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44連隊 4

前回の第2機動隊第1小隊は第2小隊の間違いでした。申し訳ありません。

 第4中隊が遭遇した運の悪い出来事は当然、伊達体育館の連隊本部へリークされていた。犯罪者への対応は警察の仕事であってこちらの領分ではないが現状を考えるとそうも言っていられない。斎木は立枝に対し率直な意見を伝えていた。

「基本的にはノータッチだ。だがもしも人質を取ったり危害射撃が行われた場合に備え近くで警戒しろ。可能な限り発砲せずに制圧出来ればいいが万一の際は1~2発程度構わん」

「了解、治安出動の訓練だと思っておく事にします」

 懸念事項はあるものの上保原小の避難誘導は無事に開始されていた。変電所の監視に向かう小隊は立枝の判断で選ぶ事になっている。

 続いて霊山町方向に出現した3つ目の集団だが、師団本部から方面総監に要請が上がり東北方面ヘリコプター隊へ出動が命じられた。気象及び整備の部門にも同様の命令が下る。一先ずヘリ部隊が先行。その後で支援部隊が到着するだろう。

 以後の行動を円滑に行うため第1中隊の1小隊と2小隊が現地の偵察に向かう。県警からの情報だと敵集団は県道122号線に沿って南下。伊達市立掛田小学校に迫りつつある。小学校の避難誘導はギリギリで間に合い、その南にある掛田中学校からの退避も終わったが留まれる場所がなく、周辺住民と教員、小中学生たちはひたすら南へ逃げるしかない状況らしい。狭い山間部のため下手な所に避難民を集めれば全滅の可能性もある。機転を利かせた霊山町支所の要請で霊山ICの東にあるカントリークラブが避難民受け入れを承諾し現在はそこへ向かっているそうだ。

「先導の高速隊が到着しました」

「1中第1及び第2小隊は直ちに出発。避難誘導は協力を求められればでいい。最優先任務は敵集団の監視だ」

 2個小隊は県警高速隊のクラウンに率いられ伊達桑折ICから東北中央自動車道へ入った。赤い回転灯を光らせるクラウンの後方に続く2個小隊分の高機動車。【災害派遣】の白い横断幕が対向車の目を引き付ける。

 100キロを超す速度で第2走行車線を走って来たリアウイング付きの青い車は警察と自衛隊の車列を見て何かを感じ取ったのか、ゆっくりスピードを落として車列の後ろに収まった。更にその後ろから追い抜いて来たハイエースは第1走行車線に戻るタイミングを逃して何とも居心地悪そうに並走している。至近にサービスエリアもないのでやり過ごす事も出来ない。

 少しずつスピードを落として後方に消えて行くハイエースを尻目に霊山ICで高速から下道へ。先導はここでお別れだ。

 県道115号線を走りセブンイレブン福島霊山店の交差点を左折。駐車場には多くの車が停まっているだけではなく北から逃げて来る人々の姿も見える。車列に指を差す者も見えるが立ち寄る暇はない。そのまま県道349号線に入って北上した。

 部隊はその先の信号で一旦停止。ハザードを焚いて左に寄せ、各車から2名の隊員が警戒のため下車する。

 2個小隊を纏める役割を任された副中隊長の小倉おぐら1尉は県警本部と連絡を取り最新の情報を入手。霊山総合支所で駐在所警官と消防団の部長が避難指揮を執っているので、顔を出すだけ出して欲しいとのお願いを一先ず聞き入れた。敵集団がどの辺まで来ているかについては県警本部の方で把握出来ていないらしい。

「この1両だけで支所に向かう。残りは方向転換して待機。いつでも南へ逃げられるようにしておけよ。危ないと思ったら各自の判断で撃っていいが逃げるのが最優先だ」

 小倉の乗車する高機動車だけが支所へ向かって出発。目の前の信号を右折して町の中へ入った。逃げて来る住民の視線を否応にでも集めながら霊山総合支所に到着し第1小隊長を伴って支所に足を踏み入れる。1階の正面出入り口と中のフロアは職員が慌ただしく動き回っていたが、小倉たちの姿を見た事で一瞬静止した。

 何事かとカウンターの奥に居た制服警官が振り返る。しかめっ面が待望の存在を見つけたように柔らかくなり小走りで近付いて来た。

「掛田駐在所班長の千葉ちば巡査部長です。本部からは伺っておりました」

「第44普通科連隊、小倉です。生物集団の現在地について知りたいのですが」

「今、うちの団員が原付で偵察に出ています。霊山中の校庭に入り込んでいるとさっき連絡がありました」

 一見すると普通の消防吏員にしか見えない制服だが消防団の人間らしい。あまり民間人に長居させたくないが手数や土地勘を考えると有難いのも事実だった。

「いや、急に失礼を。第4分団第1部長をしております金子かねこと申します。消防本部から事前招集はしないと連絡を受けていましたが、流石に目の前に現れられるとそうも言ってられなくなりまして」

「こっち側に出て来るのは正直言って想定しておりませんでしたしね。それより、2人だけなんですか?」

「他の場所で待機させています。あまり数は居ません。部隊をこちらに割ける余裕がないのと後日に行われる行動のため生物集団の監視に来た次第です」

 千葉の顔が訝しげになる。どうやら県警本部から「陸自の人間が来る」と伝えられていたのが頭の中で避難誘導を手伝って貰える事になっていたようだ。県警本部はあくまで顔合わせのつもりだったのだろう。

「早くて明日かそれ以降でここに出現した生物集団に対しヘリ部隊による攻撃が予定されています。現状としまして、連中の拡散を阻止出来る戦力がありません。間引き程度でも数を減らす事で行動半径を抑え込む方針です」

「それは、その、家屋については」

「今の段階では広い場所に居る規模の大きい集団を狙う事でしょう。なので家屋への銃撃は基本的に避けると思われます。ですが状況が長引けば内部に侵入して巣を作られるかも知れません。連中に繁殖の機会を与えれば事態は泥沼になる一方です。最悪、部分的にとは言え周辺を焼き払う可能性もあります」

 金子は何か言いたげだったが口を閉じた。家屋を一軒一軒回って逃げ遅れを探す事の大変さは自身でもよく理解している。だがそれはあくまで救助が目的だからこその行為だ。狭い屋内でアレを探し出して常に至近距離で行われる掃討作戦を繰り広げる労力を考えれば、焼き払うのは効率のいい方法だ。

 しかし納得が出来るものではない。ほぼ着の身着のまま、ロクに貴重品を運び出す事も叶わず、必要最低限の物だけを持って逃げざるを得なかったこの状況はまだ受け入れ難い事実だった。

 下手をすればもう家に戻るチャンスはないかもしれない。そんな気もしていた。

「……もしそうなるとここが警戒区域に指定される訳ですか」

「はい。火器を使用した作戦を行う以上は避けられません。正面戦力が整うまでどれぐらいの時間が掛かるかはまだ何とも言えませんが」

「あの……差し出がましいお願いで恐縮なんですが、駐在所に1度戻っても」

「千葉さんあんた」

「いや、残しておくと拙い書類があるんです。本部からの命令でとにかく飛び出しちまったもんで」

「駐在所は大抵がご夫婦で勤務されてますよね」

「妻は小中学生を先導してゴルフクラブへ行きました。自分も最初はムカデの近くまで行ってその後は距離を取りながら避難を促してたんですが、小学校に近付き始めた所で誘導を頼んだんです。現着の連絡はそれから数分後でしたから恐らく大して何かを運び出す暇も」

「……所要時間は」

「金庫開けて中身を持つだけです。金庫は机の中で鍵は持っていますから5分も掛からない筈です。走れば15分程度で戻って来れます」

「では早急にお願いします」

 千葉は軽く会釈すると走って庁舎を抜け出した。彼らがカウンターの奥で地図を広げていた所まで進み、そこで避難の進捗を確認する。

「近くにある老人ホームは既に避難を完了。住民は霊山体育館を基点に南方面の避難を実施中です。保育園も含めて大勢を何とか逃がせられたのは幸いでした」

「残りはどの程度でしょう」

「まだ全員ではないですね。高齢者の中にはここを離れたくないと言う方も」

「今後を考えれば担いででも避難して貰わなくてはなりません。それも状況が許す限りですが」

「あ、ちょっとすいません」

 テーブルに置いてあった金子の携帯に着信が入った。画面の文字はよく見えなかったが口調からして団員のようだ。さっき言っていた原付で偵察に向かった人間らしい。

「移動し始めた? 分かった、もう戻って来きていい。これ以上は危険だ」

 最初はやり取りを聞いていただけだったがある時点で変化が訪れた。逃げ遅れではないが向こうを出る直前に軽トラが姿を現し民家の陰に消えたと言う。霊山中の校庭に入った集団が少しずつ南下を始める中で様子を窺っていたが、再び出て来た軽トラが勢いよくバックして横転したのを目撃。

 近付いて見ると車内には意識を失った老夫婦が居たそうだ。救助しようにも現状を考慮すれば難しい問題だ。

「少し待て」

 必然的に金子の視線は小倉を貫く。原付で偵察に行っている団員は恐らく1人で現地に居るのだろう。若手かどうかは知らないが老夫婦とはいえ担ぐのは負担が大きい。

「…………現在地をお願いします」

「場所は何所だ。五差路?」

 地図を見た。霊山中の南には小さくても確かに五差路が存在した。もし救助に向かうなら時間との勝負になるのは勿論のこと、敵集団との交戦も避けられない。恐らく集団もこの道路を通って来る。数匹ならまだしも一気に対処能力を上回った場合を考えると、その結末を口にする気にはなれなかった。

「車でどれくらいでしょう」

「5分も掛かりません」

「……現地での活動を10分とする。待機中の各車は警戒を続行。明らかに対処不可能な数を視認した場合は直ちに退却。避難誘導と言う事にしておこう。伝えに行ってくれ」

「了解」

「連絡は取り続けていて下さい。現地に居る団員の名前は」

辻田つじたです」

「屋上に見張りを頼みます。もし最悪の事態になった場合は信号弾を上げますので、確認したらここを放棄し逃げて下さい。赤い煙が見えると思いますから」

「さ、最悪?」

「我々が貪られている最中って事です」

「……承知しました」

 踵を返して庁舎を出て行く小倉たちを見送ってすぐ、避難民の集計をしていた団員の1人を屋上に向かわせた。赤い煙が見えたら最優先で報せに来いと厳命する。

 入れ替わりで戻って来た千葉巡査部長は怪訝な顔で金子に近付いた。

「詳しくは聞いてくれって言われましたが」

「さっき、うちの団員が事故の現場に居合わせました。それの救出に向かってくれます」

「え、じゃあ自分も」

「あんたが居なくなったらここの指揮系統が取れなくなるでしょうが。今ここでたった1人の警官なんだから」

 別に千葉巡査部長へ含むものがある訳ではないがどうにも頼りないと金子は考えていた。もう2~3人でも居れば話は変わって来るだろうが、1人である事に対する責任の重さを改めて感じているに違いない。この件が始まってから右往左往しっ放しだ。


 同時刻。伊達体育館に搬入された弾薬は隊員たちの手によって各中隊毎に仕分けの最中だった。残りは予定通り福島駐屯地へ運び込まれ、武器庫へ続々と積み上げられている。

 集計作業を第4科長と共に進めていた渋谷は通信の隊員から呼び出され指揮所に戻り、有線の受話器を受け取った。相手は師団長で連隊長の斎木がトイレに行っていて不在のため一時的に交信を頼みたいそうだ。補給の体制を早急に整えたい時に間が悪いと思いつつ電話口に出る。

「渋谷です」

 なぜ斎木が出ないのかと言われ、説明している間に渋谷は視界の隅に斎木を捉えた。大きく手を振って斎木の視線を誘導する。

 渋谷が受話器を持っている事で何処からの連絡に出ていると理解した斎木は小走りで近付いて来た。

「少しお待ちを。連隊長、師団長からです」

 渋谷に代わって通信に出た斎木は、師団長から本件に投入される統合任務部隊編成について情報を受け取った。主戦力は東北方面隊。陸上総隊から第1ヘリ団、中特防、対特衛、防衛省及び統幕との情報共有を行うためシステム通信団からも人員と機材が到着する。

 現状は伊達市奪還が最優先目標であり、新興住宅地方面への進出及び掌握が次目標となる。次目標の遂行時には第1師団の普通科3個連隊から1個中隊ずつが包囲の後詰ないし予備戦力の抽出に備え福島入り。加えて木更津4対戦。富士教導団機教連も部隊を派遣してくれるらしい。細かい陣容についてはこれから詰められる事だろう。

 更に空自百里第7航空団よりFー2が半個飛行隊分。この先の展開がどうなるかまだ分からないが、もし航空支援が必要となる可能性が高いのならば早急に松島へ移動させる準備に入るそうだ。

 事態長期化の可能性があれば海自も輸送機やヘリを融通させ物資等の輸送を支援する事も考えられているが、それはまだ先の話だった。

「因みにですが北方から増援は得られますか」

「北方?」

「敵の規模や大きさを考えると例えばFVかAWがあると効率的かと」

「移動そのものと準備にも時間が掛かる。部隊毎纏めて運ぼうとしたら海路しか使えん。もし必要なら今から言わないと次目標遂行時に間に合わんぞ」

「ではお願いします。出番がなければ御の字ですが、あれば良かったと後悔はしたくありません」

「分かった。打診しておく」

 無事に師団長との通話を終えた。移動準備だけで数日。足を用意するのにどれくらい掛かるだろうか。しかしあれば頼りになる存在だ。その時になって嘆くよりは良い筈だ。今はそう思いたい。

補足 消防団の編成について超ざっくり


地域によって変わりますが主な実働部隊として分団・部が存在し、分団が中隊で部が小隊のような感じです。部の中には更に班があります。伊達市の場合は5つの地域において複数の分団を纏めた支団(大隊的な)を構成している模様です。詳しい方おられましたら訂正などして頂ければ幸いです。


追記 小倉1尉の名前、1か所最初に思い付いたままになってましたね。平にご容赦願います。 草薙→小倉 22時頃追記 2か所ありましたね……申し訳ありません

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― 新着の感想 ―
87AWですか、確かに大量の生物の排除にいいですね。
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