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日没

意外な形で海上保安庁が参戦する事になりました

 陽がゆっくりと傾いて来る。陸自ヘリ部隊の対地射撃によって福島県警伊達署は難を逃れる事に成功した。

 だが周辺に散乱する死骸の処理が問題だ。放っておけば腐敗が始まる。

 頃合いを見て土でも掛けるなりしないと未知の感染症を引き起こす可能性も考えられた。今外に出るのはまだ危険な上、日没後にするような事でもない。諸々を天秤に掛ければやるのは明日かそれ以降になるだろう。

 尤も、一時的に脅威度が低下する事で死が遠のいただけかも知れないのだ。まだ油断は出来ない。


 その伊達署を上から見て北東約1.5キロ地点に存在するJAの精米工場では、銃器対策部隊の第2第4分隊が息を潜めていた。敷地内に鎮座する小型警備車の中は未だ強い緊張感に包まれている。装甲に覆われているとは言え簡単には安らげない。隊員たちは右手こそフリーにしているが、左手はMP5のハンドガードから放そうとしなかった。時折強く握りしめる事で微かに音が鳴る。

 もし車両が横転でもしたらどうなる? 何所かを破られ中に押し込まれたら? 装備ごと肉を食い千切られ幾ばくの抵抗も空しく餌になる人生の最期とは? 1機第1小隊はその時、何を思ったのか?

 そんな想像が無限に脳内を満たしていく。止めようと思っても止められない。

 しかし燃料のある限り移動し続けられるのは大きな強みだ。後続も先導も居ない。運転手にとってはプレッシャーだろうが、状況に合わせた行動が出来る時点で逃げ場の無い伊達署に居るより精神的に楽なのは間違いない。残った署員に言えるような事ではないが。

「こちら銃対、大志田。無事ですか」

 伊達署に関する無線の交信は聞いていたが途中で違う周波数帯のやり取りが挟まれたらしく、詳細を完全には把握していなかった。その直後に遠くから連続した銃声が隊員たちの耳に届く。明らかに自分たちではない他の存在による攻撃だった。銃声が収まって既に30分以上が経過している。

 第2第4分隊を預かっていた副部隊長の大志田が伊達署との交信を試みた。

「本部の竹内だ。いいタイミングで陸自の支援を受けられた。周辺に居た生物はある程度まで掃討されたのを確認している。残りは方々へ散ったようだが戻らなくていい。こっちはどうなっても構わんがそっちは貴重な県警の正面戦力だ。喪う訳にはいかない」

 竹内の声色からは落ち着きを感じる。さっきの銃声は陸自によるものだとも判明した。どうやら少し前から微かに聞こえていたローター音は陸自のヘリだったようだ。

「しかし今後の行動はどうすれば」

「目と鼻の先にJA資材センターがある。伊達署関係者が避難している筈だ。県警本部経由で陸自の部隊が警護のため到着していると報告があったが、顔を出してもぬけの殻だったらまた連絡してくれ。別の場所へ移送する段取りを整えてくれたらしいからもう居ない可能性がある。移動がまだの場合は陸自の人間と協議して避難民の先導なりをして欲しい。向こうは部隊を張り付かせず手元に戻す事が出来るし、こっちも体育館へ移動して第1第3分隊と合流させられる」

「了解。一旦そこへ向かいます」

 伊達署周辺に生物が姿を現し始めた土壇場のタイミングで平山副署長が銃対の移動を提案。仮に署内への侵入を許した場合、銃対に損害が出て県警の戦力が今以上に落ち込むのを回避するためである。

 署員や警備隊へ説明する暇もロクに無かったが、ここで擦り減らしていい存在でない事は誰もが理解していたし、あえて何も言わずに送り出したのだった。

 伊達署は陥落しても彼らが無事ならばいずれ行われるであろう市内奪還作戦でもう一撃を加えるぐらいは出来る。そんな思いから生まれた行動だった。狙撃班も意を汲み取ってよく従ってくれたものだ。本来であれば小型警備車に押し込んでしまいたかったが、既に屋上で準備を終えた後だったので動かす時間が無かった。


 精米工場から銃対が移動を始めた頃。伊達署の屋上では2人の刑事が黄昏れていた。鈴森と滝口だ。

「生き延びましたね」

「取りあえずはな」

 鈴森がベストのポケットから取り出したのは、半ば潰れたソフトタイプのセブンスター。中に残っているのは10本もない。元々は滝口の私物だったが道路に撒いたガソリンに火を点けるために借りて以後、今に至るまで持ったままだった。

「警部、金出すんでこれ貰っていいですか」

「せめて持ち主に3~4本は返すべきじゃないのか」

「どうぞ」

 屋上で生物の死骸を眺めながら吸う1本。気持ちよくはないがひと段落だ。

 目の前に広がる光景さえなければ綺麗な夕日しか目に入らない筈だが、こればかりはどうにも出来ない。

 視界の隅で何か蠢いたのを感じた鈴森が視線をそっちに送る。民家の影で黒くて細長いのがウロウロしていた。撃ち漏らした生き残りである。

「まだ居やがる」

「連中を殲滅出来た訳じゃない。だが全体では少し減った筈だ」

「我々はここでこのまま救助を待って、後方に下がれると思います?」

「さぁな。市内奪還後の要救助者捜索に駆り出されるか、それとも陸自さんの前進に乗じて打って出ろと言われるか」

「そいつはフラグですね。もう何も言わない方がいいですよ」

「ふら、何?」

「戻りましょう。警戒配置のシフトがそろそろ出されてる筈です」

「おい鈴森」

 中途半端に吸ったセブンスターは靴で揉み消し、後ろから聞こえる滝口の声など構わずに署内へ戻った。

 正面側にある窓ガラスは陸自ヘリの射撃によって飛び散ったアスファルトの破片でひび割れた物が多い。外壁もよく見れば無数に傷付いているし、何発か跳弾した50口径もめり込んでいた。加えて空薬莢を排出した事で溶けた床のワックス。バリケードにするため移動した署内の重量物を引き摺った跡。移動がスムーズに出来るよう無理やり取り外した何枚ものドア等で、中に居る人間は無事だが伊達署はボロボロだった。どうせ大掃除はするだろうし下手すれば改装工事もあり得る。煙草1本揉み消した所で誰も気にしない。

 本部のある会議室に足を踏み入れると、平山を始めとする各分隊長が既に揃っていた。他には残っている課長や係長などの役職を持つ者たちだ。一応は主任クラスまでがここに居る。

「遅れました」

「滝口警部はどうした」

「間もなくです」

 平山の問いかけに鈴森が答えるとほぼ同時に滝口も小走りで現れた。空いている席に2人が腰掛けると警戒配置の説明が開始される。それから数分後に鳴った無線の呼び出し音が進行を中断させた。

 受令機を手に取ったのは竹内隊長だ。会話の内容から察するに銃対が今後の指示を求めているらしい。

「JA資材センターは既に移動した後のようです。どうしますか」

「ちょっと待って下さい。同行している指導員に状況を聞いてみます」

 平山が自身の携帯端末で交通捜査課指導員の強口へ電話を掛ける。資材センターに居た避難民は陸自部隊警護の下で桑折町を目指し移動中だそうだ。

 受け入れ先の施設には44連隊から連絡して貰い、避難生活をする体制作りが進んでいるとも言われる。

 となれば第2第4分隊は伊達中に移動させる事が出来る。戦力的にも安定した状態になれる上、纏まった部隊行動が可能だ。竹内は即座に移動と合流を指示し別命あるまで待機を言い渡した。県警としては陸自の進出によって市内に散らばっていた警備部隊を一か所に集約するチャンスでもある。


 夕日が強まる中、陸自ヘリが偵察飛行を続ける伊達市上空に、新たなヘリが接近しつつあった。木更津基地から飛び立った消火バケット装備のCHー47だ。

 2機のCH-47は木更津を離陸後、福島空港へ着陸し機内に積んでいた消火バケットの装着を終え、北北東に針路を採った。目的地は福島市の東方。福島県相馬郡飯舘村に存在する"はやま湖"だ。ここの水を消火に使う。

 そこからもう少し北に行くと伊達市からは距離的にほど近いが宮城県側になる宇田川湖があった。しかしその宇田川湖の西側にはメガソーラーの発電所があり、山林を切り開いた部分に約7万枚のソーラーパネルが敷き詰められている。陸幕が取水する場所をはやま湖に選んだのは反射光等で万一にでもパイロットの操縦に支障が起きないよう考慮した結果だった。

 無事にはやま湖の水をバケットに収めた2機は十分に安全な高度まで上昇して機首を西へ向け、混乱の渦中にある伊達市上空に到達。両機のパイロットは遠目に幾つかの黒煙を視認。同時に指揮系統を頭の中で再確認していた。

 現地の状況を把握しているのは福島県知事と県警本部長、それに伊達体育館で本部を立ち上げた44連隊だ。行動が消火に一先ず限定されたこの2機は市内で発生中の火災について行政として取り仕切っている県知事の要請を受けた行動となる。あくまで消火する地点の指示は県知事の命令に従うが、全体的な運用においては陸幕の指揮下にあった。

 地上で進行中している事態が色々と複雑化を招く原因の1つだ。言い換えれば戦場の真っ只中で行う空中消火そのものだ。何かが矛盾しているようにも思えて来る。

 警戒中の東北方面ヘリコプター隊と連絡を取り、相互の位置関係に注意しつつ2機は火災が起きている民家と飲食店に向かった。空中消火は基本的に間接消火で延焼を食い止めるのが目的だ。ピンポイントで水を散布するにはホバリング状態になる必要がある。しかし気流が安定していても完全な空中静止は難しい。今回は周辺への飛び火を抑えるのも視野に、少し手前から散布を開始してそのまま直上を通り過ぎるやり方でいく。これなら他の民家も水を被るので仮に火の粉が付いてもすぐに消えるだろう。

 出火しているのは合計で10棟。取水を行うはやま湖周辺の地形を考えると夜間の消火活動はリスクが大きい。薄暮になる頃合いが活動限界だ。

 この空中消火活動における拠点は諸般の都合を踏まえ仙台空港を使用する方針になっている。伊達市から福島・仙台両空港共に距離は殆ど大差ないが、仙台空港には第二管区海上保安本部の航空基地が存在するため、緊急時の対応等が必要な場合に慣れている人間が多い方が陸自としても有難かった。

 加え、何らかの事情ではやま湖から取水出来なくなった事態を予想し、海水を空中消火に使う場合の利便性も確保してあった。仙台空港の目と鼻の先は海だ。塩害対策についても海保の協力が得られる。


19時

 薄暮も既に通り越し完全な日没を迎えた伊達市。空中消火活動は計4回の散水で中断。CHは仙台空港へと引き上げた。

 方面ヘリについては霊山町周辺のみ夜間偵察を実施し、敵集団の行動を掌握し続ける事で決定。仮設ヘリポートになった福島駐屯地のグラウンドを照明が常に照らす中でUHが定期的に離着陸を繰り返している。

 桑折町の多目的施設や中学校に到着した伊達署関係者及び民間人、多くの中学生や児童を含んだ避難民はようやく腰を落ち着けて休息に入った。

 気を張っていた強口以下の指導員たちは電池が切れたのを体現するかのように眠りこける。

 状況が一旦落ち着き始めたそこに、国道4号線を南下して近付く集団が存在した。伊達政宗を模したエンブレムの描き込まれた砲塔。8輪駆動が生み出す高速性に機動力。4号線で交通規制に当たっていた福島北署桑折庁舎交通係の警官数名が急に現れたその車両にギョッとするも、連中を蹴散らせる能力を備えた車両が到着した事を悟った。


伊達体育館・第44普通科連隊本部

 隣にあるヨークベニマル駐車場にMCVとWAPCが続々と出現。宮城県黒川群の大和駐屯地から出発した22即機連機動戦闘車隊本部付隊及び第1中隊の到着だ。更にRCVも居る。こちらは第6偵察隊だ。

「報告。22即機連の機動戦闘車隊が到着しました」

 渋谷副連隊長が齎した報告で斎木連隊長は顔を持ち上げた。この場において最も望んでいたものがもう1つ到着したらしい。

「出迎えに行こう」

「承知しました。因みに指揮系統については」

「それもこれから決めないといかん。方面総監部が完全に指揮系統を作るのはまだ時間が掛かる筈だ。まず現場からケツを叩いて指示を仰ぐが、どんな返事が返って来るかは予想出来ないな」

「規模的には我々が大きいので戦闘団方式が良さそうにも思えますね」

「俺もそう思うが向こうは別部隊の隷下にある。違う連隊の人間が指揮を執って問題になるならそれこそ問題だ。機動師団ならそれぐらいの柔軟性はあって然るべきじゃないか」

 半分は愚痴のようだ。しかし言いたい事も分かる。この先、恐らく統合任務部隊の指揮系統が出来上がる前に各地から派遣部隊が押し寄せて来るだろう。それらをどう纏めるのか。諸職種が同じ場所に居るのに行動の裁可をそれぞれの指揮官に仰ぐのは滑稽の極みだ。

「一先ずは師団長が取り仕切る方が軋轢を生まなそうですけども」

「9師の部隊が来ない間ならそれもいいが来れば面倒だな」

「トランスポーターがまだ全部揃わないらしいので戦車の到着はもう2~3日先の見通しです」

「ちょうどいい、9師に情報を渡してやってくれ。折角の時間だ。ある程度は対策を考える暇がある」

「後程送ります」

 外に出た斎木と渋谷は機動戦闘車隊の隊長と第6偵察隊長を迎えた。まず今の状況について説明し、取りあえずこちらからの要請と言う形で監視網への参加を申し出る。これは第6偵察隊が担当する形になった。

 本来の役割を果たす車両が加わり44連隊は監視網構築に抽出した戦力を一部手元へ戻せた。翌日からの行動に備え休息を取らせる事が出来る。

追記

誤字報告ありがとうございました


またちょっと修正しました。ご了承願います。

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