鼻からスイカの出る話
「私は、ママのお腹から生まれたのに、どうして、パパに似ているの?」
一昨日の飯どき、小五の長女に、突如投げかけられました。
僕、オロオロこいちゃった。
「赤ゃんは、どうして生まれるの?」つって、直球ならね。
逆にね、質問を真芯で捉えて、父としてカキーンと打ち返してやったんすけどね。
何しろ質問が変化球だから。
曲線を描きながら落ちるシンカーだから。
いや~、焦ったあああ。
不意に、信長が豪雨のなか、奇襲しかけてきやがった。
義元たじたじ。
これぞ、性教育の、桶狭間。
父として何か言わねば、とは思うものの、
お、お、お、お、お、お、お、
つって、すんげー、どもっちゃってさ。
山下清率、ちょー高め。
さっき、ごはん二杯も食べたのに、思わず、
お、お、お、おむすびが食べたいんだな。
つって、言っちゃいそうだったもん。
よ~し、こうなったら、親として、父として、愛する娘のため、
真剣に! 全力で! 当たり障りなく! ……この場をやり過ごそう。
そう決心し、とりあえず、かろうじて、歯磨き粉チューブの最後の一回のように絞り出した言葉が、
「トッピングしといたから」
でした。
僕 「トッピングしといたから」
長女 「と、トッピング?」
僕 「うん。君が生まれる時に、追加でね、パパの目鼻立ちと性格をトッピングでお願いした」
長女 「そ、そんな、ピザ屋みたいな! だ、だ、だ、誰にお願いしたの?」
僕 「そりゃお前、赤ちゃんを宅配してくれるコウノトリよ」
長女の頭上に、見えるはずない「はてなマーク」が、ポンポンポンと、立て続けに三つ見えた。
……やべえ。
長女が、不平、不満、不服、非難、異議を足して5で割ったような顔をしてこちらを見てやがる。
沈黙するな! 矢継ぎ早に言葉を継げ! 何でもいい! ほら、何か言えっての!
あ、あのさ、よく「鼻からスイカ」に例えられるね。知ってた? 赤ちゃんが生まれる時の痛み、鼻からスイカが出るぐらい痛いらしいよ。いやいやいや、鼻からスイカって! ははは、すごいね。
てかさ。あの例え、「鼻から赤ちゃん」でよくない? 何故にスイカ? なーんつって、誰もが一瞬疑問に思うんだよね。
でも「鼻から赤ちゃん」を想像したところで、「鼻からスイカ」ほど、痛みのリアリティー湧かないのも事実。
不思議だねー。やっぱスイカが痛いねー。
んじゃあパパ、せっかくだから、更にリアリティーを追求してみるねー。
「肛門からスイカ」
うおおおおおおおお、い、痛ってえ。たまらなく痛てえ。
か、かなり痛みが現実味を帯びてきたぞ~。
よ、よ~し、パパ、もっとリアリティーを追求してやるぞー。
「尿道からスイカ」
ひいいいいいいいいいっ! やだもおおおお! やめてよもおおおおおおお!
その時、同じ食卓で味噌汁をすすっていた妻が、アワつく僕を見かねて、長女にひと言。
「はーい、そこの君。そのうちママが、しっかり教えてあげっから。今日ところは、黙ってメシを喰え」
そう、申してくれたのです。
長女は、しぶしぶ「は~い」なんつって返事して。
た、た、た、たしゅかったぁ~。
「あ~、それから、そこの役立たず。あんたも黙ってメシを喰え」
「御意」
うおーー、ママ、かっけー!
やっぱアレだな、二回も「鼻からスイカ」を経験しとる人は、貫禄が違うわ。
自分の不甲斐なさに、打ちひしがれた僕は、
いつも見慣れた古女房の背後に、神々しい後光すら感じながら、
妻君のおっしゃる通り、ひたすら黙ってメシを喰い続けたのでごじゃりまする。