東京オリンピック&パラリンピック、どうするのがいいかさらに考えてみた。
前回、「東京オリンピック&パラリンピック、どうするのがいいか真剣に考えてみた。」という短編を投稿しましたが、その補足になります。宝くじかクラウドファンディングで資金を集め、当選者のみオリンピックとパラリンピックの観戦ができるようにすれば、経済的な効果を得つつ、感染の拡大を抑えられると思います。開催しないというのも一案です。ただ、経済的なダメージや開催を楽しみにしている人の気持ちを考えると、安全な開催の道を検討し尽くしてから中止を考えてもいいのではないでしょうか? 開催まであまり時間がないのが厳しいところですが、日本のそして世界の人が本気で力を合わせれば、安全度の高い開催も可能となると思うのですが……? この作品に登場する2人の少年たちは、安全なオリンピックとパラリンピックの開催のためのアイディアを次から次へ出していますので、読んでみてください!
「いや、あれからちょっと思いついたんだけど――」
天平は、いきなりそう切り出した。
僕は宇美 結理。小学六年生。
同じ年齢の保志 天平は、僕の親友だ。
天平とはよく連絡を取り合っていたが、新型コロナの感染が問題になってからは、どちらからともなく連絡を取り合うのが『日課』状態になっている。
学校が同じだったら感染予防したうえで顔を合わせて話をしてただろうけど、僕と天平は通う学校が違う。だから、電話やスカイプなんかを使って話してる――毎日毎日。
自分で言うのもなんだけど、よく飽きもせず二人で話をしてるなって思わないでもない。ないんだけど――話題には事欠かない日々だ。
毎日毎日 語らっているからか、天平の言う「あれから」も、すぐに何のことかピンとくる。こういうの、ツーカーっていうんだっけ?
「オリンピックとパラリンピックのこと?」
僕が確認すると、
「うん。そう」
僕がわかるのを疑わない様子で、天平がうなずく。
前の日にオリンピックやパラリンピックはどうすればいいか意見を交わしたところで。天平は「マスコットキャラのロボット売りたい」とか「聖火ランナーを応援する観覧権を売りたい」とか……またいろいろ言ってたなあ。それで、僕らの間の結論としては、オリンピックとパラリンピックは、感染リスクを考慮して中止した方がよければ中止するし、開催する場合は無観客開催にするのがいいんじゃないか? という話で落ち着いた。
ただ――。
ただふつうに無観客開催をしようという話にはならないのが天平で。
宝くじかクラウドファンディングで大会を開催するための資金を募って、くじの購入者やクラウドファンディングの寄付者の中から抽選で数組は観戦できるようにするといいんじゃないか――という、豪華観戦ツアー案を打ち出した。
この豪華観戦ツアー案というのが、やっぱり天平らしいおもしろさで。
まず、当選者には感染予防のための講習を受けてもらい、ワクチンの接種も、受けられない事情が特になければ受けてもらう。それから抗体検査やPCR検査も必要に応じて実施したうえで、さらにマスクの着用など感染予防に取り組んでもらう。それらの条件を守ることを了承した人にだけ観戦権利が与えられる。そうして観戦権利を得た観戦権利者がツアー中にもしも感染予防をしなかったら、観戦するためにかかった費用を自己負担してもらう。
交通手段や宿泊施設もツアー主催者が用意する。飛行機は「チャーターするくらいの勢いで」用意すると天平は言ってたけど、それって要するに、当選者が移動中に感染したりさせたりすることがないように、当選者の周囲一定の範囲に他のお客さんが座らないよう、飛行機の座席数にゆとりをもたせる、ということを言ってたんだと思う。
ワクチンを打った人はソーシャルディスタンスをとらなくたっていいんじゃないかって思う人もいるだろうけど、ワクチンを打った人でも念のために人との距離をあけておくことは大事なことだと思う。変異株のことがよくわからないから。もしかしたらいま使われているワクチンでは効かない変異株が存在するかもしれないので、とにかく、人との距離はあけておくに限る! と思う。
それだけ感染予防を徹底したうえで、観戦権利者は東京に数日間 滞在し、複数の試合を観戦する。
滞在中は観光は禁止。もしも観戦権利者が変異株ウィルスの保有者だった場合、あちこち観光に出かけられてしまうと、変異株の感染が日本で広がってしまうかもしれないから。
同様の理由で、滞在中に他の観戦権利者とも接触しないようにしてもらう。そうしないと、変異株が観戦権利者間で広がって、東京から世界へ広がってしまうことも考えられる。だから、せっかく日本に来たんだから観光もしたいだろうけどそこはごめんなさいということで、観光などには出ないようにしてもらわないと。
その代わり、ホテルで舞妓さんの踊りを見ることができたり、ホテルに花をたくさん飾ってあったり、その花の中から気に入ったものを特殊な乾燥剤を使って自分でドライフラワーにして持ち帰れるようにしたり……観光に行かなくても日本で楽しく過ごせるようなプランを用意する。
そのプランは、できればコロナの影響で経営が厳しくなっている事業者を巻きこんだものにして、事業者の支援にしたい。
――といった具合で。
確かに、天平の考えた観戦ツアーは、実現したらかなりの、というか、相当に豪華な仕上がりで。それでいて、感染対策をしつつ経済効果も期待できる内容に……なってると思うんだよね?
昨日の段階で、結構いろいろ盛りこんだツアープランができていたと思うんだけど――。
「何? 何か思いついたんだ?」
僕が話を促すと、
「あのさ、当選者の権利なんだけど――」
「うん?」
「当選して、日本行くぞー! 観戦するぞー! ってなった人はさ」
「うん」
「チケットが当たりました! ってところから、当選者と同行者たちが感染予防の講習を受けるとことか。大会スタッフから観戦ツアーの日程聞いたり、ツアー中はどんなことができてどんなことができないかっていう説明を受けたりするとことか。ツアーの基礎的な内容とは別に、ほら、有料で自分の好きなオプショナルツアーも選べるといいと思うって言ってたけど、どんなオプショナルツアーがあるかをスタッフから紹介してもらって、その中から、『コレやりたい!』『こっちやろうよ!』『いや、そのプランよりこっちのプランの方がリーズナブルだからこっちかな?』とか、当選者たちが選ぶ様子とかをさ、自分たちで好きに動画に撮ったりするだろ?」
「うん?」
「それから、ツアーの初日はお迎えの車に乗って、空港に行って、飛行機に乗って、日本について――いちおうPCR検査とか受ける? 検査やるかどうかその辺は感染症のプロに考えてもらって――ええと、ホテルに行って、そんで、感染予防しながら、ごはん食べたり、観戦権利者向けのおもてなしプランを受けたりして、あと、いちおう毎日、健康のチェックとかしてもらって、そういうのも撮影しとくだろ? そんで、大会が始まったら、自分たちが観戦できる競技は観戦するわけだけど、そのときは、自分たちの見る競技を自分たちの好きに撮影できる! ってことにすんの」
と、最後に、天平が目をキラン! とさせる。ドヤ顔ってヤツ?
最初は昨日の話の内容をなぞっているだけだと、ふんふんふんと聞いていたけど――天平が最後に言ったことが引っかかる。
「撮影できる? ――競技を?」
あれ? けど、オリンピック関係の映像は、確か、好き勝手に撮影するとか放送するとかできないんじゃ――?
「撮影とかは、オリンピック委員会の許可が――」
と、途中まで言いさして、天平の意図するものに気が付いた。
「撮影権? 撮影権も特典にする――?」
閃いた考えを、言葉少なに天平にぶつける。
「そゆコト~!」
天平がにっこり笑う。
「えっと、撮影するっていうのは、記念的な? 自分たちの思い出として撮影しておくってこと? それで、大会が終わってからも撮影した動画を見返して楽しむために、撮影してもいいよ、ってこと?」
競技を撮影? ――それって大丈夫なわけ?
「それは――撮影したものを撮影した本人が見るだけなら、なんの問題もないと思うけど……」
僕は訝る。
スマホに撮った映像を知り合いに自分のスマホでその場で見せる、くらいならいいかもしれないけど――。
「撮影者が、自分の撮影した映像を人に送ったり、何かにコピーして売ったり、勝手にネットにあげたりしたらどうする? 自分の手元に映像があったら、人に見せたいと思うだろうし。いい映像だったら……お金出してでも買いたがる人がいたら? テレビ局がほしがったら? 自分が撮った映像を売ろうとする人も出て来るんじゃないかな?」
そういうのは、やっていいことなのかな?
「――オリンピック関係の映像はオリンピック委員会が権利を持っているんじゃないっけ?」
頭の隅っこをうろちょろしている記憶を捕まえようとして捕まえきれず、おぼろげに思い出したことだけ口にする。
「なんだっけ? そういうの……放映権? とか言うんだっけ? ――オリンピックって、世界各地のテレビ局とかに、競技とかを撮影して放送していいことにする代わりに開催にかかる費用の一部を負担してもらうっていうか。テレビでオリンピックの競技を放送する権利を売って、オリンピックを開催する資金に充てたりしてるんだよな? 確か」
天平が僕の中で引っかかっていたことを汲み取って言葉にする。
「そうだよね? だから――テレビ局からしたら、自分たちはお金を、それもたぶんものすごい大金を払って競技を放送するのに、それを、観戦権利者が撮影してネットにあげて誰でも無料で見られる、なんてことになったら、おもしろくないんじゃないかな? というか、テレビ局とネットの映像が競合してしまわない? 視聴者を奪り合うことにならない?」
僕の懸念に、天平はあっさりうなずいた。
「うん。っつか、要するに、『放映権』を当選者の特典につけちゃえば? って思って」
天平が再びドヤ顔。
「あ。そういう――?」
そういうこと――?
放映権を――放映権を特典にする?
「それってすごいんじゃない? 大盤振る舞いっていうか、ホント、テレビ局って大金払って買ってるんだよね? それを特典につけちゃうって?」
放映権を特典にするということは、自分が撮影した動画や写真を自由にネットにあげて公開することができる、ということ、だよね?
もしもそうできるなら、それは、ただ、オリンピック見たよと人に自慢できるというだけじゃなく、収入に繋がるはずだ。撮影した動画を、例えば、テレビ局が使いたいって言ってきたら、テレビ局から、動画の使用料をもらうこともできるだろうし。何より、動画サイトにあげれば再生回数を稼げるだろうから――たぶん――それはお金になるはずだ。再生回数が多くなることで広告料がたくさん入ることになるだろうから。
「美術館とかは昔は撮影は厳禁だったけど、海外では美術館で展示されているものを来館者にSNSにあげてもらうことで、それを見た人が興味を持って来館してくれるパターン狙って、美術館内の撮影をOKにするケースが増えてるって聞いたことあるんけどさ?」
と天平が説明を始める。
「聞いたことある」
と僕。
SNSに写真や動画をあげてもらうことが宣伝に繋がるらしい。
「海外では増えてるけど、日本では美術館なんかでの撮影を禁じてるとこが多くて、日本は遅れてる、みたいな話だよね?」
そんなことをテレビで言ってた気がする、と僕が言うと、天平も同じような話を聞いていたらしい。
「あ、オレもそういうの聞いた。もっとSNSを活用しなきゃ! みたいな? ――まあ、確かにSNSの効果はすごいんだろうから、言いたいことはわかるけど。なにごとも一長一短あるだろうしな? 著作権とか肖像権とか、あと、パブリシティ権? とかいうの? なんかいろいろ守られるべき権利とかもあるだろうし。その辺はどうするんがいいんか、オレはまだよく考えきれてないけど」
と首を傾げる。
著作権や肖像権はそこそこ耳にする権利だと思うけど、パブリシティ権はあまり聞かない、かな? 肖像権は文字通り『肖像』、つまり人の顔や姿を扱うときには本人の許可がないとよくないよね、みたいなことで。パブリシティ権は、肖像の持つ『お金を生み出す力』を守る権利、みたいな感じ? たぶん。要は……肖像権もパブリシティ権も、撮られる側の権利、みたいな感じ、かな?
一般人でも、例えばストーカー被害にあったことのある人で、SNSに自分の写真がさらされるのは怖いっていう人がいたとして、その人の写真を別の人が勝手にSNSにあげちゃってたら、それは本当にやめてほしいことだったりすると思うし。
有名人だったら、誰かが自分のSNSに勝手に有名人の映像を使っちゃって、その有名人のファンがいっぱい見てくれて、再生回数が増えた場合、有名人のおかげで再生回数が上がっているのに、有名人にお金が入るんじゃなく、勝手に有名人の映像を使った人に広告料が入って収入が増える、なんてことになるのは、有名人の人にとって損っていうか……やっぱり、仕組みとしておかしいって思うし。
いろいろ難しい問題もあるから、何かを撮影したり、撮影したものをSNSにあげていいか――もっというと、不特定多数の人の目に触れてしまうような公開の仕方をしてもいいか――とか、そういうことに関しては、いっぱい考えて、イヤな思いをする人がないようにしなくちゃいけないって思う。
それに、スポーツやコンサートなんかは――視聴者が自分の好きにカット割りできるっていうか、好きなアングルから、まるで自分がドローンカメラの操縦してるみたいに試合やパフォーマンスを見ることができるようになる、みたいなんだよね? 自由視点映像、だったかな? 技術的にはもうだいたいできてるっぽいような話みたいで……?
だから、そういうのがふつうになってくると、テレビ局が撮影するとか、観客が撮影するとか、誰がどう撮るかってことに意味がなくなってしまうかもしれないのかな? って思う。主催者というか映像の権利者が自由始点映像の映像を作ったら、それを見たい人が買って、自分たちの好きなアングルで見るようになったりするのかも? なんて思ったんだけど。……どうだろう? よくわからない。
けど……。今の段階では、天平が言うように、放映権が当選の特典につくとなると、競技の映像をうまく活用すれば大きな利益を得られる可能性があるから――放映権は、魅力的な特典になる、よね?
「当選して観戦することになった観戦権利者には、試合会場に入るとことか、自分の席に座るとことか、自分の席から周囲を眺めたり、『試合開始まであと十分。ドキドキするよ~』とか、リアルな感じで撮ってもらってさ? 試合がはじまったら、自分が応援しているチームを応援しながら撮影したりとかすっとおもしろいんじゃないかと思うだよなー」
天平が考えこむ口ぶりで言う。
「リアルな感じ?」
リアルな感じってなんだろう?
僕は天平のイメージしているものを推し量る。
試合会場に入るところからライブ映像みたいな感じで撮るってことかな? それって、狙いは――。
「実際にリアルタイムで映像を流せってことじゃなくて。っつか、テレビもライブ中継やるから、観戦者がリアルタイムで映像流してもネタバレみたいな心配はしなくて大丈夫とは思うし。――なんていうか、観戦者が撮る動画って、その人の動画を見てると自分が観客になって実際に見ているような気になっちゃうような映像になるんじゃないかと思ってさ? そしたら、観戦チケット持ってた本当だったら自分が観戦できたはずの人とか、チケットは取れてなかったけど自分も会場で観戦したかったって思ってる人たちに喜ばれるかもしんないな~? とか思って」
観戦者だから撮れる映像ってあるんじゃないか? と天平が言う。
ネタバレというのは、試合の勝敗のことだろう。テレビだと、生放送ではなく、録画放送する場合、試合を見ている観客がリアルタイムで試合の進行をSNSにあげ、試合結果を公開してしまうと、試合会場にいない人は、テレビで試合を見る前に勝敗を知ってしまうことになる。そのことをネタバレと表現したんだろう。
試合をリアルタイムで観戦していた人が試合終了後すぐ試合の結果を公開してしまうと、テレビで試合を見ようと思っていた人が「え? こっちが勝ったの?」と勝敗をわかってしまって、試合を見るのがおもしろくなくなる、なんてことにもなるわけで。そんな、推理小説を読み終えていないのに犯人を教えられてしまうような目にあう人がいないように、試合結果の公開は慎重になることも大事なことだとは思う。
ただ、テレビで試合を放送する前に試合結果だけニュース速報で知らことされることもあるから、試合結果のネタバレは、SNSで試合結果の即時配信をするかどうかだけの問題ではないんじゃないかと思うし。オリンピックやパラリンピックはそもそも、テレビではライブ中継することが多いだろうから。観戦者がリアルタイムで試合の動画を流しても、それがネタバレだと問題になることはないだろうなと思う。
となると――。
観戦者がライブ配信したら、その動画を見る人は、より、自分が観客席にいるような感じになるだろうか? 自分も当選して観戦してるみたいに思えるとか? 自分も観戦している気分でオリンピックやパラリンピックを楽しめるとしたら――それはそれでいいかもしれない。
「観戦者だからこその臨場感のある映像、ってことか……」
「そーそー。臨場感!」
「それだと……選手のプレイがよくわかるように撮られたキレイで的確なプロの映像とは別ジャンルっていうか? テレビの放送はテレビの放送として、観戦者の動画は観戦者の動画として、どちらの映像もそれぞれに視聴者は楽しめる、かもね?」
テレビはテレビの良さ、動画は動画の良さが見られる、かな?
テレビ局の放映権をすでに売っているだろうからには、その権利をおびやかすようなことを後付けでやるべきじゃないと思うけど、天平の考えてる通りにいけば、それはそれで、テレビとSNSとで両立できそうな気はする、かな?
ただ――。
観戦者の観客目線の動画ということは、観戦者の私情が入るということ、じゃないのかな?
それこそ、観戦者が応援するチームが点を入れて観戦者が『よっしゃ!』って喜んでる様子もバッチリ配信されてしまうかもしれない。最初は冷静に観戦していても、ついつい応援に熱が入って……なんてことになってもおかしくない気がする。
もしもそんな動画が配信されたら、それを反対チームを応援してる視聴者が見て、『おいっ! なに喜んでんだよっ!』ってムカッとされてしまうかも? ――と考えて、はたと気づく。
「オリンピックやパラリンピックだけじゃなく、今はどんなスポーツも応援するときはマスクをして声を出さずに拍手だけで応援するようにしなきゃいけないから、そこまで激しく相手チームを罵倒するようなことにはならないか……?」
と頭の中を過ったことを、僕は無意識に声に出していた。
「臨場感のある観客目線の動画がいいんじゃないかっつっても、観戦者が調子に乗っちゃって応援してるチームの対戦相手を罵倒しちゃって? そういうのまんま生配信されちゃったりしたら、さすがにマズいって?」
僕の発言にすばやく反応し、天平が話しかけてくる。
「うん。海外のサッカーファンとか、けっこう過激な人いたりするって聞くし。相手チームを罵るだけじゃなく、応援してるチームの選手がミスしたらけなしまくったりしてたら、そういうのは聞くに堪えないっていうか――ダメじゃない? そんな動画って」
同じチームを同じ気持ちで応援する人なら、逆に、そういう動画の方がうれしかったりするのかもしれないけど……そういう喜ばれ方は、違うんじゃないかな? そんな動画が存在すること自体、ダメな気がする。
誹謗中傷になるならないは主観によるところが大きくて、判断が難しい。だからこそ自分の発言は、本来、マナーや心がけというものによって自主規制されるものであって、誰かに制限されるものではないと思うんだけど。だけど――。
「まあなあ……」
天平も難しい顔だ。ため息をついて、
「オレは、偏った見方でも打ち出せるのがSNSっていうものだと思うし、投稿する側より視聴する側が何を選んでいくかっていうことの方が重要だと思うし。罵倒はダメだとしても、相手のことを考えて厳しいこと言ってる場合もあるだろうから、批判的な内容が含まれてたら即アウトっていうのもないな、って思うんだけど。――だからといって!」
と、語気を強める。
天平は、『陰口は否定しない派』だ。否定しないというと肯定しているように誤解されそうだけど、そういうことでもなくて。
人を恨んだり羨んだり憎んだり怒りを覚えたり蔑んだり同情したり卑怯なことを考えたり……マイナスの感情を持つことは誰だってあって。そういうマイナスの感情を自分の外側に吐き出さずに溜めこむと、マイナスの感情が毒になって心がむしばまれてしまうことがあるから、吐き出すことが必要なときもあるって考え方なんだ。
ただ、そういうマイナスの感情ってオープンにしてしまうと、誰かを傷つけてしまうこともあるから、みんなにわかるように言うんじゃなくて。誰か話のできる相手にだけ打ち明けるのならいいんじゃないかってことで。――それが結果的に『陰口』の状態になるということで。
そのさらに奥にあるのは、「人を悪く思うことや人の悪口を言うことが問題になるんじゃない。人への悪意を広めることが問題なんだ」という考えだ。
つまり――陰口は否定していないと言っても、誹謗中傷はよしとしないのが天平だ。
「誰かがSNSでひどいこと言われてて、それが本人を含めた不特定多数の人の目に触れるような公開のされ方しててもいいかっていうと――それはやっぱ『よくない!』って思うもんな」
はぁっと天平が息を吐き出す。
天平の言うように、それはやっぱよくないって僕も思う。
テレビだと、公平な内容を放送できるように長い時間をかけてルール作りをしてきていて、そのルールに基づいて放送内容が決められていて、ルールの内容は、テレビの放送に関して問題が起きるたびに見直されていると思うんだけど……それでも、公平な内容の実現は難しいみたいだよね?
『公共の電波』として規制の多いテレビでさえ、番組を作るにあたって問題があって人を傷つけたり苦しめたりすることがあるのに。より好き勝手な発言ができてしまうSNSではなおのこと、人を傷つける内容になっていないか――気をつけたいって思う。
人の注目を集め視聴率を稼がなければテレビは仕事として成立しない。だけど、視聴率に気を取られておもしろおかしくしようと走ってしまうと、人を傷つけていたりする。そしてそれは、SNSに動画を投稿して広告料を収入にしている人にも同じことが言えると思うし。それから――経済を回すこととコロナの感染リスクを抑えることを両立させるのが難しい問題とも似てる気がする……。
「観戦者をそれなりの数入れられるならいろんな人の手による動画がSNS上に上がるから、視聴者が、誰かを貶めるような内容になっていない動画を選んで見るようにすることもできるかもしれないけど……。観戦者が少ないと偏った内容の動画しかないから選びようがない、なんてことにもなりかねないよな……? んー、そだなー、観戦者はどんな動画でも好きに撮ってSNSに上げていいですよってしちゃうの、ちょっとマズいかも……?」
腕組みをして考えこみ始めた天平を見て、このままだと長くなりそうなので、
「とりあえず、試合は基本的に拍手で観戦することになるだろうから、誰かを罵倒するような内容にはならないだろうし。試合会場に入るとことか、ライブ配信するのはいい考えだと思うよ?」
とりあえず、言いたいことを言ってみると、天平の顔がパッと輝く。
「いいよな? 試合だけじゃなくってさ、観戦ツアーのおもてなし体験いろいろも観戦権利者がSNSにあげてくれたらいいと思って」
「おもてなし体験っていうと、舞妓さんの踊りを見たり、とかだよね? あとは花を飾ったり?」
舞妓さんの踊りや花をたくさん飾るというのは、天平が話していたおもてなしプランだ。
「そうそう。花の写真がSNSに上がったら、世界各地で『え? こんな花、日本にあるんだ?』って興味もってくれる人が現れるかもしれないし。ドライフラワーにする乾燥剤なんか、世界中の花好きな人に革命起こすんじゃないかって思うし」
天平は楽しそうに話す。
日本の花農家さんたちが、東京オリンピックやパラリンピック用に菊の花を品種改良していろいろな色や形の菊を作っていると、以前テレビで言ってたし。生花をプリザーブドフラワーよりフレッシュなままの状態でドライフラワーにできる乾燥剤が開発されているというのもテレビで紹介されていた。
菊の花っていうとちょっと地味めなイメージ持ってたけど、新しい品種はびっくりするくらい華やかな花になっていたし、新しいドライフラワーも、しわがれた感じがどこにもない、びっくりするくらい生花みたいな仕上がりになっていた。
日本が世界に誇れる花や技術だと思うけど、どちらもまだ世界でよく知られていないものだろう。それが観戦権利者のSNSで紹介されたら――宣伝効果は高い、んじゃないかな?
SNSでの宣伝効果はともかく、単純に観戦権利者の人が喜んでくれるだろうって、想像すると楽しくなる。舞妓さんの踊りも海外の人には喜ばれるだろうし――日本の人でも喜ぶと思うし。
「食事も、日本はいろんなおいしいごはんあるから、いろいろ食べてってほしいよな♡ ホテルに到着したときにはウェルカムドリンクで抹茶と和菓子のセットが出て来たり、日本のおいしいスイーツもいろいろ食べれるようにしておくとさ、試食してSNSにあげてくれたら、いい宣伝になるって思うんだよ?」
天平はにっこり笑う。
SNSにはいつでもおいしそうなお菓子やグルメの写真や食べているところの動画、咀嚼音を聴ける動画なんかがあふれてて、見ているだけでしあわせな気分を味あわせてくれたりする。
確かに、観戦権利者がSNSにあげてくれたら、日本のスイーツのいい宣伝になりそうだ。
「日本のお菓子って、各地の銘菓もあるし、量産されてるお菓子の種類もハンパじゃないし。海外で売られてるお菓子だったとしても日本限定で売られてるフレーバーがいろいろあって、日本でしか買えなかったりするっていうもんね?」
と言ってる間に思いついた。
「ソフトクリーム。ソフトクリームは? ソフトクリームバー、みたいなのを……観戦権利者の滞在ホテルに作る? それか、試合会場にソフトクリームのスタンドを出すとか?」
「ソフトクリームバー?」
「ソフトクリームって、すごくいろいろなフレーバーがあるみたいだよね? 太宰府なんかでもいろいろな味のが売られてるの見かけたけど、日本の場合、ご当地ソフトなんかもいっぱいあるみたいだし、そういうの、海外の人に喜ばれないかな? ソフトクリームって、全世界の人に共通で好かれる食べ物のひとつだと思うんだけど……?」
「おお! いけるんじゃないか? 夏にうれしいソフトクリーム♡ 特に、しょうゆ味とかみそ味とかウケそう♡ あ! 八女茶ソフトも好かれるやろ♡」
「プレミアムもいいよね!」
「しじみ味とかは……どうだろう? ある意味、ウケそうな気もするけど」
「チャレンジャーだね。しじみ味」
と、二人で観戦権利者にどんな食べ物やスイーツを薦めたいか意見を出し合う。
ひとしきり出し合って一息つくと、
「あ、そうそう! オレ、すんげーいいこと思いついたんだった!」
天平がぽんと手を打つ。
「すんげーいいこと?」
「そう! あのさ――」
「うん――」
「観戦ツアーの特典なんだけど」
「うん――?」
「夜の動物園風ツアーってどう?」
「んん――?」
夜の動物園「風」ツアー?
「夜の動物園」なら、夜間に動物園で動物たちの夜の様子を見るツアーのことだってわかるけど、「風」ってなんだろう?
首を傾げる僕に、天平が自分の考えを語り出した。
「観戦権利者には徹底して感染予防してもらうのが大事だと思うんだけど、そうなると、せっかく日本に来たのに東京観光もできないし、買い物だってできなくて、残念、ってなると思うんだけど。それじゃあ、やっぱり日本としてももてなし足りないというか、どうせならもっとめいっぱい楽しんでほしいと思うわけで――」
「だから、滞在ホテルにイベントが出向く、みたいな感じで、盛り上がってもらおう、ってことだよね?」
「それにプラスして! 他のお客さんと接触しないような形でショッピングとかできればいいと思って」
「他のお客さんと接触しないような形で――? ソーシャルディスタンス保持型ショッピングってこと?」
「そゆコト! ほら、夜の動物園とかナイトサファリパークとかって、動物園やサファリパークの閉園後に、予約した人だけ園内に入れて見て回ってもらうわけだろ? んで、それをショッピングに応用すんの!」
「ショッピングに――?」
閉園後に動物園を回るツアーをショッピングに応用……と、天平の言うことを考えてみて、ハッとした。
「ん? 閉園後――?」
僕が天平の考えに行き当たったことを見抜いて、天平が正解を言う。
「閉館後のデパートやショッピングモールで買い物できるツアー! どう?」
天平が声を弾ませる。
「閉館後に、観戦権利者だけでデパートとかでショッピングして回れんの。感染予防の監督っつーかサポート役を兼ねた案内係をつけて。ついでに通訳もできる人だといい。それだったら、一般のお客さんと接触しないで見て回れるから、感染リスクはかなり低くできるんじゃないか?」
どう? どう? と天平の目が問いかけて来る。
天平のプランでいくと、閉館後に――要は、デパート貸し切りで――買い物ができるということ、だよね?
「それだと確かに感染リスクは少なそう、だよね? 観戦権利者を……一組だけでデパート一棟 貸し切りっていうのはいくらなんでも不経済だと思うし、感染リスクを抑えるって言ってもそこまで少人数にする必要はないと思うから、観戦権利者を何組か入れるとして、それじゃあ何組入れていいか、とか、考える必要性があると思うけど――」
「その辺はショッピングの希望者とか、デパートの受け入れとか、あと、移動は観光バス使う? とか、いろいろ調整する必要があるよな?」
天平が思案顔で言う。
言われてちょっと引っかかった。
「受け入れ……調整……」
あ。思い出した。
前日に天平と話したあと、図書館で借りた本を読もうと手に取ったら、分身ロボットを作った人が書いた本で。それを見て――。
「そう言えば僕もあの後ちょっと思いついたことがあったんだけど――」
「お? ナニナニ?」
食いついてくる天平に、前の日に思いついたことを語り始める。
「分身ロボットってあるだろう?」
「分身ロボット? ……って、アレか。身体はロボットで中身が人間なヤツ?」
身体はロボットで中身が人間って――。
「それじゃあ着ぐるみみたいだよ?」
あるいはロボットスーツ?
身体を動かすのに不自由を感じる人が、着ぐるみを着るように衣装型の機械のスーツを着ることで身体を動かせるようになる補助具――みたいなものも、いずれは商品化されるだろうし、もしかしたらもうどこかで開発されているかもしれない。
だけど、分身ロボットはそういうロボットではなくて――。
「そか? えっと、見た目はふつうのロボットなもんだから、AI 搭載してて、AIが動かしてるロボットだと思いそうなもんだけど、実はAIが動かしているわけじゃなくて、人間が遠隔操作で動かしてるっつーヤツだよな?」
「そうそう」
天平は前にそのロボットの見た目を「割とロボットロボットしてる」と表現していたけれど。「ロボットロボット」しているという言い方が適当かはわからないけど、人型ではあるものの、某ホテルの受付係の女性型ロボットのように人間と見間違うような姿をしているわけじゃなく、明らかにロボットらしい外見のロボットだ。
生きている人そのものっぽくしなかったのは、人形浄瑠璃の人形のような、見る人の想像力をかきたてるようなデザインにした結果らしくて、それはなるほどっていうか。人間と――自分自身と――まったく同じ質感のボディが作れるんならそうするんだろうけど、今の技術だとまだ限界があるだろうなって思うから。そうなると、AIで動かすのではなく人が動かすからこそ、やたらなボディでは嘘くさそうになってしまいそうっていうか……?
できるだけリアルに人の顔を再現したかぶりもののマスクしてる人って遠目にはふつうの人っぽいけど、近くで見たらやっぱり違和感バリバリ? 何より、マスクの目には意志が宿ってないから、ヘンな感じに見える。その点、戦隊ヒーローとかのロボットっぽいバトルスーツを着たスーツアクターの方が、ちゃんと「人」って感じがするもんね。表情が見える気がする。
「んで、その場にいない人がロボットを操縦してロボットに自分の代わりに何かをさせることができるっていうんで、入院してる人とか身体動かすの大変な人とか家から離れられない人とか、そういう人。えっと、外出困難? な人でも、ロボットを通じてカフェで接客の仕事したりできる、とかいうのだろ? 中身の人、じゃないや、操縦する人。操縦する人のことは『パイロット』っつーんだよな? 確か」
天平が自分の記憶からロボットの情報をピックアップする。
「テレビのニュースかなんかで初めてそのロボットの人がカフェで働いてるの見て、『えっ? 現実世界でこんなんやってんの!』ってびっくりしたもんなー。外出困難者が社会で働いたり遊んだりしようとしたらバーチャルな方向にしかいかないと思ってたけど、こういう形で物質的にやるやり方があるんだなーって」
うんうん。僕もそう思う。
分身ロボットの何がすごいって――ロボットの遠隔操作を思いつく人はいるかもしれないけど――実際にそれをカタチにして現実のものとして生み出して、そのロボットを人に利用してもらえているってところがすごい! と思う。
「分身ロボットがあちこちにいるのがふつう、みたくなるといいよなー。それこそ、ゆくゆくはさ、ほら、レンタサイクルみたいな感じで、地方や海外なんかにも分身ロボットのいる――『ホーム』? 『家』? ができて。そこで誰でも分身ロボットをレンタルできちゃって? 遠隔操作でどこででもなんでもできる、みたいになったら楽しいだろなー。ある意味、『どこでもドア』?」
と天平がほっこり語る。
――なるほど。
天平が言うように、世界各地で分身ロボットに自分を投影できるようになったとしたら、それって――。
「世界各地と分身ロボットで繋がることができる――」
――ってことかな?
僕たちの目に、また新しい未来が見えてくる。
「『世界各地と分身ロボットで繋がる』かあ。いいな♡ そういうの。――ん? あれ? もしかして、分身ロボットの力を借りれば、イスラム圏の、女性への制限が厳しい地域の女の人も、自由にあちこち行きやすいかもしれなかったりするってことか? んん? 中国でスパイ容疑かけられて身体拘束される危険もなくなったりすんのかな? いや、逆にスパイがしやすくなるとか? っつか、分身ロボットだと黒人か白人かなんてわかんなくなるよな……?」
と、天平が自分の思考にダイブし始める。
このままではがっつり! 分身ロボットの話に行ってしまう。
それはそれで興味深いけど。
その話はまた今度、ということで――。
「それでね? オリンピックやパラリンピックのサポートをするのに、分身ロボットとパイロットが参加してくれたらいいんじゃないかって思ったんだよね」
僕が話の本題を告げると、
「あ? あ。……あああああぁ!」
と、天平が「あ」の三段活用で理解してくれる。
意訳すると、最初の「あ?」は「ん? どゆコト?」、二つ目の「あ。」は「あれ? もしかして?」、最後の「あああああぁ!」は「その手があったか」、かな?
天平の興味を引いたところで、僕は話を進める。
「それで、実際そういう話が出てるかもと思ってネットで検索してみたら、やっぱり分身ロボットでボランティアやりたいって考えてある方はいるみたいなんだよね? ただ、コロナのこともあるし、希望者がボランティアできることになったかはよくわからなかったんだけど――」
「分身ロボットが大会のボランティアをされるかどうかはともかく、観戦ツアーのおもてなし係はやってもらえたらいいよな!」
天平が僕の言いたかったことを語る。
「うん、そう思って」
「そっかそっか。分身ロボットなら、ロボット自身がコロナに感染することはないし。ロボットが感染することがない以上、ロボットが人に感染させる可能性も低いし。パイロットは遠隔操作するわけだから、ロボットが接している人からパイロットがウィルスを感染されるってこともないしなー」
安全度高し! と、天平がガッツポーズ。
だよね、と心の中でうなずきながら、さらに話を続ける。
「それに、観戦ツアーは感染予防のために、ホテルも移動も、それから、デパートとかでも、できるだけ少人数で周囲と距離を取ることになると思うんだけど――」
「そだな?」
「それだと、スペースが広く確保できると思うから、分身ロボットも動きやすいんじゃないかと思うんだよね? だから、それもあって観戦ツアーにかたってくれるといいかな、って」
「かたってくれるといいかな」の「かたる」というのは、僕たちのいるところの方言で「参加する」とか「仲間に混ざる」とか、そういう意味だ。
ボランティアなのか給料が払われるツアースタッフということになるのかは――大会資金をどれくらい捻出できるかに寄るのかな? と思うけど――分身ロボットとパイロットが案内したり接客したりしてくれたら、観戦権利者は……まずはそんなロボット技術があるんだってことにびっくりして、次に、そうやってなかなか会えない人と知り合えることを楽しんでくれるんじゃないかって……思うんだよね? だって……分身ロボットってスゴい! 画期的!
天平も、
「そだなー。かたってくれるといいよなー」
とにっこり。
分身ロボットが参加する場合はどんな風に関わることになるだろうかと、二人で話し合う。
話しているうちに、デパートでは観戦権利者にデパ地下グルメの試食をしてほしいよね、という話になって――デパ地下を想像したとき、ふと、気になった。
「デパートが貸し切り状態ってなると……館内をゆったり見て回れるだろうけど、観戦権利者を何人入れるかによっては、お客さんがいなさすぎてさみしい、ってなっちゃわないかな……?」
デパ地下ってやっぱり、わいわいがやがやして活気がある方が楽しいっていうか。にぎわってる方がデパ地下グルメもおいしさ倍増しになる気がするんだけどな?
「……でもまあ、それはそれで、特別感あるかな? 肝試しみたいで」
何より、感染リスクは少ないからそれが一番だし、と考えていると――。
「だったら、館内がさみしくないように、日本のおススメ音楽をガンガン流す?」
天平があっさり言う。
日本の音楽を流すという天平のアイディアに、アフリカでJーPOPが流行ってるみたいなことをテレビで言ってたことを思い出した。
「そっか、日本の音楽もいろいろ聴いてもらえるといいね……」
僕個人としては、演歌や歌謡曲なんかも、ソウルフルっていうか、独特の味があって、海外の人にも響くんじゃないかな? って思うんだけど――どうかな?
「ホテルのホール……は人が集まっちゃうとマズいから、えっと、部屋の中かどこかで、日本の音楽を視聴して好きにかけられるようなサービスとかもあると楽しいかも? スマホとかで聴くのと違う、もっと『音』を感じられるような何かで――」
僕が思いついたまま口にすると、
「レコードとかで聴く? なんだっけ、ジュークボックス? とかあるとカッコいいよな? ジュークボックスって音楽の自動販売機みたいな感じの機械で、聴きたい曲を選んでボタン押すと、その曲のレコードかCDがかかるんだろ? ――あ! 日本のスピーカーっていろいろあるから、そういうのもホテルに置かれてていろいろ試せるようになってるといいよな? 最新の電化製品のとか船大工さんが作った木製のとか、大型のも小型のも、スピーカーってマジでいろいろあるっぽいもんな?」
と天平が話を膨らませる。
「そしたら、防音とかちゃんとしてなきゃトラブルになっちゃってよくないかもね? そこんとこは気をつけるとして……日本の音楽聴けるの、楽しいよね、きっと」
「音楽聴くっつったら、ドライブだよなー。バスで移動するときも音楽かけるとか……」
と、楽し気に話していた天平は、別のことを思いついたらしい。
「あ、観光バスで移動するなら、どうせならささっと東京観光もやっとく? 夜だとお寺とか神社とか閉まってたりすると思うけど――おみくじは引きたいなー」
天平は自分が行く気でツアーの内容を考えているようだ。
観光バスで東京観光か……。夜に行くんだったら――。
「夜景のキレイなとこ行くとか、ね? それはそれでいいかもよ? 夜の観光バスツアー」
「うんうん。――ま、観光ツアーはともかく、ショッピングに関してはさ? 買い物自体は観戦権利者に自腹切ってもらうとこだと思うんだけど、そうなると、必ず買い物してもらえるかどうかはわからないんだよな? 人によっては、買い物に使うお金の持ち合わせがあんまりないかもしんない。けどさ、お金持ってる人も来るかもしれないし。お金持ってる人だったら、いろいろ買ってってもらえるかもしんないって思う」
「そうだね」
それはそうだ。
観戦ツアーは、そもそも、オリンピックの開催資金を得るために、宝くじを販売するか、クラウドファンディングをするかして、宝くじをした場合はくじの購入者の中から、クラウドファンディングをした場合は寄付した人の中から、抽選で当選者を決めたらどうだろう、という発想から、当選者の特典として天平が考え出したアイディアだ。
だから、当選者は、宝くじを買うかクラウドファンディングに寄付するかした人になるわけだけど、宝くじは、くじ一枚はそこそこ安い値段設定になるだろうし、クラウドファンディングは、寄付した額に関係なく抽選するだろう。つまり、当選者が必ずしもお金持ちとは限らない、ということで。むしろそれほど裕福でない人でも観戦ツアーが当たる可能性があるということだし、大金持ちの人が当選する可能性だってもちろんある。
「お金ない人が、お金なくて楽しめないっていうのじゃつまんないから。お金ない人でもめいっぱい楽しめるようなプランもいろいろ用意するとして。――それとは別に、お金に余裕がある人には、日本での買い物を楽しんでってもらいたい、と思うわけ」
天平が不敵に笑う。
天平の意図するところは、経済効果だ。誰かが何かを買ってくれれば、経済が回る一助になる。誰も何も買わないのが、経済を停滞させる――ということだと思うから、買い物をしてほしいと僕も思う。
それに、精魂込めて作ったものを喜んで買ってくれる人がいたら、生産者や職人の人たちはうれしいだろう。物が売れないっていうのは、作った人の心が置き去りにされているようでさみしく感じてしまいそうだ。
「日本にはいいものがいっぱいあるんだから、買ってってくれるといいね」
僕が言うと、天平がうれしそうに笑う。
「な! ――それに、実際に何か買ってくれるかどうかはともかく、いろいろな商品を見て回ってもらえるっていいと思うんだ」
と語る天平の狙いは――。
「ただの『買ってくれるくれない』の問題じゃなく、観戦権利者がいろんな商品を見て回るのを楽しんでくれて、その様子や気に入ったものをSNSで紹介してくれたら――世界中の人がその商品に注目してくれるかもしれない、ってことだよね?」
僕が言うと、天平が大きくうなずく。
「そう! 観戦権利者本人は買ってくれなかったとしても、『日本にはこんなものがあるんだ』『コレほしいな』って思ってくれたSNSのフォロワーが、自分の気に入ったものを日本からお取り寄せしてくれるかもしんない。そうしたら、デパートから世界へ、商品の流れが生まれることになる」
「うん」
「押し売りするとか――押し売りじゃなくてただおススメしたただけだったとしても――観戦権利者が買い物した後に『コレ、ついつい気が大きくなって買っちゃたけど、こんなに買っちゃったせいでこれからの生活苦しくなっちゃうよー』みたいなことがないように、ってとこは気をつけてあげないといけないかもしれない、とか思う。けど――デパートの人には、その人が喜んでくれて、買ってよかったって思ってくれるようなものを、さりげなーく、ガンガン、売りこんでほしいよな♡」
と、天平は『商売っ気』を見せる。
「買い過ぎちゃうと、荷物になるよ」
と僕が苦笑すると、
「あ、そうだった。荷物の話――」
天平が何かを思い出したらしい。
「荷物の話?」
「そ。荷物なんだけど、ほら、飛行機ってふつうは機内に持ちこめる荷物の重さって制限があるだろ? 制限っていうか、無料で持ちこめる重量が決まってるんやん?」
「ん? 手荷物の重量制限?」
「そう、ソレなんだけど。ほら、感染予防のために、飛行機に乗る人数を制限すると、その分、スペースも重さも余裕ができるわけだからさ? その分、無料で機内に持ちこめる荷物の重さとかデカさとか数とか、通常より多くとれることにしていいと思うんだよな?」
天平に指摘され、それはそうかも、と思ってうなずく。
「だから、それも特典になるかな? って。通常より多めに買い物しても、追加料金出さずに飛行機に積んで持って帰れますよー、みたいな? ま、限度はあるけど」
「なるほど」
「なんなら、こたつ買っても持って帰れる! ――と思う!」
暖房より『こたつ党』を自任する天平は、こたつというより、みかんを含めた『こたつ文化』を愛している。
「それに、ドライフラワーの話に戻るけど――」
「うん?」
「ドライフラワーにして保存した花をどうやって持って帰るかなんだけど。ドライフラワーって、例えば、デンマーク出身のフラワーアーティストがやってる箱に詰めるアレンジにするって手もあるし、ブーケっつーの? 花束、それもリボンとかすんのよ。あ、着物の端切れみたいな布をリボンにして花束をくくるってのもいいかも? とかとか、あとは、竹カゴに生け花みたいな感じで飾ったり、和紙でできた容れ物にフラワーアレンジメントな感じで飾るって手もあると思うんだけど――」
天平のとこは母子家庭で、お母さんの女友達――天平が言うところの『母友』――の薫陶を受けて育ったので、天平は、女の人の方がくわしそうなものにもそこそこくわしい。というか、そういう方面へのアンテナを持っている小六男子だ。
「花ってふつうにスーツケースの中に入れて持ち帰ろうとしたら潰れちゃうと思うんだけど、感染予防で飛行機に乗る人減らして座席に余裕があるから、空いてる席に花をポンって置けば、形を崩さずに持って帰って、自宅で飾れると思うんだよな?」
天平の話を聞いて、なるほどとまた改めて思う。
感染予防に座席数を減らす取り組みは減収を意味するから、航空会社にとってマイナスになるイメージが強くて考えたことなかったけど。搭乗者や手荷物が少なくなることで、スペースや重量に余裕ができることがメリットにもなるという発想の転換。
「あ。けど、検疫的に大丈夫なのかな? ドライフラワーって」
ふと思いつく。
植物系は、海外へ持ち出したり、海外から日本へ持ちこんだりすることが制限されていたはずだ。植物に病原体が付着していた場合に、持ちこんだ先でその病原体が、それこそ、パンデミックを起こすかもしれない。それは人には感染らない病気かもしれないけれど、その国の植物をダメにしてしまうかもしれない。病原体だけでなく、外来種の虫が付着している場合もあるかもしれないので、植物系の持ち込みや持ち出しには、よくよく注意を払う必要があるはず。
「あ」
天平もそのことは失念していたみたいで、口を「あ」の形にしたまま固まった。
「ドライフラワーのように、生っぽくない乾燥した状態のものであるなら大丈夫――とはいかない」のが検疫のはず。
火を通して加工されたものや真空パックにしたものでも肉類の日本への持ちこみは許されないと、検疫犬が違法な持ちこみを摘発しているのをテレビで何度も目にしている身としては。ドライフラワーになっていても、植物を簡単に外国へ持ち帰ることができそうにないと予想せざるを得なくって……。
たぶん、検査とか受けて問題なければ持ち帰ることができるんだろうけど。じゃなかったら、農作物の輸出入だって成立しないわけだから――。
「ま、ドライフラワーはともかく。――そだ。開会式と閉会式なんだけど」
と、天平が話題を変えた。
「開会式と閉会式……」
そうだ、その問題があった、とハッとする。
「感染リスクを抑えるためには、やらないのが一番だと思うけど……」
やらないのがいちばん安全――だけど。だけど!
なんといってもオリンピックとパラリンピックの開会式だ。閉会式だ。
やらないなんて――と、開会式や閉会式に関わりのない僕でさえ思ってしまう。
開会式と閉会式はそれぞれの大会にひとつずつ。競技自体は種目別にそれぞれの選手たちが分かれてやるけど、開会式や閉会式は選手たちが一堂に会す。貴重な場だ。オリンピックやパラリンピックの大きな見どころだと思う。国を挙げて「これでもか!」と盛り上げるのが通例だ。
開会式や閉会式に携わっている人は多いだろうし、開会式や閉会式関係の仕事をしている人も多いだろう。動くお金も大きいだろうし、楽しみにしている人は世界中にいる。
だから、できるならやってほしいと思うけど――。
参加する選手、サポートするスタッフ、裏方の人……無観客で開催するとしても、大勢の人が集まることになる。大勢が集まれば感染リスクは高くなる。特に選手は、副反応などを心配してワクチンを接種せずにいる人も少なくないだろう。それに、たくさんの人が集まって、「いよいよオリンピックだ!」「パラリンピックだ!」ってなると、テンションが上がって楽しくなって、気が緩んでしまうかもしれない。――心配だ。
「開会式や閉会式で大勢の人が集まると、感染予防しなくちゃっていう意識が薄まらないか心配だね」
僕が言うと、
「そうだよな。だから、やるとしても規模を縮小しましょう、みたいな話が出てくるんだろうけど。――規模を縮小してやる場合って、どこをどう縮小するんやっか?」
と天平が首を傾げる。
見えてこない。
「っつかさー。規模を縮小しようっつって、どんどんどんどんちっちゃくなっていくより。開会式と閉会式だけ仕切り直ししたがよくない?」
と天平がバッサリ。
「え? 仕切り直し? ――開会式と閉会式を?」
まさかの――?
だって、大会を開会するためにやるのが開会式で、大会を終わるためにやるのが閉会式なのに、それを仕切り直すってどういうこと?
ぎょっとして聞き返すと、
「なんつーか、仕切り直すっていうんじゃなくて別の名前に変える? とかいうカンジで後からでもやれるんじゃないかと思ってさ? 踊りとかなんとかのとこだけ」
と天平。
踊りとかなんとかのとこだけ――?
ん?
「それって、オリンピックやパラリンピックでやる競技自体と、開会式や閉会式でやるセレモニーというかイベント的なものとを切り離す、ってこと――?」
そう言う意味なのかな? と天平をうかがうと、
「あ、そーゆーカンジ。だから、ま、開会式と閉会式を後からやるっていっても、それはイベント部分のことで。大会を始める前に開会のあいさつはするだろうし、競技が全部おわったら、これで終わりですって閉会のあいさつくらいはやると思う。けど、選手が一堂に会すとか、お祭りみたいなパフォーマンスとかはとりあえずやめとく。――みたいにしたら、感染リスク抑えられるんじゃないかと思ってさ?」
と語る。それから、
「――とは言っても、そんなこと改めてやろうとしたら、日程の調整とか会場を押さえたりとかが難しいかもだけど……」
と頭をかき、さらに具体的な話を始める。
「コロナが終息して、それこそ、次の大会の前くらいに? 東京でドーンとド派手に開会式や閉会式でやりたかったことやんの。 『東京オリンピック&パラリンピック、みんながんばったね、おつかれさまでした会』みたいな? 『打ち上げ』みたいな? そーゆー感じでやって、んで、次の大会へ引き継ぐみたいなことができればいいかな? って。んで、その打ち上げ会は観覧チケットをもちろん売るわけだけど! もともとの開会式や閉会式の観覧チケットが当たってた人で希望する人には優先的に観覧チケットを売ることにすればいいんじゃないかと思うんだよな?」
『おつかれさまでした会』って――それはまた、ちょっとほっこり。
次の大会の前くらいにと天平は考えているようだが、さすがにそのころにはコロナも終息しているだろう――と思う。そしたら、思いっきり人と人とが触れ合える催しを実現できると予測され得る、よね?
天平の考えたように、後からやれるならそれはそれでおもしろいことができそうな気がする。それに、僕たちももっと大きくなってて、何か参加できることがあるかもしれない。
打ち上げみたいな感じでやるんなら――。
「だったら、パフォーマンスやるだけじゃなくて、東京オリンピックやパラリンピックの名シーンなんかを振り返るようなこともできるといいかもね?」
僕が言うと、天平が乗ってきた。
「お! ソレいいな! 大型スクリーンに名場面集を映し出してみんなで見るのも楽しいと思うし――っつか、もっと3Dな映像技術のビシッとしたのが出来てるかもしれないから、それでリアルに回想できるかもな?」
「そうだね、そうなってるんじゃない?」
デジタル技術は日進月歩だ。特に5Gへの移行が加速すれば、SFアニメやSF映画で描かれていた世界が現実のものとなっていくはず。
「というか、その打ち上げ会でこういうのやるぞ! っていうの目指して技術をガンガン発展させていきそう」
と、天平。続けざまに、
「VRで超リアルな観戦体験できる装置とかできちゃってたら、その装置を競技場とかホテルとかに置いといて、誰でも観戦体験できるとかもいいかも? そしたら――観戦チケット持ってたけど無観客開催になったせいで見れなかった人は優先的に体験できます、とかする? っつか、プラネタリウムみたいに会場全体でVR観戦体験できるとか? そんなこともできちゃってたりするかもしんないよな……?」
と未来予想。
VR体験はともかく、こうやって考えていくと――開会式や閉会式のイベント部分は、後で開催するというのでいいような気がしてきた。
けど――。
「イベントを後で、っていうのはいいと思うけど、開会とか閉会があいさつだけっていうのはちょっと締まらない気がするかな? 選手たちも、一堂に会すのはリスクが高いからやめた方がいいとは思うけど、選手どうしの繋がり、みたいなのがなんにもないっていうのもさみしいんじゃないかなっていうか……」
「選手どうしの繋がりか……」
「あいさつだけじゃ、大会前にテンションだだ下がりしそうじゃない? それに、前に東京でオリンピックやったときに、いろんな国の人たちが国ごとに整列して集合するんじゃなく、国は関係なくバラバラに集まって閉会式やったのがすごくよかったって、おじいちゃんが言ってたんだよね。だから、そんな風な何かが……どうにか世界中の選手たちが繋がりを感じられる何かができればいいなって思って」
言いながら、「繋がりを感じられる何か」って、言うのは簡単だけど実際に何ができるだろう? と考えをめぐらせる。
天平も考えこみ、
「オレが今ちょっと思ったのが……」
と言いさす。
「ん? 何?」
「――祈りの時間を取りたい」
天平がまじめな顔で言う。
「祈りの時間?」
祈りの時間ってどういうものをイメージして言ったんだろう?
「みんなで一緒にやるなら――コロナで亡くなった人や、仕事をなくした人や、家族を失った人や、心に傷を負った人や、出場を断念した人や……コロナで苦しんでいる人たちのつらさを思いやって、人種差別や弾圧で苦しんでいる人たちの痛みを思いやって、これからもっと力を合わせて楽しく希望に満ちた世界にしていこうって、みんなで一緒に心に誓いたい。みんなで一緒にコロナの終息と世界中の人の平和な暮らしを希いたい」
天平は、静かに落ち着いた声音で言う。
僕は考える。
みんなで一緒にやるなら――?
そう。
みんなで一緒にやるなら――祈りの時間を持とう。
みんなで一緒に祈りを捧げよう。
神様に捧げるのでも、誰かに誓うのでも、自分に戒めるのでもいい。
コロナや人種差別や弾圧や……この世界は苦しみで満ちあふれている。
だから、みんなで――。
「みんなって……僕たちも?」
僕が聞く。
天平がなんて言うかはわかってる。
果たして、思った通りの答えが返る。
「オレたちも」
天平が力強くうなずく。
「オレたちも一緒に祈りたい」
僕たちも――一緒に祈る。
「戦争や災害の追悼式とかで『黙祷』ってやるけど、オレはその時間は一緒に黙祷してる。テレビで追悼式見ながらすることもあるし、テレビ見てなくても、時間になったらその場で黙祷してる。それで――そんな感じで。――オリンピックやパラリンピックに黙祷って暗くて合わないって思う人もいるかもしんないけど。選手たちが一斉に祈る時間を作って、そんとき、できれば世界中の人が一緒にそれぞれの祈りを捧げることができたらいいって思う」
天平はそう語った。
それから、ちょっと軽い口調に変えて、話を続けた。
「開会式は、それぞれの国の代表が何人かずつ国立競技場に整列して、選手宣誓とかして花火がドーン! みたいな? んで、他の選手はいくつかのグループに分かれて、ホテルとかホテルの周辺とか各競技の会場とかその近くの空いてるスペースとかでパブリックビューイングで競技場の様子とか見ながら一緒に開会式やって、祈るのは一緒に祈って。そんで――あ! 聖火はやるよな?」
「あ! そうだった! 聖火は聖火台に火を灯すよね!」
聖火のセレモニーはさすがに開会式でやんないと!
「んで、火を繋いでって、聖火台に炎がバーッってなったら、みんなが『ワーッ!』――とかやってたらダメだから、みんなで拍手して。そんで――選手たちはその場で解散、かな? けど。テレビとかでは各国の『オリンピックへの道』『パラリンピックへの道』みたいなのをドキュメンタリー風にやる――ってすんのは?」
「オリンピックへの道、パラリンピックへの道……?」
「ほら、コロナの影響で大きな大会が中止になったりして、代替試合しましたとか、そういうのテレビで特集されたりしてて。で、代替試合そのものだけじゃなくて、コロナでどんな影響があって、その中で『自分たちはこういうことしてました』みたいな紹介VTRも入るやん? そんな感じで、それぞれの国や選手たちの紹介VTRをさくさくっと入れて、どんな人たちがどんなことを経てこれからオリンピックやパラリンピックで競技するのか、見る人に知ってもらえるようなVTRを作って、開会式を中継するときに一緒に放送してほしいな、と」
これまでだったら、開会式のテレビ放送って、すべての選手が開会式のために競技場に入る様子が中継されて、それからいろんなパフォーマンスがあって、聖火に火が入れられて――っていう感じだったんじゃないかと思うけど。各国の選手が入場するとこって、選手の人数が多いからすごく時間かけながら放送してたよね? それが、いくつかの会場に分散することになったら入場シーンに時間がかからないし。そのうえパフォーマンス関係をほとんどカットしてしまったら、開会式ってホントにすぐに終わってしまうよね?
テレビって、オリンピックやパラリンピックの開会式を放送するために、ふつうだったら何時間も放送枠を用意してるものだけど、開会式が短かったら、放送時間が余ってしまうかもしれない。それならその時間を逆手にとって、それぞれの国や選手たちの紹介をするといいんじゃないか――ということかな?
天平の言う「オリンピックへの道、パラリンピックへの道」は、「どんな人たちがどんなことを経てこれからオリンピックやパラリンピックで競技するのか」ということで。それは代表選手に選ばれるまでの道のりというより、コロナの感染が拡大して、オリンピックやパラリンピックが延期されることになって、その中でどうやって過ごしてきたかの記録――。
「そっか。開会式自体は短くても、テレビとかで放送する時間を短くする必要はないわけだ? だから――これまでのように生中継で各国の選手たちの入場シーンをやる代わりに、事前にVTRを作っておいてそれを紹介するようにする感じ?」
僕が確認すると、
「そだな、そーゆーカンジ? んで、日本で作ったVTRを他の国のテレビ局が買ってくれるといいな、とか思ってみたり」
と天平が『商売っ気』をみせる。
日本が作ったVTRをよその国のテレビ局に買ってもらう?
他国でもオリンピックやパラリンピックの開会式がテレビ放送されるとは思うし、言葉の違いは吹き替えればなんとでもなると思うけど――。
「その場合、VTRの内容が問題になってくるんじゃないかな? 問題を抱えてる国の紹介の仕方って難しそう。公正かどうかって今すごくうるさいみたいだから……」
「んー……それもそうか。ま、どのみち、参加国が多くて、一つの国に割り当てられる時間ってちょっとだろうから、当たり障りない紹介VTRにしかならないと思うけど……」
「VTRを他の国のテレビ局に売れるかはともかく。どんな国が参加してるか、特に、コロナでその国がどうなってるかとか、僕は知りたいから、そういう取り組みをしてくれるのはうれしいかな。それぞれの国の状況がわからないと、どんな風に助け合えるかわからないから」
「実はオレも、オレが知りたいんだよ。だから、せっかく開催国やるんなら、開催国っていう立場を活かして、参加国に『おたくはどんな国ですか? 教えてくださいよ』って取材させてもらえるといいやん? と思って」
開催国という立場を活用して相手国から情報を引き出そう、というのが天平らしい考え方なんだけど、取材って簡単にできるものかな? 取材するとしたら――。
「……遠方の国だったり、島国だから感染予防に海外客の入国を制限してたり、政情が安定してない国だったりする場合は――リモート取材っていう手もあるよね……?」
僕が思いつきを口にすると、天平がすばやく反応する。
「そーだった。リモート取材って手があるよな! ってことは、現地コーディネーターに取材したものを送ってもらうとかするのもアリ……?」
日本のテレビ局のスタッフが参加国すべてに取材に出かけるというのは現実問題として無理があると思うけど、やり方を工夫すれば――。
「……やれそうじゃないか?」
「――やれないことないのかもね?」
とはいうものの、実際に取材して編集してってなると大変だろうから、開催予定日まで時間がないのに実現にこぎつけることができるかはわからないけど。実現したら、見応えのある放送内容になるんじゃないかな……?
感染リスクを避けるために、開会式ではアレもやらないコレもやらない、ってなってしまうと、貧相な放送内容になってしまいそうだと心配したけど。VTRが入ったら、通常の開会式より、選手たちや選手たちの国のことをよく知れていいかも? と考えていたら――。
「あ。あのさ、開会式は代表選手だけ入れてあいさつとかをちょこちょこっとやってすぐに解散する感じかなって思ったけど。選手全員を入場させるんじゃなく、参加国の紹介VTRを放送することで代替するんだったら、開会式を終えた後に、代表以外の選手たちも一定の人数のグループに分かれて、入れ代わり立ち代わりで、競技場の中で記念撮影したりできたらいいんじゃないか?」
と、天平が思いつく。
「それってテレビとかで各国の紹介VTRが放送されている裏で、選手たちが競技場の中に交代で入れるようにしたらいいんじゃないかってこと?」
「そゆコト。万が一にでも感染しないように自分の競技が終わるまでは人との接触は避けますって人もいると思うから、希望者だけ、そういうことできてもいいのかな? って」
「その辺は感染症の専門家の人とかが、感染リスクを考慮して、調整ができそうだったらそういう取り組みをするのもいいかもしれないけど。――そういうことするんなら開会式のときじゃなくて、競技が終わって大会を閉会するときの方がいいんじゃないかな?」
競技前は特に、万が一にも選手が感染することがないように、ということが一番たいせつだと思うし。記念撮影なら、競技が始まる前より終わってからの方が落ち着いてできそうな気がするし。
すると天平が、「閉会式か……」とつぶやき、あ! と声を上げる。
「閉会式ではさ、選手たちのメッセージ動画を編集して流す?」
「メッセージ動画? 選手たちの?」
「そう。感染リスクを抑えるにはやっぱ映像でフォローしてくのがいいんかなと思うんで。そこでなんだけど、これまでだったら閉会式に集まった選手たちをテレビカメラが追いかけて撮ってったり、会場全体を撮ったりとかしてたと思うんだけど、閉会式にいっぱい選手が集まらないようにするとしたら、閉会式で選手を撮影するってわけにいかないと思うんで――」
「で?」
「で。競技前に選手を取材とかでわずらわすのはよくないと思うんで、競技をやってる期間めいっぱい使って競技が終わった選手たちから順に何人かずつで一言ずつメッセージもらっていくやろ? んで、それを編集して繋げてって、全選手のひとことメッセージを閉会式で流すと、選手みんなが参加する閉会式になるんじゃないか?」
ええと、動画を編集して繋げて流すっていうと――?
「感染対策と言えばリモートでやるのがひとつの手だけど、すべての選手ってなるとすごい数になるから、オンラインでリモート参加するのはちょっと大変なんで、動画を先取りしておいて、『動画の中の自分』に閉会式に参加してもらう、ってこと、かな?」
この理解で合ってる? と天平を見やると、
「『動画の中の自分』に参加してもらうカンジか~。うんうん。そーゆーカンジ」
うまいこと言うなー、と天平に感心されてしまった。
天平の伝えたかったことをうまいこと言い表せたみたいだ。
一人ひとりの顔がものすごく小さな四角い枠に収まったリモート動画より、一人ひとりはちょっとずつしか映らなくても、メッセージ動画を繋いでいく方が『選手』ひとりひとりを感じられるかもしれないから、そういうやり方もあっていいのかも……?
「メッセージ動画には選手の名前とか国籍とかちょっとしたメモ書きしてくれるとどこのなんていう選手かすぐにわかって助かるなーって思うんだよな? メモ書きはカッチリしたカンジもいいし、プリクラとか編集機能のあるSNSとかで絵や文字を書きこんだりするときの落書きっぽいカンジに仕上げたりして、ちょっと楽しい雰囲気でやるっつーのもいいと思うし」
と、天平はテロップの書体まで気になるらしい。
僕はもうちょっとメッセージ動画をどう撮っていくのか、イメージを整理したい。
「えっと、メッセージ動画を撮るときは、一人で映る場合と何人かで映る場合があるのかな? 競技が終わってからっていうと、金銀銅メダリストで一緒に並んでメッセージを言うとか? その場合、肩組んだりしそうじゃない? 肩組んでしゃべっちゃうのは、感染リスク高めかもよ?」
こうやって考えるとやっぱり、コロナってめんどくさいって改めて思う。メダリストたちや一緒に戦った選手たちが互いの健闘をたたえて肩を組んだりハグしたりするのが感染リスクになるって考えなくちゃいけないなんて――あんまりだ。
「そっか、そうだなぁ……。感染リスクを抑えるにはできるだけ一人ずつ撮った方がいいんだろうけど、そうなるとすごい数になるんかな? となると、何人かでまとめて撮るけど声は出さないようにしてもらってメッセージだけ文字で入れるとか、音声だけ別録りして入れるとか? ……大変かな?」
「どうだろう……?」
どんなもんだろうと二人で頭をひねる。
「一人ひとり録画するなら、卒業アルバムのクラス写真みたいなページをネット上に作って、誰でも選手の個別メッセージを閲覧できるようにするとか?」
と天平が言うけれど、そうなると――。
「誰でも閲覧できるのはうれしいけど、放映権を買ったテレビ局とかが、自分たちはお金を払って放送する権利を買ったのに、ネットで無料で見られるようにされてしまうのはちょっと……って話になるかもよ?」
気になったことを告げると、「そっか、放映権の問題があったっけ~」と天平がうなだれる。
選手たちが自主的にメッセージ動画をネット上で公開するというのなら、問題ないと思うんだけど――。
「閉会式も、代表が会場入りして、他の選手は各所に分散してパブリックビューイングで合同の閉会式をするとかそんな感じにするのが、感染リスクは抑えられるんじゃない?」
「そだなー。それは……ん? メッセージ? 分散?」
「ん? どうかした?」
「んにゃ。あのさ、分散するんなら、選手が集まるリモート閉会式会場とかがいくつかできるってことなわけやん? 分散会場っつーか」
「そうなるよね?」
「だったら、その分散会場ごとに、その会場にいる人たちが何人かずつに分かれてプチ集団つくっていくやん? そんで、一つのプチ集団に一つの横断幕を配って、そこにそのプチ集団のメンバーがサインとかメッセージとかを寄せ書き風に書きこんでいくやん?」
「メッセージ?」
「そう。そんで。開会式をテレビで放送すっときは、分散会場それぞれにカメラマン入れて、プチ集団を中継してくっつーのは? それぞれのプチ集団ごとに横断幕を掲げて、横断幕の前に、そのプチ集団のメンバーが距離を取りながら集まって、そこをカメラで撮っていくと、カメラに向かって選手たちが手を振ったりとかさ?」
「プチ集団ごとに横断幕でメッセージか……。なんか、にぎやかになりそうだね? 感染予防のために声を出せなくても、ラテン系の選手だったら中継のカメラに向かってノリノリで踊ってみせたりして盛り上げてくれそうかも……?」
ちょっと想像した感じでは、プチ集団で記念撮影風の動画を撮るような感じになる感じになりそう、かな……?
「そんで、それぞれのプチ集団の横断幕はオリンピックの公式ページとかでネットで閲覧できる、ってすればよくない?」
「寄せ書きは、競技が終わった人から書いてもらえばいいわけだもんね?」
「そうそう、そゆコト」
イメージすると、一流のアスリートの大会っていうより、中学生や高校生の青春感な感じ? ――それはそれでなんかいいかも? と考えている間に、天平の興味は、分散会場にどう分散していくかに移っていて――。
「分散会場にどう分散するかっつーのは、開会式だと競技ごととか、選手の宿舎に近いとことかそういう分かれ方になるかもだけど。閉会式はもっと自由に分かれても支障がなさそうな気もするし……あ、アニメにすっか?」
「アニメ?」
「ネコ型ロボットのアニメが好きな人はここの会場に集まろうとか、海賊のアニメが好きな人はここの会場に集まろうとか、鬼のアニメが好きな人はここの会場に集まろうとか、あとは、アニメじゃないけど世界的に有名なネコのキャラクターを好きな人はここの会場に集まろうとか? そうやって分散して、んで、各会場はアニメにゆかりの飾り付けがされてて、アニメのキャラクターの着ぐるみがお出迎えしてくれたりとかするっつーのは?」
天平から、斬新なアイディアが飛び出した。
「それはアニメ好きの選手には喜ばれそうだけど……ソレ、趣味が分かれるから、調整が難しいんじゃない?」
アニメは僕も好きだから、僕だったらそういう分散も楽しくていいけど。アニメよくわからない人もいるだろうから……。
――というか、アニメが好きだったら好きだったでどのアニメ会場に行くかで思いっきり悩んでしまって選びきれない! なんてことが問題になるかもね……?
「っつか、いま思いついたけど――」
「なに?」
「選手が来日したとき、選手用の宿舎に入る――前に。まずは自主隔離用のホテルに滞在すると思うんだけど、そのホテルのチェックインカウンターんとことかに二次元コードを貼っといて。そのコードを読むと、アニメのキャラクターがスマホの画面に表れて、『日本へようこそ~』みたいなメッセージを言ってくれたら――ファンは喜ぶ! と思う!」
天平のアニメ推しが止まらない。
まあでも。選手の中にはアニメに興味ない人はいるだろうけど、アニメ好きな選手はたぶんすごく多いと思うから、アニメ推しは外してないと思うけどね?
「オリンピックとパラリンピックなんだから、マスコットキャラもお出迎え画像には参加してほしいかな?」
「おお。それもそうだよな♡」
「それで――分散会場にどう分散するかはまあ、くじ引きとかでもいいと思うけどね?」
「まあ、そだなー。だから、後は競技場の方だけど……競技場に入る代表って――開会式じゃまだ競技してないけど閉会式なら競技おわって結果も出てるから、それこそ、メダリストが代表として会場入りするとか……?」
と天平が言うけれど、それはいかがなものか――?
天平はメダリストが代表になってもいいように考えているようだけど、閉会式と表彰式のイメージがごっちゃになってるのかもしれない。
「メダリストが代表ってなっちゃうのはどうかな? 国を代表するんじゃなくて、競技を代表するならメダリストが代表ってことでもいいと思うけど、オリンピックやパラリンピックは、国を代表して競技する大会だと思うし。それに、メダリストを代表にってことにしちゃうと、メダル取れなかった国はその国の選手が誰も会場に入れないことになっちゃうよね?」
僕が指摘すると、天平が顔色を変える。
「そっか。それもそだな。メダリストだけでオリンピックやパラリンピックを作っているわけじゃないもんな」
だから――。
「選手団の団長を代表にするか、選手たちでくじ引きして代表選ぶかなんかして、代表を決めて。代表は一人なのかもうちょっと人数を増やしていいのかは感染症の専門家に考えてもらって……っていうことで、代表だけで会場入りする?」
「そうなるんかな? やっぱ分散って大事だもんなー」
と言っていたかと思うと、天平が「ん?」と声を上げた。何か思いついたようだ。
「分散っつーか、選手と選手が一定の距離を保つことができればいいわけだよな?」
「うん?」
「ってことはさ――観客席って使えないんかな?」
「観客席……あ! そっか! 無観客開催でやる場合は、観客席がガラ空きなんだ――!」
僕たちは目を合わせ、うなずき合う。
「観戦権利者は開会式や閉会式も観覧できることにすることになると思うけど、もともと観戦権利者は極々(ごくごく)少人数に絞る予定だから、観客席はほとんど余っている状態になるはずなんで。そこに選手に入ってもらえばいいわけで――」
と天平。
「グラウンドと観客席を使えば、ソーシャルディスタンスを保ちながら選手が一堂に会すこともできそうだよね? 出席する人はマスク着用ってことにすれば、感染リスクはかなり抑えられると思うし」
「マスク着用って、選手の人たちって自国の国旗柄マスクとかしたら、カッコいいよな♡」
「そうだね」
とうなずいたものの、自分の国のマスクっていうのじゃありきたりかも? とちらりと思う。そもそもユニフォームは国ごとに同じものなんだから、マスクまでおそろいにしなくったって――。
あ!
「あのさ、マスクは、自分の国以外の国のマスクをつけるっていうのは――?」
思いついたことを勢いこんで言う。
「自分の国以外の国のって……あ! シャッフルする?」
「シャッフルする!」
天平が即座に僕の意図を汲み取って応じた。交わした言葉は少ないけれど、いま相手が同じことを考えていると確信しながら、僕たちは大きくうなずき合う。
「ほら、サッカーとかだと、対戦相手とユニフォームを交換したりしてるの見ることあるけど、あんな感じっていうか? もちろん、使用したマスクじゃなくて、未使用のマスクをよその国の選手たちと交換してつけることができたら、一体感があるっていうか、みんなでひとつになれそうっていうか、そういう気分が盛り上がる気がするんだよね?」
僕が言うと、
「参加国の――っつか、参加してない国のも混ぜちゃっていいと思うけど――とにかく! 世界中の国の国旗をプリントしたマスクを作って。そんで、そのマスクをシャッフルするっていうか、ランダムに選手たちに配って、それをつけてもらうようにする? マスクは――個別包装、あ、バイオマス系のビニールで! 個別包装したマスクを適当に混ぜ混ぜしておいて箱に入れて、郵便屋さんみたいにマスク……マスク配達員? がホテルの選手の部屋を回って、そんで、配達員さんがアルコール消毒した手で――なんなら抗菌加工された手袋もしておくとかして――感染リスクを減らした状態で、マスク入れた箱から、適当に引き当てたマスクを選手に配っていって、そのマスクを閉会式でつけてもらうようにすると、オリンピック! パラリンピック! 平和の祭典! ってカンジがしていいよな?」
天平も早口にまくしたてる。
僕は思わず拍手。
天平も拍手している。
シャッフルマスクを通じて世界中の国の人たちが仲良くなれたらいいな。――と思ったところで、少し不安になった。
「韓国の人が日本国旗のマスクを引き当てたら……マズい、かも、ね?」
その場合は――韓国の人は日本国旗のマスクをつけるわけにはいかなかったりするかもしれない、よね? たとえ選手本人は日本の国旗のマスクをするのをイヤに思わなかったとしても、韓国選手が日本国旗のマスクをしているところがテレビやネットで中継されたら、韓国の一部の人たちからその選手が猛烈な批判をされてしまうかもしれない。そこのところはすごく心配だ。
韓国の人たちに日本人が恨まれたり非難されたりするのは、僕が生まれる前からのことみたいで――なぜなのかっていうのはいろいろあるみたいで、そのいろいろを僕は少しは知っているけど、まだまだわからないことが山積みで。だから、わからないことがいっぱいある今の僕には、日本人にいろいろ言ってくる韓国の人たちに言えることはまだなくて。これからいろんなことを勉強して韓国の人たちの気持ちとどう向き合っていけばいいか考えていくしかないし、そうしていこうと思っているから、日本人が韓国の人からいろいろ言われるのは、今はまだ受け止めるしかないし、受け止めて考えていくことだと思うから、だから――日本人に対して韓国の人が批判的なことを言ってくるのは……。
けど、日本を好きでいてくれる韓国の人たちが日本を好きでいてくれることで同じ韓国人からいろいろ言われるのは――なんとかできないのかな? って、心が苦しくなる。
「そぉなんだよなー」
と天平も頭を抱えた。
「オリンピックとかパラリンピックって、日本と韓国みたいに片方が片方に嫌われてる……嫌われてる? 恨まれてる……っていうかなんていうか? なんか微妙な関係の国どうしも一緒になったりしちゃったりするし。もっとがっつり紛争してる国どうしも一緒になったりするかもしんないし。現在は停戦状態でも過去の遺恨が生々(なまなま)しい国どうしが一緒になったりするかもしんなかったりするかもしんないし!」
と、やり切れない思いを持て余すようにヒートアップしたかと思うと一転、神妙な顔をして天平が思いを吐露する。
「けどさ、そういうのを越えていくのがオリンピックやパラリンピックだったりするんじゃないか?」
言われてハッとする。
そうだ、確かにそうだ。
オリンピックもパラリンピックも、戦争の代替行為じゃない。国と国に分かれて相手を攻撃し合って潰し合おうとしているわけじゃない。個人じゃなく、国別に競い合う形でやるのは、お互いの国や民族の持つ優れた資質や文化を知り、認め合うためだと、僕は思う。
「……うん」
天平に、僕はうなずきを返す。
天平は軽く表情を緩めて、話を続ける。
「だから――政治的に対立している国の国旗のマスクだとしたくないとかそういうのあるかもしんないけど、基本的には自分がもらったマスクは受け入れてもらうとして――」
「――として?」
「いちおう、選手のみなさんにランダムにマスクを配ってそれをつけてもらうようにしておいて。そんで、自分んとこに配られたマスクがどうしてもイヤだったら、配達員さんに申し出れば他の国の国旗のマスクに交換できる、とかするといいんじゃないか? あとは、肌に合うマスクじゃなきゃダメな人だったら自分のマスクをしてもいいとか、その辺は緩~く行きましょうってことで!」
と、話をまとめたかと思うと、また何か思いついたらしく、
「っつーか、国旗マスクって、一般の人も買えるっつーのは? そんで、閉会式の日は選手たちと同じようにそれはめたりとかしてさ? それこそ、オリンピックやパラリンピックを観戦できるはずだったのにコロナのせいで観戦できなかった人とかが、観戦はできんかったけどその代わりって思えたりせんかな? あ、でも、選手とおそろいマスクじゃ『観戦する代わり』にはならんかな……?」
と天平が言い出した。
うんうん。ソレ、観戦できなかった人の気持ちの埋め合わせにできないかってことだけじゃなく、国旗マスクを一般の人へ売った売り上げも大会資金に回せるんじゃないかって思ってるよね、と天平の腹を探る。
僕の予想を裏切らず、天平が「マスク代は大会資金の足しに!」と言うのを聞いて、やっぱりそう来たかとちょっと笑う。けれど、次の天平の発言にちょっと驚く。
「世界中で売ったら、結構なお金になるんじゃないかな……?」
どうかな? と首をひねる天平。
僕は、国旗マスクを売るなら開催国である日本だけで売るイメージだったけど、世界中で販売するという手があったと思い直す。
マスクの生産体制がどうなっているかわからないから、世界中で国旗マスクを販売するのは難しいかもしれないし、販売できたとしても、経済的に余裕のない人だとすごく安く販売しても買えないかもしれないけど。
世界中の人たちが同じマスクを――ううん、同じマスクでなくても、同じようなマスクや口と鼻を覆う布でもいいかもしれない――とにかく、世界中の人たちが同じようなマスクをしたら、世界中の人たちが同じ気持ちでオリンピックやパラリンピックを見送れるような気がする。
そういうのって、ヤラセっぽい――?
「形だけ――カッコだけ一体感だしたって、意味ないよ」って思う人もいるかもしれない。
国旗マスクを用意して選手たちにコレ使ってくださいってやると、「どの国の人たちもみんな仲良くしましょう」って強制してるみたいに感じる人もいるかもしれない。
だけど――。
何か、世界中の人たちと一体感を感じられるような閉会式になればいいな、って思う。
「世界中の人たちで、同じ日に同じマスクするのって、想像すると楽しいよね」
僕が言うと、「楽しいよな♡」と天平が「にっ!」と笑う。
それから、
「みんなで同じことやるって、なかなかないことだもんなー」
とつぶやくと、
「ホントはさー、オリンピックやパラリンピック開催している期間中に、みんなで何かやれないかなーとか思ったりしてたんだよなー」
と天平が残念そうに言う。
「みんなでって?」
「日本に住む人みんなで」
「日本に住む人みんな?」
「そ。だってさ、オリンピックやパラリンピックの開催国になるなんて、そうそうないだろうから、なんか記念になるようなイベントができたらいいんじゃないかとか思ったんだよな? そんで、日本に住むみんなで、みんなが参加できる競技みたいなのがあって、それに一般の人が参加して、オリンピックやパラリンピックに出場する選手たちは自分たちの競技をやるし、オリンピックやパラリンピックに出場しない人はしない人だけが参加する競技やって、日本全土でオリンピックとパラリンピックやる! みたいなことできたらいいなって」
天平がまたでっかいことを言い出した。
日本に住むみんなできる競技――? そんなのある――?
「ええと、みんなでやれそうな競技ってなんか思いついた――?」
そんなのないんじゃないかと思いながら、天平に聞いてみる。
「ある! 思いついた!」
「ええ⁈」
ホントに――⁈
そんな競技、ホントにあるのかな?
天平の言うことだから、本当に何か思いついたんだろうとは思うけど、僕には思いつかなくて。
みんなでできる競技って何だろう? と思ったら――。
「みんなでやれそうな競技は――スポーツごみ拾い!」
どうだ! とドヤ顔で天平が言い放った。
スポーツごみ拾い――⁈
「スポーツごみ拾いって、数人でチーム組んで、決められた区画内でごみを拾って回って、ごみの量とかでどこのチームが優勝か決めるっていうスポーツだよね?」
前に天平がそんなスポーツがあるらしいと言っていたのを思い出す。ただのごみ拾いではなく「スポーツ」と銘打ってやるのがおもしろいと語っていたので、ちょっとネットで検索してみたら、スポーツごみ拾いの「甲子園」まで存在すると知ってびっくりしたのを覚えている。
「そう、ソレ! せっかく日本でオリンピックやパラリンピックが開催されるなら、一般の人たちも同時期に一緒に何かの競技がやれたりせんかなーって思って、何ができるかな? って考えてて、そうだ! スポーツごみ拾いなら日本各地で老若男女問わず、『偏り』のあるなしを問わずに参加できるんじゃ? って思ってたんだ」
そしたらコロナの感染が拡大して……と天平がため息をつく。
どうやら、新型コロナが出現する前に温めていたアイディアらしい。感染が拡大していく中でコロナに気をとられ天平の中で置き去りになっていたのを思い出したようだ。
天平の言う「『偏り』のあるなし」の『偏り』というのは、一般的に言う『ハンディキャップ』のこと。身体の一部が欠けていたり身体の持つ機能に弱いところがあったりする人のことを『ハンデ』や『障害』を持っていると考えるのが、天平にはしっくり来ないらしく。だったらどう考えればいいのか考えていった末に、「人はみんな完璧な身体や心で生まれてくるわけじゃなくてどこか偏ってる。その偏りが大きく目に見える人と、小さく見える人がいる。そういうことな気がする」と結論づいて。以来、僕たちの間では、ハンディキャップを持っているかどうかを、「偏りのあるなし」とか「偏りの大きい小さい」とか言っている。
「ごみ処理場の処理能力に限界があるから各地域で日程をズラしたりする必要があると思うけど、その辺の調整をすれば、スポーツごみ拾いなら、オリンピックとパラリンピックの開催期間中に日本各地でやれるんじゃないかと思ったんだよな? 夏だから、早朝にラジオ体操やってからやるとかさ?」
天平の言うように、スポーツごみ拾いはごみ拾いの一つの形態なので、ごみ拾いできる人なら誰でもできる。車いすの人でも病気を抱えている人でも参加できるスポーツと言えると思う。
みんなでできる競技なんてあるのかな? って思ったけど――スポーツごみ拾いならみんなでできそうだ。
スポーツごみ拾いは名前のとおりごみ拾いをするので、集めたごみはごみ処理場で燃やしたりすることになる。そうなると、全国で同じ日に一斉にやってしまったら、ごみが一気にいっぱい集まり過ぎて、ごみ処理場がパンクしてしまうだろうから、この日はこの区画でやって、この日はこの区画でやって……ってスケジュールを組んでいかなくちゃいけないだろう。その辺が大変だろうから、実際にやるのは……難しいかな?
だけど――。
「確かに、日本でオリンピックやパラリンピックが開催されるなんて、そうそうないことだもんね」
何か一緒にやれれば、って考えるのは自然なことかもしれない。
何か一緒にやれれば――これってそもそも、オリンピックやパラリンピックの根底にある願い、なんじゃないのかな?
考えてみれば、オリンピックやパラリンピックをやるって、本当にスゴいことだと思う。
やらなくてもいいじゃないかって思う人もいるだろうし、それはそれでわかるけど。やらなくてもいいけどやってきたってことがスゴいことだと思うんだよね。
オリンピックやパラリンピックみたいにたくさんの国の人たちが一つの場所に集まることって、たぶん他にない。参加国が多ければ多いほど、きっと面倒ごとは増えていく。それでもオリンピックやパラリンピックをやるのは、国と国とはいろいろあっても一緒に何かをやり遂げることができるって思うから。一緒にやっていけるって信じてるから――。
だから、オリンピックやパラリンピックで選手たちが競い合って、お互いの健闘を称え合っている姿を見るとうれしくなる。閉会式で選手たちが楽しそうにしてるのを見ていると、見ている自分まで楽しくなる。――世界は平和になっていけるって信じていいって思える気がする。信じられる気がしてくる。希望を感じる。
「ま、とりあえず、サッカーのユニフォーム交換みたいに、未使用のマスク交換、みたいなことできたらおもしろいよな♡」
と明るく言うと、「それに」と天平は付け加えた。
「選手にマスクを配るときに、ついでに、閉会式ではどこの席になりますよっていうのを書いたメモを一緒に配ると、閉会式当日に選手がスムーズに会場入りできると思うんだよな? ――いやまあ、スマホに情報送ればいい話なんだけど」
「どこの席になりますよって……?」
閉会式のときの選手の席って決まって……ない?
「観客席には上座とか下座とかないとは思うけどさ? 国ごとにまとまって座るようにすると、どの国をどこらへんにって決めていくの、もめたりしないかなー? とか思っちゃって? 考えすぎ?」
「競技場の観客席に上座とか下座って……聞いたことないよ?」
競技場は円形――楕円形――の建造物だから、それこそ円卓会議と一緒で上も下もないはずだ。
ただ――。
「けどそっか、ふつうはグラウンドに近い席の方がS席とかA席とか値段の高い席だったりするから、それ考えると、いい席とかそうでもない席とかあるのかな? ……けど、閉会式でパフォーマンスをやるわけじゃないなら、グラウンドに近いかどうかってそんなに重要じゃないと思うけど……?」
「前の席の方がテレビに映る――かもしんないやん?」
と天平。
それは――そうなのかどうなのか、テレビに映る方がいいのかどうなのか――わからないけど。
「まあ、そういうことまで考えちゃうと、席決めってちょっと面倒かもね……?」
「せやろ? かといって、バラバラに自由に好きなとこ座ってくださいってすると、もたつきそうっていうか? シャッシャといかないかもしんないからさ? くじ引きとかで誰がどこの席です、みたいなの決めといて、そこに座ってもらうようにすると、その方が感染リスク少ないかな? とか思って」
なるほど。
そうやって会場に選手たちが集まって――。
「けど、そうやって会場に集まっても、ただ閉会のあいさつだけじゃ、さみしいかもね?」
「花火くらいは上げるやろ? あとは――風船飛ばすとか? すんげー巨大なくす玉を割るとか? 某プロ野球チームからロボット借りてロボットたちにダンス踊ってもらうとか? あ、だったら日本中の個人や会社所有の人型ロボットを貸してもらってそのロボットたちにも一緒にダンス踊ってもらう?」
感染リスクを避けることを考えてロボットのダンス隊なんて言い出したんだと思うけど――くす玉? くす玉ってどこに吊るすんだろう? ドローンに吊り下げて宙に浮かせてカパッてやるのかな……?
「あ、ダンスだったら、スマパラか! スマパラを選手みんなで踊る? んで、オレらもテレビ見ながら一緒に踊る?」
天平が自分の思いつきに楽し気な声を上げる。
スマパラは「スマイル☆パラパラ」の略で、タレントの葉鳥芯司くん、通称“はとりん”が平日の朝、五分程度の番組で踊っているパラパラという種類のダンスのことだ。通常のパラパラよりテンポはゆっくりめらしく、単純で簡単なステップと手の振りをくり返し、途中途中に、踊り手が思い思いの決めポーズを決める。決めポーズでは変顔やすまし顔をしたり大人気のコメディアンのギャクをやったりするんだけど、それが楽しいと僕ら子供たちの間で流行り始め、子供たちがスマパラを踊ってから登校するのが社会現象になった人気のダンスだ。僕もこれなら踊れる!
スマパラは振りや動きが少ないことから、自分の状態に合わせて無理なく踊りやすいと『偏り』の大きい人と小さい人が一緒に踊っている動画がたくさんSNSに上げられたことから、巷ではパラリンピック非公式ダンスと称されている。それもあってか、世界中でスマパラを踊れる人が増えているらしい。
「スマパラなら、僕もおじいちゃんやおばあちゃんも一緒に踊れていいかも」
そう。スマパラは僕だけじゃなく、僕のおじいちゃんやおばあちゃんも踊れるのだ!
「いいよなー♡ スマパラ♡」
と楽しそうに笑う。
それから一息つくと、天平はまじめな顔になる。
「どんな形になるかはわからないけど、閉会式やるだろ? そんで――そんで、閉会式の最後に、日本からってことでメッセージ入れてほしいんだよな」
「メッセージ? どんな?」
「世界中で――差別とか弾圧とかデモとかテロとかいろいろあるけど。そういうの、ひどくなってる気がするけど」
話題がガラリと変わった。
「――うん」
「人を虐げたり傷つけたりしたことはこれから先、未来永劫なくならない。自分たちが誰にどんな非道いことをしたかを子々孫々(ししそんそん)に語り継いで、背負わせていかなくちゃいけない。それがどんなに重いことなのか――伝えてほしいんだ。日本から世界の人たちに」
真摯な――天平の気持が伝わって来る。
僕たちは、重いものを背負っている。日本は過去にいろんな国の人たちを傷つけた。今も外国人技能実習生の中には日本に裏切られたと思わざるを得ない目にあった人がいるようだ。
そのことで、今を生きている日本人は、自分たちがやったわけじゃなくても責められて。
ハッキリ言って、「そんなの知ったことかよ!」とブッチ切ってしまいたくなるときもあるけれど――それはしない。そんなことしたら日本に住めない。日本人でいられない。過去に日本が人を傷つけたことを受け継がないなら、今の日本が持っている恩恵のすべても受け継ぐことができない。できるわけがない。だって――自分がほしいところだけ受け継いでほしくないところは受け継がないなんて、そんなの調子がよすぎるって思うから。
そしてそれは、僕たちだけの話じゃなくて。
僕たちが大人になったら、今度は僕たちが子供たちに伝えていかなくちゃいけないことなんだ。僕たち自身が背負いつつ、次の世代、その次の世代……って、未来永劫、続いていくことなんだ。
自分たちがやったわけじゃないことでも背負わなくちゃいけなくて。自分の国が、日本人が、他の国の人たちを苦しめたなんて事実を受け止めるのはすごくつらかった。つらかったし、この『つらかった』は終わらない。これからもっと知っていくことになるだろう。そのたびに、胸の重苦しさが増していくことだろう。
それでも逃げ出すことも投げ出すこともできない。無限の苦しみ。痛み。――だけどそれは苦しみでも痛みでもなくて。だって、本当に苦しんだのも痛かったのも、日本人に傷つけられた人たちだ。
考えているとぐちゃぐちゃになる。息苦しくて、心がしんと静かになる。
「世界中の人たちに向かって、やめた方がいいって、オレは心の底から勧められるって思うんだ。こんな苦しい目に、わざわざ遭う必要ない――って」
天平が真剣な目をして思いを打ち明ける。
そうだよ、やめた方がいい。
人を虐げて、傷つけたら――その先に待っているのは未来永劫つづく地獄だ。人を傷つけて苦しめたという苦しみから逃れられず、ひたすら向き合い、業を背負っていく道しか選べない。
そんな針の筵に生きるより、人を助け、喜びを分かち合う方がいい。恨みの目を向けられるより、笑顔を向けられる方が絶対いい。
「経験者は語るってヤツ? 日本だから訴えかけることができることだと思うんだ。虐げるのはやめようって。差別して人に与えた苦しみはいずれ自分たちに還って来るぞって。――それこそ、オレら子供から言わせてほしい」
「差別なんかやめましょう」「弾圧なんてやめましょう」なんて、キレイごとで言ってるわけじゃない。もっとドロドロしたどす黒い苦しみから生まれた想い――。
「そうだね。そういうメッセージ、伝えられるといいね、世界中の人たちに――」
心からそう思った。
なんとなくしんみりして少しの間ふたり黙りこむ。
沈んだ空気を払うように、天平が息をふーっと吐き出すと、「えっと、あとなんか話したいことあったっけ……?」と、軽い調子でつぶやく。
「えっと……僕たちなりの東京オリンピックと東京パラリンピックはこんな感じどうかな? っていうのは、けっこう見えてきた気がするんだけど……?」
まだ何か他にこんなことしたらいいんじゃないかっていうの、あるかな?
「けっこう好き放題言っちゃってるよね? オリンピックとパラリンピックの観戦ツアーなんて、かなりの盛り盛りになっちゃってない?」
僕が言うと、「盛り盛りか……」と、これまでの話を思い返しているのか、天平は少し考えるそぶりを見せたかと思うと、「あ!」と声を上げた。
ん? 今度は何を思いついたんだ――?
「営業時間外っていうと、閉館後のデパートだけじゃなくて、閉園後のテーマパークで遊ぶっつーのはどう?」
と、天平が。
ええと……?
「閉館後のデパートだけじゃなくて」っていうと……観戦ツアーの内容として閉館後のデパートとかでショッピングできればいいんじゃないかって言ってたヤツ、だよね? それで、閉館後のデパートだけじゃなくてデパート以外の事業の営業時間外も利用しようってこと、なのかな? それで、それが……テーマパーク⁈ テーマパークって言った?
「閉園後のテーマパーク?」
「そ。観戦ツアーにテーマパークも付けちゃう! 東京に近いとこ。貸し切り状態で遊べます! っつったら――マジで豪華ツアーだよな?」
すごくない? と天平。
すごいよ、天平。
テーマパーク貸し切り状態なんて――世界の多くの人の夢だよ、きっと。……いや、うちの近くのテーマパークなら、平日はそこそこ空いてたりもするんだけどね? だから、運動会の代休とかで平日に遊びに行けると楽しいんだよね。乗るのがひとりふたりしかいないのに、係のおじさんやおばさんも嫌な顔しないでジェットコースター動かしてくれて――。
「まあ、テーマパークの特典がついたらうれしいと思うけど、ただ、こじんまりしたとこならいいと思うけど、大きなテーマパークだと閉園後に少人数のために動かすのって大変だと思うから、予約したアトラクションに乗れるとか、小さなパレードを見れるとか……テーマパークでできることって、あるていど絞った方がいいかもね?」
――と、テーマパークで遊べるつもりで話してしまったけど、テーマパークにはテーマパークの都合があるよね。とか思いつつ、もしも当選したら楽しいだろうな、とか思ってしまう。――というところが天平の狙い、なんだよね? 抽選に当たらないかもしれないけどもしかしたら! と思ってくじを買うなりクラウドファンディングに寄付するなりしてくれる人が増えるんじゃないか、って。
「そこまでどでかいプランじゃなくても、書道体験とか座禅とか、和太鼓や琴や三味線を聴くとか和菓子作りするとか和食を何か一品つくり方を覚えて帰ってもらうとか、あとは何だろう? 手ぬぐい染めるとか? 江戸小紋? スカーフとか染める? けん玉――は海外の方がさかん? タケコプター、じゃない、竹トンボとか凧とかは……東京じゃ飛ばせる場所がないかな? あ、でも飛ばせなくても作るのは作る? 竹トンボは竹だし、凧は和紙と竹ひごで作るからサスティナブルだよな? 独楽遊びとかあやとりとかも楽しいと思うけど。……日本のお菓子とかの工場もおもしろいよな? リモート工場見学とかやっちゃう? ごみ処理場の見学とかもいいかも? ごみ処理場がない国や地域もあるらしいんだよな? マジで? って思ったけど。……リサイクルの再生工場の見学とかもいいかも? とか言い出したら、いっそ観戦権利者が自分の地元で困ってることを日本のその道のスペシャリストからアドバイスしてもらえるとかそういうのもアリだったりするかな? あ、その様子を撮影したらテレビ番組になりそだな? 日本のテレビ局にもいっちょ噛んでもらえたら――って、ちょっと欲張りすぎか? いやまあ、んーと、なんかいろいろ、やりようはあると思うんだよなー」
と、『こんなのどうだろう?』を考え出すと天平は止まらない。
聞いてると楽しいんだけど、ほっとくとずーっとやってるので、そろそろ止めよう。また考えがまとまったら教えてくれよ、ということで――。
「宝くじにする場合は、当選したときの特典がどんな内容かでくじの売れ行きは全然ちがってきそうだし。クラウドファンディングにする場合も、当選したときの特典の内容次第で、これまでクラウドファンディングしたことない人でもやってみようって思ってくれるかもしれないし。特典を充実させて……たくさんお金が集まったらいいね」
まとめに入る僕。
たくさんお金が集まったらいいね――なんて。こんな風にお金を絡めて考えるのはオリンピックやパラリンピックを汚すような気がしないでもなくて、お金のことなんか考えなくていいならいいなって思ったりもする。オリンピックやパラリンピックは平和の祭典で、僕にはどこか神聖なものであるような気がするから。
だけど――。
やるだけやって、お金のことは知りません――なんていうのが、いちばん厄介だと思う。
関わった人がお金を払ってもらえなくてつらい思いをするようなことになったら、それはダメと思うから。そんなの、泥棒するのと変わらないと思うから。
その点、天平は『商売っ気』を大事にしている。
お金が必要なことがあるなら、そのために稼げばいいというわけだ。
天平の考えは、たまに商売に走り過ぎるときもあるけれど――。
一考の価値があるって僕は思う。
オリンピックやパラリンピックをやるためのお金を集めるのに、ただ「寄付してください」じゃあ、どれくらいお金が集まるかわからない。シビアな結果もあり得ると思う。誰だって自分や家族が暮らしていくのにお金が必要だから。そこで、豪華な特典が抽選で当たるという付加価値を付けたらいいんじゃないか――なんて思いつくところが天平だ。
そんなやり方が実現して、成功したと言えるような結果を残せたら――。
その場合、一部の企業や国や地域が費用を負担するんじゃなく、世界中の民間の人たちがお金を出し合う形になる。それって、世界中の人たちが支えるオリンピックやパラリンピックになるってことじゃないかな? それって、オリンピックやパラリンピックの新しい取り組み方を――新しい文化を――提案できたって言えないかな?
「日本から新しい文化を発信したい」っていうのが、僕と天平の、そして僕たちの仲間たちの考えでは大事なことで――。
「ホント、お金が集まるといいなー」
天平はそう言いながら、まだ頭の中では考えをめぐらせているようだった。
ホント、お金が集まるといいな。
もしもうまくいったら、集まったお金で、舞妓さんとか日本のお菓子とか食べ物とかテーマパークとか、特典に協力してくれる人や事業者にお金を払えるし。もちろん、オリンピックやパラリンピックの資金の足しにできる。資金繰りに苦しんで選手へのケアが不足する、なんてことにならずに済むと思う。というか、できるだけ選手へのケアにもお金を回せたらいいと思うし、資金不足で選手にしわ寄せがいくようならやらない方がいい。パラリンピックは選手をサポートする人たちへのサポートも必要だろうし。……きっとお金はいくらあっても困らないはず。
もしも万が一、お金が余るようなことがあったら――さすがにそれはないと思うけど――そのお金は次の大会の資金に繰り越せばいいんだし。それか、スポーツ選手たちへの奨学金みたいな形で使われるのもいいかもしれない。
とか、ついつい僕も、考え事に没入してしまう。これは天平の考え癖がうつったんだ――と僕は思ってる。
天平は『連想ゲーム思考』って言い方するけど、一つのアイディアが生まれたら、そこからさらに別のアイディアを考え出し、そのアイディアからさらに別のアイディアを考え出す……というのをくり返して、一つの発想からどんどん広げていく思考パターンをよくやるんだけど。僕も天平と会話することで、そういう考え方が身についてきたような気がする。アイディアを育てていく感じがして、考えることが楽しくなってくるし、自分が考えてることがおもしろい展開になっていくと、そのアイディアを人に聞いてほしくなる。
連想ゲーム思考の難点は、想像でしかないというとこだ。想像でしかないから、思いついたアイディアが頭の中でうまいこといってしまう。というか、思いもよらないことが起きないのが想像だ。だって、予想しうることしか想像できないから。
だけど、予想もしないことが起こるし、想定外のことが起こるのが現実だ。
現実に何かを成し遂げるのは、きっとものすごく大変だろう。
僕たちに何ができるかな?
とりあえず――感染予防を徹底する!
少しでも感染を抑えこむことができるように。
それが、『できること』の選択肢を増やしてくれるから――。 了
読んでいただいてありがとうございました。
この作品はフィクションです。東京オリンピックやパラリンピックなど、現実に即した内容になっていますが、今回の作品の中では、「タレントの”はとりん”が踊る『スマイル☆パラパラ』略して『スマパラ』が子供たちの間で流行している。スマパラはパラリンピック非公式ダンスと称され、世界中で踊れる人が増えている」という設定になっていますが、これはまったくの創作ですので、現実にそういう事実があるわけではありません――まだ。
東京オリンピックもパラリンピックも、何かと問題があるようですし、このまま感染が拡大するようだと中止になることも考えられます。どのようなことになるか、まだわかりませんが、この作品を書くにあたり、開催する場合はどういうやり方ができるか、精いっぱい知恵を絞りました。もちろん、かなり(時間的に)無理のあることも書いていますので、実現するのは難しいかと思いますが――本気で取り組んだらできそうなこともあるかと思います。あるいは、ここに書いたアイディアがきっかけになって、もっと実現可能なプランができるかもしれない――そういう思いで書きました。
前回、次は「心樹医・空ソラ」を投稿する予定だと書きましたが、こちらを先に投稿しました。次回は今回の作品に書いた「夜の動物園風ツアー」から発展させた、「飲食店や旅行業者の救済になるかも? プラン」を書きたいと思います。
次回もぜひ、読んでみてください。