爬行 1
機動戦闘車隊の到着から更に1時間後、次は多賀城駐屯地の22即機連本隊がやって来た。同時に6後支本部と各直接支援部隊も到着する。
整備の拠点に関しては福島駐屯地に決まりかけたが11設群長より「宿舎に全員入りきらないし整備工場の規模も追い付かない」と言われ、一旦宙づり状態になってしまった。
そもそも福島駐屯地には元から6後支と東北後支の部隊が存在するため全ての整備を受け入れてしまうと完全なオーバーワークになる上、他の直支が加わって人数が多くなった所で今度はその人員用の衣食住が必要だ。
福島駐屯地で最優先に迎え入れるべきは方面ヘリ部隊の気象及び整備部門の人間たちであると言う群長と、現状を考えれば駐屯地しか場所がないとする斎木連隊長の微妙に空気が悪くなるやり取りを聞いていた渋谷副連隊長は私用の携帯端末で副群長に連絡を取る。地図上で目ぼしい施設がある事を伝えるとそれは副群長も同じ考えだった。両者の進言によってやはり福島駐屯地北西の"福島県あづま総合運動公園"へ段列地域を設定する事で意見が一致。
要請は相馬県知事へと流れ、知事自ら総合運動公園を管理する公益財団法人の理事長に連絡を取る。非常事態である事と県民保護へ直接的に繋がる行為だと説明したが理事長は「指定避難所ではあるがそういう事をするための施設ではない」と相馬の話を突っぱねた。かなり激しめの会話が行われたらしいがここでは割愛する。
結果的には原状復帰の厳守と諸々の条件を加味して使用が許された。駐屯地のヘリポート移設も視野に計画の立案が動き出す。
裏で事務的な作業が進む一方、西側の監視ラインではRCVによる偵察が行われていた。
「……居ませんね」
搭載している微光暗視装置を使って砲塔を少しずつ左右に振りながら状況を窺うも、生物の姿を確認出来ない。最初はおっかなびっくりだった砲手は幾ら進んでも見えて来ない敵の姿に思わずそう零した。
「距離があり過ぎるな。おまけに具体的な位置が分からんぞこれ」
コピーされた物を見ていた車長すら何も憚る事なく不満を漏らす。44連隊が作成した敵勢力の配置図はかなり正確性に欠けていたのだ。
装甲を伴った機動力に乏しいため被害が出るのを必要以上に恐れた結果でもある。しかし44連隊は既に1名の殉職者を出していた。そう考えると近付きたくないのも無理はない話だが、後から来た人間としては詳細な情報が欲しいのもまた事実だ。
「どうします、もう400m近くは前に出てますよ。周囲は田園ですから下手に走るとタイヤが空転して逃げられなくなるかも知れません」
「農業用水に脱輪したら終わりだと思って下さい。コイツ、重いですから」
砲手は慎重な性格故に周辺の地形が気になるようだ。続いて何所か諦めつつ自身がハンドルを持つ車両を嘲笑する運転手の発言が恐怖心を煽る。
RCVの現在地は県道399号線と南北に延びる広域農道が接する交差点から南へ250mほど下った所にある細い農道だ。一応は舗装されているものの車幅がないのですれ違いは出来ない。ここは最終的に399号と合流するがそこまでは行かない予定だ。
遮蔽物が少ないので人間相手の戦いであれば悪目立ちしかしない光景だが今は関係なかった。大体400m地点から更に10mばかり進んだその時、砲手が光の増幅された世界に何かを捉える。
「右前方、距離250に敵兵」
現在の地点から斜め右へ続く砂利道を挟むように作られている果樹の先。そこで蠢くものが存在した。
「敵兵はいい。ヒトじゃない」
「了解、敵生物視認。数は目視で……少なくとも2」
「この場で停車。急げ」
6輪のコンバットタイヤが静かに停まる。25mm機関砲が僅かに砲身を上下させ、照準を定めるような動きを見せた。
頭の何所かで任務を勘違いしているように思った車長は砲手へ宥めるように声を掛けた。
「トリガーから手を放していい」
「え……」
「見張って情報を集めるのが任務だ。距離が縮まったら逃げる。撃つのは最後の最後だぞ」
「了解。このまま敵情を観察します」
「間接照準なんてされる心配もないから落ち着いてゆっくりやれ」
気持ち的には楽な部分がある。車長はそう思っていた。向こうから小銃や機関砲の弾丸が飛んで来る訳ではないしレーザー誘導も有線誘導ミサイルも気にしなくていい。敵のCASだってない。遠距離から砲弾も落ちて来ない。
しかし取り囲まれたらどうなるか。それだけが気がかりだった。
福島県警機動隊はこれに寄って集られ1個小隊が全滅したと聞く。どれだけの無念だっただろうか。想像しても簡単に思い浮かぶものではない。
また別の地域では22即機連本管偵察小隊も加わりドローンを使用した偵察を実施。ただ夜間な事もあり目標が動かないと地面と同化しているように見えてしまい、安全な高度からではそこまでの情報が得られなかった。こちらの効果を上げるには朝を待つしかないようだ。
更にMCV1個小隊が桑折町から阿武隈川に沿って北上し伊達市と繋がるもう1つの橋こと昭和大橋を渡って市内へ前進。44連隊が桃陵中学校及び資材センターに部隊を送った時のルートを一部は迂回しながら通り、市内北方での敵集団現在地を探る行動に出ていた。市内北東へ伸びていく県道349号線と接する三差路を左折しそのまま349号に沿って走る。まだ生物の姿は見えない。
22即機‐戦1-3
第3小隊は時速20キロにまで減速。1号車2号車は右、3号車4号車は左を警戒する。この段階でもし左方向に居られると面倒だ。阿武隈川の向こうにまで監視ラインを引き下げないといけなくなる。
住宅地を抜けて開けた視界の良い場所に差し掛かった瞬間、1号車砲手が生物を発見した。
「距離600、敵生物多数」
「4号車、後方警戒せよ。3号車は左方向のままでいい」
「こちら4号車、後方を警戒します」
あるか分からないが小隊長は4号車に後方からの襲撃へ備えさせた。組織的な動きはしないらしいが同じ餌に集まる傾向は見られたとの情報がある。
それに溶解液の件も油断は出来ない。装甲を完全にとまではいかなくても修理が必要なレベルには損害を与える可能性が高かった。もしタイヤにでも浴びて運が悪ければ走れなくなるかも知れない。その時にどうやって抜け出すか。場合によっては誰かを見捨てるのか。考えたくない事だ。
「停車。1号車及び2号車砲手は現在地から見える範囲で情報収集。各車装填手は周辺警戒。上に立って見張れ」
計4人の装填手は砲塔上部のハッチを開けて外に出た。折曲型の89式小銃を手に取り暗視ゴーグルを装着。砲塔の上に立って周辺を警戒する。
吹いて来る夜風が心地いいも、今はそう思えるだけの余裕はない。
10分間に及ぶ監視が終了。生物の動きは鈍かった。本来のムカデは夜行性と言われるがコイツらはそうでもないようだ。どういう理由かは分からないが止まったままで殆ど動かない。
と思いきや元気なのも居た。一時的に距離が300m付近まで近付くも第3小隊を認識している様子はなく、触覚を動かして周辺を探っているような素振りを見せている。
これ以降に大きな動きが確認出来ないので第3小隊は道なりに進み出した。六万坊と呼ばれるバス停で二手に分かれる道があるが、そこを分岐する方に進んで349号から離れる。大き目の交差点を右折すればJA資材センターに通ずる道だ。一先ず資材センターまで行って見ようと交差点を曲がった時、300mぐらい先で道路を横断する生物を砲手が視認した。
「居ました、前方約300」
「停車」
どうやら市内北方はこの辺まで進出しているらしい。早めに避難民を動かしたのは間違いではなかったのだ。今になって収容場所が決まり、それを動かすなんて事になっていたらそれなりの規模がある部隊を送り込む必要性が生じていただろう。
これらの情報は伊達体育館の本部に集約。現状の勢力図が更新されていった。
市内奪還作戦に向けてどの方向へ部隊を配置するか。規模はどの程度か。何を重視するか。大まかな構想が動き出す。
そして夜陰に紛れ44連隊及び22即機連の対戦車小隊が進出。44連隊は399号線沿いにある材木加工会社の敷地を射撃陣地とし、即機連はそこから至近の伊達東グラウンドが自陣とされた。可能な限り誤射を避けるため照準は地上布置照準器を使用。随行する観測員は相応に危険な場所へ赴く事になるがこれならば確実に集団を狙い撃つ事が出来る。
日付が変わる少し前、霞目に居る気象及び整備を担う部隊が福島駐屯地に到着。これで方面ヘリ部隊の本格的な運用が可能になった。
次は深夜2時、神町の第20普通科連隊が現地入りする。6飛行は運悪くオーバーホールの真っ最中で夜明けと同時に離陸出来ると事前に情報が入っていた。続いて20連隊からは車検の時期が重なり充足率が低いとの説明が挟まれる。ここに来たのは先発隊になるそうだ。
現状を取り仕切る件は渋谷の予想通り第6師団長に決定。統合任務部隊の陣容が整うまでを担当する事になる。実戦部隊は6師が一番多いので当然の帰結とも言えた。9師主力は青森の部隊が多いため到着にはまだまだ時間が必要である。ただし9飛行は宮城上空を飛行中であり到着が間もなくの予定だ。着陸場所は伊達署関係が多く避難している桑折町の多目的運動施設を選定。
貴重な航空戦力の2対戦は燃料と弾薬の搬入が先になるため今暫くは充てに出来ない。ここまでの規模になると総合運動公園が使えなければ運用が困難になって来る。
航空管制についても全てを統括しないと空中衝突事故の可能性が高くなるだろう。
作戦の第一段階は予想通り市内中心部の奪還が主目標になった。それに伴い、現地で行動する部隊の全般的な支援を行う場所に関しての打ち合わせが組まれた。
伊達体育館 第44普通科連隊本部
各部隊の全兵力が集まっている訳ではないが、44連隊は3個中隊、22即機連が2個中隊、20連隊で都合1個中隊半が普通科の正面戦力だ。迫撃砲に関しては諸事情があり、44連隊の中隊は福島駐屯地で待機中になる。即機火力支援中隊と20連重迫中隊に続いて各中隊の迫撃砲小隊もヨークベニマル駐車場で移動準備だけを整え待機していた。
20連隊の到着によって中多が増えたもののこれは交代要員として同じく待機。ローテーションの体制が作られていく。
3個本管中隊の通信小隊が共同で立ち上げた通信システムも動き出し、山形県神町第6師団司令部と仙台駐屯地東北方面総監部のテレビ会議が可能になった。4人の連隊長、師団長、方面総監が画面越しで会する最初の会議が始まる。
進行は現地の状況に詳しい者として渋谷が選ばれた。神町の20連隊は一歩引いた形になる。渋谷はこの計らいが有難いのか有難くないのかは何とも言えなかった。
「これより1回目の会議を行います。方面総監からひと言あれば」
松浦方面総監は上着を脱いでネクタイも外し、Yシャツ姿になっていた。テーブルの上は俄かに汚い。
「まず進捗として、部隊集結状況を考えると指揮系統が出来上がるのは明後日になる可能性が高い。9師地上部隊はバラバラに出発するのではなく、足並みを揃えて一斉に出させて欲しいとの申し出があったのでこれを受け入れた。現地の指揮系統混乱を避けたいそうだ」
6師隷下としては嬉しい事だった。神町の方はとにかく準備が出来た所から出発したため、到着していない部隊がある。施設や通信が移動途中だ。おまけに後発隊はまだ駐屯地を出てすらいない。
だが6師団長は内心穏やかではない。部隊は遠く福島の地に居る。派遣部隊が全て出ると同時に自身も神町から伊達市に移動する予定だがその最中でもしも急な指揮を求められたら、対応する事が出来るのか自信がなかったのだ。
「総監。弱音を吐くつもりはありませんが、こちらを出た直後に戦闘指揮をするような状況になった場合はどのように命令を下せば」
「その際はこちらで一時的に受け持つ。現地に到着後、指揮系統を再確認次第に連絡して欲しい」
「承知しました」
「他に何か」
挙手をする者は居なかった。では1つ目の議題。最優先で決めなければならない事を話し合う。
「あづま総合運動公園に設ける段列地域についてですが、初期段階は6後支主力で展開予定となります。これに東北方面ヘリ及び東北後支、更には9後支が合流。方面隊レベルでの運用が最終的な目標です。以上の規模を踏まえて公園主要施設への割り振りが必要になります」
簡潔に書かれた資料へ各連隊長、幕僚、師団長、方面総監の視線が落とされる。総合運動公園には多目的運動広場、室内プール、テニスコート、陸上競技及びサッカーが出来るスタジアム、県営球場、第2多目的運動広場、スポーツイベント広場、軟式野球場が備わっていた。
使うか分からないがこの他にピクニック広場、自転車スポーツ用の広場もある。駐車場の収容台数は全て合わせて約2600台が入る非常に広大な面積を誇る公園だ。
何所をどの職種の整備拠点にするか。物資集積場所。野戦病院。ヘリポート。本部や諸々の割り振りを決めなければならない。ある意味で最も時間の掛かる作業が始まった。これが終わらないと市内奪還作戦はどうにか行えてもその後に控えている新興住宅地方面への進出は難しい。避けて通れない道である。
「ではここから、6後支連隊長に代わります」
渋谷が席に戻ると同時に立ち上がったのが第6後方支援連隊長だ。本来ならば第9後方支援連隊も到着してからこの打ち合わせを行いたいと思っていたが、日数を考えると問題を先送りにするだけなので今やるしかない議題だった。