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市街地奪還作戦 2

保原小南側住宅地 2中1小隊

 小学校との境目になっている家屋へ2中1小隊が移動。1棟につき1班を取り付かせて内部検索の準備をさせた。

 すぐ隣の保原小校庭では1中隊のWAPCが円陣防御を組んでいるも住宅同士の隙間からしかそれを窺う事が出来ない。あっちの火力は充てに出来ないのを悟った1小隊長は素早い行動を全班に下命。4個班が同時に内部検索を開始する。

 この辺の家々は生物に侵入された痕跡が無いので手近な所から始めるのが無難だ。

「1班クリア」

「4班クリア」

 少し間を置いて2班と3班からもクリアの報告が届く。続いて待機中の車列に近い家屋へ移動した。どの家から始めようか見渡していると小隊陸曹が何かに気付いて報告する。

「侵入の痕跡があります」

「最優先で内部検索を実施する。1班先頭、2班は支援位置へ。3班と4班、周辺を警戒しつつ侵入の痕跡がある家屋をマーキングして待機」

 命令通り1班が駆け足で家屋に取り付いた。その後ろから2班も追従していく。

 恐らく寝室と思われるガラス戸。割れた部分は不自然な形状だ。溶解液だろうか。1班の隊員たちは首から斜に掛けている防護マスクケースの中身を確認。内部の状況次第では必要になるかも知れない。

 班長は緊急脱出用ハンマーで鍵がある部分のガラスを割って開錠。カーテンではなくブラインドが目の前に現れた。銃剣で紐を切り取って視界を広げると激しく争い合ったような痕跡が見られる。ここから見る限りだと廊下に続くであろう引き戸は開かれていた。あの奥からは何かあると思っていい。

「Go」

 20式小銃のストックを最も短い位置にして腰溜めに構える。この距離だと弾はバラ撒いた方が有利だ。

 千切れた寝具を持ち上げてベッドに戻し引き戸までの進路を確保。ゆっくり向こう側を覗き込むとこの部屋が最も奥まった場所にあるのが分かった。左が納戸で右へと廊下が伸びている。真っ直ぐ行けば玄関。その廊下を男性らしき人の足が遮っている。上半身は恐らく部屋の中にあるのでどうなってるかは分からないが、足元まで広がって乾いた血の跡と赤黒く染まった衣類が全てを物がっている気がした。

 ハンドサインで前進を下命。スリーマンセルで廊下に出た。先頭が班長で中間に援護が1人。最後尾は後詰と負傷者ないし生存者搬出要員である。

 ブーツの擦れる音が耳障りに聞こえるが仕方ない。これで相手が人間なら接近を察知されて壁の向こうから撃たれ、自分たちは文字通りハチの巣になっている。あの部屋から手だけ出て来て手榴弾がこちらに放り投げられるのも考えられた。しかし今回の相手はそういう手段を用いない存在だ。

 溶解液の存在だけはどうやっても頭から消し去れる事ではなかったが――

「……っ」

 血の臭いが鼻を突く。同時に感じる腐臭。出入口の隣まで来たが足の主は動かない。

 出入口進行方向に対して水平に立ち、可能な限り自分を曝け出さないようゆっくりと前に上体を倒していく。首回りのプロテクターに肌が擦れる音にすら気を付けながらだ。

 まず見えて来たのは食い荒らされた上半身。顔は辛うじて原型が残っている。右の脇腹から正中線に掛けて臓器と肉が無かった。あばら骨も一部が失われ肺、心臓付近は空っぽに近い。視線を見える範囲に奔らせるとソファがある。その奥にムカデの体があった。

 後詰の隊員に遺体を引っ張るよう指示し、両足を掴んだ隊員は静かに遺体を後ろへ引き摺る。出入口が開いた所で班長と援護が踏み込んだ。中はリビングでソファが2つと足の低いテーブルが1つ。団らんの中心にあったであろう薄型テレビは台から横に倒れて画面が下になっていた。

 左手にはダイニングキッチンと足の高いテーブルが併設されており、キッチンの奥へ回り込む突き当りにもう1人の死体があるがあれは後でいい。

 何を察知されたか不明だがムカデは突然動き出した。ただでさえ嫌悪感の強い形状、思考も読めない存在が暴れ始めると人間はそこまで冷静を保てない。踏み込んだ2名は咄嗟に引き金を引いて銃口を左右に振りながら22口径弾をバラ撒いた。しかしソファに阻まれて弾道は狂わされ、壁とガラスに穴を開けて終わってしまう。

 空になった弾倉を交換しようとした援護の隊員は足元を通ろうとするムカデに怖気付き左手が止まる。危険を感じた班長は撃ち切った小銃を放り投げて動きが止まった隊員のドラッグハンドルを掴み強引に引き倒した。自身を邪魔する存在が居なくなったムカデは廊下へ躍り出る。

「撃て!」

 声の限りに叫んだ班長の命令で廊下に居た別の隊員たちが視界に飛び込んで来たムカデへ連射を浴びせ掛ける。狭い廊下で空薬莢が躍るようにあちこちへ飛んだ。

 逃走を図ったムカデは閉じられた玄関に移動を阻まれ、下駄箱に沿って上に体を伸ばしたが重力に負けて廊下側へ落ちた。依然として続く掃射に体を撃ち抜かれながら最短の横道へ入って行き姿を没する。弾倉の交換が終わった隊員たちが逃げ込んだ先を覗き込むと浴室なのが分かった。風呂ふたの上に乗って換気口から出ようとするも出来る筈がない。袋小路だ。ここで仕留めてしまおう。

「手榴弾!」

 ポーチから取り出した手榴弾を浴室に投げ込む。ゴンと跳ね返る音が数回した後、家を軽く揺さぶるような衝撃が起きた。同時に浴室のドアが幾つかに破壊されて細かくなった物や壁材の破片が廊下に飛んで来る。

 漂う煙に構う事なく9mm拳銃で1弾倉分を浴室に撃った。次第に見えて来たのは全身が幾つかに千切れたムカデの死骸。最後の射撃は余計だったらしい。

「クリア」

 1階は制圧。2階も検索が終わったので玄関と窓を全部開けて換気する。

 外の風が入って血と硝煙の匂いが薄れ、息苦しさが晴れていく。天井付近を漂っていた手榴弾の煙も外へ出て行った。一先ず中隊本部へ報告だ。

「こちら1班、クリアです」

「負傷者は」

「居ません。次の家に行きます」

 息を整えながら放り投げた20式小銃を拾って動作の確認を行う。初弾を送り込んで浴室の死骸に向け数発撃った。フルオートで撃ち尽くすと弾倉を交換する。問題なさそうだった。

「遺体を包んでおけ。終わり次第にここから出ろ。まだ続きがあるぞ」

 玄関から外に出ると援護位置のまま待機していた2班長が近付いて来た。

「さっき何に撃った」

「動くかの確認だ、放り投げたからな。それより遺体の保全を手伝ってくれ」

 2班長は何名かに1班を手伝うよう命じた。物言わせぬ雰囲気の第1班長はヘルメットを脱いでインナーも取り外して頭を掻き毟ると、少しだけ髪を整えてまた元に戻した。作戦開始から約1時間あまり。内部検索を始めてからはまだ数十分程度だ。果てしなさだけが募っていく。


 保原小南側の住宅地で内部検索が進む一方、22即機普通科1中隊は保原小の内部検索を進めていた。1階は全て施錠されていたので緊急脱出用ハンマーでガラスを1つだけ割り中に入る。

 2階からの窓は何ヶ所か開いていたものの生物は存在しなかった。それ以降の上階も同様だ。

 ここには遺体収容所を設けるための場所作りをしていく。遺体の損傷が激しかったり腐乱が進んでいるもの、比較的整ったものに分けて安置するのだ。

 教室の机を全て退かして隅に集めスペースを確保。作業が終わって暫くすると第一陣が校庭へ入り出す。全身が見えないよう全身がカバーされている担架を2つ運ぶ2中隊の隊員たちがやって来た。

「2中3小2班、収容願います」

「安置室1番へ」

 手書きの案内が張られた安置室へ1人2人と運び込まれる。カバーで包まれた遺体には養生テープで住所が書き込まれていた。

 最初の2人は同じ世帯での発見。家族のようだ。運んで来た隊員たちが出て行くと次がやって来る。

「2中3小3班です。収容を」

「1番の安置室に行ってくれ」

 次第に遺体の数が増え出す。1番の安置室は20分程度で置き場所が無くなった。合計で10の安置室を設けたがこのままだと2階にある教室も使わないといけないだろうか。

 打って変わって保原小屋上に出た22即機本管情報小隊はドローンを展開させ市内中心部の状況を探り始めた。2対戦の攻撃で幾分かは占拠された地域を押し戻したようだが油断は出来ない。そもそも安心だと思える要素など何一つないのだ。

 運び込まれる遺体の数によって1中隊の士気が右肩下がりになり出した頃、ようやく吉報が届いた。

「2中2小4班、生存者3名を救出。車両へ収容します」

「了解。怪我の有無は」

「ありません。意識も明確です」

「直ちに収容しろ。周りはあまり見せるな」

「了解」

 チラホラと生存者が見つかり始めた。作戦開始から3時間。2中隊の担当区画は全ての内部検索が終了。車列は斜めになっている道を直進して自分たちが進んで来た自動車修理工場がある五差路に戻る。そのまま西へ向けて走り出して伊達小で生存者を下ろした。

 中でも怪我の酷い数名は伊達体育館で車両を載せ替え、予め選定していたJAの商業施設へ移動。第9飛行隊ヘリが離陸準備を始める。

「ウミネコ2はこれより負傷した民間人の後送を開始。受け入れ先指示願います」

「統合地上管制本部からウミネコ2へ。伊達市南西にある福島赤十字病院へ搬送されたい。屋上にヘリポートがある。当初は予定していなかったが急遽トリアージの準備をしてくれる事になった。官民問わず負傷者を受け入れる方針だ」

「了解、福島赤十字病院へ向かいます」

 高速で回り始めるブレードの下で隊員に支えられた負傷者が近付いて来た。人数は5人。1人は担架のままだった。

 仕切られているキャビン前方が担架以外の負傷者。担架は後方に運び込まれる。

 他には3名の隊員が同乗。シートベルトの装着や病院で降りる際に補助を行う。担架を外に出すのも人手が必要だ。

 各計器のチェックが終わったウミネコ2はローターの出力を上げて離陸に必要なパワーを確保。機体がゆっくりと持ち上がり上空30m程度になった所で機首を福島赤十字病院に向けた。そのまま更に上昇しつつ前へ進み出す。


福島赤十字病院

 厚労省と日赤、県が連携した結果、現場から最も近いこの病院が医療拠点として選定された。赤十字病院は災害対策及び国民保護法の上で指定公共機関になっており、今回の特措法における状況として官民両方の負傷者が多くなる事を予想しての決定でもある。

 しかしこの報告が行われたのは作戦開始から1時間後の事だった。急な決定に院内は騒然となるもとにかく態勢を整えるため動き出した。

 中には病院の評判があまり良くないのを気にしている相馬知事が抜き打ちチェック気味にやったとも噂されている。赤十字は47都道府県に支部が存在し、その支部長は基本的に知事が務める事になっているのだ。

 今回の一件である意味の是正。もしくは締め直しを図る考えがあるのかも知れない。

「1階ロビーはトリアージ専用フロアに指定されました。ドクターは直ちに集合して下さい。繰り返します。1階ロビーはトリアージ専用フロアに指定されました。ドクターは直ちに集合して下さい」

「研修医、ホワイトボード前に集合! 各診療科へ再配置します!」

「手が空いている人、搬送されて来る患者のストレッチャー動線確保の応援願いまーす」

「エレベーター1台は重傷者の移動専用になりますのでそれ以外の使用は禁じて下さい。大きな張り紙をお願いします」

 正面入り口から続くホールでは50名近い数の医師と医療スタッフが準備に追われていた。術衣のまま行き来する者や台車に物資を載せて運ぶ者と様々である。出入口の横にある守衛室の警備員たちは緊急車両誘導に備えて外に出て行った。

 ようやく受け入れの準備が整い始めた所へついに第一報が飛び込む。

「負傷者5名空輸で搬送されます。20代女性、右足大腿部に大きな裂傷、意識あり。30代男性、左腕欠損、腹部及び左足に裂傷、意識レベル低下中。70代女性、左足解放骨折、意識あり。60代男性、左足欠損、右腕に裂傷、意識あるも受け答えが億劫な模様。10代男性、頭部に大きな傷、意識あり」

「30代と60代の男性は赤エリアに振り分けて。20代と70代女性は黄色。10代の子は傷の具合を見て判断しよう」

「来るの何分後? すぐ?」

「10分以内です」

「30代の人はなに、担架でだよね」

「屋上に取りあえず10人行って。ストレッチャーも人数分。誰かエレベーターもう1台止めといて」

 ここまた違う意味での戦場と化し始めた。この後にどれだけの人数が来るのか。それを考えている余裕はまだ無い。


 同時刻。北西に居た第20普通科連隊は予定通り伊達市を北から覆うように展開。先頭の第1中隊は既に退避が終わっている桃陵中付近で敵集団と接触した。続いて保原小の北を流れる農業用水路で区切られた地域に接近中の第2中隊も接触する。数はそこまで多くないが手を抜ける訳じゃない。

 20連隊は44連隊同様、完全に装甲化された部隊ではないので変に突出するのは危険だ。包囲されれば壊滅の危険は必然と高まる。

 50口径を搭載した1/2tトラックに機関銃担当と50口径の装填手兼てき弾手が乗り込んだ一種の攻撃班を編成。機動力とある程度の打撃力を備えるユニットとして運用する事になった。現在交戦中の部隊は全てこれだ。

「ガン1、現在地は伊達市北方上空、20連隊が交戦を開始した模様。ミヤギノハギ7及び8、直掩に回れるか」

「ミヤギノハギ7、至急向かう」

「8、了解」

 第2中隊の接触した付近はまだ内部検索が行われていないが第1中隊の方は大体の避難が完了した地域だ。ここなら50口径の火力を発揮出来るだろう。

 しかしこれだけでは心許ないと判断したガン1はノスリ2へ連絡を取った。アドニスが再度到着する時刻を知るためだ。

「ガン1からノスリ2、アドニス再出撃までの所要時間を知りたい。送れ」

「こちらノスリ2、アドニスは全機離陸した。10分以内に現場空域へ到着する」

「了解。20連隊の方へ何機か応援に寄越して貰いたい。こっちも敵集団と交戦に入った」

「各種状況を判断して選定する。終わり」

「ベニバナ4から20連隊周辺上空各機へ。FOのため至近へ進出する。高度と位置取りに注意されたい」

 どうやら20連隊が迫撃砲の射撃を要請したらしい。万が一にも上から砲弾を食らわないよう射撃陣地の延長線上からヘリが退避する。交戦地帯の上空はクリアになった。

「ミヤギノハギ7と8は待機。迫の射撃が始まる」

 移動に待ったが掛かったミヤギノハギ7と8は眼下の状況を注視。取りあえず次の指示があるまで撃てる目標があれば排除していった。続いてアドニス各機は針路を伊達市の南から北上して市内に入るようノスリ2から指示が出る。そこへやって来たベニバナ4も射撃陣地の延長線上から外れた場所でホバリングし、20連隊の様子を確認した。

「FOよりFDC、敵集団視認、指定座標に対する火力投射願う」

 数分とせず幾つかの煙が地面から湧き上がった。2回ほど修正を行い砲弾が敵集集団の真上に降り注ぐ。すると同一地点でもっと大きな爆発も起きた。120mmも混ざった射撃のようだ。

「ベニバナ4、効果を認む。次の要請を待て」

 地上部隊からは十分な支援を受けられたと連絡が入っていた。このまま市内中心部を掌握出来れば御の字だがそう上手く事が運ぶ訳はない。相手がどんな行動に出るかは誰にも分からないのである。

 逆にこの段階から押し戻されればこちらも相応の犠牲は覚悟しなければならない。霊山町に居座るもう1つの集団がどう動くかも重要な判断材料だ。

コールサインまとめ


ガン:東北方面ヘリ本部付 OH-1 宮城県・県鳥

病気の癌は基本的に漢字か平仮名表記で医学的にカタカナは使わないらしいです


ミヤギノハギ:東北方面ヘリ UH-1 宮城県・県花


アドニス:2対戦 AH-1S 地球近傍小惑星アドニスより


ノスリ:2対戦観測機 OH-1

龍飛岬ではシーズン中にノスリが最大4千羽見られる事もあるとか


ウミネコ:第9飛行隊 UH-1

八戸市蕪島はウミネコの繁殖地として天然記念物に指定されているそうです


ベニバナ:第6飛行隊 UH-1 山形県・県花

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― 新着の感想 ―
10月ごろからたまたま見つけて今日まで本作やonyxさんの今までの作品を読み進めましたが、異常事態に対処する組織の動きというのが非常に読み応えがあって面白いですわ! そして今回、市内奪還作戦が少しずつ…
そのうち室内で卵を護ってる親百足とかとも遭遇しそうですね。 卵は研究者が欲しがりそうです。
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