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市街地奪還作戦 1

 朝の報道は奪還作戦を伝える特別番組一色になった。専門家でもない何所ぞの大学教授やよく分からないセラピストだのがコメントを添えて中身のない議論が花を咲かせる。

 伊達体育館でもテレビの数少ないチャンネルを回した中で取りあえずNHK総合を流し続ける事に決定。本格的なメディアの受け入れはある程度まで事態が落ち着いてからになっていたが既に中央から取材陣がポツポツと福島駅に姿を現している。それらは全て管区機動隊によって福島市以北への移動を禁じられ、駅で足止めを受けていた。

「ではここで、福島県伊達市に関するニュースです。現在も尚、市内で発生中の危険生物集団による占拠は継続中です。政府は本日午前9時を以て自衛隊による迅速な事態解決を目的とした特別措置法を公布。これによって編成された統合任務部隊が伊達市奪還のため作戦行動を開始します。近隣にお住いの方は警察、消防、自治体の誘導に従って避難を行って下さい。繰り返しお伝えします。政府は本日午前9時を以て自衛隊による迅速な事態解決を目的とした特別措置法を公布。これによって編成された統合任務部隊が伊達市奪還のため作戦行動を開始します。近隣にお住いの方は警察、消防、自治体の誘導に従って避難を行って下さい。加えてお伝えします。奪還作戦が行われる市内全域は武力攻撃事態に基づいた警戒区域に指定されます。逃げ遅れた住民の皆様におかれましては可能な限り頑丈な物に囲まれた場所へ留まり、自衛隊及び警察による救助をお待ち下さい。これ以外の目的で残留された民間人に対する生命の保障は出来かねます。伊達市街地全域は先ほどもお伝えした通り武力攻撃事態に基づいた警戒区域に指定されます。逃げ遅れた住民の皆様におかれましては可能な限り頑丈な物に囲まれた場所へ留まり、自衛隊及び警察による救助をお待ち下さい」

 これを逃げ遅れた住民のどれだけが目にしているのか不明だがラジオでも同様の文言による緊急放送が流れている。迅速な救出を実現するには余計な存在が現場に居ないのが大前提だ。

 そして午前11時。ついに部隊が西側監視ラインから動き出す時が来た。


 まず2対戦が先行して地上掃射を実施。敵集団の数を減らしつつ市内中心部への進入路を形成する。

「各機、目に見える範囲で攻撃を許可する。全部を仕留めなくていいから焦らずよく狙いながら撃て。相互の距離にも注意しろ」

 8機のAH-1Sは僚機との間隔を大きく空けながら住宅地上空へ達した。ガンナーが道路と民家の敷地で蠢く生物をシールド越しでも捉える。

 構造上の関係で完全な真下に向けては撃てないため斜め下の位置関係を保たなければならず、これが少し厄介だ。

 束ねられた3本の銃身が回り出し、人によっては遅いと感じられる発射速度でM197による攻撃を開始。小刻みに撃ち出される20mm砲弾が突き刺さって生物の体を引き裂き地面の土やコンクリートごと粉砕した。

 地表に降り注ぐベルトリングの残骸と空薬莢が無数に散らばって幾何学的にも見える模様を作り出し、一部ではそこへ生物の体液が飛散し禍々しい色を添える。

 真上から撮った写真を書き写せば誰かしらの著名な作家が手掛けた絵画と言われても何人かは騙せそうな光景が広がっていった。

「ノスリ1からアドニス各機、保原小のすぐ東側にある道路までを可能な限り掃討せよ。加えて中心部の詳しい状況が分かれば報告願う」

 高空で2対戦の管制を担うOH-1から要請が飛ぶ。地上部隊のためにも必要な情報だ。

「余裕があれば実施する、アウト」

 時間を掛けながら掃討が進む。密集している地点には適時ハイドラも使用しつつ、2対戦は保原小周辺の上空まで進出した。

「アドニスリーダーより全機、残弾」

「TOWしか残ってません」

「20mm、残り43」

「今ハイドラを撃ち尽くしました。20mmは看板、TOWならあります」

 予想はしていたがそれよりも消費が激しい。どの機体も大体同じぐらいの残弾だ。TOWが残っていても面制圧出来る兵器ではない。中途半端だがここらで補給に下がるのが最善に思えた。

「ノスリ1へ。至近の敵集団は大方撃退した。弾薬補給のため一時退避したいが宜しいか」

「了解。小休止を挟んで戻れ」

 2対戦は福島駐屯地へ機首を向ける。住宅地の一歩手前で待機していた22即機の普通科1中隊は空に居た8機のAHが一斉に飛び去るのを見て僅かながらも不安を覚えた。WAPCの装甲に護られていても仮に車内へ入られたら、と考えてしまう。

「こちら1中隊。前進か待機か指示願う」

「1中隊は保原小まで前進後、学校周辺を掌握し校庭で待機されたい。ノスリ1が上空監視に入る」

「復唱、1中隊はこれより保原小まで前進、学校周辺を掌握して校庭にて待機する。終わり」

「前進用意。生きた個体は見つけ次第排除だ」

 隊員たちは横一列に作られたベンチシートに立ち、上部ハッチから身を乗り出して20式小銃を構えた。バイポッドになる例のフォアグリップも装着している。

 この天蓋が邪魔と言えば邪魔だがもし溶解液が飛んで来たらこれが盾替わりだ。

 車列は進み出し周囲が田園地帯から住宅地に変わった。さっきまで生物が20mmで消し炭にされるのを遠巻きに見ていたがついに自分たちの番が回って来たと思うと凄まじいプレッシャーが襲い掛かる。

 市街地に入って最初の交差点に差し掛かった所で左斜め前方にある個人経営の自動車修理工場から撃ち漏らした生物数体が躍り出て来た。

「10時方向に敵生物!」

 車長が右側を見張るため自ずと左を注視していた班長が真っ先に生物を視認。まだそこそこ距離がある。咄嗟に反応した車長は手慣れた動作で銃座を旋回させて自動てき弾銃の照準を合わせ、トリガーを押し込んだ。40mm弾が炸裂して生物は文字通り肉塊に変化する。そのすぐ近くに置かれていた中古車数台もあおりを食らってガラスが飛散し車体を凹ませた。幸いにも爆発まではしなかったが僅か数メートルの所を素通りするには若干勇気が要る状態になってしまう。

 指揮所へ現状を報告するも前進に変更は無し。取りあえずは連なって移動するのではなく、1両ずつ通って相互に安全を確認しつつこれを繰り返す事で落ち着いた。

 そして1個小隊分のWAPCが前進した直後にまた問題が起きる。

「進路上に……遺体らしき物を発見。このまま進めば踏んでしまいそうですが」

 運転手がかなり言葉を濁した言い方で報告した。既に死んでいるのは間違いない。恐らく上半身のみで両腕と背中を食い散らかされて中途半端に骨が露出している。頭蓋骨も一部が見えていた。厄介なのはそれが針路上にある事だ。踏まないように運転するのは可能だが面倒である。

「何かないか。包めなくても被せられればいい」

「ポンチョぐらいなもんですか」

 携行品には含めていないが車両に積む装備品として持ち込んでいた。使えそうなのはこれぐらいしかない。

「それでいい。俺のを出してくれ」

 班長の後ろに居た隊員が屈んで迷彩柄のポンチョを手渡す。小銃は一旦車体の上に置いて畳んであったポンチョを広げた。あの大きさなら十分にこれで包んでおける。

「近くまで進んで下さい。自分がやります」

「三曹、手前まで行け」

「……了解」

 車長に命じられた以上は進まなければならない。周囲の警戒は続行しつつ言われた通りソレの手前まで来た。

「もし連中が出て来たらとにかく撃て。近付かせるな」

 班長が席から抜け出て96式の車体より飛び降りる。微妙に腐乱し始めている遺体を素早くポンチョで包み道路脇に寄せた。これで余計な事は気にしなくていい。真下になっていたアスファルトの部分が湿っているが直に乾く。

 1中隊はこれを何度か繰り返しつつ保原小へ達した。校庭に入り防御陣形を組んで待機する。

 続いて2中隊は1中隊が校庭に入るため右折した交差点を同様に右折して直進。左方向の警戒を強めながら前進しその先の四差路に出た。ここを右折したいのだが96式の車体長を考慮すると曲がり切れないため右手にある賃貸の駐車場を突っ切っていく。そのまま車列は細い路地に入って行った。2中隊の任務はこの周辺に取り残された住民の捜索である。

 袋小路にも思えるがこの路地は進み続ければさっき自分たちが通った道に出るのだ。最初に生物と遭遇した個人経営の自動車工場付近は歪な五差路になっているがそこまで戻れる。

 やろうと思えば不便なく西方向へも逃げられるだろう。

 車列が停車。各車の運転手も20式小銃を手に取り車体の上に出た。車長たちも同じく車体の上へ出て周辺警戒を始める。この状況下では40mmも50口径も近すぎて使えない。弾薬箱に詰めて来た無数の弾倉を車体において接近戦に備えた。

「総員降車、不意の遭遇に注意」

「総員降車!」

 96式の後部ハッチが開いて普通科隊員たちが下車。各小隊は2個班ごとに集合して行動を開始した。

 まず周辺の残敵掃討を行ってから民家の捜索に移りもし逃げ遅れが居れば車両へ乗せるのだ。この工程が円滑に進むため上空へノスリ2と伊達署で地上掃射を実施した方面ヘリのミヤギノハギ5及び6が支援に入る。50口径でも一撃で仕留められるのは既に立証済みだ。

 民家と民家の間を縫って残敵掃討が始まる。コブラの攻撃で穴が開いたりハイドラの斉射で被害を受けた民家もあるが特措法では全て必要な行動の上での被害とされているので不問だ。尤も救助を求める通報が数時間前まであったお陰で生き残りが居るか居ないかは考慮に入れた上での攻撃だった。しかし声を上げていない住民に関してはこの限りではない。可能な限り生存者の集計を行って住所も割り出してあるがこれを完全な情報にしようと思ったら確実に生き残っている人たちが時間を追う毎に数を減らすだけだ。待つのにも時間的制約が存在する。

「クリア」

「クリア、前へ」

「後方クリア」

 視界に見えないのなら前へ進み続けた。幸いにも敵生物の生き残りは僅かで全てが手傷を負っていた。トドメを刺しながらこちらの掌握するエリアを広げていく中で問題になって来たのが窓ガラスを割られた民家だ。リビングか寝室に面しているであろうガラス戸の明らかに下の方だけが割られていて20mmかハイドラの攻撃にしては不自然さが目立つ上に連続した着弾の痕跡も無い。となればあれの答えは1つだ。

「遺体は無数にありますが屋外で生存者は確認出来ませんでした。しかし家屋に生き残りが居る可能性は捨てきれません」

「避難所で集計された生存者の住所は照会出来てるな」

「この周辺では170世帯ばかりが住んでいてその内の41世帯が確認されています。それに関してのみで言えば全員無事です。残りは約130世帯ですが混乱の中ではぐれたり出社や外出したまま行方が分かっていない民間人も多く存在します」

 中隊長車で2中隊長と副中隊長、上級曹長が現状の確認を行った。一気に生存者の捜索を始めると下手すれば収容可能な人数を上回るかも知れない。

「一番近場から始めましょう。呼び鈴や声掛けで外に出てくれば救助。応答が無ければ窓を割って内部捜索し誰か居れば助け出す。これを繰り返すしかないかと」

「地道だな……どっちにしろ一軒ずつか」

 上級曹長の進言で中隊長は表情が沈んだ。今日中にどれだけの地域を奪還出来るのか分からなくなって来る。そもそもの見通しでは4~5日ばかり費やす方針だったがこれではそれも甘いと言えそうだ。

「遺体の収容は後にする。まず生存者だ。上級曹長の進言通り近場から始めるが敵生物侵入の痕跡が見られる家屋を最優先に捜索。声掛けや呼び鈴は悪戯に刺激してこちらの存在を察知される可能性があるからやるな。残敵掃討と並行して要救助者もしくは遺体の発見を実施して捜索済みの家屋を増やしていく。痕跡が見られない家屋はその後だ。各班に伝達を」

「承知しました」

 部隊を一旦手元に戻して近場から捜索が始まる。車列中央から5mほど南に行った所の民家ではリビングらしき場所のガラス戸が下の方だけ割られていた。2中3小1班が取りつく。

「進入用意。接近戦に備えろ」

 2名の隊員が20式小銃に銃剣を着けた。腰だめに構えてガラス戸の両サイドに立つ。

 班長は予め全班に配布されている緊急脱出用ハンマーでカギの部分を割り穴を大きくした後に手を突っ込んで開錠。ガラス戸を引き切るが何も起きなかった。

 風が入って向こう側に動いたカーテンを動かし、着剣した隊員に続いてまた2名の隊員が9mm拳銃を両手で構え中に入る。割れたガラスが散乱するフローリングのお陰で踏み締めるとガチャガチャ音が鳴った。静かすぎる空間で鳴るこの音がどうにも不快に感じる。

 内部の構成はダイニングキッチン。コンロや水場の前にテーブルがあり、その奥が冷蔵庫や電子レンジを置けるスペースになっていた。この辺の新しい家屋は恐らく全て同じ設計だろう。これはこれで有難い。

 だがテーブルはひっくり返り椅子も転がっているこの状況。何かあったのは確実である。

 粉々になった茶碗やカップが散らばるキッチンの向こうまで安全の確認が終わる。次は恐らく廊下に続くドアだ。

「……GO」

「GO」

 銃剣を左手で持ちながらフォアグリップも保持する班長がドアを開けて隣の空間に踏み込む。血生臭さと共に視界へ広がったのは真っ赤に染め上げられた廊下だった。電話台は倒されており壁には穴も開いていて何かを引きずった跡も見える上、肉片や千切れた指らしき物もある。それは2階へ続く階段にもあった。

 1階の検索を手早く終え、玄関を開けて退路を確保。寝室らしき部屋と風呂場やトイレの窓も開けて換気する。息苦しさが紛れた所で階段をゆっくり上がった。血で足を滑らせないよう注意しながら1段ずつ進む。

 階段は途中で踊り場を挟む構造。上がるに連れて血溜まりも大きくなり踏むと水音までするようになった。そして目の前に現れたのが2枚のドアだ。片方は閉まっているがもう片方は開いている。連中にドアを閉めるなんて事は出来ないから開いている方に何かがあると考えていい。

「…………3、2、1だ」

「了解」

 ドアを開ける役目を部下に託し自分が真っ先に飛び込む。何かあれば犠牲は1人でいい。逃げる時間ぐらいは稼げる筈だ。そう思いながらカウントを始める。

「3、2、1」

 先に前へ出た部下が引き戸を開けると同時に足早で部屋に入った。全長数メートルはあるムカデが部屋の形に沿って体を曲げた状態になっていた。近くには胴体と思しき肉塊が1つ。食事が終わって満足しているらしいがこの状態で動き出されると負けだ。頭部目掛けてフルオートで10発ほど撃ち込むと全身を激しく動かした後に沈黙する。

「……クリア。隣の部屋は」

「大丈夫です」

「遺体に掛ける物を持って来てくれ。それとコイツを外に出すぞ」

 これを繰り返すと思うと気が遠くなるが一旦始まったこの作戦を止める訳にはいかない。終わればそれ相応の手当なりがある筈だ。今はそう思うしかなかった。

ちょっとだけ修正入れました。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
PTSD患者が大量に出そうです。 自衛隊も警察も消防も、大量の離職者に組織が悲鳴を上げるかもしれません。 勿論一般市民にも出るでしょうし、組織的なケアシステムの無い彼らの方が状況は悪いかもしれませんが…
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