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彼が賭けたのは一片の

初投稿です。

 とある館の地下室で、一人の青年が、全裸幼女の目の前で作業をしていた。


「これで——よし。感覚機能も全部正常値に入ったね。後は……」


 全裸幼女といえども只の幼女ではない。

 ()()()()のそれは静かに、大きな魔法陣の真ん中で(たたず)んでいる。


 彼女の瞳、その(うつ)ろが映し出すのは、小さな魔法陣を複数展開しながら作業に没頭する緑髪(りょくはつ)の青年。


「基礎情報も人格定着基盤も読み込み終えたし、他に出来ることは


 ……そうだ」


 何やらぶつぶつ呟きながら作業用のデスクに戻った彼は、今思い出したと言わんばかりに、白紙の本へ文字を書き込んでいく。


 因みに、彼のデスクは魔導人形が設置してある場所に対して背を向くように設置してある。これは彼が魔導人形を眺めて作業できなくなる事を防止するためだ。


 数十分して文字を書き終えた彼は、後ろを振り向きながら、まるで子供をあやすかの様に語りかける。


「もうすぐ、だからね。——ハルニア」


 『ハルニア』と名付けられた魔導人形。薄い紫が混じった灰色の長い髪に、ぱっちりとした琥珀色の瞳。華奢で小柄な四肢には継ぎ目が無く、まるで人間そのもののような完成度は彼の最高傑作であるが故だ。


 彼——ヴァイゼは、後に目覚めるであろうハルニアの姿に想いを()せ、そして同時にその姿を見ることが出来ない悲しみを受け止めながら、ハルニアを優しく見つめる。



 (服、着せてやった方が良いのかな……?)


 動かない裸体に、少しだけ色目を使いかけ——タイミング良く部屋へ響くノック音。


 驚愕の瞬間。待ってやる義理などないと()遠慮(えんりょ)に開けられたその扉。


 ——そこには、一人の幼女が立っていた。

 一応ヴァイゼの名誉の為に言っておくが、彼にそういう趣味はない、筈である。


「晩ごはんできましたよ……って、何やってるんですか」


「あ、あはは……」


 ヴァイゼと同じ緑髪の、いかにもエルフ然とした少女——カザルメは、何があったかは知らないが驚いて椅子から転げ落ちたヴァイゼを、ひとしきりジト目で()め付けてから溜息を吐く。


「はぁ……。それで、ハルニアの進捗(しんちょく)はどうなんですか?」


「もう終わったよ。調整し終えて数値の確認も終わったところ。後は……待つだけだね」


 そう言いながら立ち上がり、ズボンをはたいてシワを伸ばしつつ、少し(かな)しい表情を浮かべたヴァイゼは、少し目を瞑ってから表情を元に戻す。

 そして決意新たに、もう何度言ったか分からないくらい繰り返したお願いを——


「なあ、ルメ。何度も言うことになるけど、ハルニアの事を」


「分かりましたよ。もう何回目ですか? そのセリフ」


 言い切る前に(さえぎ)られてしまった。

 「よろしく頼む」。……酷く抽象的な言葉だが、彼はこれ以外にカザルメへ掛ける言葉を持たない。

 何故なら彼は……ヴァイゼは、ハルニアが起動する頃にはもう、生きていないのだから。


 その彼の心中を知ってか知らずか、遮った当の本人は呆れた様子で、困ったように目尻を下げて一言呟く。


「これでも——伊達(だて)にあなたの妻をやってないですよ」


 嘆息を漏らした口元は優しく微笑んでおり、そこには相手への深い理解と愛情があった。


「……ルメ」


 二人の間に、甘いような、少しくすぐったいような、そんな気まずい空気が流れかける。

 しかしそれも束の間。カザルメの咳払いによって壊された空気は流れを取り戻し、日常へと還る。


「ま、ず、は! ……晩ごはん食べましょ?」


「あ、あぁ! そうだね!」


 そう言って、手を繋ぎつつ地下室を後にしていく二人。


 誰も居なくなったその部屋には、妖しい光を輝かせる魔法陣と、本が詰まったたくさんの本棚、そして彼のデスクの上のノートが、ひっそりと、(しず)かに眠っていた。


 そこに、何かのいたずらか風が入り込んできて。


『君にはとても辛い仕打ちを与えてしまうかもしれない。ハルニア。どうか、君に会えない僕を許さないでくれ。

 そして、君には謝らなくちゃいけないね。すまない。

 ——どうか、どうか君の笑顔が曇らない旅路を祈っている。 ヴァイゼ』



 ……開いてしまった本の、最後のページに書かれた償いの文は、愛しい我が子を不幸な未来に送り込んでしまうかもしれないという心からの謝罪なのか、はたまた彼が望んだ「実験」の道具にしてしまうことへの贖罪なのか。その答えが聴ける日はきっと来ないのだろう。

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