一、暮れる
城内、城外問わず人がごった返している。一方では踊り狂う人々が、また他方では、水もちや氷菓子を楽しむ人々が、楽しそうに過ごしている。日は沈みかけ、城下はいよいよ歓喜に満ちていた。そんな中、ソロクは、苛立ちを覚えながら自室で1人、友好の書を読んでいた。
「ソロク殿下、陛下がお呼びでございます。後30分ほどで、夕刻の礼が始まりますよ。」
軽いノックの音と聞き慣れた宮仕えの声がする。
「宮の儀礼には出られぬ。そなたはこの状況が分かっておらぬのか。考えなければならないことがあるのだ。陛下にもそう伝えておいてくれ。」
叱りつけるように言葉を成したソロクにまったく動じることはなく、かしこまりました。と小さく答え、宮仕えはすぐに気配を消した。意識を戻し、またソロクは友好の書を読む。
(宮の儀礼などしていられぬ。まさかすでに動いていたとは。)
ソロクを悩ませているのは、秋の国からの友好の書であった。今日の朝、秋の国からの使者が、国にやってきた。たった1人しかいない王子と上院長を連れてくるだけの大規模な謁見であった。ソロクは外国人など初めて見たのでこれに大層驚いた。国書を届ける先があることは認知していたものの、存在を目の前にすると恐怖を覚えた。突然国に入ってきたので、受け入れざるを得ず、ソロクは国王と並んで、友好の書を受け取ってしまった。どのようなことか、秋の国がそんな無礼を働くものかと国王に問えば、まさか3つの季節が過ぎる前に、すでに秋の国からの謁見請願の書が届いていたこと、さらにその1季節後に冬の国からの忠誠疑の書が届いていたこと、またそれらを国王、後妃、咲生がソロクに隠していたことが彼を悩ませているのだ。
(秋の国の使者たちを受け入れてしまったことで、均衡がすでに揺らいでしまった。ここで秋の国と友好を結ぶなどあり得ぬ。国の尊厳が成り立たぬ。しかし、秋の国の忠誠心をこれ以上下げることは、出来ぬ。)
昼過ぎには使者団は帰って行き、ソロクは国王から秋の国の謁見請願の書と冬の国の忠誠疑の書を友好の書と共に半ば強引に奪うと、この件は私が対処すると言い残し自室にこもった。
(そもそも、国王と後妃はどのように対応するつもりだったのか、私がこの事案を一手に引き受けると申さなければ、国はどうなっていたか。また、咲生頼みにするつもりか。)
秋の国の王子カンロ=ハイリはなかなかの切れ者であり、勇敢である。国王のカンロ=ツイリも現状から先見する力は極めて高く、さらに事態にすぐ対応するだけの大胆さを持っていた。ソロクは秋の国に軽んじられることのないよう、決して違えてはならなかった。しかし、他国の存在を民に知られた以上、急速な対応が迫られていた。
(民には明日にでも説明しなければならぬ。しかし、この事柄を一体どのように説明すればよいのか、国の外があるなどと。いや、その前に秋の国と他の三国への国書を送らねば。いや、冬の国に先なる国書を通じた方がよいのか。。)
ソロクの案じる民は、突然の外国人の訪れに驚きはしていたものの、国王が半ばの留め半ばの留めを発する頃には日常の穏やかさを取り戻していた。そんな呑気な民らこそソロクが護るべきものでありいらだたせるものに他ならなかった。
「ソロク殿下、咲生のミイフィアにございます。」
「来たか!遅いぞ、早う入らぬか!!」
ミイフィアの謁見を今か今かと待っていたソロクは、城下が見える反対の窓辺からの来客を受け入れた。
「国王様のお言葉より、131代咲生のミイフィアが参りました。ソロク殿下、お目通りいただき誠に感謝いたします。」
いつものように暗い茶の色の麻布を身にまとった女は、小さくかがんだ忠誠の敬礼を崩さず挨拶をした。その挨拶には答えぬままに、ソロクは怒鳴った。
「表をあげよ、ミイフィア。そなたには問わねばならぬことが山のようにあるのだ。なぜ、他国の侵入を受け入れたのだ!何をしておったのだ!」
ミイフィアは軽く起こした。まったく表情を変えることがないまま答えた。
「全ては我が忠誠のまま。我が国王陛下のお示しに従ったのでございます。」
「な!陛下は外国の訪れをご存知だったのいうのか!」
「さようでございます、殿下。陛下は秋の国の謁見をご存知でいらっしゃったのです。本日であったことはおっしゃっておりませんでしたが、いずれ外国の侵入があるだろうとのことでした。」
「陛下はなんと!そなたになんと言ったのだ!」
「陛下は私どもの預かりし力は使うなと仰ったのです。」
「なぜ!」
「私には理解しかねます。私に出来ることは、陛下のお示しを体現することのみにございますから。」
「このっ!相変わらずっ!私は陛下ではないぞ、そなたは我の申すことが聞けぬと言うのか!」
「はい、その通りにございます、殿下。私には殿下のお示しには従えませぬ。私は陛下にお仕えする身にございます。しかし、陛下からこの一件に関しては殿下に従うよう伝えられておりますので。何なりと。」
このような非常事態というのに日頃と何ら変わりのないミイフィアの様子を知り、怒りを通り越して冷え切った気分になる。ミイフィアはいつもそうだ。ソロクが、咲生の代替わりからミイフィアに初めて出会いもう10年もなるというのに、ソロクの望む答えを出すことはない。
「まあよい、過ぎたことは、後にでも考えれば。今早急にすべきことは2つ。そのためにそなたに確認せねばならぬ。」
「はい。」
「秋の国が謁見請願の書を出したのは、夏の国が春の国を支配下に治め、4国の均衡が崩れたからであるな。なぜ国王陛下はその事案に対応しなかった?」
「秋の国からの謁見請願の書は、他の4国と国王陛下の謁見を望むように書かれておりました。ゆえに陛下は国の強さを示すためにこの事案を廃棄なさいました。」
「いや、仮に秋の国とのみ謁見請願を認めるのであれば、秋の国の優遇し、夏の国を非難することにほかならぬ。それに国の尊厳も他の4国と同様になってしまうしな。しかし、秋の国は他の3国と共に国の謁見を願い申してきたのであろう。なかなかカンロ家も上手い措置ではないか。それならば、国が4国に対して、均衡を保つよう申しつければ、夏の国の非難にもなるし、春の国を守ったことにもなる。」
「はい、しかし、それでも国の尊厳を失ってしまいます。今まで2800年もの間、国は他の4国と基本的な関わりを避けて参りました。それこそが接触したが最後、夏の国の脅威を他の国々と我が国民に伝えていることに他なりませぬ。」
「その点はもう仕方のないことであろう。認めたくはないが、夏の国の力は強大だ。」
「ええ、しかし、、国王陛下はカンロ家の力の増大も懸念されておりました。」
「秋の国の?」
「はい。もし国が秋の国の謁見請願を認めたならば、それは他の4国の意志決定に他なりませぬ。謁見請願で4国を集めた時点で、もう春の国は解放されるのですから。。そもそも、秋の国が最も国を軽んじているのでございます。」
「む。まあ。確かに。国に突然乗り込んでくるなど、。むう。それで、冬の国からの忠誠疑の書も読んだのだが、その時の陛下のご対応は?」
「依然として、何も。秋の国から書を受け取ったくらいで、冬の国もわが国に疑いをかけてくるなど、甚だ無礼だとおっしゃり、返書もしておりませぬ。」
「しかし!結論として、わが国は受け入れてしまったではないか!2800年ぶりに外国を!!」
「ええ、殿下。にして、どのようなお考えで?」
「そなたは!」
「私のすべきことは国を護ることにございます。ゆえに、陛下の傍に控える咲生の機会を増やすことを請願します。」
「なっ!!!この期に及んで!まだそのようなことを申すか!」
ソロクは美しい白塗りの壁を思い切り叩いて、叫んだ。
「もうそなたは必要ない、出て行け!!」
ミイフィアはそっと立ち上がり窓辺へと向かうと、音もなく暮れの空を駆けていった。