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対地射撃

 伊達体育館の44連隊本部は出口の見えない問題を解決するべく、目の前にある地図と睨み合っていた。最初の問題はJA資材センター及び桃陵中学校に居る避難民の移送先である。加えて霊山町の住民が避難しているゴルフクラブの事も考えなければならない。

 既に伊達市北方では最適な施設が存在せず、阿武隈川を渡った先の桑折町まで移動させるしかないようだ。向こうなら室内温水プールと体育館を備えたスポーツ施設がある。その至近にも指定一般避難所になっている桑折町立醸芳中学校があった。移動は徒歩になるが日没前には着ける。護衛の小隊はそのまま先導となり、到着までを見届けたら南下させて本部に戻せばいい。

 問題は霊山町の住民を抱えるゴルフクラブだ。3つ目の敵集団が南下を続ければいずれは接触してしまう。県庁からの情報によればそこの西側にある小学校は消防団の対応で避難済み。福島市へ抜ける道路を使って移動中だそうだ。

 更にゴルフクラブ南側の特養ホームも同じく福島市を目指して移動中。福島市長がその受け入れを行うため既に動いているとの情報も受け取っている。

 残された住民たちの件は各所と協議の結果、福島交通の高速バスでピストン輸送させる事が決定。少々時間は掛かるがやむを得ない。警察も陸自も車両に余裕はないのだ。バスと現地住民の護衛は桑折分庁舎で待機している宮城県警の部隊が担当。最優先で東北縦貫道から霊山ICまでの移動が始まった。

 第4中隊による監視網も既に動き出しており、広域農道に1個班が等間隔で展開。接触は基本的に回避だ。集団を発見した場合は監視に留め距離が縮まったら退避に専念させる。

 県庁を交えた諸々のやり取りが終わって時刻が15時45分を回った時、本管通信小隊長がまたもやその場に割って入った。

「東北方面ヘリ本部付と第1第2飛行隊が上空を通過します。武装は50口径が1丁ずつ。弾薬も可能な限り積んでいる模様」

「機数は」

「計10機。本部付はOHが2機、1飛行及び2飛行がUHで計8機だそうです。事前の打ち合わせ通り我々の駐屯地を目指しています。向こうの受け入れ態勢も完了しました」

 連隊幕僚の視線がまた地図に集まる。3か所の避難民移送先が決定した事で次のタスクに持ち上がって来るのが伊達市役所と伊達署。そして霊山町方向の情報収集だ。

 特に油断ならないのが霊山町方向。周囲を全て山に囲まれているお陰で、もしそこへ敵集団に入り込まれたら視認性は圧倒的に下がる。そのまま方々に散ってしまうと事態収束へのハードルがとてつもなく跳ね上がるのは間違いない。


 伊達体育館の本部が新たな思考を始めた頃、伊達市上空を飛ぶヘリ部隊は眼下の状況を撮影しつつ福島市を抜け、福島駐屯地に近付いていた。肉眼でも一応はヘリポートらしき物が見えた所で交信を行う。

「こちら東北方面ヘリコプター隊所属の本部付及び第1第2飛行隊。本部付のコールサインはガン1、ガン2。飛行隊はミヤギノハギ1から8になります。着陸許可願います」

 OHの先導に続くUHの2編隊。これに八戸の2対戦と第6、第9飛行隊が加われば東北方面隊としては最大の航空戦力になるがそれはもう少し先の事だ。

 福島駐屯地司令部に陣取る第11施設群本部管理中隊の元に接近中のヘリ部隊からの連絡が入る。通信小隊長からのそれを群長が受け取った。

「駐屯地の指揮を預かっている第11施設群長だ。到着を歓迎する。派遣空域が駐屯地に対して北東になる可能性が高いため南方向から進入されたい。離陸時に無駄な方向転換がなくなる」

「了解。西回りに移動後、南方向から着陸します」

 計10機のヘリは駐屯地の西側へ回り込み、北へ機首を向けながらアプローチを開始した。何とか全機が下りられるサイズのヘリポートに1機ずつ着陸していく。出迎えに来た群長とUHに便乗していた東北方面ヘリコプター隊本部の副隊長が急ぎの会合を開き最優先の問題となっている2か所について話し合いが進んだ。

 司令部にヘリ部隊の指揮所が併設され具体的な行動計画の立案が始まる。2個飛行隊も居れば件の2か所にそれぞれ向かわせれば問題ない。

「飛行1、飛行1は44連隊が一時的に設定した東側ラインまで進出。霊山町の哨戒及び必要であれば対地射撃を実施。飛行2は伊達市中心部と役所、及び伊達署周辺の偵察。こちも同様に必要なら対地射撃を許可する」

「各員は30分休憩。その後に機体と機材点検を行え。1時間以内に飛ぶぞ」

 飛行隊のために割り当てられた庁舎内のスペースでパイロット及びガンナーが横になったり壁に背を持たれて休んだ。日の入りまではまだ1時間以上ある。行って戻っても1時間以内のフライトで終わるだろう。

 副隊長が通告した通り30分の休憩が終わった。搭乗員たちは点検を終え、ドアガンとして装備しているM2重機関銃への装填も完了。1機につき1丁で計8丁の対地射撃が可能である。エンジンスタートによって甲高い音を立てながらローターが回り始め、離陸準備が整った。

「こちらガン1、ミヤギノハギ1から4に同行します」

「ガン2、ミヤギノハギ5から8に付きます」

「第1飛行、ミヤギノハギ1から4は霊山町方向の偵察を実施します」

「2飛行5から8、伊達市役所及び伊達署の偵察を担当」

「指揮所了解。機体に異常が見られる場合は直ちに現場空域より遠ざかられたい。万一に敵集団の中心に落ちたら救助は無いものと思え」

 脅すような言い分だが起きて欲しくない事の1番目だ。指揮所に居る副隊長の声も自然と重くなる。

 10機は無事に飛び立ち、上空で2編隊に別れて担当となる目的地に向かって進み出した。8機の内で2機はヘリサットを装備しているのでこれを使用した情報の共有が可能だった。映像は市ヶ谷の防衛省や首相官邸地下にある危機管理センター、仙台の東北方面総監部へリアルタイム伝送される。

 駐屯地を出発するヘリ部隊のやり取りを聞いていた44連隊本部。これで状況が幾分か楽になればいいが、気難しい表情を崩そうとしない斎木に副連隊長の渋谷が問い掛けた。

「仮に"ひよどり"だったらもっと直接的な打撃を与えられますかね」

「B型の方か。とっくの昔に退役したヘリの事を持ち上げても始まらん。今ある物でどうにかするしかない」

 過去に装備していたUH-1B"ひよどり"は70mmロケットポッドを装備する事が可能だった。あれば有効に活用出来たかも知れないが、住宅地に居座る生物集団を叩くには今の段階だと被害が大き過ぎる。周囲に何もない環境なら遠慮なく使えるだろうがそう都合良くいく話でもない。

 無線から入る監視網の定時報告を横目に霊山町上空に達した第1飛行隊の無線に集中。3つ目の集団は霊山総合支所の手前に迫るも、それ以上先には進んでいないらしい。北は霊山体育館周辺。西は国道349号線。東は115号線に沿って東進し霊山町山戸田と呼ばれる地区まで進出の模様。349号線は伊達市中心部から南下を続けると霊山町を突っ切るように作られているのでその部分だ。今はウエルシア薬局伊達掛田店の駐車場に屯しているとの情報が入る。

 航空偵察の結果、霊山町方向はまだ問題がない事が分かった。町の中を埋め尽くしているも移動の兆候は見受けられない。交代で監視は行うが現段階では脅威度が低いとの結論になった。


 そして逆に問題なのが伊達署だった。何をどうしたのか知らないが敷地に入って来る敵集団を署員が迎え撃っている光景がパイロットたちの目に飛び込む。かなり状況は劣勢のようだが建物自体にはまだ入られていないらしい。

 伊達署の正面にある窓から眼下の集団に向かって拳銃で応戦する署員の中に、当然だが鈴森は居た。

「シけた装弾数だな畜生!」

 エアウェイトのシリンダーを開放しつつ窓辺から下がる。床に落ちた空薬莢の熱でワックスが何か所も溶けていた。今は誰も空薬莢を拾うなんて考えに至らない。

「次行け!」

「了解」

 鈴森の後ろに居た武藤が窓辺に立つ。限られた銃弾の消費を抑えながら迎撃する作戦だ。装填している分を撃ち尽くしたら次の人間に交代する。ただしこれは攻撃する場所が伊達警備隊の陣容5個分隊と言う点に影響され、5か所からしか撃つ事が出来ないデメリットも存在した。

「まるで信長の三段撃ちだな」

 銃声が聞こえる中、同じ階で撃ち終わった滝口警部が再装填しながら廊下を歩く。信長どうこうの発言が気になった鈴森が要らない事を言い始めた。

「警部、それ嘘らしいですよ」

「何? 俺はガキの頃に授業で習ったんだぞ」

「自分もその口ですけど最近の見解じゃ江戸期に入ってからの作り話らしいです」

「ちょっと待て、武田騎馬隊も嘘だって言うんじゃないだろうな」

「騎馬隊も今はかなり疑問視されてる話みたいです」

「よし鈴森、暫く黙っててくれ」

「指揮系統が機能しなくなるのでお断りします。與曽井、外ばっかり見てると死にたくなるから順番が来るまでは天井でも見てろ」

「あ、はい」

 列に並んでいた與曽井は言われた通り天井を見始めた。まるで死に直面しているとは思えないやり取りだ。鈴森の図太さでこの場が持っているのは間違いない。

「ちょっと本部に顔出して来る。俺の番になったら誰か呼びに来い」

 階段を駆け上がって本部のある会議室に飛び込んだ。竹内と麻木が視界に捉えるも次の瞬間には狙撃班への指示出しに意識を戻す。どうせ用があるのは平山なのを知っての事だ。

「悪手だったんじゃないんですかこれ」

「名乗りを上げて引き連れて来た張本人の発言かそれが」

「ここまでになるなんて思ってませんでしたからね」

 伊達署がこうなったのは今から20分ばかり前の出来事が切欠だった。市役所から1階南北の窓に生物集団がへばり付き、今にもガラスを割って入って来ようとしているように見えると悲痛な声で緊急連絡が入る。しかしこちらも簡単に動ける状態ではない。平山は周辺の状況を考慮した結果、比較的に生物の数が少ない南方向から車を出して、市役所を一周し伊達署に注意を引き付ける作戦を思い付いて各分隊長と協議。鬱憤の溜まっていた鈴森が名乗りを上げた。

 幸い南側の駐車場に集中して停めてあった残り少ないPCが存在したのでこれを使う事になった。屋上の狙撃班を全て南西方向に集め一時的に激しい銃撃が行われる。これで数が減った所で2つある西門の1つを開け鈴森の運転するPCが飛び出した。

 高らかにサイレンを鳴らしながら疾走するPCは直ぐに伊達市保原プールとの交差点へ差し掛かる。引き千切られて血に塗れた水着らしき布切れ、道路に点々と広がる肉片や四肢の一部、血溜まりを意に介さず右折。次のT字路を左に曲がった先に広がる伊達署よりも多いように見えるムカデが視界に入った事によって鈴森は己の行動を後悔したがアクセルを一気に踏んで加速した。道路上の生物集団を轢き殺しながら作戦通り市役所を一周するとバックミラー、サイドミラーが共に後方から迫る波を映し出していた。どうやらタイヤが踏んだ肉片や血溜まりも誘引に一部影響したらしい。それらを見ないようにして伊達署まで戻り、バンパーが見るも無残に凹んで生物の体液で汚れたPCを停め無事に伊達署への帰還を果たせた。

 これで市役所方向の生物は殆ど居なくなるも今度は伊達署の敷地に続々と入り込まれる始末。バリケードのお陰で庁舎自体には取り付かれていないがそれも時間の問題である。

「映画化されたら主役は任せるぞ」

「一生働かなくていいギャラを貰えるなら考えます。それより残弾が半分切りました。何か手は」

「最後は屋上に集まって救助を待つのが関の山か。1階がどうなろうと2階への侵攻を防ぐのが最優先だ」

「狙撃1から報告。上空に陸自のヘリが見えるそうです」

 麻木の発言で平山と鈴森は窓に走った。2機のヘリが飛んでいるのが見える。それにどうやら機関銃のような物を装備しているようだ。

「県警本部に繋いでくれ。この危機を少し楽に出来るかも知れん」

 通信係は直ちに県警本部へ連絡。報告は県庁と警察庁へ届いて危機管理センターに居る向井田長官の耳にも入り、また伊達署へ戻った。各所を回った要請が最後に行き付いた先が上空に居るミヤギノハギ5と6のパイロットである。

 機転を利かせた鈴森は応戦中の分隊に陸自が撃ってくれるとまだ決まってもいない事を吹聴。現場の期待感が高まった。

 だが攻撃は中々始まらない。伊達署一同がイラ付き始めた時、県警本部からの無線が平山を呼び出した。周波数を災害共通波に合わせろとの指示である。言われた通り周波数を合わせた事でミヤギノハギ5のパイロットと交信が叶った。

「こちらは東北方面ヘリコプター隊です。上からの要請は聞きましたが事実ですか」

「伊達署副署長の平山です。何も遠慮せずにお願いします」

「本当に宜しいんですね?」

「市役所に入られそうなのをどうにかしてこちらに誘引した結果です。察庁及び県警本部と公安委員会の承諾は得ました」

「了解…………屋上の方たちは退避願います」

「10分だけ下さい、全員を撤収させます。隣の消防本部にも連絡します」

 消防本部の職員が施設西側の奥まった場所に移動したとの連絡を待ってから、屋上の狙撃班を含めた警備隊と署員は南側に集結。事前に攻撃要請は伊達署の正面と西側に集中して欲しいと伝えてあった。南側については取りあえず狙撃班が対処する。

 ミヤギノハギ5と6は一旦距離を取り、機体の右側に装備したドアガンが撃ちやすいような位置と高度に付いた。5は東から伊達署正面。6は北から西側を狙う。

「敷地内及び周辺の敵集団へ対地射撃を実施する。庁舎に当てるなよ」

「消防本部にはまだ職員が残っている。バーストで可能な限り狙いを付けてやれ。撃ち方用意」

 ガンナーは銃把を握り締めて眼下の生物に狙いを定め、引き金に親指を添えて次の命令に備えた。

「よーい、撃っ」

 銃身が激しく前後し灰色の硝煙が立ち込める。伊達署の周辺と敷地に無数の50口径弾が降り注いだ。道路と敷地内に蔓延る巨大ムカデが次々に粉砕されていく。弾幕はムカデを突き抜けその下のアスファルトもめくり上げていった。これによって飛び散った破片が高速で周囲を飛び交い、署員の車を傷付けるかサイドガラス等にヒビを走らせる。

 だが思わぬ相乗効果も生まれ、破片は生物集団に新たなダメージを齎した。大き目の物は脚や触覚を吹き飛ばし小さい物は体にめり込んで出血。無事な個体にも何かしらの傷を与える事に成功した。

 言わずもがな50口径弾のエネルギー量は凄まじく、殆ど逃げ出すチャンスもないまま生物集団を肉塊に変化させていった。但しこんなのはそう何度も出来る事ではない。撃っているのが住宅地ではなく警察署周辺とその敷地であると言うのも必要な条件だった。

向こう2か月ほど更新を休ませて頂きます。

ご了承願います。


補足

ガンはカモ科の鳥で宮城県の県鳥になります。ミヤギノハギは県花です。


追記

飛行隊の割り振り間違ってましたね。申し訳ありません。

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