微睡み
シルラーナと魔王とが部屋にと籠もり、三日が過ぎた。
その間少年は魔王に言われたように飲み食いをして過ごしたが二日目の夜が衝撃的すぎた。
一日目に聞いた声の比ではないものを聞いてしまった。
聞いてはならないと咄嗟に思うがしかし下手に出歩けばまた父の遺品を狙う輩に遭遇する恐れもあるし、何より夜は魔物が活発になる。
少年に逃げ場などないに等しかった。
宿屋の主人たちはと言えば耳が遠いのか、寝入る時間が早いのか、全く気付いていない様子でそれもまた少年を追い込んだ。
「うう、オレ、後でシルラーナさんの旦那さんに殺されないかな……」
でも宿代払ってもらったし今更野宿にしても余計に不審に思われそうだしと少年は枕を被り、兎に角自分は石で何も聞いていないフリに徹した。
朝になれば少しマシになる。昼過ぎ辺りは夫妻は眠っているのか静かだ。
それまで我慢と少年は耐えた。
四日目の昼過ぎ。
部屋から出てきた魔王と食事を食べ終わり部屋へと戻ろうとしていた少年とが鉢合わせた。
少年はギクリと表情を引き攣らせていたが魔王は特に何も浮かべず、ただ少年の浮かべた表情に怪訝そうに首を傾げた。
「お、おはようございます……」
「早くもないだろう。もう昼だ」
「そうですね。あは、あはは……」
「?」
そそくさと部屋に入ろうとする少年を目で追ってややあってからああと魔王は考えが行き着いた。
「祝福に気を取られ、音を消すのを忘れたか。まぁ、いい牽制になっただろう」
自身の妻の艶声を聞かれていた事は少し不服だがシルラーナに少し気がありそうだった少年になら問題もないだろうと魔王は顎に手をやり閉じた扉を振り返る。
今は疲れて眠っている彼女が気にしていた食事を取りに下に行かなければ。
何でも引き寄せられ取り出せるが、こちらの名物やら何かを彼女が求めているなら少し落ち着きつつある今の内に与えてやらなければまた機嫌を損ねる。
そう思った魔王はまた前を向き直り階下を目指し、食堂で料理の注文を二人分と頼んで食器を上に運ぶ許可を得てシルラーナの待つ部屋へと戻り、彼女の側にあるサイドチェストへとそれを置いた。
「シルラーナ、起きろ。飯だ」
まだあの期間は続いているが、一際過敏になる二、三日目を過ぎた。後は緩やかに落ち着いてくるだけと知る魔王は何の配慮もなくその肩に触れて彼女を揺り起こす。
瞼を震わせ、瞬きをしてからゆるゆるとシルラーナは視線を上げ魔王を捉えては身動ぐ。
ふわりと幾らか軽くなった彼女の香が舞った。まだ彼女は夢に片足を突っ込んでいるようだ。
溜め息を吐き出し、渋々と自身の分の食事も少し離れたテーブルへと置いて彼女の元に戻るとベッドを覗き込むようにして彼女の望むままに顔を寄せ頬や首筋に口付けこれで満足かと窺うようにシルラーナの目を見た。
「がりあす……」
「散々甘えさせてやっただろう?ほら、早く食え。お前が食したいと言った飯が冷めるぞ」
俺は喰おうと思えばあのガキでも喰えたんだとぼやきつつ、喉を痛めたらしい彼女の背に手を添えて半ば強引に引き起こしては彼女の食事を手繰り寄せスプーンを持たせる。
魔王にはあまり魅力を感じさせない地味な色合いに、地味な具の入ったシンプルなスープと胡桃が入った硬いパンは今の彼女には些か食しにくいか。
のろのろとスープを掬い食べ始めた彼女を眺め、咽るなどしたら背中を擦ってやるくらいはしてやろうとじっとシルラーナを注意深く見ていると彼女はゆっくりと咀嚼したそれを飲み下し、薄く微笑んだ。
「美味し……」
「そうか。良かったな」
ぽわぽわと未だ彼女らしくはない弛んだ気配なのは何もかもを吹き飛ばし理性をも手放させるあの期を開けていないせいだ。
魔王の嫌う女たちにも似るが、魔王もこれが彼女の本意でない事くらいは理解している。正気に戻れば自分がどのような言動をしたかを振り返って悶絶するだろう事も。
「がりあすも……」
「俺は俺の分がある、それはお前が食べろ」
建前は必要だ。すっかり冷めて元より美味いとは言い難い食事が台無しなのを示しながら彼女の差し出したスプーンを断り、自分の食事に専念するのだと再度促す。
少し残念そうな顔をしながらも魔王に促された彼女は食事を再開し、硬いパンを僅かだけ齧り食事を終えた。
食器などをまとめてサイドチェストに戻し一糸まとわぬ彼女の背を数度撫で労るようにしてその背をベッドに戻す。二つある枕の片方を背の下に入れて食事を終えたばかりの彼女の気分を害さないようにとまで気遣ってベッドから離れては自身の食事に手を翳し中身を食べたかのように消失させ、食器類をまた下に返却すべく扉へ向かう。
その背に切なげな声をかけるのはやはりシルラーナだ。
「どこに、行くのだ……?」
「これを戻しに行くだけだ。直ぐに戻る」
「何故?」
「返さなければ怪しまれてここに来られる」
「がりあすじゃなければダメなのか?」
「足腰立たないお前じゃ行けないだろうが」
ここは自分たちの城ではないのだから仕方ないと眉を寄せて答えながら魔王は使用人の真似事をする。
早く帰ってとの彼女の言葉に返事をする事なく迷いない歩みで階下へと向かい老夫婦に食器類を返せば妻が気に入ったようだと世辞を言い老夫婦にも心ばかりの金銭を渡し、老夫婦のにこやかな反応を背にまた階段を登り少年の部屋の前を通り過ぎて自身らの借りた部屋へと戻るとベッドへと歩み、両腕を開いて待つ彼女に迎えられるがまま大人しく抱かれ。
シルラーナが満足そうにした。その瞬間に食らいつき、形勢逆転のように手綱を取る。
だがそうされてもシルラーナは怒らない。あと一日と数時間はそうだろう。
「今度は音を消してやろうな」
右手を天井へと向けて音を遮断する術を室内に広げて彼女に配慮をする。決して少年の為ではない。
そうしてまた睦み合いを始めながら数日後はどの辺りを目指したものかと少年を押し付けられる先を考えていたがそのうちにその考えも脳から追い出した。




