こんな父親のせいなのかもしれない。


  もう二度と彼の馬鹿話が聞けないのは、とても悲しい。

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