二、閉じる
ミイフィアとの語らいに疲れたソロクは、自室を出て広い廊下を歩いていた。すると、前方から声をかけられた。
「これは、ソロク殿下。お考えはもう定まったのでしょうか。」
「ヨゼフ殿下であるか。めずらしいな。二週間ぶりか。」
ソロクは第二王子であるヨゼフに声をかけられた。夕刻の礼に出席していたためだろう、新緑の美しい正装をまとっていた。
「ええ。殿下は本日の秋の国のご対応をなさっているとか。」
「ああ。もうある程度の結論は出たが。」
「そうでございますか。」
ソロクはこの義弟が嫌いではなかった。ヨゼフとその妹アマリアは、ソロクと母を違えたが、家族となってからの15年間大きな問題も起こらなかったのは、彼らがソロクに深く干渉せず、王族としての義務を淡々とこなしていたからだろう。
国王は全てを統べる者である。全てと異なるように、他と同等に付き合ってはならない。他者と親密な関係を築くことは権威を下げる。権威を守るため、他の王族は国王を支えるのみに徹しなければならない。また、王族が群れあうことは、一様の人間に近づくことになってしまうため、ソロクは次期国王として最高の威厳を保つため、特に王族との関わりを避けてきた。
「ソロク殿下はお疲れのご様子。迷惑とならぬよう、控えさせていただきます。」
「ああ。そなたも、ゆっくり休めよ」
ヨゼフはあっさりと立ち去った。
ソロクは長い廊下を歩きながら、自分の決断を再考し始めた。
(咲生の解体、、)
ソロクはこの決断に、恐怖を覚えた。それは生まれて初めてのことだった。ソロクはこれまで誤ったことがなかった。次期国王として、完璧な王子であり続けた。
しかし、これから自分のする決断はこの国の在り方を変えるものであった。古より続くこの国の根幹を自分が変えるという恐怖。またこれから先、咲生のいないこの国を想像できない自分に、自分の正しさが揺るぎそうになった。
(それでも、これしか道はないのだ。私は正しい。)
王宮の中でもひときわ重厚なそして、煌びやかな扉の前に立つ。ふうと息をつき、ソロクは進んだ。
「却下する。お前はもう下がれ。」
王の命令は絶対だ。逆らってはならない。それでも、にべもないその言葉に異を唱えたくなった。
「お待ちください、陛下。私は、この国を守るために進言しておりまして…」
「この国は、守られておる。古から今、そして未来永劫だ。そのために、咲生がいる。以上だ。下がれ」
ソロクは、この危機的状況でも考えの変わらぬこの王に怒りのような嘆きのようなものを感じた。今までとは世界が変わってしまったのだ。なのに、なぜ分かってもらえない?
「いえ、咲生を解体するだけではありませぬ!代わりにこの国に、軍を作るのでございます。人間による軍です。軍が国を守るのでございます。」
「人間の軍をもつのは、他の4国がやることだ。我が国には咲生がいる。」
「いいえ、陛下。人間の軍を作ることが抑止剤になるのでございます。軍は戦うためではなく、この国を争い事に巻き込まぬためのものなのです。」
「お前は王を否定したな。もうよい、下がれ。」
王は、神器の1つ、宝杖を手にして一度床についた。カツンと高い音が王の部屋に鳴り響いた。
「陛下…」
「下がれ。」
もう二度宝杖を床についた。これ以上ものを申すことは許されなかった。
「謁見を許可していただき感謝いたします…」
ソロクは悔しさを覚えながら去ることしかできなかった。
(魔法を使う5人では到底太刀打ちできぬ戦いが始まるというのに)
昔からの考えを改めようとしない父親、国王にソロクはただ無力だった。