透明な虫
初投稿です
気力が続けば似たようなものをまた書くかもしれないです
外灯が景気よく命を弾く音がする
最近この地域は、よく停電に見舞われる
原因はよくわかっていない
停電といっても瞬間的なもので、一部の電灯で瞬きのような明滅が日に3,4回ある程度のものだ
私としては特に気に留めないが、ほかの人はそうでもないらしい。昨日も電力会社に人が押し寄せていた
・・・いや、嘘だ私も少し気になっている
そう思いながら私は少しノイズの走ったラジオ機器を眺めた
ラジオからは変わらず今流行りの音楽を紹介する男女の声が今流行りの音楽をバックミュージックに紡がれている
ふと机の端に置かれたラジオから目を窓のほうへ向ける
そこには電力会社のオフィスがまだ青い田んぼの先に少し離れて建っている
田舎の無駄に広い敷地を利用した駐車場には何台もの車が並んでいるが、その中の何台かはあの場所に務めている人のものではないだろう。以前通りかかったときは県外ナンバーの車も停まっていた
私は視線を机に戻しノートパソコンのキーを弾く作業に戻る
一人しかいない家の中、その音はラジオの音楽に紛れ大きすぎも小さすぎもせずに響いてゆく
田舎に生まれ田舎に育ち親元を離れ、不動産屋に騙されこの家を持った
「この家は私には大きすぎる」とはその後何度も思ったことだ
今もそんなことを思いながら文字を打ち込みながら液晶画面で確認していると、画面の隅が少しぼやけているのを感じた
かれこれ4年以上使用しているパソコンだ
いくらハードな使い方はしてこなかったにせよそろそろガタが来ているのか・・・
最近のケータイ電話・・・スマートフォンは2年おきの買い替えを推奨している気がする
それを無視した私のスマートフォンは5年目のおじいちゃんだ
しかし普段の連絡の取り合い(といっても職場関係だが)やニュースを眺める程度ならまだまだ現役の活躍を発揮している
そのことを考えたらこのパソコンも「もう少し頑張れるのではないか?」という気がしてきた
パソコン修理についての知識はないが先人達の言に従い、ぼやけた画面の反対の角を少し叩いてみた
「?」
画面の端にあったぼやけが今度は中央へゆっくりと移動してきた
タスクバーは下派、アプリケーションはあまり立ち上げない私にとって時計や通知領域がぼやけなくなっただけありがたいのだが、ぼやけの大きさもペットボトルのキャップ位の大きさであり、中央に移動したことで目に留まってしまう
少々うんざりしながら今度は画面中央を裏から指先で叩いてみる
ぼやけが伸縮した後、元の大きさで留まった
「勘弁してくれ・・・」
ぼやきながら再度画面上部を叩くとぼやけがまた、ゆっくり動き出し、叩いた周辺で止まった
気にならないわけではないが中央にあるよりましと割り切るのと同時に、ノートパソコンの修理と買い替えの費用を天秤にかけ、ため息が出てくる
その日は1日ぼやけを視界の端に置きながらキーを弾く作業を続け、日の入りと作業の区切りを理由にノートパソコンを閉じた
翌日ノートパソコンを開くとぼやけは消えていた
ぼやけが再度顔を表したのは3日後の休日だ
最初に現れた時も気づいたときにはそこにあったのだが今度は2つに増えてしまっている
大きさは前現れたものより小ぶりだが、2つ合わせると以前のものより大きい程度だ
試しにまた画面を叩くとその位置にゆっくりぼやけが移動していく
右へ、左へ、叩いたほうへゆっくりと移動するぼやけはどこか動物的なものを感じた
私は台所から小麦粉を持ってくるとゆっくりノートパソコンの画面を下に置き、そのぼやけた部分に小麦粉を振りかけた
ぼやけた個所に小麦粉が乗り明らかな立体が浮かび上がってくる
これがぼやけの正体である驚きとこれが何なのかという疑問に戸惑いながらその姿を観察する
どちらも形はひし形で丸みを帯びている、大きさはぼやけた部分より幾分か大きいようだ
画面を叩くとその位置に小刻みに揺れながら移動している。おそらく歩いているのだろう
移動と共に小麦粉は白い線を引き、10インチの画面を横断するころには元のぼやけとなっていた
これは生物なのか、なんなのか、目に見えにくいのはなぜなのか、それとも擬態しているのか
もう少し観察してみたい
私はこれに何とか色を付けられないかと考えた
ひとまずまた小麦粉をかけて手に持とうとしてみる。が、それは何の感触もなく一瞬で砕けてしまった
指先に残る小麦粉を見つめ予想しなかった結果とそれを殺したという罪悪感に胸がざわつく
2匹目はもっと慎重に扱わなければ・・・
私は霧吹きに砂糖水とインクを混ぜたものと紙を用意し、画面を叩きながらそれを紙の上に誘導する
紙の上ではぼやけは全く確認できなくなっていたが、誘導できていると信じ紙を慎重に机の上に置き少々離れたところから霧吹きを吹きかけた
砂糖水によって多少の粘りを持った色水が2匹目を細かくまだらに着色する。ひとしきり吹きかけると、その姿は肉眼ではっきりとわかるものになっていた
改めて観察する
形はやはりひし形で丸みを帯びており、昆虫を彷彿させた
机を軽く叩いてみる。足は進行方向に数本、中央左右に1本づつあるようだ。それ以上あるかもしれないが今の状態では確認できない
重さは軽いのか、持ち上げた際手紙に入っていたA4用紙の先端にいるその部分が不自然に沈み込むこともない
突然ひし形が2つに割れる。
それはその場で音もなく飛翔し、またノートパソコンの画面にとまってしまった
どうやらこれには羽もあるようだ
私はこれを私の知らない「虫」と定義付けた
「画面に取り付くより蛍光灯に取り付いたほうがいいだろうに」
私は「虫は明るいところに集まる」という偏見からそうつぶやき画面についた虫を息を吹きかけて払おうと息を吸う
しかしその行動を待ったといわんばかりのタイミングでインターホンが来客の来訪を知らせてきた
私の家のインターホンにはカメラ機能はついていない
私は来客の確認のため玄関へと向かうこととした
玄関へ向かいながら来客が何者かを想像してみる。実はこの行為が私は少し好きである
回覧板はない、前々回の町内会長が希望者の回覧板の配布を電子メールに置き換えたのだ
それなりに大きく企業も複数入っているこの町内の財政は豊かで、町内会長は寝ていてもその任を全うできてしまう(それでも催事の取り仕切りなどがあるので私はやりたくないのだが)。そんな町内会長になりたい人はうれしいことに数名いてその人たちで毎年交代で町内会を回している
多少のリベートは懐に入れているだろうが、町内会費も安く町内会長にならなければ知ることもない降って沸いてくる金だ、ほとんどの人たちはその事を黙認している
そんな町内会長が競うようにサービスの充実化を図り、その恩恵の一端が回覧板の廃止と集金の口座振り込みであった
通販もないだろう、趣味があった若い時に比べて最近ではネット通販をあまり利用しなくなった
あの頃はまだ実家(といっても車で30分ほど走らせた距離だが)暮らしで地元では絶対に手に入らないような趣味品がネット通販で簡単に手に入る便利さと欲望のままに買いあさり親によくどやされたものだ
そんな私がネット通販を利用しなくなり家を出て、今度は親が庭や畑の手入れ用に一般家庭で使わないような農機具を買いあさっているというのだからすこし可笑しい
テレビ、新聞の勧誘はこの前追い払ったばかりだ
親の来訪もいつも連絡を先にしてくる
友人とはもう長く会っていない
いよいよ謎の来訪者だなと考えると同時に玄関にたどり着いた
「どなたでしょうか?」
私は扉越しに声をかける
「お忙しい中申し訳ありません、この度この町内に引っ越してきた山吹といいます。引っ越しのご挨拶に伺いました」
扉越しに聞こえてきたのは若い女性の声だった
部分的に埋められた擦りガラスから、身長は私より低く黒系の服を着たすらりとした体が1人分見受けられる
私は鍵を開けて玄関から顔を覗かせた
玄関先には先ほど確認した若い女性1人、そして後方に女性が乗ってきたと思われる軽自動車とその助手席に1人伺える、顔は見えない
女性は柔和に微笑みながらこちらを見返してくる
きっと向かいにあるマンションの住人だろう。私は危険がないと判断し扉を開けて姿を見せる
「わざわざ向かいの家まで挨拶しなくてもよかったのに、ご苦労様です」
実際あのマンションはそれなりに人が入っているにもかかわらず、住人の顔は大家以外知らない
「そんなわけにはまいりません、それに私が皆さんに挨拶をしたいと思いやっていることです。苦労だなんて思いません」
そういって「つまらないものですが」と重みのある箱を渡された「引っ越しそば」なのだろう
女性の善意を無下にする理由もないので私はその箱をそのまま受け取った
「ありがとうございます。こちらからも何か渡せるものがあればいいのですが・・・」
「でしたら少し、このあたりの事を聞かせてもらえませんか?なにぶんこの辺りには疎くて便利なお店など教えていただくと助かるのですが」
その会話をきっかけに私は女性と5分ほど話し込んだ
近くにあるスーパー、ドラッグストア、百貨店、最近この地域で停電が起きていること
女性はこの停電について関心を抱いたらしい、いつごろから起きているのかどれほどの頻度で起きているのか、原因はわかっていないのか、私はこれらの質問に私の知りうる限り正直に伝えた
「すみません、長々とお話を聞かせてもらって、今車に乗せている子なんですけど体が弱く、ペースメーカーもつけているので心配になってしまって、貴重なお時間ありがとうございました」
一通り話し終えると彼女はそう締めくくり車へと戻っていった
個人的には名残惜しいくらいなのだが引き留めるだけのものもなかったのでその背中を見送り私は家の中へと戻った
ノートパソコンには相変わらず「虫」がとまっている
しかし久々に職場以外で話をできた上機嫌の私にとってはそのことが少し愛おしいように思えた
私はその「虫」に「バグ」という名前を付けた
私はその日「バグ」と一緒にウェブ徘徊をした後ノートパソコンをスリープモードにして就寝した
「バグ」はスリープモードにしている間にどこかに飛んで行ってしまったのかいなくなっていた
ちなみに「引っ越しそば」の中身は洋菓子だった
あれから1週間が経過し、多少変化があった
まず外灯が増設された
今までは電信柱5本に1つくらいで設置されていた外灯が2本に1本くらいで設置されることになった
夜間散歩するときなど暗いと思っていたのでこれは素直にうれしい
ただ電圧があっていないのだろうか?たまにジーというノイズがカエルの鳴き声に紛れて聞こえることがある
次に停電が減った
昨日など停電を感じることはなかったのだ
電力会社がようやく原因を突き止めたのか、それとも一時的な何かだったのか
なんにせよ引っ越してきた彼女も安心するだろう
「バグ」についても分かったことがある
まず「バグ」はこの家に住み着いているらしい
私がノートパソコンで作業をしていると、決まって画面右下にやってくるのだ
色がついたおかげでその姿ははっきりと認識できる
流石にそんなものを画面端に置いておくのも邪魔なので、私は近くでスマートフォンのライト機能を使ったりして気を引いたが効果はなかった。
唯一効果があったのはディスプレイのついたスマートフォンそのものを近づけて、そこから音を立ててやると、そこに飛び移っていった
私は昔使っていたスマートフォンの一台をバグ用に常に点灯させて置いておくことでバグのとまる場所を作ってやった
次に「バグ」は成長している
1週間前に見た時よりも明らかに大きくなっているのだ
虫は脱皮をして成長するものだと思っていたがバグはそうではないらしい
元々まだらだった紋様が更にまばらになっている。これは元の大きさから膨張している証拠だろう
その大きさは1週間で500円玉よりふたまわりは大きくなっていた
一体こいつはどこから栄養となるエサを補給しているのだろう?
私の知る限りバグはずっとスマートフォンの上にいる
バグが直接乗っている場所なんか液晶画面が焼け付いて乱れているほどだ
私がバグを見ていないときは家事や買い出し時、就寝時くらいのものだろう
その間もスマートフォンさえ点けておけばバグはそこから動いていないかのように次見た時もその場にいるのだ
私は1週間共過ごした同居人を本気で調べたくなった
「写真を撮って掲示板にでも投稿したら何かわかるか?」
SNSは登録してあるが全く発信しない無言アカウントだ
フォロワー0(業者除く)の無言アカウントに反応は期待できないので私はインターネット上の巨大掲示板を利用しようと考えスマートフォンで「バグ」の撮影会を開始した
1枚目は失敗した大きくなりまだら模様なバグは写真上では何なのか全くわからない
2枚目を撮影する前にバグに色を付けようと台所から霧吹きと紙を用意して戻ってきた時だった
インターホンが来客を知らせてきた
私は霧吹きと紙をその場において玄関へ向かった
「どちら様ですか?」
扉越しに私は来訪者に尋ねた
「突然の訪問すみません、向かいの山吹です。少々お伺いしたいことがあってやってきました」
彼女とは一週間前にあったきりであった
彼女との再会はうれしいのだが訪問の用件がわからない
もうすぐ四十路の男性の家にやってくるなんて何を考えているのだろうか?
少々訝しみながら私は玄関の扉を開けた
「お忙しい中すみません、どうしてもお話したいことがありまして」
彼女はそう申し訳なさそうに言って頭を下げた
その隣には彼女よりも頭一つ分小さい少女が立っている。おそらく助手席にいたもう一人はこの子なのだろう
娘にしては年の差を感じさせない、そんな若さを持つ彼女と大人びた少女である
「いえ、こちらも暇を持て余していたところです。先週ぶりですね、この辺りにはもう慣れましたか?」
「はい、おかげさまで。その節はどうもありがとうございました」
彼女はそう言って、一度上げた頭をまたも頭を下げてしまった
その様子に苦笑しながら私は話を促す
「いえいえ、そんな頭を下げないでください。それでお話ししたいことというのは?」
彼女は微笑みを顔に張り付けてこちらを向きこう言ったのだ
「○○さんは透明な虫を見たことありませんか?」
驚いた、というのが正直な感想だ
今まさに求めていた情報を彼女が持っているのか?それよりもなぜ彼女はこんな相談を私にしてきたのか?
私は一瞬言葉を詰まらせたが、彼女に嘘をつくこともないだろうと思いなおした
「あなたが言う『透明な虫』かはわかりませんが、実は先週から透明に見える虫を飼っているんですよ」
それから私は「バグ」について彼女に話した
彼女はその話を一通り聞き終えると笑顔のままこう言った
「その虫を見せてもらえないでしょうか?」
私は二人を部屋に招き入れた
「バグ」はスマートフォンの上に今もとまっている
私たちは「バグ」を3人で囲むように座った
「この度はお招きいただきありがとうございます。初めにこの虫の説明をさせていただきます。
この虫は〇〇〇〇〇といい普段からどこにでもいるありふれた虫です。
ただほかの一般的な虫と違いこの虫は電磁波や音、静電気などを栄養として食べています。
食べるといっても極少量で体のサイズにも比例するのですが、この地域にいる〇〇〇〇〇は実験の結果ほか個体よりも大きく育ち可視化できるものも出てきているようです。
私たちはその実験の後始末と影響を受けた〇〇〇〇〇の駆除、また○○さんのようにこの生物に気づいてしまった方へのカウンセリングを目的として派遣されました」
訳が分からない。この地域で実験?ものを食べない虫?気づいた人へのカウンセリング?
しかしそんな疑問も彼女に対する妙な信頼感が思考を鈍化させる
「実験の後始末は大体終わり、この地域にいる〇〇〇〇〇も仕掛けたバグザッパー・・・殺虫電灯で数を減らしています。
そんな中、あなたの飼育しているその『バグ』ちゃんは異物を大量に吹きかけられたことにより長距離の飛行ができず私たちの仕掛けたバグザッパーにたどり着けません。更に食べているものがよほど良いのでしょう、個体としては私たちが見る中で最も大きく成長しているようです。
大変心苦しいのですが私たちの目的が〇〇〇〇〇の駆除である以上そちらの『バグ』ちゃんを駆除させていただきたく思います」
彼女はそう言ってこちらと「バグ」を申し訳なさそうに見た
「貴方が望むのならどうぞよろしくお願いします」
私が答えると今まで黙っていた少女が指先で「バグ」を潰してしまった
スマートフォンの上には汚れた砂糖水の塊が砂となって残っていた
「ありがとうございます。目的を達成することができました。」
「私たちはそろそろお暇しようと思います。本日はおいしいお茶をご馳走になりありがとうございました」
私はお茶をしながら他愛もない話をした後、彼女たちを玄関先に送った
「いえ、お気になさらず。なにも出せるものがなく頂いたものをお茶菓子に出しただけですので」
「そうだ、今日の事は他言無用でお願いします。主人が焼きもちを焼いてしまうので」
そう言って彼女は人差し指をあざとく唇につけてそう言った
彼女の甘い仕草と声に私はこの彼女との密会を墓の中まで大切に持っていこうと決めた
あれから数か月たつ
停電はよくわからないまま収まり電力会社のオフィス駐車場には以前と変わらぬ車が並んでいる
私も変わらずノートパソコンのキーを打つ作業をしながら代り映えのない日々を過ごしている
学生のころから妄想が好きでプロット段階でとまっているものが3つほどあります
今回はその1つの1話目という形になります
話的にはクトゥルフや(といってもくどすぎて1巻しか読んでいない)蟲師的なものを目指したい・・・