爬行 2
サブタイが何も思い浮かばなかったので前回の続きにしました。
ご了承下さい。
夜が明けて時刻は5時半。現在、あづま総合運動公園では6後支が主力となって段列の立ち上げが進んでいる。深夜に現地入りした6施設と6通信もここに本陣を構え必要に応じて部隊を出す事となった。
その他、方面衛生や9師の部隊までをも一手に受け入れ、後方支援の全てを賄う場所になるだろう。
打って変わって福島駐屯地に居る6後支及び東北後支の部隊は動かない。自分たちの所に整備工場があるから移動する必要がないのだ。ただし回収任務や状況によっては近接戦闘を行う可能性が高まるため、小銃類を手元に置いておくよう命令が出る。弾薬や個人の装備品も同様だ。
続いて駐屯地で保管していた車両用の燃料は運動公園への移送が決定。弾薬については特措法が発布され次第でこれも移送する。
太陽が昇って来た頃合いを見計らって空中消火活動も再開された。仙台空港に居た2機のCHが再び飛び立つ。霞目の管制気象隊が来たお陰で飛行計画も練りやすくなり、二管区仙台航空基地の協力もあって迅速なフライトとなった。
交替で監視を行っていた方面ヘリの情報によって昨日消火出来なかった飲食店から一部周辺住宅への延焼が始まっているのが確認されている。
ダムで水を汲んだ2機は伊達市上空に到達し薄い黒煙を上げ続ける地域へ向かった。今回も昨日と同様に真上を通過する形で散水。延焼を予防しつつの消火となる。
伊達体育館 作戦指揮所
仙台駐屯地と繋がっているテレビ会議システムのモニターに松浦陸将の姿は無い。午前4時に席を外して仮眠に行き、まだ戻って来ていなかった。緊急の場合は画面外に控えている千葉幕僚副長が指示を下す。
一方のこちらも44連隊を率いる斎木と22即機の連隊長が仮眠中。20連隊長こと古頭1佐がこの場を預かっていた。3個連隊に優劣は設けない方針だが装備で言えばやはり22即機があらゆる面で優っているのは否めない事実。駐車場に鎮座するMCVがその証拠だ。
「各方面、何か進展は」
現地部隊ではないため地理には疎い。古頭はこの場を繋ぐのが自分の役目と割り切っていた。下手に欲を出せば奪還作戦の開始を妨げる可能性がある。
「第6飛行隊は06:00に離陸予定」
「9師本部から出発時刻の報告がありました。08:00に移動開始。到着は15:00前後を予定」
「神町後発隊、これより移動開始との連絡」
後発隊が神町を出る。これは6師本部が移動を始める事も意味していた。ここに到着すれば第6師団長の指揮によって行動出来る。確実に9師の部隊よりも先に着くだろう。
「師団長は後発隊として来るんだな」
「いえ、6飛行に便乗して先乗りします。他の幹部も同様です」
「そうなると1時間もしない内にここが動き出す訳か。指揮通信システムの立ち上げはどうなってる」
「本件に必要のない物は一部を省いていますから比較的簡易になりました。例えば対空戦闘は考慮しないですし、特科もいずれ参戦するにせよ大部隊が来る訳ではないので、構築する規模はそこまで大きくありません」
万事問題なく進行している。では師団長が到着する前に出来る事、裁可を仰ぐ必要のある問題、或いは師団長を通して上に掛け合うべき事案等について纏めておくべきだろうか。1時間程度でどれぐらいになるかは分からないが、円滑な市内奪還を実現するには避けられない問題が出て来る筈だ。
「起きてる幹部を招集して目の上のたん瘤と言える問題を搔き集めよう。大した時間もないが後回しにするよりは今やった方がいい」
「承知しました」
急遽始まった臨時の会合。手持無沙汰の幹部たちにとってはいい頭の体操だ。2名の連隊長を除いているものの何かを決定する場ではない。何が問題かを浮き彫りにするための集まりなのだ。
「最重要の問題はやはり、重迫の陣地を何所にするか、と言う点でしょうか」
22即機副連隊長が進行役を担当し、ホワイトボードに諸問題を書き込んでいく。様々な意見を集めた中で最も頭の痛い問題がこれだった。
各普通科の迫撃砲小隊に関しては西側監視ラインに定めている広域農道沿いに展開させる予定だが、重迫撃砲陣地を何所にするかで2点の問題が浮上していた。当初は伊達体育館至近にある伊達大橋周辺の河川敷をと考えていたが、ここを射撃陣地にすると北福島医療センター及び東北縦貫道が射程に入ってしまう。いくら曲射兵器とは言え医療施設の頭上へ砲弾を撃ち上げるのは抵抗のある行いだ。縦貫道は要請すれば交通規制をしてくれるまで大した時間は掛からないが、病院から入院患者や医療資機材を移すのは重労働である。既に市内の病院から色々と退避させた件でそれは身に染みていた。
おまけに移送先を探すのも一苦労だ。北福島医療センターは伊達市で最も規模の大きい病院のため、これと同等の場所となると福島市が好ましいが、移送が今日明日で片付くとは思えない。
「……他に候補地は」
「少しだけ北に行った所にある河川敷でしょうか。東北縦貫道と大正橋の周辺になります」
古頭は地図を見つめた。ここからもう少しだけ北に目を向けると、広さ的には申し分ない緑地があるのが分かる。ここでもいいのではないだろうか。
「特に問題ないように思えるが」
「ただこれですと、展開地域が阿武隈川の向こう側になります。別に対砲迫射撃がある訳ではありませんが、万一に装備を捨てて逃げるとなった場合が問題です。使える道はこの大正橋一本。こちらに近ければ伊達大橋も使えますが、迅速な退避とはなりません。川を渡って逃げるのも最悪は可能かも知れませんが水深の深さも関わって来ますし、川に入る事自体も度胸が要る行為です」
今回の事態で渡河までは想定していなかった。となればやはり、退避時に使うのは陸路が好ましい。不整地を走って逃げるのは体力を消耗するし悪戯に負傷者を増やす原因にもなる。
「居ないと分かっていても陸続きの場所で徒歩の撤退を強いるのはストレスが大きいな。これは裁可が必要になる。到着次第で決めて貰おう。次の議題は」
「6飛行の着陸場所を暫定的に県警航空隊ヘリポートにした件ですが、ずっとそこに居させる訳にもいきません。9飛行は桑折町、方面ヘリは駐屯地とバラバラです。理想としては一か所に集約させたい所です」
「2対戦も来れば30機近い数になります。これを分散したままで運用するのは管制の負担を増やすだけかと」
「しかし場所がない。出来れば既存の施設を使うのが理想だが、なければ作るのも視野に入れよう。その辺の判断も我々だけで決めるのは不可能だ」
師団長に最優先で判断を仰ぐべき事案はこの2つとなった。それから1時間としない内に6飛行が県警航空隊基地に到着。待機していた福島駐屯地業務隊によって伊達体育館まで師団長以下の幕僚が運ばれて来た。上記の件について早速会議が始まる。
時刻が7時になった所でモニターに松浦が戻って来た。進展として現地部隊に松浦東北方面総監を通して、今回の事態における特措法が本日中に国会へ提出され、明日か明後日には公布の運びになるとの情報が下達された。9師の部隊が集結する時間を考慮すれば実質的な作戦行動に移れるのはどうあっても早くて明日、特措法を鑑みれば明後日との結論に至る。同時に6師団長から重迫陣地とヘリポートについての上申が行われ、更に上へ裁可を仰ぐ事になった。
もし仮に野戦飛行場を作るとなった場合、場所の選定は現地部隊で行う事、それに付随した諸々は陸幕ないし統幕、或いは内閣で処理して欲しいとの意見も纏められる。
重迫陣地の件については一度保留となったが6師団長の命令で迫撃砲小隊が移動を開始。射撃陣地の構築へ向かった。44連及び20連重迫中隊と22即機火支の計3個中隊は協議が終わるまで待機となる。可能なら今日中に動かしたいがまだ分からない。
各中隊の迫撃砲小隊は予定通り西側監視ラインとなる広域農道に等間隔で展開。ここから伊達市中心部までは直線距離にして約3.5キロ。十分にL16の有効射程範囲だ。高台が無いのでFOの拠点は設けられないがこれについてはヘリに乗せてとの事で落ち着く。6飛行か9飛行かはまだ決まっていなかった。
岩手山中演習場
「目標、移動中の生物集団、弾種対榴、小隊集中」
4両の74式戦車が少し高台になっている射撃位置から油圧式姿勢制御によって車体を前方に傾け、移動するムカデを模した疑似標的に照準を合わせ続ける。
疑似目標は10個ほどの段ボール箱に穴を開けてロープを通し、大きく作った結び目で穴から抜けないように固定。業務隊管理科から電源のケーブルドラムを拝借して一度解体したそれにロープを巻き取らせるよう手を加えた物で移動を再現していた。ここでもまた、独自に編み出された方法の訓練が始まっている。
因みにこれは44連隊から齎された情報を基にどうやってそれらしい疑似目標を作るかを大隊幹部が話し合った結果でもあった。
「各車、射っ」
距離は1キロ先。直撃しなくても破片効果による損害を狙う。そもそも小さな相手だ。無理に当てる必要はない。
計4門の105mm砲がほぼ同じタイミングで濁った煙と赤い閃光を放った。砲身が前後する事によって74式の車体が揺れ、衝撃波で土煙が舞う。車内に空薬莢が弾き出されると同時に装填手が次の対戦車榴弾を押し込んだ。依然として熱を帯びた空薬莢は装填手によって蹴り倒され下のスペースに転がっていく。
空薬莢は100℃近くになるため安易に触るのは危険だ。出発前に衛生の世話にはなれない。
4発の対戦車榴弾は疑似目標周辺を取り囲むように着弾した。相手がどんな動きをするか予想は出来ないため、こちらの攻撃を避けようと奥へ逃げた場合を想定。このため直撃ではなく逃げ場を無くすような攻撃の仕方が効果的であると考えられた。
「第2射用意」
「了解」
小隊は再び斉射を行う。続けて3射目と4射目。計5回まで実施された。射撃台の下にある小石や砂が少なくなって遥か前方に飛び散っている。
「これを以て1小隊は状況終了、2小隊に代われ」
「了解」
段ボールで出来た疑似目標は既に殆ど破壊されていた。第1小隊は排気管から黒煙を噴き出してバックし、スタート位置まで戻る。車内は空薬莢の熱でゆっくりと室温が上がっていった。
この間に本管の隊員たちが新たな疑似目標を設置。第2小隊は1小隊よりも前に出て一列に並ぶ。次は行進間射撃だ。新興住宅地へ続く地形を考えると砲塔を90度旋回させた状態での射撃はやらない可能性が高い。であれば何度も訓練で行って来た前進しながらの射撃は出番が多そうだと言うのが9戦大本部の考えだった。
1個中隊を運ぶトランスポーターが揃うまでの時間を利用した慣熟訓練。先に現場へ着いたMCVは既に活動しているらしいが、フィールドが市街地から田園地帯に変われば状況が変わって来る。
田んぼは基本的に道路よりも一段低く作られている。境目には農業用水路がある場合が多く、出入口は限られるのだ。そこに脱輪でもしようものなら抜け出すのは難しい。もしかなりの高低差があれば横転する事も考えられる。上の判断次第だがMCVがそんな状況になれば物笑いの種だ。しかしこちらは用途廃止が決まっている身分。どうなろうと構わないしそれで壊れても寿命で話を済ませられる。新しい兵器には出来ない違う意味での強みがそこにあった。
「空薬莢を出しとけ。怪我すんなよ」
「了解」
「車長はどちらへ」
「本部に行って来る。もう少し現地の状況が変わってるかも知れん」
松田は車長席から砲塔上部に体を出した。それと同時に排出作業が始まるのを尻目に天幕の訓練本部へ向かった。出入口で小銃を構える本管の警衛に挨拶しながら中に入る。
「2中1小、松田入ります」
「ご苦労。トランスポーターは3時間以内に到着する。それから移動となれば更に4時間程度か。部隊の士気は」
「高い状態にあると思われます。東日本では唯一の機甲部隊ですから」
「機教練を忘れているんじゃないか」
「連中はあくまでも教導隊です。対して我々は機動運用です。仮にロシアの侵攻となってもここで迎え撃つ訳ではありませんよね」
「それはそうだ。何かしらの手段で北海道に部隊を移動させた上での行動になる。まぁこの辺の地形がある意味で戦車戦に適しているのは確かだがな」
「本州に敵を入れてしまっては実質的に負けかと」
「今議論するべき事じゃない」
「失礼しました。少々、気が立っている模様です」
売り言葉に買い言葉か。松田としてはここに長いものの大隊幹部と折り合いが良いとは思っていなかった。自分が県外の出身だからか、それとも年齢の割に昇進が遅くて舐められているのかどうか定かではないが、郷土部隊の中に居る異分子との自覚が着任時からあった。
考えすぎと言われればそれまでだが、最後の最後で回って来たこのチャンスを生かさない手はない。自身の体のように動かせる74式と部下。これを以て最大限の働きをすればいい。
「まだ時間はあるが西署のパトカーが先導役で来ている。挨拶をしておけ。それに消防団と商工会連合からも見送りが来た。そっちにもだ」
「承知しました。因みに現地の状況に変化は」
「特にない。青森の部隊は移動を始めたばかりだ。6師団長が現地入りしたらしいが本格的な動きはまだしてない。何れにしろ我々抜きでも市内奪還作戦は行われるだろうが、その後はこちらの領分にしたいのが本音だ」
「分かっています。可能な限りやります」
この辺で打ち切って言われた通り挨拶に向かった。正門で警務と談笑する警官と挨拶を済ませ、法被を着こんだ消防団やスーツ姿のご老人たちと握手を交わす。最低限の礼儀は尽くしたつもりだ。