奪われた街 2
伊達体育館 第44普通科連隊本部
小野本部長が見る気を失くした政府公式発表。ここに居る面子は立場上、見ない訳にはいかなかった。チャンネルを変えたくなる衝動を抑えつつテレビを見つめる。
「……自分が気に入らない事は正当化されたくないって感じだな」
連隊長の斎木は放送を見ていてそう思ったようだ。具体的に何条の何項に反しているとの発言はなく、只管に"法的な問題が"を繰り返すだけである。
これだけで明確な根拠に基づいた発言ではない事が窺えた。ただの感情的な意見でしかない。
「ええ。さっきから何が言いたいのか分からない質問ばっかりですね」
「質問ですらない。殆ど文句だ」
日夕の記者は自分の言いたい事が一通り終わると着席するが、少し経つとまた挙手した。同じ内容の言い分を何度も繰り返す上、別の記者が質問中に口を挟む行為も目立った。ついに他の報道各社から叱責を受け始めるが意に介していない。
控えるように促すアナウンスも無視だ。画面越しでも雰囲気が悪くなるのを感じる。
我慢が限界に達したのか、海外メディアらしき体格の良い白人男性が突然立ち上がり、日夕記者の襟首を掴んで引き倒した。さっきまでのふてぶてしさは何所へいったのか押し問答すらせず、借りて来た猫のように大人しくなったまま白人男性に引き摺られてカメラから消え去る。
生放送なのが影響したか中継が突如として終了。スタジオに映像が戻り「現場の方が混乱している模様ですので一旦映像をスタジオに戻しました。少々お待ち下さい」とニュースキャスターが言う。何とも頭の痛くなる出来事だ。
「この放送は海外にも?」
「恐らく。アジア圏は当然ですが、時差を考えるとヨーロッパの方も見ている可能性が高いですね。向こうで朝のニュースとして流れているかと思います。アメリカは夜中ですけど大統領が外遊中ですから副大統領あたりが見てるんじゃないですか」
「……これは何だ、身内の恥になるのか?」
「日本人の大枠で括ればそう言えるかも知れません」
「業界別に分けて括って欲しいもんだ」
チャンネルを切り替えるが状況は何所も同じだった。ニュースキャスターは「ただいま、福島県伊達市で発生中の非常事態に関する政府公式発表が首相官邸で行われおりましたが、現場で混乱があった模様ですので映像をスタジオに戻しております。今暫くお待ち下さい」と説明を繰り返す。何度か生放送の再開を確認するやり取りも流れた。
2~3分後、画面の向こうで無事に再開された公式発表は相馬県知事とのやり取りに切り替わる。口裏合わせはしてあるようで、スムーズな会見だった。
具体的な被害については集計が済み次第で報告を行うと明言。体の良い時間稼ぎだ。県庁の何所が集計を担当するのかは自分たちの及ぶ所ではない。恐らく危機管理部が主体となり各方面から人員を少数ずつ集めて当面の作業を行う臨時部署が立ち上がる事だろう。
「取りあえず我々が人目を憚る事無く行動出来るようになったとして、最優先事項は何だ」
「こちらの当面の主目標は敵集団の拡散と移動の阻止になりますが、県警から来ている要請はどれも緊急度が極めて高いものばかりです。中でも伊達署の奪還と市役所に残った職員の救出、市内北方にあるJA施設へ避難した民間人及び伊達署関係者、同方向の中学校へ避難した民間人の警護と退避行動が最優先かと」
「伊達署にしろ市役所にしろここからは渦中の向こう側だな。仮に遠回りで部隊を送ってもそこからの避難ルート選定は難しいぞ」
具体的な行動計画を立てなければならないそこへ、本管の通信小隊長が割って入った。
「霞目から返答がありました。15:00に移動開始。到着は本日中になります」
仙台の霞目からここまでは直線距離にして約80キロである。天候や気流に幾分か左右されたとしても、1時間以内には確実に到着するだろう。
問題はヘリがそうだとしても陸路でしか移動出来ない管制気象や整備の部隊がどれぐらいで現地入り出来るかだ。
船岡駐屯地から弾薬を積んだ10設群は白石川を渡って国道4号線をひたすら南下。約50キロの距離を1時間半ほど掛けて移動していた。霞目から東北道と東北縦貫道を使って3~4時間程度と見積もった場合、到着した頃にはもう日が暮れている。そうなると実質的な作戦行動は明日だ。それまで生物集団がどれほどの範囲に拡散するかを考えると何もしないのは選択肢として選び難い。
しかし考えなければいけない項目はそれだけじゃなかった。他にも山積みである。何から始めるべきか。
「……まず我々の監視網を設置しよう。西側は東北縦貫道が通っている以上、ここを最低のラインにするのはどうだ」
斎木と渋谷、3科長は地図を睨んだ。まだ自分たちしかこの場に居ない事が悩みの種だ。
「縦貫道を西側のラインにすると北福島医療センターの危険度が跳ね上がります。万一に患者移送となったら何時間掛かるか分かりません。もっと東へ寄せる必要があります」
渋谷によって斎木の意見は取り下げられた。一同は目線を更に東へ寄せる。
伊達署方向からこちらに向かって伸びる県道150号線は2機の小隊が損害を受けたホテルのある道路こと県道349号と交差点で接している。そこから伊達体育館へ通ずるのが県道399号。真っ直ぐ走れば自分たちの居る体育館へ着ける道だ。県警の混成部隊が退避に使った道でもある。
この道は途中でヤマト運輸営業所と個人病院が斜向かいで角にある交差点へ繋がっていた。ここから南北に長く伸びるのが広域農道だ。
北へ道なりに走れば大きく迂回しながら市の中心部へ行ける上、150号線と349号線が接している交差点から北に続く道と合流。民間人が避難した伊達市立桃陵中学校は目と鼻の先にある。
更に東へ進めば伊達署関係者に加え民間人も避難しているJAの資材センターもあった。
「西と北はこの広域農道と349号にしましょう。南側も同様です。道なりに走れば最終的に保原町へ向かっていく道ですし」
3科長が目安に出来そうな道を発見。南は自分たちが監視を頼まれている変電所を横切っていた。確かにこれなら分かりやすい。
「東はどうします」
「東についてはヘリ部隊が到着次第に偵察を実施してどれだけの範囲に広がっているかを見て貰おう。もしこの31号と45号の部分に居るのが確認された場合は対地射撃で数を減らす」
霊山町から少し東へ行くと、北から31号線が南下し途中で45号線に切り替わる1本の道が存在した。一先ずこのラインを東側の限界点とする。
「手すきの中隊は」
「第3中隊が休息後に待機中です。1中隊の半分はまだ霊山町方向から移動の途中で4中隊は変電所監視に部隊を割いており戦力的には中途半端かと」
「変電所監視の方は問題ないか」
「現状に変化なし。阿武隈急行も運転を停止中です。県警経由で情報が入っています」
「失礼します」
またもやそこへ本管の通信小隊長が割り込む。進行を邪魔しているようだがこの程度を気にしていたらやってられない。そんな表情だった。斎木たちも気にしている様子はない。
「方面総監から一次派遣隊に関する連絡が届きました。中隊レベルに関しての詳細はもう少し時間が経ってからだそうです」
「分かった」
FAXで送られて来た内容を確認する。枚数は斎木以下の人数分あったので全員に渡した。部隊の陣容は以下の通りとなる。
東北方面隊・第6師団
多賀城・大和合同派遣隊
第22即応機動連隊
神町派遣隊
第20普通科連隊
第6後方支援連隊
第6施設大隊
第6通信大隊
以下、偵察・飛行・情報・特防
東北方面隊・第9師団
岩手派遣隊
第9戦車大隊
青森派遣隊
第9後方支援連隊
第9施設大隊
第9通信大隊
以下、飛行・化防
弘前派遣隊
第9偵察隊
東北方面隊直轄
船岡派遣隊
第2施設団
霞目・八戸合同派遣隊
東北方面航空隊
仙台派遣隊
東北方面後方支援隊
東北方面衛生隊
自衛隊仙台病院(医療スタッフ及び資機材等)
二次派遣隊予定
第9師団
秋田派遣隊
第21普通科連隊
郡山派遣隊
東北方面特科連隊
方面隊レベルで有事と災害を度外視した戦力抽出としては最大限に近い。一部詳細を省いてはいるがシステム通信群も相応の数で来る予定だ。
しかしこれらを全て自分たちの駐屯地には収容出来ない。何かしらの手段を用意しておく必要があった。
状況が長引く場合、最悪は青森の普通科2個連隊を呼べなくもないがそうなると警備区が空白地帯と化してしまう。何れにしろ駐屯地を完全に空ける事はない。
東北の主要な部隊を集めたこの編成が吉と出るか凶と出るか。そもそも人間ではない存在に何所まで対処が出来るのか。未確定の要素は無限に湧いて来る。何よりも時間との勝負だった。到着が遅れればその分だけ生物が広範囲に散っていくのが悩みの種と言えよう。
最も到着の早いであろう戦力として、大和駐屯地の22即機連が挙げられた。ここには機動戦闘車隊の本隊が存在する。快速を生かせば到着は今夜中か明日の朝一。他の部隊が来る前に何かしらの作戦行動は可能と斎木は考えていた。
だがそれを差し置いて尚、純粋な機甲火力として参加する9戦大への期待が大きい。東日本では機教連を除いて唯一となった機甲部隊だ。
全国的に即機連か偵戦大への統合改編が進む中、後回しにされていた存在がこの期に及んで光ろうとしていた。市街地奪還後に新興住宅地方面へ進出する場合、16式は行動の選択肢が狭まるが戦車なら縦横無尽だ。長らく培って来た戦術や機動をそのまま生かす事が出来る。
「まず中学校と資材センターの避難民に部隊を送ろう。新たな移動先は後で伝える。今はそこに我々が居るだけで安心感を与える筈だ」
「監視網はどのように動かしましょう」
「第4中隊を充てる。変電所から東は退避の事を考えて監視に行っている部隊から数名程度差し向けろ。他は広域農道に1個班ずつ等間隔で展開させて東方向に対する警戒を行え。3科長」
「直ちに通達します」
「避難民の所には第3中隊だ。中学校と資材センターにそれぞれ1個小隊ずつ移動させる。弾薬と物資は多めに持たせてやれ」
「4科長は集計の用意を。それと補給小隊を預けるので要請に備えて下さい」
「了解」
連隊の兵站及び補給を司る第4科長の指揮下に本部管理中隊補給小隊を組み込む事で弾薬補給に関した要請への対応を担って貰う。斎木に全ての裁可が集中して負担が増えるのを軽減する試みでもあった。
補給小隊も護身のため武装はしているので万一の際は敵集団を退けつつ距離を取るのも可能だ。その際は伊達市内から出るのも考慮に入れられている。
第3科長の招集によって44連隊第3中隊から2個小隊が集結。弾薬受領の傍らで2人の小隊長に対して現状における対応を纏めたリストを渡し終わり、3科長見送りの下で移動が開始された。
「出発!」
第3中隊の第3及び第4小隊が伊達体育館を離れる。399号を東進し件の交差点で左折後は道なりにひた走った。
遠目には市内で発生しているらしき火災の黒煙が見える。飲食店からの出火らしい。消防ヘリの姿は見えないのでまだその辺りについての判断が下りていない事が予想された。
正しく農道と言える風景の中、2個小隊分の高機動車は途中ですれ違いが出来ない道を無事に通り抜け、墓地を左手に見ながら349号と合流する三叉路に到着。第4小隊は直後にある交差点を曲がってその先の伊達市立桃陵中学校へ向かった。
中学校には市内中心部から避難した小中学校の生徒や児童、教職員が身を寄せている。これを更に遠くへ逃がさなくてはならない。
ここは伊達市の指定避難所になっているものの生物の侵入を防ぐような手立ては当然なく、精々が門を閉める程度の事しか出来ない。そんな所に長居させ続けてもしも生物集団が到達すれば後はもう波に飲まれるだけだ。何よりも渦中にある市の中心部から近いのが難点だった。
残った第3小隊は東進を続行。こっちの行き先はJA資材センターである。
新興住宅地方面の避難民と1機が収容した住宅地の住民、伊達署関係者に加え道中で搔き集めた民間人が集合していた。こちらも今よりもっと遠い安全な場所へ移動させる必要がある。
資材センターに関しては伊達署関係者の家族に元警察官や指導員も多いらしく、取りあえずその場を仕切っているそうだ。心得がある人間が居るのは有難い。
そんな所に到着した第3小隊長こと中塚2尉は敷地内に乗り入れた高機動車から降りて拡声器のスイッチを入れた。喋りながら民間人の群衆に近付いて行く。彼らの目線は中塚に集中した。
「福島駐屯地から参りました。責任者かリーダーをされている方はいらっしゃますか」
赤と白の交通指揮棒を高く掲げた男性が出て来た。白髪が目立つもまだ黒髪の多い、見た目は中年らしき男性だった。
「伊達署で交通捜査指導員をしております強口です。副署長から誘導を委任されました」
「第44普通科連隊の中塚と申します。間もなく皆様をもっと安全な場所へ避難させる手筈になっていますが、それまでの警護を担当致します。余り多くを持って来ていませんが物資もありますので何かあれば」
「ありがとうございます。早速で恐縮ですが粉ミルクがあると幸いなんですが」
「分かりました」
中塚の号令で伊達中から融通して貰った物資の明け渡しが始まる。資材センターは伊達市の指定避難所にはなっておらず、あくまで一時的に身を寄せる場所でしかなかった。水や電気は使えても生活のための物資は存在しない。
ここの民間人を何所へ移動させるのか。考えるのは上の仕事だが、中塚にも最適な場所が何所かは言えないのだった。
柴崎→中塚にしましたが修正忘れが残っておりました。申し訳ありません。