攻撃発起位置
6師団長到着に伴い懸念事項が1つずつ解消されていった。重迫陣地は方面総監と師団長に加え県庁及び河川事務所の人間も含めた協議の結果、諸般の状況を考慮し伊達大橋周辺ではなく縦貫道と大正大橋の中間にある緑地で決定。直ちに移動を始め射撃陣地構築を行う。
上空にはヘリを張り付かせる事で万一の接近に備える。何も無ければ御の字だ。
縦貫道の交通規制は奪還作戦開始5時間前の通達となり、関係方面との回線も用意された。近隣SAとICの電光掲示板には交通規制実施の案内を常に表示させておく。ハイウェイラジオでも情報を随時流して貰う事になった。これで交通量が自然と下がれば封鎖の手間も減るだろう。もし砲弾が落ちても人死には無い。
ヘリの統合運用については依然として宙吊り状態だが奪還作戦中は県警航空隊基地を間借りし、6及び9飛行がそこを使用する。後で到着する2対戦へは福島駐屯地内のグラウンドが割り当てられた。方面ヘリは最初に降り立ったヘリポートをそのまま使い続ける。
また負傷者等の緊急搬出用で伊達体育館至近のJA商業施設駐車場を仮設ヘリポートに選定。これも県庁が間に入って無事に使用出来るようになった。
自衛隊員の負傷者は全て段列で受け入れる方針だが念のため福島市内の救急指定及び総合病院にもある程度の病床を確保。これで奪還作戦中に救出された住民も必要なら収容が可能だ。
「後は何だ、何がある」
「取り残された住民を収容するための一時避難場所が必要です。正確な人数は不明ですが多ければ多いほど損はありません」
第6師団長こと柏戸陸将は地図を見た。近場で目ぼしいのは伊達小学校だ。しかしこれだけで足りるかは現段階で判断出来ない。そこで4号線沿いに目線を下げていくと大きな駐車場を備えた施設が2つあった。片方は全国展開しているパチンコチェーン。もう片方も大手グループの子会社としてパチンコ店を複数運営している小規模なチェーン店だ。
「……ここが使えそうだ」
「地域防災拠点になるのを表明している店舗は確かにありますがここがそうかは」
「東北は日本で唯一、地方全県が遊技協同組合と災害時の協定を結んでいる。県警を通す必要があるが今なら向こうも首を縦に振ってくれると思いたいな」
県警本部に連絡を頼み、直ち伊達体育館至近のパチンコ店へ照会の電話が行った。受け入れに関しては承諾を得たが既に従業員を避難させてしまったので人手は出せないと言われる。組合員も左程の数が居る訳ではないし彼らも民間人だ。
その辺については警察で人員を用意する方針になり、まず伊達小学校へ住民を移送するがこれ以上となった場合は随時距離の近いパチンコ店へ運ぶ事が決定。福島北署の人員と県警本部で燻っていた刑事部組対の係員たちによる対応チームが編成された。加えて福島市役所飯坂支所及び北信支所から住民集計のため職員数名が派遣されて来るらしい。伊達市役所が機能不全に陥っている現状を鑑みた相馬の判断である。
県警航空隊基地へ向けて桑折町の多目的スポーツ施設から待機中の第9飛行隊が移動を始めた頃、44及び20、そして22即機も奪還作戦開始に備え前進を開始。正面戦力は装甲・火力・機動力を兼ね備えた22即機が担当。44連隊は西側監視ラインの農道を南下後、上保原駅周辺の安全を掌握した後に南西方向から敵集団を圧迫して東へ押し上げる。
20連隊は北西に戦力を展開させ半包囲しながら市内北方を制圧し、3個連隊で文字通り3方向から近付く作戦だ。特科が居ないため決定的な火力に欠けるがそれを待っているだけの余裕は無い。
9戦大は地形を考慮すると出番が後回しになる。各種迫撃砲、中多、MCVに加え恐らく本日中か明日未明に到着予定の2対戦が頼みの綱だ。
時刻が午前11時を回り、都合3個連隊の移動は完了した。第9飛行隊も県警航空隊基地に着陸して2個飛行隊が揃う。重迫陣地の構築は継続中であり、今は縦貫道高架橋の下に120mm砲弾を集積する場所の作成が進んでいた。向こう一週間の天気は安定しており降水確率も低いため雨の心配は要らなそうだ。射撃指揮所も立ち上げが殆ど終わっているので遠からず十分な通信機能も備わるだろう。
正午になって八戸駐屯地からの連絡が入った。2対戦の移動行程が伝えられる。
「2対戦はこれより八戸を離陸。霞目で給油して本日は終了。明日早朝にこちらへ向けて再度離陸します。到着予定時刻は08:00前後を予定」
「燃料と弾薬の現在地は」
「岩手県内を走行中です。宮城に入った所で到着時刻の修正が行われますが、遅くても17:00までには着くでしょう」
AH-1Sコブラの航続距離は500キロに満たない。青森から仙台まで直線距離にして約360キロとギリギリの距離だ。搭乗員の疲労と本件の危険度を考えれば1日飛び続けるのは何かしらの操縦ミスを招く恐れがあった。
コブラ自体も退役を間近に控えた機体であり、それを装備する2対戦も年度末での廃止が予定されている。
9戦大の74式同様最後の最後で回って来たこの出番を無事に終わらせなければならない。
「2対戦の補給整備については今日中で整うか。戦車はどうだ」
「霞目の輸送隊が9戦大を運ぶため少し早く出発しています。既に岩手駐屯地へ到着し戦車搭載作業中。引き返す分もありますので9師本隊よりは多少遅い到着の見込みです」
何事もなくいけば必要な戦力は明日の午前中で揃うスケジュールだ。2対戦の小休止も必要だろうから実質的な作戦行動は昼前ないし昼食後になる。
特措法の公布が何時になるかまだ連絡はないが、悠長に構えているだけの時間が無いのは政府も承知している筈だ。大きな動きは見られなくても事態は目の前で進行中である。チラッと聞いた話だが生き残った住民からの救助を求める通報が今は県庁に来ているそうだ。一向に繋がらない警察と消防に業を煮やした結果と思われるが、手に負えない存在が群れを成している所へ彼らを飛び込ませる訳にもいかない。
「11時半になりましたので交替で昼食とします。6師団長及び20連隊からでお願いします」
44連及び22即機各連隊長が仮眠中にこの場を預かっていた古頭連隊長以下の幕僚チームが昼食に向かう。柏戸師団長を始めとする人員も彼らを追った。食事後は仮眠に入り44連と22即機も交替で休む。9師の部隊はまだ着かないし柏戸師団長のお陰で問題も解決した。今は少しでも疲労を軽減させるのが自分たちの仕事である。
休息も終わり午後15時。松浦の呼び掛けで短時間の会議が開かれた。
テレビ会議システムに加わった新たな人物が北部方面総監だ。モニターが2分割され右側に北部方面総監、左側に松浦が映る構成になる。
「松浦方面総監から要請のあった87式及び89式の移動に関して経過報告になります」
この発言で額を両目をマッサージしていた斎木は首を持ち上げた。言い出しっぺが自分だった事などここ十数時間の多忙にカマかけて忘れていたのだ。
「各駐屯地における移動準備は完了。規模はどちらも1個中隊になります。残りは海路の確保ですが難航中です。函館に連絡して横須賀から呉へ取り次いで貰いましたが直ぐには動けないとの回答が入っています。遠回しに民間の利用検討も勧められました」
斎木が要請した北部方面隊のAWやFVは移動準備が整ったものの報告の通り海路が確保出来ず足踏み状態である。何しろ海自第1輸送隊は直線距離にして約1200キロも離れた場所が停泊地だ。
おおすみ型の速力は22ノット。単純計算で北海道まで大体40時間程度。戻って600キロ弱とすれば更に半日、長くて1日は必要となる。当然だが航路の状況によって全速を出し続けるのは不可能であるのと艦の準備も必要だ。所要時間をかなり大雑把に見積もれば最速でも一週間以内だろうか。
「輸送艦を出したくないと?」
「取り越し苦労になって燃料を無駄に消費するだけになるのを避けたいらしいですね。向こうはまだしっかりとした状況を把握している訳ではないようです」
「どっちにしろ出て貰わないと困るんです。総勢2個中隊を運ぶなら2艦なければ出来ません。こちらからも上を突っついて海自との連携を図ります」
「そうしましたらこちらは何度か協力を得ている商船三井に打診してみます。正式には幕の方からになるでしょうがその根回しと言う事で」
商船三井のフェリーは大洗~苫小牧間で運航している便が2つ存在した。どちらも大小の車両合わせて200台以上が積める大型フェリーだ。本社は東日本大震災時における自衛隊輸送だけではなく、協同転地演習でも関りが深い。
短時間の会議は終了し松浦総監は直ちに陸幕へ海自に対する詳細な情報提供を求め、現在集計されている被害状況や敵集団のデータを渡した。市ヶ谷で発足したばかりの連絡調整室でこの情報が共有される。
現地は2度目の日没を迎え、物々しい空気の中にあった。市内中心部で発生していた火災は既に鎮火済みだ。
仙台空港に引き上げたCHはそのまま待機し奪還作戦で万一に同様の火災が発生した場合に備える。
9師本隊も無事到着し段列地域に加わった。仙台の方面衛生や自衛隊仙台病院のスタッフも入り本格的な野戦病院としての機能も立ち上がる。そして昨日から前に出続けている6偵を休ませるため9偵と交替。どちらも明日の作戦においては前線の状況を広く収集し続ける重要な目だ。
また日没前に第9戦車大隊の1個中隊も現地入りを終え、全車がトレーラーから降ろされて布陣を完了。明日の作戦では状況が許せば遠距離から攻撃を加える役目が任される。但し既に前線で待機中の機動戦闘車隊の移動を妨げる恐れがあるので進出はギリギリまで待つ事になった。機動力がある装輪車にとって自分たちが居れば邪魔になるだろうと一歩下がる形を採る。
夜になってからとある場所に奪還作戦の詳細が送られた。敵陣の中にあって戦意だけは維持されている伊達署だ。
「はい、はい。明日の……11:00ですね。いえ、こちらは最後で構いません。まず逃げ遅れている住民を最優先でお願いします。それと市役所を…………いえそれも結構です。こちらは大丈夫ですので。はい。宜しくお願い致します。では」
本部に陣取る平山副署長が受話器を戻した。相手は伊達体育館でまだ現地部隊の指揮を執る柏戸陸将だ。
手元のメモへ殴り書きしたものをホワイトボードへ清書。仮眠もしくは警戒中で居ない者を除いた状態だが先ほどのやり取りを全員へ説明し始めた。
「伊達体育館にある陸自本部から明日行われる奪還作戦について詳細が送られた。順を追って説明する。明日11時、部隊が待機中の地点より前進。3方向から市内の制圧を行う。参加するのは普通科部隊が主力。機動戦闘車と装輪装甲車を活用して逃げ遅れた住民救出も実施。攻撃ヘリも上空から生物集団へ攻撃しつつ連中を東へ押し込む。最終的には阿武隈急行線を奪還のラインとする算段だそうだ。分かっていると思うが我々の救出は一番最後だ。輸送ヘリで武装した隊員を下ろす作戦を提案されたがこれは取り下げて貰った。変に敵の注意を引けば今度こそお終いだ。もう弾が無いからな」
「どうして副署長が電話に出たのかは聞かれなかったんですか」
ふてぶてしく足を組んでパイプ椅子に腰掛けた鈴森が聞いた。
「特に聞かれなかったな。別に署長じゃなくても構わんさ」
「って事は県庁の方にウチの署長が出張ってる件は知らないって訳ですね」
「もう本件は我々の手から離れつつある。県庁もこれから行われる事については次第に蚊帳の外になっていくだろう。陸自が現段階でそこまでを把握していたとしても大した意味は無い」
「いえもしも知らないのなら例えば署長は住民を逃がそうと波に飲まれたなんて一芝居打って我々を救出する事に大きな意味を持たせるとか」
「その辺にしておけ」
後ろに座っていた松山課長代理が鈴森の座るパイプ椅子を掴んで少しだけ後方へ引き摺った。
まるで子供を叱る親のようだ。しかし当の鈴森は全く悪びれる様子もない。
「いずれにしろ、ここから無事に出られるのはそう遠い未来ではなくなった。これ以上の無駄な接触及び挑発行為は禁ずる。交替で朝まで休め」
まだ何か言い出そうとした鈴森を今度は滝口警部が制する。生還の可能性が高くなって来た影響か分からないがどうにも幼い言動が増えた。疲労も響いているのは間違いないが――
翌日。方面ヘリの監視は続いているが幸いにも大きな動きは無い。だが市内中心部においては餌を求めてか民家へ雪崩れ込む光景が映像に記録されていた。もう時間的な余裕は少ないと見ていい。
そして8時20分頃。福島駐屯地へ第2対戦車ヘリコプター隊が到着。大急ぎで補給と整備が行われる中、幹部たちは伊達体育館での作戦会議に参加した。殆ど最終的な調整だけだが自分たちの役割を再認識して1時間程度の休息を終えた後、西側監視ラインの広域農道へ向けて離陸。市内中心部へ砲口を向ける機動戦闘車隊直上で待機に入る。
また深夜の内に特措法公布の時間も通達があった。公布は朝9時だ。特措法は既に昨日の時点で衆参両院共に若干の波乱はあったものの無事通過。今日付けで公布され破壊措置命令を前例とし3か月毎に更新して期限を定めないものとなる。これに呼応して東北縦貫道の交通規制に関する情報は早朝4時から福島県内の通行を全面規制する表示へ切り替わった。縦貫道のある各県では高速道路交通機動隊が規制を実施して車の移動を遮断。作戦開始までに縦貫道を空にする作業が行われた。
10月6日追記
今週末にちょっと修正を入れます。
ご了承下さい。
10月12日
冒頭を少し修正しました。よろしくお願いします。