44連隊 3
駐屯地経由でやり取りしていた警察との通信が連隊本部立ち上げに伴い直通回線の開設によって一本化。県警本部から送られて来る協力要請はA4用紙に纏めてプリントされ、本管通信小隊長から斎木連隊長へと渡った。
「副連隊長、これのコピーを」
「多めに出しておきます」
「3科長、市内奪還についてはまだいい。警察の要請を最優先に消化する作戦行動の立案を頼む」
「承知しました」
「報告、船岡の弾薬が到着しました」
「ついに来たか」
待ち望んでいたものの1つがやって来た。10設群の3トン半によって船岡弾薬支所を出発した輸送部隊は44連隊が本部を設置したこの伊達体育館に到着。続々と駐車場に入り出していた。これで当面の弾薬は心配しなくてもいい。
「待機中の人員で補給部隊のスペースを作れ。打ち合わせ通り半分はここで降ろして体育館の小武道室に収容、残りは駐屯地で保管だ。後支と業務隊に受け入れ態勢を整えるよう連絡してくれ」
「連隊長。早急に対応の必要な事案が幾つかあります」
足早にコピーを持って来た渋谷副連隊長は1科長にそれを手渡すとホワイトボードを手繰り寄せて何かを書き込み始めた。箇条書きで3つ。幹部たちの視線が集中する。
「1、上保原小学校の避難誘導。現在当該地点に県警第2機動隊が張り付いて警備を実施中。最適な避難場所が至近にないため移動を躊躇っている模様です。2、東北電力の申し出で上保原小の南にある変電所及び阿武隈急行の変電所を防護、もしくは監視を頼みたいとの事。常駐要員はなし。ここがやられると阿武隈急行の運行が停止します。仮に避難民等輸送となった場合に支障が出るかと思われます。加えて保原町を含めた地域一帯の送電がストップし更なる混乱も予想されます。3、霊山町方面に出現した集団への対処。市内には現在2つの集団が展開し被害を与えていますが、反対方向に3つ目の集団が現出。こちらには部隊を割けていないため可能であれば対処を願いたいそうです」
最後のは丸投げに聞こえなくもないが2機まで編成しているとなれば県警の人員的には限界だろう。しかしこちらもやれる事には同じく限界がある。まず1つ目から考え始めた。
「上保原小の避難誘導。北と東は論外だな。南も安全とは言い難い現状を考えると西へ逃げるしかない」
「ですが確かに大勢の児童と教職員を纏めて収容出来る施設がありません」
地図を眺めていた4科長が言った。南から南西にかけては山しかない。他に目ぼしい施設も存在しなかった。
「となれば……少し遠いが北福島医療センターか」
小学校の北西には大野クリニックの術後患者を搬送した北福島医療センターがあった。距離は徒歩で約3キロ。小学生の足でも時間を掛ければ歩けるだろう。
だが余計なものを病院に抱え込ませ、本来の役割が果たせなくなる事を危惧した渋谷が意見する。
「連隊長。そうなると病院の機能を圧迫する恐れが」
「医療センターは中継地点だ。最終的にはそこから北西の中学校へ行って貰おう」
渋谷の発言に途中で口を挟んだ斎木は指先を更に進める。北福島医療センターの北西には伊達市立伊達中学校があった。この中学校は指定一般避難場所となっているため、災害等の避難民が暫くの間は生活が出来る施設に選ばれている。本部を設けた体育館からも目と鼻の先だ。ここなら何かと気にかけやすい。
斎木は直ちに県警と連絡を取り、中学校との調整を依頼。小野本部長の気遣いで間に県庁が入ったお陰でスムーズな運びとなった。連隊からは1科長が出向いて状況を説明。物資や食料などの手配もあるが今は人命優先として交渉が成立した。
上記の件に伴って1科長が出向ている中、2つ目に関しては1個小隊程度を張り付かせる事が決定。これは上保原小に向かう部隊から選定する。敵集団の勢力が明らかに対処能力を上回る場合は即時撤退を厳命。この場合は連隊本部よりもまず県警へ連絡を入れる事が最優先にされた。
変電所が破壊、もしくは機能停止の状態に陥った場合の復旧や電源車等の手配も必要になるが、この辺は自治体や関連省庁の受け持ちとなるだろう。
取りあえずでも1つ目と2つ目の件を遂行するため44連隊第4中隊が上保原小に向けて出発した。続々と出て行く車両を見送った斎木は体育館へ戻り、会議を再開する。
「3つ目だ。現地まで直通で行く道は見当たらない。最速は東北道を使う事だが」
「東北道は伊達ICを上下ともに閉鎖中ですが交通自体は規制されていないようです。位置的には伊達市の外れに近いですから微妙な所でしょう」
「そこを使うにしても現地の状況が分からない以上は戦力を投入出来ん。どうするか……」
地図を見る。自分たち以外で最も至近に居るのは6高特だが呼べる訳もない。名前の通り高射部隊だ。限定的な直接的防御戦闘ならこなせない事はないだろうが本件においては無理難題もいい所である。
「……多賀城の即機連から小隊をヘリボーンするのは」
「あまり現実的じゃないですね。確かに1個小隊ぐらいの数でしたら仙台に居る霞目の部隊で運べるでしょうが、下ろす場所が問題です。それとあの集団に徒歩移動で接近するのは危険過ぎます」
「ヘリに50口径を積んで先行させ数を減らす作戦はどうでしょう」
3科長が進言した。確かに現時点で行える手段の中では最も素早く実行出来るかもしれない。ここと2対戦の居る八戸とは300キロも離れている。コブラだけ寄越して貰っても継続した運用は不可能だ。だが霞目の部隊を今からでも呼び寄せられれば近日中には作戦行動に移れる。
「ゆくゆくは2対戦にも来て貰う事になるだろうが今はそれが最速みたいだな」
「仮に来るとして何所へ下ろしましょう。ウチの駐屯地ですか?」
「それしかない。業務隊に連絡して今からでもグラウンドの草刈りを頼もう」
「連絡します」
「通信、本部を呼び出してくれ」
連隊長と副連隊長がそれぞれの相手に連絡を取る中、伊達体育館を出発した第4中隊は上保原小学校の至近にまで来ていた。
第4中隊を率いる立枝3佐はLAVの窓から小学校の屋上で手を振る人影を目撃。そのまま部隊を進めるが正門は閉じられた上に機動隊の人員輸送車と食品配送のトラックで塞がれていた。何所から入ればいいものか逡巡していると拡声器で裏の方へ誘導を促され、大きく迂回して校庭の方へ回り込んだ。
車両が出入り出来そうな通用口は大きめの車が塞いでいたが近付くと同時に移動してくれた。そこから第4中隊は校庭へ入り小隊ごとに固まって停車する。
すぐ隣の体育館から教員と思われる大人と機動隊員数名が出て来た。それだけじゃなく、校舎の方からも多くの視線を感じる。どうやら周辺の住民までもがここに避難しているらしい。
「各小隊長及び班長は降車して待機。別命あるまで周辺警戒」
立枝もLAVから降りた。向かって来る機動隊員の中には指揮棒を持ったのが居る。恐らく指揮官の筈だ。ある地点まで近付くと教員たちはそこで待たされ、機動隊員だけがこっちへ来る。
「福島県警第2機動隊、第2小隊長の平原警部です。県警本部の要請を受けて下さり感謝します」
「第44普通科連隊第4中隊長、立枝と言います。現状の詳細について詳しくお願いします」
場所を体育館に移し、現在の状態について説明を受ける。2機第2小隊が現着した段階で既に近隣住民を含む大勢が押し掛け、そう簡単に避難民を動かせない状況になっていたそうだ。おまけにすぐ近くの保育園からも逃げ場がないと相談された結果、職員を含めた多数の乳幼児まで抱え込んでしまっている。
「言い方はアレですがそちらで状況を悪くされましたね」
「面目ありません。自分らの車両で保育園の人たちだけでもとにかく遠くへと思ったのですがーー」
平原は周囲を見渡してから視線を気にするように、小さい声で喋り始めた。
「少々、協力的でないと言いますか、恐らくこの状況で冷静な判断が出来ないだけだとは思うんですけど、普段車で生活されているのもあってか移動手段が無くなる事に対して過剰に反応される方々が」
見た目は装備に身を包んでいても平原の言動は物腰柔らかだった。立枝は2機が機動隊経験者か若手で構成されると何かで見たのを思い出し、平原に異動の経歴を問い質した。分隊長までの経験はあるがそれも暫く前の事で現在は警務課で受付等の勤務が一番長いと言う。
騒いでいるのは距離と駐車スペースの関係上でマイカーを置いて避難して来た人々らしい。誰かに自前の移動手段があって自分たちにはないのが万一への恐怖心を抱かせるようだ。
「分かりました。ではこれより我々の主導で避難誘導を行う旨を伝えて下さい。何れにしろこちらの車両は融通出来ませんし、動ける方は全て徒歩での移動になりますので」
「もう1つ、もう1つ事情が」
平原は更に声のボリュームを落とした。周囲に彼の指揮する隊員が静かに集まる。何を警戒しているのだろうか。
「……指名手配犯?」
「髪型は当時と全く違いますしどうやら顔も少し弄っているようなので確信が持てませんが恐らく本人です。郡山署の管轄で罪状は強殺1件、押し込み強盗3件、発砲2件で銃刀法違反。薬物にも手を出しています。そいつが"バレないだろう"って顔付きで混ざってヤジを飛ばしてるんです」
最悪な存在が最悪な時に紛れ込んでいるらしい。治安出動なら共同でどうにか出来るだろうが現在は災害派遣扱いの身。警察官がその場に居ない場合に限ってのみ職務執行法が一部適用され対処可能になるが、この状況では前に出れない。
「…………銃は」
「確認出来てません。最後の犯行時に銃器の押収は出来てなかった筈です。その後も回収されたとの話は聞いていませんから、まだ持っているのか何所かに捨てたかまでは……」
「種類は分かりますか」
「照会すれば恐らく。32口径だったと記憶しています」
こちらが所持している火器に比べれば蟷螂の斧だが銃弾は等しく殺傷力を持つ。当たり所が悪ければ即死だ。しかし自分たちの範疇ではない事が事態をややこしくしている。
「構っている時間が無いと言えばそれまでですが、何かしない限りは並列に扱います。それとなくマークするぐらいしか今の我々には出来ません」
「では例えば、そいつを最後にここから出す組にする事へ説得力を持たせるのは可能でしょうか。児童と教職員の中に混ぜて逃がすのは危険ですし万一を考えると」
確かに移動の最中で何かが原因となり人質を取るような騒ぎも考えられる。平原の言う通り最後に回してしまえば監視の手間も省けるだろうか。
「……分かりました、状況が許す限りやってみましょう」
「ありがとうございます」
まず2機第2小隊の編成を少し変える。荒事に慣れている人間。例えば強行犯や暴力犯係の経験がある者、機動隊から異動になって日が浅い者、柔剣道の熟練者を集めて武道班のようなものを編成。これを手配犯と思しき人物に張り付かせて最悪の場合に備える。
避難の第一陣として保育園職員と乳幼児を2機の人員輸送車に乗せ、LAV1両を護衛に付けて送り出した。続いて第二陣は上保原小低学年の児童。体調不良もしくは精神的に不安定な児童は教職員の車で先行させた。
中学年と高学年の児童まで終わった所でここに避難して来た周辺住民の番となる。体育館に集合させ陸自主導で取り仕切った。
「次は高齢者及び女性からの移動になります。他の方は今暫くお待ち下さい」
さて、まともならこんな状況では動かない筈だ。バレてない自信があるなら正体を晒すような真似はしないと思いたいが……
「おい何だ、歩けってのか」
「あんたらの車使えないのかよ」
にわかに騒ぎ出した住民たちの中に、平原が言う手配犯の姿があった。確かに何となくだが高を括っているような印象が見受けられる。ニヤニヤといけすかない感じだ。
「車両に余裕がないので申し訳ありませんが歩いて頂きます。3~4キロ程度ですからそこまで遠くはありません」
「子供たちが歩けて大人の皆さんが歩けない訳ないですよね。いい運動だと思って下さい」
窘めるように隊員たちが触れて回る。銃口が下を向いているとは言え無数の89式がチラつくこの空間。犯罪者と言えど下手な事は出来ない雰囲気を作り出したが何所まで通用するかは立枝らにも分からなかった。
「我々の車両が前後を挟み、周囲を囲んで護衛します。北福島医療センターで小休止の後に伊達中学校へ皆さんを送り届け、そこでお別れです。避難先の中学校では現地責任者の指示に従って下さい」
既に伊達中学校には休息を取った特殊犯一係が待機していた。ニ係は北福島医療センターで待機し変な行動に出ないかを監視して貰う。
何とも頭の痛い状況ではあるが、ここから更に武道班が手配犯を含めたグループに張り付いた状態で移動する所まで持っていかなくてはならないのが悩みの種だ。しかしこれなら道中で事を起こしても対処が出来る。それも警察主導でだ。陸自はあくまで支援側の立ち位置を崩さずに済む。