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44連隊 2

 大野クリニック前に展開した44連隊3中第1小隊は術後患者と病院関係者を載せた民間救急車を送り出した後、ギリギリで踏み止まっていた県警の部隊が後退する時間を稼ぐため、迫りつつある生物集団と対峙した。

 南側から接近する集団は一時的な排除に成功するも東方向の集団は依然として勢力を保持。手榴弾による攻撃もそれなりに数は減らせたが、及び腰ではある程度しか効果を発揮しなかった。

「3尉、このままだと車両が取り残されます」

 距離が狭まりつつあるのを感じた小隊陸曹は桜井に進言した。桜井自身もそれについては頭の片隅で認識していたらしく、ここで決断を下す形となる。

「1班2班は射撃を継続。3班と4班の運転手は車両の回収を急げ。南方向への監視は続行だ」

 桜井の命令で運転手2名が走り出す。1個小隊分4両の高機動車を下げなくてはならない。先頭集団との距離を考えると1班2班の車両は方向転換する余裕がなさそうだ。バックで距離を取る必要があった。

 あくまで、余裕があればだが……

「陸曹長、誘導を頼む」

「了解」

 最後尾に停車していた高機動車がエンジンを掛けた。小隊陸曹はそこへ駆け寄って方向転換の誘導を行う。

「向こうは見なくていい、落ち着いてやれ!」

 2両の高機動車は無事に離脱。3班4班が監視している交差点まで移動した。既に先頭集団と1班2班の距離は20mを切ろうとしている。もう1班と2班が乗っていた高機動車の移動は間に合わない。

「1班2班は直ちに後退、車両は一時放棄する! 急げ!」

 LAV射手が5点バーストを止めて10数発毎の射撃に切り替えた。ミニミを左右に振って広範囲に弾をばら撒く。

 この射撃を皮切りに桜井は2個班を引き連れて距離を取った。3班と4班の居る交差点に差し掛かるもまだ県警の部隊が逃げ切れていない。しかし自分たちにはここに踏み止まって集団を撃退出来るほどの弾薬は持っていなかった。桜井はこのまま殿として攻撃しつつ後ろに下がるのが得策と判断する。

「LAVを主軸に機関銃担当の4名で連中の頭を押さえ続ける。陸曹長は残りの全員を引き連れて前に立ってくれ。警察に付き添って進路を確保しながら医療センターを目指して欲しい」

「それですと3尉が危険では」

「道中の安全は確保されてない。それに徒歩移動の警官も居るし万一の時は車両に乗せれば直ぐにここから離脱出来る。あれこれ考えてる暇は無いぞ」

 一旦は開いた相互の距離が再び縮まり始める。交差点のど真ん中に小隊本部を立ち上げて議論している余裕なんてものは当然存在しない。敵は目の前だ。この期に及んでは例え相手が人間だろうと未知の生物だろうと条件は同じである。

 桜井の脳内では"コブラの1機でも居れば"だの"50口径が欲しい"と言ったどうやっても間に合わない願いが膨れ上がっていた。

 CCVに50口径は積んでいるが今呼んでも直ぐには来れないし、この状況で見通しの悪い住宅地に居るのは乗員も気が気がじゃないだろう。

 44連隊は第6師団隷下の部隊だが、仮に9師と直轄部隊を含めた東北方面隊全てが作戦行動可能となるには相応の時間が必要だ。当面は自分たちで切り抜けるしかない現状を思うと不安は尽きなかった。大和町たいわちょうの部隊が来るまでどれぐらいだろうとの考えが脳裏を過ぎるも、ないものねだりとの結論を叩き出した事で頭から消し去る。

「機関銃担当とLAVは今暫くここで足止めする。それ以外は陸曹長に続いて警察の撤退を援護。3班4班は医療センター防護のためそこで待機。1班2班は体育館までエスコートだ。頃合いを見て戻るから心配は要らん。早く行け」

「……了解、数十名お預かりします」

 小隊陸曹は4個班の機関銃担当以外と高機動車を引き連れて駆け出した。後方で一時的に勢いを増した射撃の音が聞こえる。6丁のミニミ全てが同時に弾切れとはならないだろうが、先に撃ち出していたLAVから弾が無くなる筈だ。

 若干は後ろ髪を引かれる思いがあるものの県警の部隊を逃がすのが今の最優先事項だ。僅かでもそれを遂行出来る能力を持ったのが自分たちならば行動に移す他ない。


 銃対を始めとする大野クリニックから離脱を始めた一団は至近の交差点を陸自支援の下で前進。真後ろと左方向から連続して聞こえる手榴弾の爆発音に首をすくめながら走り抜けた。

「特車は前に出ろ、輸送車はその後ろだ」

 移動しながら陣容を組み直す。ルーフハッチが無いタイプの小型警備車なので仮に至近で生物が現れても屋根からは攻撃が出来ない。車内のガンポートも限界はある。前方を塞がれるか周囲を取り囲まれれば応戦は必須だ。車両で無理やり突破してもいいが1機第1小隊の事を考えると避けたいのも事実だった。

 小埜澤はどうすれば周辺の状況に対応しながら移動出来るかを考え始めた矢先、後ろからこっちに向かって近付く何かを感じた。

 その辺の脇道から別の集団が出て来たのかと思うも、迷彩服の一団がこちらを左右に挟む形で走りながら取り囲んだ。1人の隊員が話し掛けて来る。

「体育館までエスコートします。可能な限りは護りますが最悪の場合は」

「いえ、自分の身は自分で何とかします」

 県警の実働部隊である自分たちが護られている。離脱を援護して貰ったのは有難いが、こちらの護衛を頼んだ覚えはない。警察としての限界があるのは分かっていても何かが彼らの神経を逆撫でした。

 出来るかどうかは不明だが、あの生物集団に一撃を加えてやりたい。どんな形でもいいから仕返しがしたい。そういう気持ちが高まっていった。機動隊約1個小隊半と他の警察官20名弱。加えて多くの住民が犠牲になった上、決定的な打撃力が無いにも関わらず彼らは既に十分過ぎるほどの働きをしていた。

 だがこのままでは引き下がれない。連中に奪われた仲間の分だけでもやり返す。そのためにも生き延びる。であれば、今は護られる存在となった事を受け入れよう。

 駆け足で市街地を抜けた彼らは国道399号線を西進。10分を過ぎた辺りでSITの捜査員数名が息を切らし始めた。全体のスピードが落ちるのを避けるため高機動車へ収容していく。次は消耗の激しい銃対隊員たち。もう周りは田園地帯で見通しがいい。不意の遭遇戦も無い筈だ。小埜澤は全員に分乗を命じた。

「先に向かいます。後で落ち合いましょう」

「了解。出迎えは要請しておきます」

 小型警備車を先頭に普通科小隊の庇護下から抜け出した。とは言え北福島医療センターはもう目と鼻の先だ。通り掛かる直前に降車して病院の様子を見に走ると、駐車場に停まっている無数の民間救急車が視界に入った。世話しなく動き回っている医療スタッフたちも見える。あれなら大丈夫だろう。

 車列は前進を再開。伊達大橋に差し掛かる直前で体育館から向かって来た普通科部隊の出迎えを受け、支所のスタッフに誘導されながらヨークベニマル駐車場に入った。彼らの打順は一先ず終わりを迎える。


 県警部隊の出迎えに向かった44連隊3中第2小隊は北福島医療センター前で第1小隊陸曹率いる4個班と合流。医療センター防護のために残る第3第4班と体育館を目指す第1班及び第2班を見送った後で市街地を目指した。

 田園地帯から住宅地に変わりつつある風景に連続した銃声が聞こえ始める。第2小隊長を務める菅原すがわら3尉は全隊員に初弾装填を下命。道中を急いだ。

 第2小隊が急行する最中で第1小隊長の桜井と4名の機関銃担当、LAV2両はここで雌雄を決するとでも言うかのように猛烈な射撃を加えていた。接近する生物は5.56mm弾の十字砲火によって体液と肉片を飛散させながら前のめりにアスファルトへ沈んでいく。

 付け加え、機関銃担当の弾切れを小隊長がカバーすると言う不思議な光景も生まれていた。

「装填!」

「確実にやれ。慌てるな」

 新しいベルトリンクを布製の弾納へ流し込んで初弾を装填。終わるまでの間は桜井が89式で援護する。

 計6丁のミニミが形成する弾幕。飛び道具は当然無いし、戦術的行動もしない相手なら制圧力で真正面から叩き潰すだけだ。なんて考えると幾分か気は楽になるも数が多すぎる。

 次第に増えていく生物の死体と足元に溜まる空薬莢、ベルトリンクの残骸。人間相手には見合わない弾薬の消費。それもそうだ。道路を埋め尽くす巨大ムカデが全てを物語っている。威嚇が意味を成さない以上は撃つしかないのだった。

「残弾無し!」

 一番最初に南側道路から北上する集団を撃退したLAVの弾が無くなった。それから間もなくしてもう1両のLAVも弾切れになる。

「撃ち方止め! 分乗して退避!」

 銃声の余韻が耳に残る中で5名はどちらかのLAVに乗車。目の前に居る大群から遠ざかった。

 取り残された2両の高機動車に変化は見受けられない。車内に無反動砲とLAMがあるから爆発でもすればかなりの威力になるが、もうそれは出来なかった。手榴弾は残っているも今は使うだけの余裕がない。

 焦って無作為に投げてしまえば意味を成さない。最悪、すっぽ抜けて至近に落下し要らぬ被害を引き起こす。

「こちら3中2小隊、可能であれば状況送れ」

 市街地を抜ける手前で無線から菅原の声が耳に届く。答えたい所だがまだ気が抜けない。と思っていた矢先、通りの向こうからこちらに近付いて来る車列が見えた。菅原の第2小隊だ。

「停車してもう1両の方に行け。こいつは預かる」

「いやしかし」

「説明のために留まってる時間が惜しい。早くしろ」

 運転手の陸士はアクセルを緩めてハザードを点灯。後続もつられてスピードを落とした。一旦停止して運転を桜井が代わり、一緒に乗っていた1班4班の機関銃担当と銃座の隊員が車外に出る。運転していた陸士を含める4名は後続のLAVへ取り付いた。後部ハッチを開けて半分ほど身を乗り出して乗ったり屋根の上に登ったりと無理やり感が否めない状態で走り去る。

 菅原はそんな通常なら有り得ないどころか下手すれば何かしらの処分が下るであろう光景で離脱していくLAVを奇異の目で見送り、その後ろからやって来たもう1両へ視線を移した。運転席の窓から手が振られている。

「停めろ。各班3名ずつ降車して警戒」

 第2小隊の車列は左の路肩に停車。命令通り3名の隊員が降車して周辺警戒を始めた。

 自身も車両から降りた菅原はこちらへ走って来るLAVに両手を振って近付いた。運転していたのが桜井だった事に多少驚きながらも現在の状況を聞き出す。

「街中はムカデの大群でいっぱいだ。振り切ったっぽいが何所から来るか分からん、油断するな」

「民間人はどれぐらい残ってるか分かるか」

「掌握出来るだけの時間も余裕も無かった。今はとにかく広範囲に監視網を敷くのが最優先だ。それと船岡の弾薬はどの辺まで来てる」

「県内には入ったらしい。取りあえず支所の方で半分程度を降ろしたら残りは駐屯地へ搬入って流れだそうだ。その辺に置いておく訳にもいかん」

 取りあえず補給が必要な桜井はこのまま支所へ後退。第2小隊は市街地に入らないでヤマト運輸伊達営業所付近まで進出、警戒配置に就いた。


伊達体育館 第44普通科連隊本部

 新たな車列がヨークベニマル駐車場へ入る。共に小隊長車である小型トラックから降り立った面子は連隊長が陣を構える体育館に向かった。

「本管対戦車小隊、現着しました」

「同補給小隊、現着しました」

 体育館に姿を現した両小隊長を斎木連隊長が出迎える。補給小隊は平時も常に何かしら動き回っているためリラックスした雰囲気だが、対戦車小隊の方は表情が硬かった。

「ご苦労。補給小隊は遠からず出番があるだろうが対戦車はまだ休んでてくれ」

 第2小隊が警戒監視を始めた頃、44連隊が本部を立ち上げている体育館には駐屯地から後発した本管対戦車小隊と補給小隊が到着。まだ3個中隊がどの程度の範囲に展開するかも決まっていないため補給小隊への負荷が懸念されるが、その場合は駐屯地に併設されている教習所の3トン半を引っ張り出す事も考えられていた。

 今回の出動が災害派遣の形式を採っている事が影響し、重迫中隊の出動は現時点で待ったが掛けられていた。普通科最大の曲射火力でありその破壊力も凄まじい。大っぴらにあれこれ使うと後で問題視されかねない。などを考慮した結果、対戦車小隊の中多であれば目立たずに運用出来る上、レーザー照準で特定の場所を狙い撃つ事も可能との結論から参加していた。アスファルトを抉ったクレーターを沢山作るより見た目で幾らかでも修理費を叩き出せる被害に収められるならそれが良いとの意見も隊内にあったのが後押しになった。

 最も、正式に矢面を任されるようになれば何も遠慮は要らない。気が引ける部分があるのも確かだが、こちらへの被害を最小限に留めるためにも正面戦力の集結は必要だ。しかし全体の足並みがいつ揃うかについてはまだ何とも言えない状態である。

「副連隊長、師団本部から増派に関して何か言って来てるか」

「近傍は大和駐屯地のMCV1個中隊。師団本部の神町からは20連隊2個中隊、通信1個中隊、飛行隊及び特防が出るそうです」

「伊達市奪還後に例の新興住宅地方面へ進出となった場合、MCVは制限が多いな」

「ええ。移動自体はスムーズでも戦闘における選択肢が少ないですね」

「まだ先の事を考えても仕方ない。だが何から始めればいいか」

「県警から幾つか要望が送られて来ています。それを待ちましょう」

 体育館に広げられた周辺の地図へ視線を落とす。包囲にしろ重要施設の防護にしろやらなければならない事は沢山あるだろう。1つずつ解決していくしかない。

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市街地火災で防壁を……迂回されてもっと酷い事になるか。 ……どこで火事が発生してもおかしくない状況だが。
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