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禍爪



「ココペリに勇者の息子を押し付けようと思うんだが」



シルラーナの食事が終わるのを待って、魔王は口を開いた。


今日の夕食はと言うような軽い口で突飛な事を言い出したのにも関わらずシルラーナは驚かずに供された粗茶を啜る。



「貴様はまた……。で?その勇者の息子とやらには話しはつけたのか?それともまた貴様の独断か」


「あ?んなもの、アレの意思など知ったことか。食うに困らず生活にも難がない場所を与えてやるだけ有り難いだろう?」


「ハァ〜ッ、貴様と言う奴は何も学んでいないな」



この旅の理由すら忘れたか、とシルラーナは竜という生き物の頭の悪さや融通の利かなさを思い、大袈裟に嘆くように溜め息を吐き出しては少し古くなっているスプーンを魔王にとビシリと向けて教鞭をふるうように言ってやった。



「当事者なんだから、聞くのは当たり前だ!それにココペリをどうやって会わせる気だ?まさかあの少年までさらうというのなら、私も貴様の角を折ってやるくらいの事は考えるからな!」


「何故そこまで……。まさか、シルラーナ、あのガキ相手に気があるだのと言わ」


「誰が言うか!阿呆!自分の子どもより幼い子どもに手を出す女だと侮辱するのなら本っ気で!怒るぞ!!」


「もう十分に怒っているだろうに」



軍配が上がったのはやはり。


そしてブツブツと文句を言いながらも魔王は比較的大人しく引き下がる。かと思いきや、口許に左手を運ぶと親指を自身の鋭い牙で噛み千切り、出血を起こしたその指を床に勢いよく叩きつけるようにして散らした。


当然ながら赤黒い血が少量床を汚す。


それを見てまた何をやらかす気だ、とシルラーナが食器を退けて立ち上がりかけたその時。



「汝、ココペリ・ナートゥラ。我が声に応え、我が意に従え。禍神の息子、災神の愛し子。この地に来たりて我が願いを聞き届けよ」



仄暗い、光とは反対の闇が湧き出るようにして散った魔王の血を吸収し背筋が凍るような何かを呼び起こす。


喚ばれるものが恐らくはさっき話題にあげたココペリである筈であるのにまるで真逆の存在を喚び出そうとしているような邪悪さが満ちるのは何故だ。


息が詰まり、声さえあげられない圧を感じる中、はぁいよ、とどこか間の抜けたシルラーナの知る彼の声が響く。



床ではなく床に広がる闇のような虚ろからココペリがズルリと先ずは大きな黒い爪のついた両手を覗かせそこから腕、上半身が踊り出る。暫くぶりでもその浅黒い肌を彩る青い刺青は鮮やかで美しい。


そして片足ずつ、よいしょ、と勢いをつけて床に乗り上がって来ればふぅーっと息を吐き出しシルラーナ、そして魔王を見てへらりと笑った。



「ちょっとぶり。少しは反省できた?……というか、仲直りも済んでるみたいでホッとしたよ」



背後で閉じ、散りゆく黒い靄のようなものから小さな幼い子どもの泣き声がしココペリは振り返って直ぐに戻るからねぇ〜とその声の主を宥める言葉をかけて、空いた椅子に座った。



「次はどのくらい?」


「俺が知るか。常と変わらないならば二、三週後くらいじゃないのか」


「ふぅん……。じゃあ、ガーくんは男女どっちがいい?」


「……そんな事もわかるのか。だが、俺は別にどっちでも構わない。性別など些事だ」



何の会話だろうとシルラーナは最初首を傾げて彼らの会話に耳を澄ましていたが、何となく察しがついて顔を顰めてココペリと魔王を睨む。



「勝手に詮索するのは止めてくれ。私にだって羞恥心があるんだぞ」



そう言われ、魔王は目を瞬いたがココペリは苦笑し、ごめんごめんと軽く謝るのみであった。


ココペリの事を考えるに、また愛らしい二人の子どもに会えるという事が女性であるシルラーナへの配慮を忘れさせてしまったのだろう。


現に赤ちゃん生まれたら次はガーくん似かな?シルラーナさん似かなと上の空である。



「神の愛は無垢なるものや時に特定のものに偏る事もあるとは聞くが、ココペリの子どもへのそれも同じか?」



昔、聞いた覚えのある記憶が蘇り思わずとシルラーナが口にすれば魔王もさもありなんと頷く。



「神は平等などと聞こえのいい事を言う輩もいれば自分の種のみ守られる至高の存在だとする者どももいる。だが、結局は神によるものだ。巫女だの愛し子だの、神子だの、様々呼ばれ方や意味が異なれど、他と一線を画している伝承すら多く残っているのがいい証拠だろう」



そして自身の左手を見やり手の甲に視線をやる。


ゆっくりと手を開閉させてはうむ、とまた頷いて視線をココペリへと移した。



「コイツは生き神だが、それ以前に厄介な神に好かれ力を与えられた元人間だ。今の種については影響を与えられすぎてどこにも属さない状態でもある。故に、全てにおいて規格外だ。しかし生まれ持っての護るべき存在という価値観は侵されずコレの軸として保たれている。それが……」


「子ども、と?」


「僕の意識的には一応、僕の国にいる弱い立場の人たちっていうくくりもあるんだけどね。大人と子ども、並んで危機に晒されてたらどっちとる?って聞かれたら迷わず子どもを取っちゃう。それがどんなに親しくしてた人でも、見知らぬ子どもをね」



肩を竦め、オーバーなリアクションを取るココペリからは想像できんとシルラーナは改めてココペリを見つめたがだからといってと話しを続ける魔王に視線を移す。



「ココペリを利用しようと子どもに嘘を吹き込み、或いは術をかけ操るなど考えれば終わりだ」


「ああ……。多分、それ僕めちゃくちゃ怒るやつだね。僕の意識飛んで、こう、何ていうか神様っぽくなるっていうか」


「天罰、いや違うな。子どもを利用した奴らを文字通り根絶やしにするまで止まらなくなる」


「ねー?前に僕の前に子ども二人投げて逃げようとした奴って結局どうなったの?」


「いつの話だ?」


「ガーくんがお父さん食って、少し経ったくらいだから五百か四百年くらい前?」


「そんな昔の事を俺が覚えているわけが……いや、待て。あれか。あの、お前の国に奴隷を捕らえに来て返り討ちにされて無様な逃げ方をした」


「それそれ!多分それ!」



踊りだしそうなと言う表現がまさに合うそんな様子で笑うココペリに何だかなとシルラーナは溜め息を吐きつつ長くなりそうだとベッドに腰掛け直す。



「確か、子どもの四肢を鈍らな刃物で傷付け投げ出したかして、お前が血を舞うのを見て反転したな。“黒い方”のお前が表に出て奴隷商の奴らを一瞬で捕らえ、お前の世界に連れて行った。俺もお前の世界にまでついていく気はなかったから詳しくは知らん。後にお前しか出てこなかったのを見るに、あちらでお前が地獄を廻らせ何度も生き返らせ子どもよりも悲惨な目に遭わせ続け魂も肉体も耐えきれず消え果てた。そんなところだろう?」


「血が舞ってすごい頭に血がのぼったのは覚えてるんだけどなぁ。そっかぁ、じゃあやっぱり詳しくは誰もわからないかぁ」



随所随所に知らない単語が入るも、シルラーナは突っ込む事を放棄した。興味が湧かないのもあるが聞けばまた長くなりそうだとの思いが先に来た。


何も自分から気分の悪くなる話しに参加する事もないし、聞きたくもない。


そう思ってココペリには悪いが勇者の息子の話しが出るまで二人に好き勝手話させて置くようにした。


賢いやり方である。


全くといっていい程に何をしているのかわからない、聞くだけで悪い印象しか持ち得ない奴隷商云々も結局は手痛い事になったようだしと勧善懲悪な結末に納得した段階でまた少し残っていた茶を啜ろうとして魔王が視線を投げて寄越した。


ココペリと話したままに、また直ぐに視線は戻されたが背中に回された片手がくいと動いては城のものと比べると格段に落ちるも、しかしシルラーナが慣れ親しんできた味によく似たこの宿の老夫婦が用意してくれたものと同じ茶が、独特の茶器に入ってシルラーナの手元に音もなく現れた。


つくづく、便利な奴だと何でも屋のように思いつつも有り難く受け取り茶を注ぎ足す。



「ふぅ……」



一息ついて。ぼーっと意識を揺蕩わせぼんやりとし始めれば欠伸が込み上げ男二人がいる手前大口開けるのもはしたないと噛み殺し体を僅かに震わせ、目尻に涙が浮かんだ。


目元を指の背で拭い、影が差すのに気付いて顔を上げれば真顔で覗き込む魔王の姿。ぎょっとして体を後ろにやればじっと窺った後に素直に離れて元の体勢へと戻る。



「何だ?」


「……ああ。また泣き出すのかと思ってな」



また?と首を傾げるも答えは返らず不服に顔を顰めるシルラーナだが、本題に入るかと魔王はあからさまに話しを逸しにかかった。


しかし待たされるのももう面倒なのでシルラーナも顎を引いてそれに従う。



「お前に連れて行ってもらいたい子どもがいる。幾らか育ちすぎてはいるが、まだお前の“護りたい”という衝動の範囲内だろう」


「ん〜?それってそこで聞き耳立ててる子だったりする?」



バッと思わずシルラーナは扉に視線をやり、魔王も溜め息混じりに扉へと足を向けガチャリと前触れもなく扉を開いた。



「あ……どうも、旦那さん」 


「いつからいたかは知っている為に聞かんが、まぁ丁度いい。お前の話しだ。入れ」



不機嫌そうな顔をしながらも魔王は少年を部屋に招く。


大人三人いる室内にゆっくりと足を踏み入れていく少年は居心地が悪そうだがココペリは少年を興味深そうに銀の眼で見据えて関心を他に移さない。



「えっと……トードです。トード・ララ・ヤードラッド。けど、家は国に潰されてしまったので今は家名はないです。だからただのトードで……」


「両親はどっちも亡くなってるね。それに他にあてになりそうな親族もいない、と」


「え?はい……」



見慣れない人物に言い当てられた事に戸惑った少年は思わず魔王に目をやる。



「そいつは異国で(まじな)い師を商っている。ここ何日かこの宿にいる間に文を飛ばし招いた俺の旧友だ。星読みや人相で人を見る変わった技を身に着けているが、お前個人の話しを俺たちが勝手に伝えたわけじゃない」



決して許可なく事情を売り渡したわけではないとは伝えつつもほぼそのような事をしているのに変わりはない。



「他国に逃げ延びることが叶えばお前の父の願いもあるいは叶うかもしれない。お前の国が滅ぼされるまで、いや、追っ手を巻き息を潜めほとぼりが冷めた頃合いにコイツの国から出ていけば勇者の意志を継ぐものを探す夢も叶えられよう。……どうだ?悪くはない話しだと思うんだが」



シルラーナの言葉を念頭に置いて、魔王は少年に持ちかける。


ココペリも少年が己の事を警戒しているのを思い、静かに笑みをたたえたまま。少年の意志を尊重しようとの姿勢で待つ。


魔王、ココペリ、そしてシルラーナへと視線を移しそれぞれの顔と様子を見た少年は男二人よりやはりシルラーナのそれを信じたように恐る恐ると口を開いた。



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